昭和の松戸を歩く楽しみ

昭和の頃にあった松戸の駄菓子屋を探そう!

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昭和の頃の駄菓子屋 in 松戸 を探そう!

文房具屋さんは子供のコンビニだった

2021年現在、松戸市にある小学校付近を調べつつあるが、文房具屋さんが何故か見当たらない。みんな何処で文房具を買っているのか?もっともスーパーマーケットに行けば、必要最低限の文房具は売っているので、十分かもしれないが、文房具屋が無いと思うと、何となく寂しい。

私が子供の頃の北部小近くの文房具屋は”よろづや”で、言わば”子供のコンビニエンスストア”みたいなものだった。当時はそもそも、セブンイレブンを始めとしたコンビニも無かった。でも、文房具屋に行けば文房具の他、ボンナイフや肥後守などのナイフ、おばけけむり、駄菓子、くじ類、正月用品の凧、コマ、羽子板、銀玉拳銃、パチンコ、ろう石、2B、かんしゃく玉、爆竹、花火、ゲーム、店によっては味噌田楽、今川焼き、私の頃は無かったがガチャガチャ・・・・

又、都内ではもんじゃ焼きもあったと聞いた。今思えば、子供の遊びの中心だった。

駄菓子屋の記録を残すことにしました

私達が生まれ育った昭和の時代に、文房具屋さん、駄菓子屋さんには大変お世話になりました。さて、私が覚えていた駄菓子屋さん、そして表の家の意見箱に書いてくださった駄菓子屋さんを取り敢えず、グーグルマップに入れてみました。多分、それ以外にたくさんあると思うのですが、もしご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけませんか?

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駄菓子屋があった場所

皆さんの駄菓子屋情報求む!

下のマップはOpen Street MapをベースにしたUmapによるマイマップです。そのマイマップにかつて存在した(或いは現在も含む)駄菓子屋をプロットしました。

画面いっぱいにマップをご覧になりたい方はフルスクリーン表示をクリックしてください。

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地区ごとの駄菓子屋のまとめ

松戸駅周辺:

  • 三山煎餅屋:松戸西口駅前通り、元ミヤマフルーツ、現サブウエイの場所。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「三山煎餅屋は旧家。煎餅を工兵学校の酒保へ卸し、駄菓子も販売。今はミヤマフルーツで健在」とある。
  • 西口中央公園の近くの駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋
    2001年9月24日撮影

  • 河合塾跡地付近の比較的大きな駄菓子屋(いなだや?じゅんさんによる情報確認中):(ミスターTによる情報)
  • いなだや駄菓子屋(旧中部小近く):モンダ書店が貸本屋をしていた頃その横の道を入った所にあったそうです。昭和39-40年頃。松戸観光大使Iさんより情報提供(20210809) 、じゅん様から2021年10月21日の情報で、このお店はいなだ屋というお店だそうです。「いなだやには、焼きそばを食べに行ったもんです。懐かしい」又、「当時いなだやは親子三人で切り盛りしていて、お母さんが娘さんに『やえ子お客だよ、やえ子何やってるんだよ』と、よく言ってました。よく学校で、まねしたものです」だそうです。何だかクスっと笑ってしまうお話しですね。
  • (暫定)ハシイ文具店:上記のマップのAに当たる場所にハシイ文具店があったようです。どなたかこの店についてご存知の方はいらっしゃいますか?駄菓子も売っていましたでしょうか?(2021年10月21日にこの店について見つけましたが分かりません)

    S37-2chome-map

    ハシイ文具店の位置、
    昭和37年商店街マップ

  • 中村屋菓子 : (漢方医H様からの情報20210811) 「昆虫を取るのに竹竿とモチを買ったりゴマ煎餅を買ったり野球のプロマイドを買ったり金魚型の寒天を食べたり、貸しスクーターを借りたりしました。そこの子供は私の5年位上でしたが現在もその場にあるスクモ稲荷の初午のスターでした」
  • 田中駄菓子:原田米店の斜め前に戦前駄菓子屋があったらしい(松戸観光大使Iさんより情報提供2021年8月16日)場所未定。
  • 宝光院境内にあった小さな駄菓子屋 : (漢方医H様からの情報20210811)
  • 嶋田おもちゃ屋:渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「嶋田おもちゃ屋は駄菓子も子供たちのたまり場」とある。

