昭和の松戸を歩く楽しみ

昭和の頃にあった松戸の駄菓子屋を探そう!

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昭和の頃の駄菓子屋 in 松戸 を探そう!

私達が生まれ育った昭和の時代に、駄菓子屋さんには大変お世話になりました。さて、私が覚えていた駄菓子屋さん、そして表の家の意見箱に書いてくださった駄菓子屋さんを取り敢えず、グーグルマップに入れてみました。多分、それ以外にたくさんあると思うのですが、もしご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけませんか?

皆さんの駄菓子屋情報求む!

下のマップはOpen Street MapをベースにしたUmapによるマイマップです。そのマイマップにかつて存在した(或いは現在も含む)駄菓子屋をプロットしました。

画面いっぱいにマップをご覧になりたい方はフルスクリーン表示をクリックしてください。

松戸駅周辺:

  • 三山煎餅屋:松戸西口駅前通り、元ミヤマフルーツ、現サブウエイの場所。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「三山煎餅屋は旧家。煎餅を工兵学校の酒保へ卸し、駄菓子も販売。今はミヤマフルーツで健在」とある。
  • 西口中央公園の近くの駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋

    西口公園付近の駄菓子屋
    2001年9月24日撮影

  • 河合塾跡地付近の比較的大きな駄菓子屋:(ミスターTによる情報)
  • 駄菓子屋(旧中部小近く):モンダ書店が貸本屋をしていた頃その横の道を入った所にあったそうです。昭和39-40年頃。松戸観光大使Iさんより情報提供(20210809)
  • 中村屋菓子 : (漢方医H様からの情報20210811) 「昆虫を取るのに竹竿とモチを買ったりゴマ煎餅を買ったり野球のプロマイドを買ったり金魚型の寒天を食べたり、貸しスクーターを借りたりしました。そこの子供は私の5年位上でしたが現在もその場にあるスクモ稲荷の初午のスターでした」
  • 田中駄菓子:原田米店の斜め前に戦前駄菓子屋があったらしい(松戸観光大使Iさんより情報提供2021年8月16日)場所未定。
  • 宝光院境内にあった小さな駄菓子屋 : (漢方医H様からの情報20210811)
  • 嶋田おもちゃ屋:渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「嶋田おもちゃ屋は駄菓子も子供たちのたまり場」とある。

松戸駅東口:小根本、岩瀬方面

  • おおはし屋:ミスターTによれば「私は一度だけアイスを購入 その時はまだ店の前には陸橋は建っていなかったような感じがする」との事です。ここは元々青果販売をしていた店で、その後味彩になった場所です。
  • 桜井駄菓子屋:山六の隣付近にあった(栗原酒販さん情報による)。
  • 栗原商店:元々色々なものを売っていたお店。駄菓子も売っていたとのこと。現在は栗原酒販さん、金太楼東口横(栗原酒販さん情報による)。
  • 駄菓子屋(中華の末広横):貸本屋の住吉書房や埼玉屋豆腐店のあった辺り、ここで紅梅キャラメルを買った(栗原酒販さん情報による)。紅梅キャラメルとは1947年に創立の紅梅食品による製品で、他の菓子類と差別化を設けるために読売巨人軍の選手のカードをおまけとしてつけたらしい。これが大ヒットして、子供たちが巨人軍の選手の名前を覚えたらしい。
  • 大橋屋:銭湯”日の出湯”の並びにあった(栗原酒販さん情報による)。

平潟方面

平潟は私の覚えている限りでは子供の頃には駄菓子屋は無かったと思う。

  • 森田駄菓子屋:今はない。
  • 磯野駄菓子屋:現在はマンションとマンションの間にある木造アパートとなっている。

納屋川岸方面

  • 堂の口橋近くの駄菓子屋さん:元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、漢方医H様からの情報提供(20210811):ペンペン草が子供の頃としては我が家から非常に遠い駄菓子屋さんに行った思い出のあるお店、間口が狭くて、優しいおばさんが対応してくれた。
  • 浜駄菓子屋(青木家隣地):(松戸観光大使I様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「老夫婦がやっていた。駄菓子屋の隣の狭い道路に工兵学校の演習用材がおいてあった」
  • 田中屋(赤入橋と竹田接骨院の間にあった):元納屋川岸にお住まいだったNさんが情報提供(20210808)、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「田中屋は釣具・餌・駄菓子を商い、「かし船」の看板が建っていた」とある。

