昭和の松戸を歩く楽しみ

昭和の頃にあった松戸の駄菓子屋を探そう!

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昭和の頃の駄菓子屋 in 松戸 を探そう!

文房具屋さんは子供のコンビニだった

2021年現在、松戸市にある小学校付近を調べつつあるが、文房具屋さんが何故か見当たらない。みんな何処で文房具を買っているのか?もっともスーパーマーケットに行けば、必要最低限の文房具は売っているので、十分かもしれないが、文房具屋が無いと思うと、何となく寂しい。子供の頃の北部小近くの文房具屋は”よろづや”で、言わば”子供のコンビニエンスストア”みたいなものだった。

駄菓子屋 - Wikipedia

当時はそもそも、セブンイレブンを始めとしたコンビニも無かった。でも、文房具屋に行けば文房具の他、ボンナイフや肥後守などのナイフ、おばけけむり、駄菓子、くじ類、正月用品の凧、コマ、羽子板、銀玉拳銃、パチンコ、ろう石、2B、かんしゃく玉、爆竹、花火、ゲーム、店によっては味噌田楽、今川焼き、私の頃は無かったがガチャガチャ・・・・

又、都内ではもんじゃ焼きもあったと聞いた。今思えば、子供の遊びの中心だった。

駄菓子屋の記録を残すことにしました

私達が生まれ育った昭和の時代に、文房具屋さん、駄菓子屋さんには大変お世話になりました。さて、私が覚えていた駄菓子屋さん、そして表の家の意見箱に書いてくださった駄菓子屋さんを取り敢えず、グーグルマップに入れてみました。多分、それ以外にたくさんあると思うのですが、もしご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけませんか?

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更新状況

2022年1月頃、昭和38年松戸市の事業所名鑑を見つけ、小金、栗ヶ沢、根木内、馬橋、紙敷、秋山、大橋、高塚新田のお店もいくつかピックアップしました。赤字で書かれているのがそうです。又、この数ヶ月の間に更新したお店がピンク字で書きました。何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、情報提供お願いします。

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駄菓子屋(菓子店も含む)があった場所

又、過去の地図や文献から駄菓子屋だけを割り出していくという作業は非常に難しい。ただ、戦後人が生きていくために、手を変え品を変えてある時は和菓子屋、ある時は洋菓子屋、ある時は菓子屋、ある時は駄菓子屋としての品揃えもしていた可能性が高く、先ずは古い文献で菓子小売りなどと書かれたお店はすべて網羅し、情報が集まり次第絞ろうと思います。

この為、「お!この店は駄菓子屋ではないぞ!」というものもあるかもしれません。その場合はご連絡下さい。その際、場合によるとそのお店が過去に駄菓子を取り揃えていた事もあるかもしれません。その点はご了解お願いします。

皆さんの駄菓子屋情報求む!

下のマップはOpen Street MapをベースにしたUmapによるマイマップです。そのマイマップにかつて存在した(或いは現在も含む)駄菓子屋をプロットしました。

画面いっぱいにマップをご覧になりたい方はフルスクリーン表示をクリックしてください。

地区ごとの駄菓子屋のまとめ

松戸駅周辺:

  • 三山煎餅屋:松戸西口駅前通り、元ミヤマフルーツ、現サブウエイの場所。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「三山煎餅屋は旧家。煎餅を工兵学校の酒保へ卸し、駄菓子も販売。今はミヤマフルーツで健在」とある。
  • 西口中央公園の近くの駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋
    2001年9月24日撮影

  • 河合塾跡地付近の比較的大きな駄菓子屋(いなだや?じゅんさんによる情報確認中):(ミスターTによる情報)
  • いなだや駄菓子屋(旧中部小近く):モンダ書店が貸本屋をしていた頃その横の道を入った所にあったそうです。昭和39-40年頃。松戸観光大使Iさんより情報提供(20210809) 、じゅん様から2021年10月21日の情報で、このお店はいなだ屋というお店だそうです。「いなだやには、焼きそばを食べに行ったもんです。懐かしい」又、「当時いなだやは親子三人で切り盛りしていて、お母さんが娘さんに『やえ子お客だよ、やえ子何やってるんだよ』と、よく言ってました。よく学校で、まねしたものです」だそうです。何だかクスっと笑ってしまうお話しですね。
  • (暫定)ハシイ文具店:上記のマップのAに当たる場所にハシイ文具店があったようです。どなたかこの店についてご存知の方はいらっしゃいますか?駄菓子も売っていましたでしょうか?(2021年10月21日にこの店について見つけましたが分かりません)

    S37-2chome-map

    ハシイ文具店の位置、
    昭和37年商店街マップ

  • 中村屋菓子 : (漢方医H様からの情報20210811) 「昆虫を取るのに竹竿とモチを買ったりゴマ煎餅を買ったり野球のプロマイドを買ったり金魚型の寒天を食べたり、貸しスクーターを借りたりしました。そこの子供は私の5年位上でしたが現在もその場にあるスクモ稲荷の初午のスターでした」
  • 田中駄菓子:原田米店の斜め前に戦前駄菓子屋があったらしい(松戸観光大使Iさんより情報提供2021年8月16日)場所未定。
  • 宝光院境内にあった小さな駄菓子屋 : (漢方医H様からの情報20210811)
  • 嶋田おもちゃ屋:渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「嶋田おもちゃ屋は駄菓子も子供たちのたまり場」とある。

松戸駅東口:小根本、岩瀬方面

  • おおはし屋:ミスターTによれば「私は一度だけアイスを購入 その時はまだ店の前には陸橋は建っていなかったような感じがする」との事です。ここは元々青果販売をしていた店で、その後味彩になった場所です。
  • 桜井駄菓子屋:山六の隣付近にあった(栗原酒販さん情報による)。
  • 栗原商店:元々色々なものを売っていたお店。駄菓子も売っていたとのこと。現在は栗原酒販さん、金太楼東口横(栗原酒販さん情報による)。このお話をさせていただいた、栗原酒販の社長さんは、2022年2月に他界されてしまった。改めて哀悼の意を捧げたく思います。
  • 駄菓子屋(中華の末広横):貸本屋の住吉書房や埼玉屋豆腐店のあった辺り、ここで紅梅キャラメルを買った(栗原酒販さん情報による)。紅梅キャラメルとは1947年に創立の紅梅食品による製品で、他の菓子類と差別化を設けるために読売巨人軍の選手のカードをおまけとしてつけたらしい。これが大ヒットして、子供たちが巨人軍の選手の名前を覚えたらしい。
さよなら紅梅キャラメル
  • 大橋屋:銭湯”日の出湯”の並びにあった(栗原酒販さん情報による)。