松戸駅東口:小根本、岩瀬方面

  • おおはし屋:ミスターTによれば「私は一度だけアイスを購入 その時はまだ店の前には陸橋は建っていなかったような感じがする」との事です。ここは元々青果販売をしていた店で、その後味彩になった場所です。
  • 桜井駄菓子屋:山六の隣付近にあった(栗原酒販さん情報による)。
  • 栗原商店:元々色々なものを売っていたお店。駄菓子も売っていたとのこと。現在は栗原酒販さん、金太楼東口横(栗原酒販さん情報による)。
  • 駄菓子屋(中華の末広横):貸本屋の住吉書房や埼玉屋豆腐店のあった辺り、ここで紅梅キャラメルを買った(栗原酒販さん情報による)。紅梅キャラメルとは1947年に創立の紅梅食品による製品で、他の菓子類と差別化を設けるために読売巨人軍の選手のカードをおまけとしてつけたらしい。これが大ヒットして、子供たちが巨人軍の選手の名前を覚えたらしい。
  • 大橋屋:銭湯”日の出湯”の並びにあった(栗原酒販さん情報による)。

平潟方面

平潟は私の覚えている限りでは子供の頃には駄菓子屋は無かったと思う。

  • 森田駄菓子屋:今はない。
  • 磯野駄菓子屋:現在はマンションとマンションの間にある木造アパートとなっている。

納屋川岸方面

  • 堂の口橋近くの駄菓子屋さん:元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、漢方医H様からの情報提供(20210811):ペンペン草が子供の頃としては我が家から非常に遠い駄菓子屋さんに行った思い出のあるお店、間口が狭くて、優しいおばさんが対応してくれた。
  • 浜駄菓子屋(青木家隣地):(松戸観光大使I様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「老夫婦がやっていた。駄菓子屋の隣の狭い道路に工兵学校の演習用材がおいてあった」
  • 田中屋(赤入橋と竹田接骨院の間にあった):元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「田中屋は釣具・餌・駄菓子を商い、「かし船」の看板が建っていた」とある。

松戸神社・角町・小山方面

  • 成島駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「成島は市場のなげし(仲買人)で、奥さんが駄菓子屋」
  • 戸張屋駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「戸張屋は瓦屋で、奥さんが駄菓子屋」と書かれている。
  • 椎橋駄菓子(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「当主が魚の外売り、奥さんが駄菓子屋」
  • 山口駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に記述
  • ”あんびる”駄菓子屋(松戸神社裏):昭和50年頃存在した駄菓子屋(松戸観光大使のI様より、20210809)、2021年10月21日じゅん様より情報があり、ここは”あんびる”という店名で、メンコやベーゴマを買った・・・との事です。ありがとうございます。
  • 駄菓子屋(戸定邸方面へ行く細道):(松戸観光大使のI様より、20210809)
  • 平山(角町の坂川沿い):(場所、要確認):プラモがたくさんで、男子が多かった。
  • えびす(南部小近く)
  • デイリーヤマザキ(えびす対面、南部小近く):1975年頃の住宅地図を見ると、ここは元々神楽商店という名前だった。また、神楽商店の奥様は「ロールカステラの美味しい食べ方は切って食べるのではなく、そのまま(恵方巻のように)食べるのが美味しい」と語っていた・・・という、とても可愛らしい情報もいただきました。atu様、ありがとうございます(atu様の情報20211002)。
  • 南部堂:(南部小学校正門前):プラモデルは、作って南部堂に持って行くとコンテストに参加出来た
  • なかや:(南部小正門から少し坂川まで歩いた所)
  • なかやさんとデイリーの中間付近にあった文房具屋or駄菓子屋-現在調査中(atu様より、情報,20211001):又、情報をいただいたATU様によれば

店内床面が外より少し高めで、二段くらいあがった。店先にガチャガチャがあった。奥行きがあまりない。店内に文具のショーケースがあった。

だそうです。atu様、誠にありがとうございます(20211002)。

1978年住宅地図

1978年の住宅地図

2021年10月10日:Atu様へ、調査経過です。1978年の住宅地図を見ますと、神楽商店(現在のデイリー)の左下に神楽文具店というのが出来ています。なかやとデイリーの中間よりはかなりデイリー寄りになりますが、これがもしかするとAtuさんのコメントされた駄菓子屋さんだったのかもしれません。いかがでしょうか?ちなみに1977年、1979年にはこの神楽文具店というお店は地図には掲載されていないんです。えらく短い間に開店して、すぐ閉店してしまったのか?