松戸神社・角町方面

  • 成島駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「成島は市場のなげし(仲買人)で、奥さんが駄菓子屋」
  • 戸張屋駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「戸張屋は瓦屋で、奥さんが駄菓子屋」と書かれている。
  • 椎橋駄菓子(小山の市川方面への県道沿い):(松戸観光大使のI様より2021年8月16日)又、渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に「当主が魚の外売り、奥さんが駄菓子屋」
  • 山口駄菓子屋(小山の市川方面への県道沿い):渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に記述
  • 駄菓子屋(松戸神社裏):昭和50年頃存在した駄菓子屋(松戸観光大使のI様より、20210809)
  • 駄菓子屋(戸定邸方面へ行く細道):(松戸観光大使のI様より、20210809)
  • 平山(角町の坂川沿い):(場所、要確認):プラモがたくさんで、男子が多かった。
  • えびす(南部小近く)
  • デイリーヤマザキ(えびす対面、南部小近く)
  • 南部堂:(南部小学校正門前):プラモデルは、作って南部堂に持って行くとコンテストに参加出来た
  • なかや:(南部小正門から少し坂川まで歩いた所)
  • 杉浦商店(サングリーン付近のトンネルを抜けた所):「バンバンボール」の名人が来た
  • 杉浦商店(南部そば屋前)

水堰橋付近の根本

  • 谷口駄菓子屋:江戸川や赤入橋方面に行く時は必ずここに立ち寄った。私が立ち寄った当時は駄菓子もあったが、おでんがメインだった記憶がある。現在は電気工事業。
  • 岩間駄菓子屋:川光物産工場の川向う、渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「岩間駄菓子屋は冬には焼き藷も売っていた。いない」と書かれていた。私はこの岩間駄菓子屋に行ってふ菓子を買ったのを覚えている。また、他界した先輩Tさんによると「岩間駄菓子屋には母と娘がいた。娘さんと云っても、2021年現在に生きていたら90才近いと思う。この娘さんとダイエーで会ったことがある。お店ではかんしゃく玉のピストルなどを買ったことがあった」との事。ありがとうございます。
  • おいねや:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「駄菓子と日用雑貨品の販売店」とある。
  • 駄菓子屋(水堰橋横:店名不明):店名不明だが、谷口岩間さんなどと共に交差点の四つ角が駄菓子屋だった(栗原酒販さん情報による)。
  • 森谷駄菓子屋:渡辺幸三郎先生の松戸の昭和誌によれば「森谷駄菓子屋はいない。脇の小路は蛯沢側が低くなっていた」との事。蛯沢宅は今は無い。
  • 中出駄菓子屋:一時的に駄菓子屋だったようだ。
  • 町山駄菓子屋:中出駄菓子屋裏にあった駄菓子屋
  • おでん屋:おでんと駄菓子を売っていたお店。