平潟方面

平潟は私の覚えている限りでは子供の頃には駄菓子屋は無かったと思う。

  • 森田駄菓子屋:今はない。
  • 磯野駄菓子屋:現在はマンションとマンションの間にある木造アパートとなっている。

納屋川岸方面

  • 堂の口橋近くの駄菓子屋さん:元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、漢方医H様からの情報提供(20210811):ペンペン草が子供の頃としては我が家から非常に遠い駄菓子屋さんに行った思い出のあるお店、間口が狭くて、優しいおばさんが対応してくれた。
  • 浜駄菓子屋(青木家隣地):(松戸観光大使I様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「老夫婦がやっていた。駄菓子屋の隣の狭い道路に工兵学校の演習用材がおいてあった」
  • 田中屋(赤入橋と竹田接骨院の間にあった):元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「田中屋は釣具・餌・駄菓子を商い、「かし船」の看板が建っていた」とある。
  • 元木屋文具店(春雨橋近く栄泉堂岡松の向かい附近):お店にて文具を買いつつ聞いたら、戦後先代が経営していた頃、文具だけでなく一時期、駄菓子も売っていた事があるというお話をお伺いしました(2022年3月3日聞き取り)。また、元木屋さんは古くから営業されているお店であるにも関わらず、店の中が端正に陳列されていて、店主の几帳面な性格が現れている良いお店で、娘も気に入ったらしく、何度でも来たい店なのだそうだ。

松戸神社・角町・小山方面

  • 町山万屋(はなや:葛飾橋通りの附近):渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば、「町山万屋は「はなや」といい、駄菓子・煎餅・薪炭・酒・果物等を飽きない、店は一段下がっていた(2022年3月5日更新)
  • 成島駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「成島は市場のなげし(仲買人)で、奥さんが駄菓子屋」
  • 戸張屋駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「戸張屋は瓦屋で、奥さんが駄菓子屋」と書かれている。
  • 椎橋駄菓子(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「当主が魚の外売り、奥さんが駄菓子屋」
  • 山口駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に記述
  • ”あんびる”駄菓子屋(松戸神社裏):昭和50年頃存在した駄菓子屋(松戸観光大使のI様より、20210809)、2021年10月21日じゅん様より情報があり、ここは”あんびる”という店名で、メンコやベーゴマを買った・・・との事です。ありがとうございます。
  • 駄菓子屋(戸定邸方面へ行く細道):(松戸観光大使のI様より、20210809)
  • 平山(角町の坂川沿い):(場所、要確認):プラモがたくさんで、男子が多かった。
  • えびす(南部小近く)
  • デイリーヤマザキ(えびす対面、南部小近く):1975年頃の住宅地図を見ると、ここは元々神楽商店という名前だった。また、神楽商店の奥様は「ロールカステラの美味しい食べ方は切って食べるのではなく、そのまま(恵方巻のように)食べるのが美味しい」と語っていた・・・という、とても可愛らしい情報もいただきました。atu様、ありがとうございます(atu様の情報20211002)。
  • 南部堂:(南部小学校正門前):プラモデルは、作って南部堂に持って行くとコンテストに参加出来た
  • なかや:(南部小正門から少し坂川まで歩いた所)
  • なかやさんとデイリーの中間付近にあった文房具屋or駄菓子屋-調査中(atu様より、情報,20211001):又、情報をいただいたATU様によれば

店内床面が外より少し高めで、二段くらいあがった。店先にガチャガチャがあった。奥行きがあまりない。店内に文具のショーケースがあった。

だそうです。atu様、誠にありがとうございます(20211002)。

2021年10月10日:Atu様へ、調査経過です。1978年の住宅地図を見ますと、神楽商店(現在のデイリー)の左下に神楽文具店というのが出来ています。なかやとデイリーの中間よりはかなりデイリー寄りになりますが、これがもしかするとAtuさんのコメントされた駄菓子屋さんだったのかもしれません。いかがでしょうか?ちなみに1977年、1979年にはこの神楽文具店というお店は地図には掲載されていないんです。えらく短い間に開店して、すぐ閉店してしまったのか?

  • 杉浦商店(サングリーン付近のトンネルを抜けた所):「バンバンボール」の名人が来た
  • 杉浦商店(南部そば屋前)

水堰橋付近の根本

  • 谷口駄菓子屋:江戸川や赤入橋方面に行く時は必ずここに立ち寄った。私が立ち寄った当時は駄菓子もあったが、おでんがメインだった記憶がある。現在は電気工事業。
  • 岩間駄菓子屋(渡辺駄菓子屋):川光物産工場の川向う、渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「岩間駄菓子屋は冬には焼き藷も売っていた。いない」と書かれていた。私はこの岩間駄菓子屋に行ってふ菓子を買ったのを覚えている。また、他界した先輩Tさんによると「岩間駄菓子屋には母と娘がいた。娘さんと云っても、2021年現在に生きていたら90才近いと思う。この娘さんとダイエーで会ったことがある。お店ではかんしゃく玉のピストルなどを買ったことがあった」との事。ありがとうございます。別の地図ではここは渡辺駄菓子屋とも書かれている。松戸の観光大使でいらっしゃるI女史はこの渡辺駄菓子屋さんで、そろばんを習っていたとおっしゃっていた。
  • おいねや:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「駄菓子と日用雑貨品の販売店」とある。
  • 駄菓子屋(水堰橋横:店名不明):店名不明だが、谷口岩間さんなどと共に交差点の四つ角が駄菓子屋だった(栗原酒販さん情報による)。
  • 森谷駄菓子屋:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「森谷駄菓子屋はいない。脇の小路は蛯沢側が低くなっていた」との事。蛯沢宅は今は無い。
  • 中出駄菓子屋:一時的に駄菓子屋だったようだ。
  • 町山駄菓子屋:中出駄菓子屋裏にあった駄菓子屋
  • おでん屋:おでんと駄菓子を売っていたお店。