  • 杉浦商店(サングリーン付近のトンネルを抜けた所):「バンバンボール」の名人が来た
  • 杉浦商店(南部そば屋前)

水堰橋付近の根本

  • 谷口駄菓子屋:江戸川や赤入橋方面に行く時は必ずここに立ち寄った。私が立ち寄った当時は駄菓子もあったが、おでんがメインだった記憶がある。現在は電気工事業。
  • 岩間駄菓子屋(渡辺駄菓子屋):川光物産工場の川向う、渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「岩間駄菓子屋は冬には焼き藷も売っていた。いない」と書かれていた。私はこの岩間駄菓子屋に行ってふ菓子を買ったのを覚えている。また、他界した先輩Tさんによると「岩間駄菓子屋には母と娘がいた。娘さんと云っても、2021年現在に生きていたら90才近いと思う。この娘さんとダイエーで会ったことがある。お店ではかんしゃく玉のピストルなどを買ったことがあった」との事。ありがとうございます。別の地図ではここは渡辺駄菓子屋とも書かれている。松戸の観光大使でいらっしゃるI女史はこの渡辺駄菓子屋さんで、そろばんを習っていたとおっしゃっていた。
  • おいねや:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「駄菓子と日用雑貨品の販売店」とある。
  • 駄菓子屋(水堰橋横:店名不明):店名不明だが、谷口岩間さんなどと共に交差点の四つ角が駄菓子屋だった(栗原酒販さん情報による)。
  • 森谷駄菓子屋:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「森谷駄菓子屋はいない。脇の小路は蛯沢側が低くなっていた」との事。蛯沢宅は今は無い。
  • 中出駄菓子屋:一時的に駄菓子屋だったようだ。
  • 町山駄菓子屋:中出駄菓子屋裏にあった駄菓子屋
  • おでん屋:おでんと駄菓子を売っていたお店。

北部小学校付近の根本

  • 岡本駄菓子屋:旧水戸街道沿い、現在の林こどもクリニックの左隣。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に掲載。
  • 旧松の木通り駄菓子屋: 現在の能登歯科の裏辺りにあった駄菓子屋(漢方医H様からの情報):「フルヤのチョコレート(現在のチョコレートの様に解けるチョコレートでそれまではチョコレートは褐色の堅い板をがりがりかじるものだった)を初めて食べました」又「普段買い物に行かない方面に駄菓子屋が出来フルヤのチョコレートを偶然買って食べた時ハーシーと同じ舌触りがして感激した。昭和24年頃の事だろう。そのお菓子屋の裏の通りは大人向けの飲食店。雨の日に其方面を歩いていると一本の傘に女を真ん中にして両側に男が二人歩いてきた。女は突然右の男の腕を絡め直ぐに左の男の腕にも絡ませた。こんな雨の中を歩いていてもお客さんには平等にするのだと見て幼心に感心した事がある」
  • 金山神社小根本踏切付近(Oさん情報提供)
  • 吉岡文具店:北部小学校前であり、文房具よりは駄菓子目的でしか行ったことがなかった。ここのお姉さんは今でも会うと分かる。堀江商店のカッチャンの友達だった。
  • 北部堂:吉岡文具店の並びにあった。駄菓子よりも文房具がメインだった。
  • 堀江食堂:堀江さんはカテゴリーとしては食堂になるが、子供相手の商売をしていた事から准駄菓子屋に入れておこうかな!
  • ゆたか堂:北部小学校のプール側の西側商店街にあった
  • 旧吉岡商店:旧水戸街道に面していた頃の店舗、後に北部小前に移動
  • 高津商店:旧水戸街道に面し上記旧吉岡商店の隣にあった
  • 石井かどや:後に石井美容室となる店舗、駄菓子を売っていた時期もあった。