暫定位置検討中は下記です。昭和38年 松戸市の事業所名鑑による

  • 宇治野タバコ店 根本
  • 三河屋 根本63
  • 斉藤菓子店 根本482

北部小学校付近の根本

  • 岡本駄菓子屋:旧水戸街道沿い、現在の林こどもクリニックの左隣。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に掲載。
  • 旧松の木通り駄菓子屋: 現在の能登歯科の裏辺りにあった駄菓子屋(漢方医H様からの情報):「フルヤのチョコレート(現在のチョコレートの様に解けるチョコレートでそれまではチョコレートは褐色の堅い板をがりがりかじるものだった)を初めて食べました」又「普段買い物に行かない方面に駄菓子屋が出来フルヤのチョコレートを偶然買って食べた時ハーシーと同じ舌触りがして感激した。昭和24年頃の事だろう。そのお菓子屋の裏の通りは大人向けの飲食店。雨の日に其方面を歩いていると一本の傘に女を真ん中にして両側に男が二人歩いてきた。女は突然右の男の腕を絡め直ぐに左の男の腕にも絡ませた。こんな雨の中を歩いていてもお客さんには平等にするのだと見て幼心に感心した事がある」
  • 金山神社小根本踏切付近(Oさん情報提供)
  • 吉岡文具店:北部小学校前であり、文房具よりは駄菓子目的でしか行ったことがなかった。ここのお姉さんは今でも会うと分かる。堀江商店のカッチャンの友達だった。
  • 北部堂:吉岡文具店の並びにあった。駄菓子よりも文房具がメインだった。
  • 堀江食堂:堀江さんはカテゴリーとしては食堂になるが、子供相手の商売をしていた事から准駄菓子屋に入れておこうかな!
  • ゆたか堂:北部小学校のプール側の西側商店街にあった
  • 旧吉岡商店:旧水戸街道に面していた頃の店舗、後に北部小前に移動
  • 高津商店:旧水戸街道に面し上記旧吉岡商店の隣にあった
  • 石井かどや:後に石井美容室となる店舗、駄菓子を売っていた時期もあった。
  • 野崎商店:どうやら隣のクリーニング屋さんと同じ経営らしい。

古ヶ崎

  • わら屋:菓子パンなど色々あったお店、現在はえつこ美容院のある場所
  • 古ヶ崎浄水場近くの角地:浄水場前の逆川沿いの道を古ヶ崎五叉路方面に行った所の、細い道の入り口の三角地帯みたいな土地にあった駄菓子屋さん。ミスターTによれば「古ヶ崎浄水場付近坂川沿い この付近に公文塾があり塾帰りによく行った駄菓子屋だ。店の名前はわからない。串に刺さったお気に入りのカステラをよく購入」

暫定位置検討中は下記です。

  • 長瀬商店 古ヶ崎1182
  • 谷口商店 古ヶ崎985
  • 竹村商店 古ヶ崎940
  • 大下屋 古ヶ崎108

 

  • 小久井菓子店(古ヶ崎112):以前、古ヶ崎五叉路附近にクリーニング屋さんがあって、その隣が小久井建築設計事務所というオフィスがあった。小久井という姓はこの界隈では比較的珍しい名前だと思うので、子孫か分家かもしれない。

竹ヶ花・南花島方面

  • 梅屋:梅屋さんは現在の竹山クリーニングさんと松戸インペリアルの間にあった。二人くらいで運営していたお店で、一人は金沢出身。
  • 山崎菓子店:(アライハムの坂を居りて、右折していった処)
  • 仁平:(エイムさん、ミスターT情報提供)南花島 中町児童公園前 ミスターTによれば「仁平は70年代のテレビドラマなどで見られた子供達が店で駄菓子を買い「ワーイ」と叫びながら店を勢いよく飛び出る。そんな風景がもっとも似合う店だった」場所が違っていると、ミスターT様よりご指摘ありました。本日、1988年の住宅地図を見たら、仁平進という方の家があり、ここである事を確信しました。マップも大雑把ですが訂正しておきます(2021年12月8日訂正)。
  • 蝦夷サカバー タッテューヤ 北海道料理のお店ですが、店頭で駄菓子を売っています。
北海道家庭料理居酒屋 蝦夷サカバー タッテューヤ
居酒屋
  • 黒沢商店(駄菓子屋、丸新青果市場近く):竹ケ花190番地、”松戸市の事業所名鑑 昭和38年”によれば、黒沢商店 竹ケ花190番地とあり、1962(昭和37)年の住宅地図では黒沢金三郎さんの家が竹ケ花190にある。多分同一の場所であると思う。 近くにYさんの生簀屋さんがあり、湧き水があり、その近くにあったそうです。まつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)
  • 森田商店:南花島347 ”松戸市の事業所名鑑 昭和38年”によれば、菓子小売業となっている。うしとら様のコメントによれば、昭和38-40年頃は、糸やボタンや縫い針などを置いて売っていたそうで、駄菓子の他にも色々な物を売っていた。ところが、ある時近所のお店で駄菓子も売るようになってしまい、競合してしまう為、安定した売上の為にヤマザキパンの傘下に入りパンを売るようになったようです。同時にタバコの専売店でもあり、近所の材木屋さんの職人や色々な方々がタバコを買っていたそうです。
  • 飯塚商店:竹ケ花175 ”松戸市の事業所名鑑 昭和38年”によれば、菓子小売業となっている。南花島の飯塚理器と同じなのかと思っていたが、昭和38年には菓子類を販売していたのだろうか?度々コメントを書いてくださるうしとら様によれば「飯塚商店は飾屋といわれていた」そうで元々髪飾りを売る店だったそうです。「ただ、髪飾りが売れなくなって駄菓子を置いてたんではないでしょうか?」との事です。ありがとうございます。
  • 吉岡ちか商店:南花島201 昭和38年”によれば、菓子小売業となっている。うしとら様に確かめていただいた情報によれば、吉岡ちか様は当初理髪業をされていたらしい。ただ、年をめされると立ち仕事はきつい。そこで駄菓子屋を始めていたらしい。ただし、昭和40年頃はほぼお店は閉まっていたらしいです。うしとら様、ありがとうございます。

馬橋駅付近

下記は暫定位置調査中です。

  • かどや 馬橋2520
  • 西口商店 馬橋2418
  • 恩田商店 馬橋1896
  • トキタ屋 馬橋2282
  • 前田屋 馬橋2281
  • 西沢商店 馬橋2271
  • 小松屋 馬橋104
  • 花島菓子店 馬橋1814
  • 大茂商店 馬橋1793
  • 杉浦商店 馬橋1780
  • 富士見堂 馬橋1455
  • 石川商店 菓子小売 松戸市馬橋1464
  • 宇田川商店 馬橋1791
  • 栄和菓子店 八ヶ崎600~1

栄町方面

  • 菓子のカワサキ(通称”ピロビタン”):タケさんの情報提供によると乳酸菌飲料のピロビタンの看板があり、ユニークなおじいちゃんが店主さんで、くじで当たるとおおげさにリアクションしていた記憶があります。ピロビタンという看板の駄菓子屋が現在のマツモトキヨシ付近にあったようだ。暫定だが栄町一丁目の神谷商店並びの菓子カワサキではなかろうか?という事で落ち着いています。継続調査しますね!(タケさんから2022年1月23日情報)。
    1975住宅地図