古ヶ崎・栄町方面

  • わら屋:菓子パンなど色々あったお店、現在はえつこ美容院のある場所
  • 古ヶ崎浄水場近くの角地:浄水場前の逆川沿いの道を古ヶ崎五叉路方面に行った所の、細い道の入り口の三角地帯みたいな土地にあった駄菓子屋さん。ミスターTによれば「古ヶ崎浄水場付近坂川沿い この付近に公文塾があり塾帰りによく行った駄菓子屋だ。店の名前はわからない。串に刺さったお気に入りのカステラをよく購入」
  • 栄町二丁目の駄菓子屋さん:能代浜の並びにあったようだ栄町在住のAさん情報提供(20200615)

竹ヶ花・南花島方面

  • 山崎菓子店:(アライハムの坂を居りて、右折していった処)
  • 仁平:(エイムさん、ミスターT情報提供)南花島 中町児童公園前 ミスターTによれば「仁平は70年代のテレビドラマなどで見られた子供達が店で駄菓子を買い「ワーイ」と叫びながら店を勢いよく飛び出る。そんな風景がもっとも似合う店だった」
  • 蝦夷サカバー タッテューヤ 北海道料理のお店ですが、店頭で駄菓子を売っています。
  • 駄菓子屋(丸新青果市場近く):近くにYさんの生簀屋さんがあり、湧き水があり、その近くにあったそうです。まつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)

栄町方面

新松戸方面

  • ちあどる:ましゅ☆さんより情報いただきました。2021年10月18日
    「新松戸の中央パーク横に「ちあどる」という駄菓子屋がありました。2019年頃に閉店してしまいましたが、子ども達が遠足のおやつを買うんだ!と行っていたようです」
    ましゅ☆さんありがとうございます。
  • 栄文堂 文房具屋さんの営業する駄菓子屋さんの様です。
  • 大人の駄菓子屋 なんだろうか?これ

小金、小金原方面

  • グランプリ:国道6号線近く、美容院近く、
  • モチヤ: 小金小学校正門近く
  • 伊師文具店: 小金小学校正門近く、後にミニストップになり廃業
  • ショッピングセンター:崖下のレトロな建物(おしけんさんのブログより:山王公園下らしい。場所調査中)
  • 茶屋:おしけんさんのブログより:藤花塚公園近くか?現在、場所調査中)
  • ダガシヤダイチャン: 小金原公園の隣、懐かしのnorthwestさんの(駄菓子屋の思い出)に2008年頃にオープンした駄菓子屋さんとして紹介されています。昭和ではありませんが、昭和の雰囲気たっぷりなようです。小金原中央商店街さんのページにも紹介されています。

胡録台・松戸新田・稔台方面

  • 元内田医院横の駄菓子屋さん(胡録台:昭和40年頃まで、近所の大先輩N様より情報20210812)
  • 美和 南部市場内にある駄菓子などの問屋さん、一般の人も買えるようだが・・・
  • たからの店:大谷サイクルショップの隣に2019年前後まであったまつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)

常盤平・五香方面

  • 和田商店(酒店):幼少の頃、常盤平にお住まいだったS様からの情報によりますと「間口はソコソコ広くて、奥に行けば普通の食料品店だったと思います。正面入り口から道路にかけて、平台には「ザ・駄菓子屋」の商品群が沢山ありました。なんというのかわかりませんが、紙のふたで分割された穴をあけて、好きな所を開くと、それぞれ商品の入ったもの、とか。また、今から思うと結構毒々しい色のゼリーとか。酢漬けのイカとか、思いつく限りの駄菓子が置いてありました。まぁ学校帰りの小学生で常に賑わっていました。当時の子供たちは「シンコーパン」という、看板に書いてあったパン会社の名前で呼んでいました。「和田商店は「常盤平第2小学校」の学区で、近いというほどではないですが、恐らくあの辺で一番流行っていた駄菓子屋でしょう。経営者は、当時の小学生から見ると「老夫妻」に見えましたが、今から思えば多分50代そこそこのご夫婦だったでしょうか。今でもお顔を思い出すことができます」   S様、ありがとうございます。(2021年9月1日更新)


まだまだたくさんあった筈

ご存知の方がありましたら、是非、このページのコメント欄にお願いします。

 


コメント

  1. エイム より:

    アライハムの坂下駄菓子店、山崎菓子店という店名でしたか!
    あそこはよく行きました!
    お店の真横に材木?か何か積み重ねられていて、そこに座って
    駄菓子を食べてました!懐かしいです♪

    • エイムさん、コメントありがとうございます。
      駄菓子屋は住宅地図にはそれと書かれてなく本業が書かれていることが多くて特定が難しいのですが、大切な子供の頃の思い出ですから、少しずつ明らかにしたいです。

  2. atu より:

    こんにちは。突然の書き込み失礼します。
    70年代の松戸市内の玩具屋などを検索していたらこちらに辿り着きました。
    坂川沿いの平山さん?(店名を失念していました)は子供のころよく行きましたが、たしかにこの場所でした。情報ありがとうございます。店主さんの作った模型が店内に飾ってあったのですが、その中の小さい人形の模型をいただいたことをとても良く覚えています。
    それから南部小付近のなかやさんからデイリーまでの間、ちょうど中間のあたりに駄菓子屋というか文房具屋のようなお店があったと思います。記憶が曖昧で申し訳ありません。
    またお邪魔させていただきます。

    • atu様、
      コメントありがとうございます。玩具屋さんはまだ、調査が届いていない状態で、1970年代には松戸駅東口にもあったようですが、まだ未掲載のままでした。
      さて、松戸は広範に駄菓子屋さんが点在していたようで、調査が中々大変です。まだ、調査途上ですが、南部小付近は駄菓子屋さんが多くて、いわば駄菓子屋天国みたいな状態だったんだなあ・・・と羨ましく、また微笑ましく思っています。
      確かに、平山さんの所の駄菓子やさんは複数で何人かが行ったことが有るというご連絡をいただきました。
      なかやさんからデイリーまでの中間に駄菓子屋or文房具屋さんがあったとの情報、ありがとうございます。早速、調べてみて、それらしいお店が見つかり次第、mapと記事に掲載させていただきますね。現在、暫定という事で掲載しております。もし、お店の特徴や店主エピソードなど、ありましたらありがたいです。
      今後ともよろしくおねがいします。ありがとうございます。

  3. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    ありがとうございます。
    その駄菓子屋or文房具屋さんの特徴は、お店に入るときに2段くらいの段差があり、店先にはガチャガチャがありました。店内は奥行きがあまりない印象です。
    店内に入るとすぐに文具などが入った横に広いショウケースがありました。南部小から角町方面に行く際左側にあったので、ちょうど今暫定であるポイント付近です。とはいえこれといったエピソードもないのでかなり曖昧です。もしかして記憶違いということもあるかもしれないのですが・・・申し訳ありません。
    今日実家の母にその件で聞いてみたのですが、そんなところにお店あったかな、ということでした。また、えびすやさんの前のデイリーの話になったのですが、「え?デイリーじゃなくてシガラキさんでしょ?あそこの奥さんが昔言っていたんだけど、ロールカステラの食べ方は切って食べるのではなくて、そのまま(恵方巻のように?)食べるのが一番美味しいのよ!と言ってた」と思い出していました。相当豪快な方だったようですね。

    • atu様、
      情報誠にありがとうございます。生きた情報をいただくと、あの南部小学校付近の姿が色々と想像出来て楽しいです。情報はページ内に反映させていただきました。また、デイリーの旧名は昔の住宅地図で、神楽商店だと思っていましたが、どうやら信楽商店だったようですね、これもいつか図書館で住宅地図を再確認しますね。それにしてもロールカステラを恵方巻の様に食べるとは・・・すごい!信楽というと滋賀県の信楽焼が有名ですが、もしかすると信楽商店さんは近畿地方ご出身かもしれませんね!そういえば、恵方巻も関西から持ち込まれた文化だったような記憶があります。なんだか色々な事が見えてきたような気がします。ありがとうございます。また、お母様にも聞いていただきありがとうございます。お母様にもよろしくお伝えください。