    1975住宅地図

    1975年の住宅地図です。栄町2丁目を見ています。まだこの当時はベルクスもマツモトキヨシもありませんでした。

  • 能代浜横のパン屋さん兼駄菓子屋 情報提供者のAさんによれば、能代浜の近くに駄菓子屋の様なパン屋があったらしい。「テナントに入っていたのは、アライサイクル、能代浜、現在と違う歯医者あおぞら、パン屋(駄菓子を売っていた)の4軒でした。現在は能代浜とユタカ歯科医院の2軒しかありませんが」との事でした。(情報元栄町在住のAさん)
  • 四丁目の路地の奥長塚さん宅付近の駄菓子屋 店内だけでなくお店の軒先にも駄菓子を出して売っていたそうです。同級生から情報ありました。ありがとうございます。
  • 三丁目路地内の駄菓子屋:高橋文具店の横に入り三軒目くらいにあったそうです。同級生から情報ありました。
  • 駄菓子屋シャルマン:栄町八丁目、2021年5月5日に閉店、45年の幕を閉じたそうです。残念。
千葉県松戸市・栄町の駄菓子屋  🇫🇷魅力的で魅惑的でチャーミング🇫🇷 駄菓子屋シャルマン〜 : 駄菓子屋(文化)探訪ブログ~大切なことはすべて駄菓子屋が教えてくれた~
千葉県松戸市。良馬の産地であった昔、一帯は馬津里(うまつさと)と呼ばれており、これが訛って(まつさと)→(まつど)になった説。諸説あれど、筆者はこれを推したい地名の由来。江戸⇔水戸をつなぐ幹線道路・水戸街道の宿場町(松戸宿・小金宿)として栄えた市域に、国
  • あさひ屋:栄町八丁目、あさひやおもちゃ屋で、駄菓子を売っていたらしい。レッドキューブさんより情報あり。2021年12月3日
  • うえの商店:栄町八丁目、横六間川と坂川の交差点付近、黄色いテントが目印のお店。レッドキューブさんより情報あり。2021年12月3日
  • あかしや:栄町八丁目、現在のオリンピックの並びのお店。レッドキューブさんより情報あり。2021年12月3日

新松戸方面

  • ちあどる:ましゅ☆さんより情報いただきました。2021年10月18日
    「新松戸の中央パーク横に「ちあどる」という駄菓子屋がありました。2019年頃に閉店してしまいましたが、子ども達が遠足のおやつを買うんだ!と行っていたようです」
    ましゅ☆さんありがとうございます。
  • 栄文堂 文房具屋さんの営業する駄菓子屋さんの様です。
幸谷駅近くの駄菓子屋さん~えいぶんどう【クチコミ】
えのさんからのクチコミ 駄菓子屋さんです。 流鉄の幸谷駅近くの、以前、文房具屋さんだった店が、現在駄菓子屋さん…

小金、小金原方面

  • グランプリ:国道6号線近く、美容院近く、
  • モチヤ: 小金小学校正門近く
  • 伊師文具店: 小金小学校正門近く、後にミニストップになり廃業
  • ショッピングセンター:崖下のレトロな建物(おしけんさんのブログより:山王公園下の道沿い。マップ参照)おしけんさんから2021年9月2日に教えていただきました。ありがとうございます。
  • 茶屋:おしけんさんのブログより:藤花塚公園近く。マップ参照)おしけんさんから2021年9月2日に教えていただきました。ありがとうございます。
  • ダガシヤダイチャン: 小金原公園の隣、懐かしのnorthwestさんの(駄菓子屋の思い出)に2008年頃にオープンした駄菓子屋さんとして紹介されています。昭和ではありませんが、昭和の雰囲気たっぷりなようです。小金原中央商店街さんのページにも紹介されています。
『懐かしのnorthwest(駄菓子屋の思い出)』
朝起きて窓の外をみてみると…あらら台風なんて来ないじゃん!今日はわが千葉県北西部、northwestにも大雨強風波浪注意報並びに警報なんて発令されて当然外は大…

下記は、現在調査中です。

  • 丸山菓子店 小金383
  • 大正堂 小金11
  • 柳川商店 小金198
  • 木多屋商店 小金241
  • 五六七屋 小金105
  • 筑波屋 栗ヶ沢769
  • ハタヤ 栗ヶ沢489

根木内付近

下記は、現在調査中です。

  • 牧野商店 根木内248
  • 酒巻商店 根木内38

胡録台・北松戸・上本郷・松戸新田・稔台方面

  • 元内田医院横の駄菓子屋さん(胡録台:昭和40年頃まで、近所の大先輩N様より情報20210812)
  • 美和 南部市場内にある駄菓子などの問屋さん、一般の人も買える。先日伺ったら、親子で来ている人も多かった。こういう店があるのは嬉しい。
美和|店舗情報|松戸南部市場|松戸市公設地方卸売市場南部市場|松戸市綜合卸売市場
店舗情報「美和」です。松戸南部市場は業者だけでなく、一般の消費者ももちろん、どなたでも安心、安全に良い食料品を買える市場を目指しています。
  • たからの店:大谷サイクルショップの隣に2019年前後まであったまつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)

下記については現在調査中です。

  • するがやパン菓子店 稔台103(旧住所)
  • 川村商店 稔台200
  • 湯浅商店松戸新田582
  • 鈴木商店 松戸新田579
  • 恩田商店 上本郷2255
  • 松新堂 松戸新田463
  • 松丸商店 仲井町2-47
  • 渡辺商店 仲井町3-10
  • 二宮店 上本郷下杉2964-5
  • 原商店 上本郷下杉905
  • 岡田商店 上本郷下杉907
  • 竹内商店 上本郷下杉2011(住所分からず)
  • 角店 上本郷下杉2677

常盤平・五香方面

  • 和田商店(酒店):幼少の頃、常盤平にお住まいだったS様からの情報によりますと「間口はソコソコ広くて、奥に行けば普通の食料品店だったと思います。正面入り口から道路にかけて、平台には「ザ・駄菓子屋」の商品群が沢山ありました。なんというのかわかりませんが、紙のふたで分割された穴をあけて、好きな所を開くと、それぞれ商品の入ったもの、とか。また、今から思うと結構毒々しい色のゼリーとか。酢漬けのイカとか、思いつく限りの駄菓子が置いてありました。まぁ学校帰りの小学生で常に賑わっていました。当時の子供たちは「シンコーパン」という、看板に書いてあったパン会社の名前で呼んでいました。「和田商店は「常盤平第2小学校」の学区で、近いというほどではないですが、恐らくあの辺で一番流行っていた駄菓子屋でしょう。経営者は、当時の小学生から見ると「老夫妻」に見えましたが、今から思えば多分50代そこそこのご夫婦だったでしょうか。今でもお顔を思い出すことができます」   S様、ありがとうございます。(2021年9月1日更新)