  4. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    昨日の母の話ですと道草亭 ペンペン草様のおっしゃる「神楽」のほうが正解のようです。と申しますのもデイリーの話のときに「シガラキさん」でしょ?と母が言うので、私が「信じるに楽って書くやつね」と答えたところ「あれ?神様の神ってのじゃなかったかしら・・・?」という感じでしたので。母は焼き物が好きなもので脳内で神楽さんを信楽焼の信楽に勝手に変換していたものかと。人の記憶は時が過ぎるとやはり薄まっていくものですね。今度母にも伝えておきたいと思います。

    • atu様、
      お母様にご確認いただいて、恐縮致します。人の名前、お店の名前は案外とおり名の場合もありますので、もしかするとシガラキさんかも・・・とも思っておりました。今日、図書館に行って、南部小付近の昔の住宅地図を見ていましたが、暫定のお店の場所がまだ確定できていませんが、時間をかけて調べてみようと思っています。ちなみに暫定のお店に行かれた年代、お店の存在した年代が少し分かるとありがたいのですが・・・よろしくアドバイスお願いいたします。色々とありがとうございます。

  5. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    年代は70年代後半です。当時南部小学校に通っていたのですが、駄菓子を買いに行くのはやはりほぼ南部堂でした。暫定のお店は途中で出来たような気がします。ただ昔の地図にも無いようですと、やはり思い違いなんでしょうかね。
    今回この話をもとに母とも昔話で楽しめる機会が出来、とても有難く存じます。ありがとうございます。

    • atu様、情報ありがとうございます。
      1970年代後半の住宅地図はまだ良く見ていない年代があります。
      1977-1979年頃の住宅地図を探してみます。
      子供の頃、通う駄菓子屋さんはそう多くなくて、地域をまたいで行くというのは怖くていけませんでした。
      私は北部小学校に通っていましたが、北部小に通う児童にはその児童用の場所があって、少し離れると違う小学校のエリアになるので、場合によるといじめっ子もいるわけで、中々他地区の駄菓子屋に向かうという事はしなかったんです。そういった意味で、南部小付近は私にとっては全く未経験のエリアでした。でも、色々な情報が集まるにつけ、南部小付近の魅力も興味深く思っていました。そういえば、先日娘を連れて、車で南部小付近を走ってみました。今現在は活気は無いですが、南部堂の独特のファサードのグレー色の縦のスパンドレル外装と建物上部のクリームピンクの外装を見て、これか・・・と思いました。ワクワクしました。

    • Atu様へ、調査経過です。暫定駄菓子屋の説明欄の所に仮貼りした画像を御覧ください。これは1978年の住宅地図です。これを見ますと、神楽商店(現在のデイリー)の左下に神楽文具店というのが出来ています。なかやとデイリーの中間よりはかなりデイリー寄りになりますが、これがもしかするとAtuさんのコメントされた駄菓子屋さんだったのかもしれません。いかがでしょうか?ちなみに1977年、1979年にはこの神楽文具店というお店は地図には掲載されていないんです。えらく短い間に開店して、すぐ閉店してしまったのか?

  6. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    このお店かもしれません!なかやと神楽商店の間に文具屋。微妙に場所が記憶と違いますがもうこれしかないと思います。なかやと神楽商店の間の文房具屋でガチャガチャをしたのですが、なかなかお目当てのものが出てこなく悔しかった記憶があるんです。なんだかお店が存在したことがわかってスッキリしました。それにしてもおっしゃるようにほとんどお店やってなかったんですね。母が覚えていないのも無理もありません。調べていただきありがとうございました!

    • atu様、お返事ありがとうございます。ただ、一時的に文房具屋があっただけですので、私も確信が持てないでいます。atu様のご記憶としてはあの道の西側でしょうか?つまり左側?
      その記憶であるとすると何か住宅地図に現れない名前であったのかもしれません。暫くは継続調査してみます。

  7. atu より:

    道草亭 ペンペン草様
    私の記憶ですとおっしゃるように西側(左側)です。ちょうど小泉さん、松永さん、佐々木さんに囲まれている空き地?のようなところです。ここだと記憶と本当にドンピシャです。お店はあまりお客さんがいなく、お店に入ってから店主さん?がいらっしゃーいって奥から出てくる感じでした。