暫定位置検討中は下記です。

  • 池田菓子店 常盤平2-31
  • 湯浅支店 常盤平3-19-10
  • さくらや 常盤平5-7

河原塚方面

暫定位置検討中は下記です。

  • 高橋はる 河原塚336
  • 伊原商店 河原塚403

六実方面

暫定位置検討中は下記です。

  • 小川食料品店 菓子、荒物小売 松戸市六実475
  • 浅海商店 松戸市六実353
  • 老田金弘 松戸市六実476

紙敷・高塚新田・秋山

暫定位置検討中は下記です。

  • 小谷野商店 紙敷910
  • 山田留吉 高塚新田396
  • 河原田商店 紙敷1566
  • 湯浅しず 紙敷1524
  • 根本渉 紙敷1095
  • 湯浅正平 紙敷711
  • 四ツ角 高塚新田336
  • 石井商店 秋山324-2
  • 大山商店 大橋26
  • 浮ヶ谷商店 大橋1016

 

まだまだたくさんあった筈

ご存知の方がありましたら、是非、このページのコメント欄にお願いします。

コメント

  1. エイム より:

    アライハムの坂下駄菓子店、山崎菓子店という店名でしたか!
    あそこはよく行きました!
    お店の真横に材木?か何か積み重ねられていて、そこに座って
    駄菓子を食べてました!懐かしいです♪

    • エイムさん、コメントありがとうございます。
      駄菓子屋は住宅地図にはそれと書かれてなく本業が書かれていることが多くて特定が難しいのですが、大切な子供の頃の思い出ですから、少しずつ明らかにしたいです。

  2. atu より:

    こんにちは。突然の書き込み失礼します。
    70年代の松戸市内の玩具屋などを検索していたらこちらに辿り着きました。
    坂川沿いの平山さん?(店名を失念していました)は子供のころよく行きましたが、たしかにこの場所でした。情報ありがとうございます。店主さんの作った模型が店内に飾ってあったのですが、その中の小さい人形の模型をいただいたことをとても良く覚えています。
    それから南部小付近のなかやさんからデイリーまでの間、ちょうど中間のあたりに駄菓子屋というか文房具屋のようなお店があったと思います。記憶が曖昧で申し訳ありません。
    またお邪魔させていただきます。

    • atu様、
      コメントありがとうございます。玩具屋さんはまだ、調査が届いていない状態で、1970年代には松戸駅東口にもあったようですが、まだ未掲載のままでした。
      さて、松戸は広範に駄菓子屋さんが点在していたようで、調査が中々大変です。まだ、調査途上ですが、南部小付近は駄菓子屋さんが多くて、いわば駄菓子屋天国みたいな状態だったんだなあ・・・と羨ましく、また微笑ましく思っています。
      確かに、平山さんの所の駄菓子やさんは複数で何人かが行ったことが有るというご連絡をいただきました。
      なかやさんからデイリーまでの中間に駄菓子屋or文房具屋さんがあったとの情報、ありがとうございます。早速、調べてみて、それらしいお店が見つかり次第、mapと記事に掲載させていただきますね。現在、暫定という事で掲載しております。もし、お店の特徴や店主エピソードなど、ありましたらありがたいです。
      今後ともよろしくおねがいします。ありがとうございます。

  3. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    ありがとうございます。
    その駄菓子屋or文房具屋さんの特徴は、お店に入るときに2段くらいの段差があり、店先にはガチャガチャがありました。店内は奥行きがあまりない印象です。
    店内に入るとすぐに文具などが入った横に広いショウケースがありました。南部小から角町方面に行く際左側にあったので、ちょうど今暫定であるポイント付近です。とはいえこれといったエピソードもないのでかなり曖昧です。もしかして記憶違いということもあるかもしれないのですが・・・申し訳ありません。
    今日実家の母にその件で聞いてみたのですが、そんなところにお店あったかな、ということでした。また、えびすやさんの前のデイリーの話になったのですが、「え?デイリーじゃなくてシガラキさんでしょ?あそこの奥さんが昔言っていたんだけど、ロールカステラの食べ方は切って食べるのではなくて、そのまま(恵方巻のように?)食べるのが一番美味しいのよ!と言ってた」と思い出していました。相当豪快な方だったようですね。

    • atu様、
      情報誠にありがとうございます。生きた情報をいただくと、あの南部小学校付近の姿が色々と想像出来て楽しいです。情報はページ内に反映させていただきました。また、デイリーの旧名は昔の住宅地図で、神楽商店だと思っていましたが、どうやら信楽商店だったようですね、これもいつか図書館で住宅地図を再確認しますね。それにしてもロールカステラを恵方巻の様に食べるとは・・・すごい!信楽というと滋賀県の信楽焼が有名ですが、もしかすると信楽商店さんは近畿地方ご出身かもしれませんね!そういえば、恵方巻も関西から持ち込まれた文化だったような記憶があります。なんだか色々な事が見えてきたような気がします。ありがとうございます。また、お母様にも聞いていただきありがとうございます。お母様にもよろしくお伝えください。

  4. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    昨日の母の話ですと道草亭 ペンペン草様のおっしゃる「神楽」のほうが正解のようです。と申しますのもデイリーの話のときに「シガラキさん」でしょ?と母が言うので、私が「信じるに楽って書くやつね」と答えたところ「あれ?神様の神ってのじゃなかったかしら・・・?」という感じでしたので。母は焼き物が好きなもので脳内で神楽さんを信楽焼の信楽に勝手に変換していたものかと。人の記憶は時が過ぎるとやはり薄まっていくものですね。今度母にも伝えておきたいと思います。

    • atu様、
      お母様にご確認いただいて、恐縮致します。人の名前、お店の名前は案外とおり名の場合もありますので、もしかするとシガラキさんかも・・・とも思っておりました。今日、図書館に行って、南部小付近の昔の住宅地図を見ていましたが、暫定のお店の場所がまだ確定できていませんが、時間をかけて調べてみようと思っています。ちなみに暫定のお店に行かれた年代、お店の存在した年代が少し分かるとありがたいのですが・・・よろしくアドバイスお願いいたします。色々とありがとうございます。

  5. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    年代は70年代後半です。当時南部小学校に通っていたのですが、駄菓子を買いに行くのはやはりほぼ南部堂でした。暫定のお店は途中で出来たような気がします。ただ昔の地図にも無いようですと、やはり思い違いなんでしょうかね。
    今回この話をもとに母とも昔話で楽しめる機会が出来、とても有難く存じます。ありがとうございます。