    • なるほど・・・
      子供の頃のお店のあった方向は間違えていないと思います。
      左にあったはずが、右にあるはずが有りません。
      これは時間(何年かかるか分かりませんが)がかかりそうですが、分かり次第、お知らせしますね。南部小付近の商店街マップがあるとわかりやすいかもしれないんですがね・・・或いは、神楽さんに直接尋ねてみるか・・・

  8. atu より:

    ありがとうございます。
    不正確な物件でご面倒をおかけしますがどうぞよろしくお願い致します。
    気を長くして情報お待ちしております。

    • いえいえ、とんでもないです。情報が広がるのはとてもありがたいです。また、なにか思い出すことが有りましたら、ぜひ教えて下さい。
      それと暫定駄菓子屋さんは床が高くなっていたとの事ですので、一度周辺を見に行ってみます。何らかの地形的な要素があるかもしれませんので・・・

  9. ましゅ☆ より:

    駄菓子屋さん、たくさんある(あった)のですね。

    新松戸の中央パーク横に「ちあどる」という駄菓子屋がありました。
    2019年頃に閉店してしまいましたが、子ども達が遠足のおやつを買うんだ!と行っていたようです。

    2011年のストリートビューで店名が見れます。
    https://goo.gl/maps/ahaB7WdfBhSCaYyN7

    • ましゅ様、
      コメントありがとうございます。
      新松戸の中央パーク横に「ちあどる」の情報ありがとう。
      皆さんが駄菓子を買われた、或いは知っているという情報が大事で、参考にさせていただきます。
      早速、マップ共に掲載させていただきました。ありがとうございます。

  10. じゅん より:

    こんにちは。松戸神社裏の店は「あんびる」旧中部小学校付近の店は「いなだや」です。
    あんびるでは、メンコやベーゴマを買い、いなだやには、焼きそばを食べに行った
    もんです。懐かしい。

    • じゅんさん、
      情報ありがとうございます。名前がわかるととても助かります。あんびるは訂正させていただきました。さて、旧中部小近くのいなだやは線路沿いの今の中川仏具店さん、河合塾付近でしょうか?それとも現在の田中屋そば屋前付近でしょうか?教えていただけましたらありがたいです。

      • じゅん より:

        いなだやは現在の田中屋付近です。斜め前は、あさひ湯と言う銭湯がありました。
        当時いなだやは親子三人で切り盛りしていて、お母さんが娘さんに
        「やえ子お客だよ、やえ子何やってるんだよ」と、よく言ってました。
        よく学校で、まねしたものです。

        • ありがとうございます。早速、じゅん様のコメントに従い、マップ及び説明欄に加えさせていただきました。一応ご確認の為、説明欄に昭和37年頃のマップを補足的に入れました。じゅん様のおっしゃっているいなだ屋さんBのところですね!Cにもおでん屋がありますが、これは同じ経営だったのかもしれませんね!それと、旭湯の並びにAとマークした”ハシイ文具店”がありますが、こちらでも駄菓子を売っていましたか?恐縮いたしますが、ご存知でしたら教えていただけますか?

          • じゅん より:

            道草亭ペンペン草様
            いなだやは、地図のB.Cあたりで間違いありません。
            ハシイ文具店は地図を見て、あゝ…そうだ小さなお店があったなぁ~と、
            それぐらいの記憶しかありません。
            すみません。

          • じゅん様、
            いなだ屋のご確認、そして情報ありがとうございます。助かります。
            ハシイ文具に関しては暫定で加えておきます。多分、駄菓子も扱っていたかもしれません。
            それにしても駄菓子屋は色々なところにあったのですね!

  11. レッドキューブ より:

    栄町のシャルマンの通りにあさひやと上野商店がありました。
    その近くにあかしやがありましたね

    • レッドキューブ様、情報ありがとうございます。
      とても助かります。

      上野商店は坂川と横六間川の交点の長津道橋近くのお店ですね。黄色いテントに”うえの商店”と書いてあったので、気になっていました。何となく今見ると車庫の様に見えますね!

      あさひ屋:パン屋さんの”サンフレーズ”の横に”あさひやおもちゃ屋”がありましたが、そこが駄菓子を売っていたんですね!

      でも”あかしや”が分かりません。もしかして、栄町側ではなくて、西馬橋側ですか?
      大体の場所分かりましたら、教えていただけますか?
      うえの商店とあさひやはマップに入れておきますね!

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