    • atu様、情報ありがとうございます。
      1970年代後半の住宅地図はまだ良く見ていない年代があります。
      1977-1979年頃の住宅地図を探してみます。
      子供の頃、通う駄菓子屋さんはそう多くなくて、地域をまたいで行くというのは怖くていけませんでした。
      私は北部小学校に通っていましたが、北部小に通う児童にはその児童用の場所があって、少し離れると違う小学校のエリアになるので、場合によるといじめっ子もいるわけで、中々他地区の駄菓子屋に向かうという事はしなかったんです。そういった意味で、南部小付近は私にとっては全く未経験のエリアでした。でも、色々な情報が集まるにつけ、南部小付近の魅力も興味深く思っていました。そういえば、先日娘を連れて、車で南部小付近を走ってみました。今現在は活気は無いですが、南部堂の独特のファサードのグレー色の縦のスパンドレル外装と建物上部のクリームピンクの外装を見て、これか・・・と思いました。ワクワクしました。

    • Atu様へ、調査経過です。暫定駄菓子屋の説明欄の所に仮貼りした画像を御覧ください。これは1978年の住宅地図です。これを見ますと、神楽商店(現在のデイリー)の左下に神楽文具店というのが出来ています。なかやとデイリーの中間よりはかなりデイリー寄りになりますが、これがもしかするとAtuさんのコメントされた駄菓子屋さんだったのかもしれません。いかがでしょうか?ちなみに1977年、1979年にはこの神楽文具店というお店は地図には掲載されていないんです。えらく短い間に開店して、すぐ閉店してしまったのか?

  6. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    このお店かもしれません!なかやと神楽商店の間に文具屋。微妙に場所が記憶と違いますがもうこれしかないと思います。なかやと神楽商店の間の文房具屋でガチャガチャをしたのですが、なかなかお目当てのものが出てこなく悔しかった記憶があるんです。なんだかお店が存在したことがわかってスッキリしました。それにしてもおっしゃるようにほとんどお店やってなかったんですね。母が覚えていないのも無理もありません。調べていただきありがとうございました!

    • atu様、お返事ありがとうございます。ただ、一時的に文房具屋があっただけですので、私も確信が持てないでいます。atu様のご記憶としてはあの道の西側でしょうか?つまり左側?
      その記憶であるとすると何か住宅地図に現れない名前であったのかもしれません。暫くは継続調査してみます。

  7. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    私の記憶ですとおっしゃるように西側(左側)です。ちょうど小泉さん、松永さん、佐々木さんに囲まれている空き地?のようなところです。ここだと記憶と本当にドンピシャです。お店はあまりお客さんがいなく、お店に入ってから店主さん?がいらっしゃーいって奥から出てくる感じでした。

    • なるほど・・・
      子供の頃のお店のあった方向は間違えていないと思います。
      左にあったはずが、右にあるはずが有りません。
      これは時間(何年かかるか分かりませんが)がかかりそうですが、分かり次第、お知らせしますね。南部小付近の商店街マップがあるとわかりやすいかもしれないんですがね・・・或いは、神楽さんに直接尋ねてみるか・・・

  8. atu より:

    ありがとうございます。
    不正確な物件でご面倒をおかけしますがどうぞよろしくお願い致します。
    気を長くして情報お待ちしております。

    • いえいえ、とんでもないです。情報が広がるのはとてもありがたいです。また、なにか思い出すことが有りましたら、ぜひ教えて下さい。
      それと暫定駄菓子屋さんは床が高くなっていたとの事ですので、一度周辺を見に行ってみます。何らかの地形的な要素があるかもしれませんので・・・

  9. ましゅ☆ より:

    駄菓子屋さん、たくさんある(あった)のですね。

    新松戸の中央パーク横に「ちあどる」という駄菓子屋がありました。
    2019年頃に閉店してしまいましたが、子ども達が遠足のおやつを買うんだ!と行っていたようです。

    2011年のストリートビューで店名が見れます。
    https://goo.gl/maps/ahaB7WdfBhSCaYyN7

    • ましゅ様、
      コメントありがとうございます。
      新松戸の中央パーク横に「ちあどる」の情報ありがとう。
      皆さんが駄菓子を買われた、或いは知っているという情報が大事で、参考にさせていただきます。
      早速、マップ共に掲載させていただきました。ありがとうございます。

  10. じゅん より:

    こんにちは。松戸神社裏の店は「あんびる」旧中部小学校付近の店は「いなだや」です。
    あんびるでは、メンコやベーゴマを買い、いなだやには、焼きそばを食べに行った
    もんです。懐かしい。

    • じゅんさん、
      情報ありがとうございます。名前がわかるととても助かります。あんびるは訂正させていただきました。さて、旧中部小近くのいなだやは線路沿いの今の中川仏具店さん、河合塾付近でしょうか?それとも現在の田中屋そば屋前付近でしょうか?教えていただけましたらありがたいです。

      • じゅん より:

        いなだやは現在の田中屋付近です。斜め前は、あさひ湯と言う銭湯がありました。
        当時いなだやは親子三人で切り盛りしていて、お母さんが娘さんに
        「やえ子お客だよ、やえ子何やってるんだよ」と、よく言ってました。
        よく学校で、まねしたものです。

        • ありがとうございます。早速、じゅん様のコメントに従い、マップ及び説明欄に加えさせていただきました。一応ご確認の為、説明欄に昭和37年頃のマップを補足的に入れました。じゅん様のおっしゃっているいなだ屋さんBのところですね!Cにもおでん屋がありますが、これは同じ経営だったのかもしれませんね!それと、旭湯の並びにAとマークした”ハシイ文具店”がありますが、こちらでも駄菓子を売っていましたか?恐縮いたしますが、ご存知でしたら教えていただけますか?

          • じゅん より:

            道草亭ペンペン草様
            いなだやは、地図のB.Cあたりで間違いありません。
            ハシイ文具店は地図を見て、あゝ…そうだ小さなお店があったなぁ~と、
            それぐらいの記憶しかありません。
            すみません。

          • じゅん様、
            いなだ屋のご確認、そして情報ありがとうございます。助かります。
            ハシイ文具に関しては暫定で加えておきます。多分、駄菓子も扱っていたかもしれません。
            それにしても駄菓子屋は色々なところにあったのですね!

  11. レッドキューブ より:

    栄町のシャルマンの通りにあさひやと上野商店がありました。
    その近くにあかしやがありましたね

    • レッドキューブ様、情報ありがとうございます。
      とても助かります。

      上野商店は坂川と横六間川の交点の長津道橋近くのお店ですね。黄色いテントに”うえの商店”と書いてあったので、気になっていました。何となく今見ると車庫の様に見えますね!

      あさひ屋:パン屋さんの”サンフレーズ”の横に”あさひやおもちゃ屋”がありましたが、そこが駄菓子を売っていたんですね!

      でも”あかしや”が分かりません。もしかして、栄町側ではなくて、西馬橋側ですか?
      大体の場所分かりましたら、教えていただけますか?
      うえの商店とあさひやはマップに入れておきますね!

      • レッドキューブ より:

        こんばんは、あかしやは栄町側です。
        今のオリンピック馬橋店の近くにある整骨院のあった場所だと思うのですが…

        • オリンピックの並びの医心堂整骨院かな?ゆずやちゃこに行く手前のところ・・・
          ありがとうございます。暫定であかしや入れさせていただきます。もし間違えていたら、ご指摘お願いします。

  12. ミスターT より:

    前にコメントしたクリーニングツユザキの駄菓子屋は野崎商店だったんですね 思い出したが野崎商店はクリーニングと駄菓子の今流行りの二刀流商売でした 家は同じでも出入口は別 店の奥はつながっていて クリーニング屋にいればクリーニング屋のおばちゃん 駄菓子屋にいれば駄菓子屋のおばちゃんということだった ドリフのコントでもこんなのあったと思う グリーンコーポ近くの野村商店も入り口は2つあって 駄菓子 日用雑貨の二刀流販売だった 駄菓子一本で商売するのは大変だろうし 駄菓子だけに おまけ 感覚だろう この野崎商店の前に鈴木壮があり その一階に根本初のゲームセンターが出来たことは前にもコメントしたが そのゲームセンターは変わっていてメダルで駄菓子と交換できることだった これまでの人生でメダルゲームは好きで随分と長い間遊んだが 物品と交換できるのはここが最初で最後 自分は毎日のように通っていたが駄菓子と交換することはなかったが たまに大量にメダルが出たときは 知らない子が「袋もらってきてあげたから これだけメダルちょうだい」とか良くあった
    大概はメダル使い切って帰宅するが メダル使い切れないときは 今だったら店でストックしてくれるが当時はそんなのなく 持って帰るしかない しかし 家には極秘で通っていて 見つかったら怒られるにきまっているので 帰宅途中の坂川にメダルを捨ててました そのゲームセンターも半年くらいで無くなり(北部小学校の近くで問題あったのか メダルで物品交換できるという賭博もどきの為かわからんが)またそのゲームセンターの引っ越し先が運動公園通りで後に店主と劇的に再会したことは前にもコメントしたとおりだ この鈴木壮は現在でも現存してる 飲み屋の隣2軒ぶち抜いたところにあった 左側はつい最近までコインランドリーだったが今は無い あの当時の面影がある数少ない思い出の場所だ 
     

    • ミスターT様、
      コメントありがとうございます。
      私は実はメダルゲーム大好き人間なんですが、根本に駄菓子と交換出来る店があったなんて、知りませんでした。
      それは確かに学校でも問題になるかもしれないですねえぇ・・・
      その鈴木壮について、調べたくなってしまいました!!

  13. ミスターT より:

    駄菓子屋 仁平 場所が違います 現在の飯塚理器 通り アパートがあってその隣だった気がします 現在は普通の民家 前は赤い平屋借家あたり その前は現在は駐車場だが当時は広大な空き地 駄菓子屋 仁平は雰囲気は良かったが買い物はしてないと思う まず店主が自分を知らない 縄張り違い そんなこともあって 仁平に行くことは単独では無く 先日 テレ朝の「人生の楽園」というテレビ番組で紹介された 松戸レンタル古民家蔵カフェは同級生の家でそこに遊びに行って同級生と一緒の時しか行ってないと思う あまり思い入れがなく雰囲気しかコメントできなかった

    • ミスターT様、
      仁平の場所の事、ありがとうございます。取り敢えず、暫定で飯塚理器側に移しておきました。正確な場所は、後日修正するつもりです。
      これからも間違いが有りましたら、ご指摘お願いします。

    • ミスターT様、
      仁平の位置家の住宅地図で場所わかりました。ご指摘ありがとうございます。
      早速位置を修正しておきました。

  14. ミスターT より:

    樋野口の楽園 矢口電機ラーメンおでんを語らなければなりません 小学校当時電機ラーメンおでんには当然興味なくその敷地内にあるゲーム ガチャガチャなどその数はかない多く 吉岡文具 ゆたか堂 野崎商店をミックスしたような多さだった 自分はガチャガチャ専門で10円玉に両替するためには矢口ラーメンに入って両替しなければならないのがちょっと違和感がある 矢口ラーメン前でガチャガチャのプラスチックのカプセルを半分にし道路に敷き詰めて車に轢かせて楽しんでたのもこのころだ 自分よりも年下の子と遊びに行くにはここに連れて行けば外れはなかった 今考えたらこの矢口ラーメンも特殊でラーメンとおでんが一緒に食べれることだ おでんは対面式でも販売していてその後ろにはお菓子が売っていた その当時ドンパッチというお菓子が流行っていてそれがおでん鍋の後ろに陳列されていたことを思い出す その矢口ラーメンの前に橋がありそれを渡ると 焼肉松竹園があるが その橋の上で10年ほど前にTBSドラマ「特上カバチ」で嵐の桜井翔と堀北真紀がなぜここでドラマロケをしたのが今もって謎だ

    • 樋野口の谷口さんはラーメンも出していたことは知りませんでした。私の頃は田楽おでんと駄菓子でしたっけ・・・ガチャも私の頃は無かったと思います。そんなにガチャが豊富だったとは興味深いです。
      最近は、松戸駅東口のピアザ松戸ビルの地下階と一階を使ってガチャのデパートありますね。世の中変わってきました。
      そういえば、最近チョコボールのドンパッチ版みたいなのがあって、口の中でパチパチいって面白い。夏だけのバージョンだったと思います。
      あの松竹園の所の橋で、櫻井翔と堀北真希のロケがあったとは!知りませんでした。情報ありがとうございます。

  15. うしとら より:

    仁平、なつかしいです。
    仁平のおばさん、ちょっと前にバス停で待っている姿を御見受けしました。今もお元気そうでしたので、子供のころは親より大分年上に見えましたが、存外若かったのかもしれないなぁと思いました。仁平のおばさんは母の様に優しかったですが、旦那さんは子供にはちょっと怖い存在でした(たぶん普通のおじさんだと思います)。とはいえ、おじさんがお店に出てくることはなく、おばさんがいない時にお店に入ってしまうと、お店と居住スペースを区切るガラス戸からカーテン越しに子供を監視するので、お店の子供からはその姿が丸見えで1対1の時は超怖かったのです。万引きしないか監視していたと思いますが、そういう場合私は「おばさんいないからまた来ようっと。」などとおじさんに聞こえる様に大きな声で言いながら店を出て行き、何も盗っていないことをアピールしておばさんが居る時に出直すようにしていました。
    仁平の左隣のアパートは当時と同じ建物です。右隣は当時はネギ畑でしたが、今は住宅が建っています。店の奥に無窓の暗い部屋があり、そこにインベーダーやパックマンなどのアーケードゲームがありました。そこには年長者が陣取っていて、私らは立入ることができませんでした。私が好きな駄菓子は麩菓子、あんこ玉、さんくらんぼ餅(無果汁)などでした。仁平の前には空き地がありました。空き地だった場所は現在駐車場になっていますが、当時は子供が沢山遊んでいて、男子はバッタを捕ったり凧上げしたり、女子も何かやってました。屋敷側に相当大きな木があり、そこにはロープと廃タイヤで作ったブランコがあったと思います。その空き地の北東側はS家に通じており、S家の手前には鉄工所がありました。ここはS家の庭だったと思いますが、みんな勝手に通り抜けていましたが、S家から咎めらることはありませんでした。
    南東側は空き地を所有者するY家の屋敷と繋がっていましたが、こちらは通り抜けできませんでした。
    もう30年以上前ですが、仁平は突然閉店してしまいました。
    私は小学校高学年だったので昭和60年くらいだと思います。
    ガチャガチャに並んで、200円入れると景品玩具が出てくるコスモスという名の自動販売機が新設されたのですが、その取り出し口から手を突っ込むと商品が取れることに気が付いた子供がいて、お金を入れないで大量の商品を捕り、友達に商品を配るという事件が起きました。仁平さんは完全な被害者なのですが、それまでにアーケードゲームを置いていることを地域から問題視されていたそうで、この事件を潮に閉店を余儀なくされたそうです。この地域の子供たちは駄菓子屋難民となり、近場の南花島4丁目にあった山崎菓子店に行くようになりました。その山崎菓子店も間も無く閉店してしまいました。

    • うしとら様、
      仁平に関する仔細にわたるご説明誠にありがとうございます。それにしても、奥から監視されている感じというのは確かに怖い。無愛想でも、むしろ店に出てきてくれた方が安心出来ますね。「おばさん、いないから、又来ようっと」と言いたくなる気持ちも理解できます。私もそうしたかもしれません。ブランコもあるし、子供にとってパラダイスみたいな場所だったんですね!

      コスモスというのはこれの事でしょうか?

      素晴らしきインチキ・ガチャガチャの世界 コスモスよ永遠に

      こういう機械があったんですね!私はこの頃はスリランカか台湾に居た頃なので、知りませんでした。でもこの機械に興味を持ってしまいました。
      子供達の空き地はバブル景気の頃に無くなっていきました。寂しい思いがあります。

      • うしとら より:

        まさにこれです。なつかしい。
        一時期、子供が来る場所には大概ありましたね。あっという間に消えましたが。
        タイミングが悪かったのが、コスモスの登場とファミコンの登場がほぼ同時だったように思います。ファミコン時代になり、子供が外で遊ばなくなったので、消えたのではないでしょうか。

        • ファミコン時代とかぶる頃なんですねえ・・・
          ファミコンは私も買いました。画期的でした。
          あのリンクの本は「素晴らしきインチキ・ガチャガチャの世界 」とありますので、全国的に子供達による想定外の利用方法によって、衰退したのかもしれません。子供の伝搬力はすごいので・・・
          そういえば、インベーダーゲームも電子ライターでクレジットを狂わせるという方法が、新聞に載って以来、機械にアース板を取り付けるようになったのを覚えています。

  16. タケ より:

    はじめまして。私の記憶では栄町2丁目の駄菓子屋さんはピロビタンではないでしょうか?1975年前後です。乳酸菌飲料のピロビタンの看板があり、ユニークなおじいちゃんが店主さんで、くじで当たるとおおげさにリアクションしていた記憶があります。能代浜近くの現マツモトキヨシ向いあたりでした。どなたか、覚えている方いらっしゃいますかね?ちなみに能代浜か並びは、昔、アライサイクルという自転車屋さんでした。初めて自分の自転車を買ってもらった記憶があります。

    • 初めまして!タケさん、コメントありがとうございます。
      とても助かります。1975年前後のその付近の情報は今手元に無いので、友人に聞いたり、調べてみます。取り敢えず暫定でマップに入れておきますね!
      分からないことが有りましたら、教えて下さいね!

    • タケ様、
      今まで、古ヶ崎・栄町の欄にご意見を頂いたお店を入れていましたが、栄町の欄に移し、該当の二丁目のお店の所に、1975年の住宅地図を貼ってみました。その住宅地図の下に色々と可能性を書いてみました。読んでいただけますか?

  17. タケ より:

    ピロビタンという名称は、恐らく子供の間だけの呼称で正式名称は他にあったのではないか思います。菓子カワサキがピロビタンに該当するかどうか確信は持てないのですが、間違いなく位置的には、少なくとも菓子カワサキの左右2、3件並びにあったのは確信を持てます。そう考えると掲載していただいた地図の菓子カワサキが濃厚かと思いました。道挟んで1丁目になるんですね。

    • タケさん、
      お返事ありがとうございます。それでは、後日もう少し年を跨いだ住宅地図でも再確認、調べるとして、この時点では菓子カワサキをその駄菓子屋として記録しておきます。修正があれば移動させますので、ご安心を!また、情報提供者のAさんによれば、能代浜の近くにも実際駄菓子屋の様なパン屋があったんだそうです。「テナントに入っていたのは、アライサイクル、能代浜、現在と違う歯医者あおぞら、パン屋(駄菓子を売っていた)の4軒でした。現在は能代浜とユタカ歯科医院の2軒しかありませんが」との事でした。一応、両方の駄菓子屋を掲載しておこうと思います。近日中に作業しますね。今後とも宜しくお願い致します。

  18. タケ より:

    調査ありがとうございます。能代浜近くの駄菓子屋のようなパン屋さんは存じなかったです。中村マンションには当時、同級生も住んでいて良く遊びに行ったものでした。もしかしたら失念しているかもしれません。懐かしい松戸の風景、楽しく拝見させていただいています。つたない情報ですが、気づく点あれば、ご提供させていただきます。

    • タケさん
      たとえ、それが一見ちっぽけな風景、思い出だったとしても、案外その風景というものがその人にとって掛け替えの無い人生の一部であったり、人生そのものだったりします。それを見た他の人も自分が歩んできた人生を思い出すきっかけになるかもしれません。そういう情報、風景、心を大切にしていきたいです。これからも何か思い出す事がありましたら、駄菓子屋以外でも構いませんので、情報その他、アドバイスいただけましたらありがたいです。宜しくおねがいします。

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