北部小学校付近の根本

  • 岡本駄菓子屋:旧水戸街道沿い、現在の林こどもクリニックの左隣。渡邉幸三郎先生の昭和の松戸誌の昭和12年の家並み図に掲載。
  • 旧松の木通り駄菓子屋: 現在の能登歯科の裏辺りにあった駄菓子屋(漢方医H様からの情報):「フルヤのチョコレート(現在のチョコレートの様に解けるチョコレートでそれまではチョコレートは褐色の堅い板をがりがりかじるものだった)を初めて食べました」又「普段買い物に行かない方面に駄菓子屋が出来フルヤのチョコレートを偶然買って食べた時ハーシーと同じ舌触りがして感激した。昭和24年頃の事だろう。そのお菓子屋の裏の通りは大人向けの飲食店。雨の日に其方面を歩いていると一本の傘に女を真ん中にして両側に男が二人歩いてきた。女は突然右の男の腕を絡め直ぐに左の男の腕にも絡ませた。こんな雨の中を歩いていてもお客さんには平等にするのだと見て幼心に感心した事がある」
  • 金山神社小根本踏切付近(Oさん情報提供)
  • 吉岡文具店:北部小学校前であり、文房具よりは駄菓子目的でしか行ったことがなかった。ここのお姉さんは今でも会うと分かる。堀江商店のカッチャンの友達だった。
  • 北部堂:吉岡文具店の並びにあった。駄菓子よりも文房具がメインだった。
  • 堀江食堂:堀江さんはカテゴリーとしては食堂になるが、子供相手の商売をしていた事から准駄菓子屋に入れておこうかな!
  • ゆたか堂:北部小学校のプール側の西側商店街にあった
  • 旧吉岡商店:旧水戸街道に面していた頃の店舗、後に北部小前に移動
  • 高津商店:旧水戸街道に面し上記旧吉岡商店の隣にあった
  • 石井かどや:後に石井美容室となる店舗、駄菓子を売っていた時期もあった。

古ヶ崎・栄町方面

  • わら屋:菓子パンなど色々あったお店、現在はえつこ美容院のある場所
  • 古ヶ崎浄水場近くの角地:浄水場前の逆川沿いの道を古ヶ崎五叉路方面に行った所の、細い道の入り口の三角地帯みたいな土地にあった駄菓子屋さん。ミスターTによれば「古ヶ崎浄水場付近坂川沿い この付近に公文塾があり塾帰りによく行った駄菓子屋だ。店の名前はわからない。串に刺さったお気に入りのカステラをよく購入」
  • 栄町二丁目の駄菓子屋さん:能代浜の並びにあったようだ栄町在住のAさん情報提供(20200615)

竹ヶ花・南花島方面

  • 山崎菓子店:(アライハムの坂を居りて、右折していった処)
  • 仁平:(エイムさん、ミスターT情報提供)南花島 中町児童公園前 ミスターTによれば「仁平は70年代のテレビドラマなどで見られた子供達が店で駄菓子を買い「ワーイ」と叫びながら店を勢いよく飛び出る。そんな風景がもっとも似合う店だった」
  • 蝦夷サカバー タッテューヤ 北海道料理のお店ですが、店頭で駄菓子を売っています。
  • 駄菓子屋(丸新青果市場近く):近くにYさんの生簀屋さんがあり、湧き水があり、その近くにあったそうです。まつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)

栄町方面

新松戸方面

小金、小金原方面

  • グランプリ:国道6号線近く、美容院近く、
  • モチヤ: 小金小学校正門近く
  • 伊師文具店: 小金小学校正門近く、後にミニストップになり廃業
  • ショッピングセンター:崖下のレトロな建物(おしけんさんのブログより:山王公園下らしい。場所調査中)
  • 茶屋:おしけんさんのブログより:藤花塚公園近くか?現在、場所調査中)
  • ダガシヤダイチャン: 小金原公園の隣、懐かしのnorthwestさんの(駄菓子屋の思い出)に2008年頃にオープンした駄菓子屋さんとして紹介されています。昭和ではありませんが、昭和の雰囲気たっぷりなようです。小金原中央商店街さんのページにも紹介されています。

胡録台・松戸新田・稔台方面

  • 元内田医院横の駄菓子屋さん(胡録台:昭和40年頃まで、近所の大先輩N様より情報20210812)
  • 美和 南部市場内にある駄菓子などの問屋さん、一般の人も買えるようだが・・・
  • たからの店:大谷サイクルショップの隣に2019年前後まであったまつど観光大使のIさんから教えていただきました(20210809)

常盤平・五香方面

  • 和田商店(酒店):幼少の頃、常盤平にお住まいだったS様からの情報によりますと「間口はソコソコ広くて、奥に行けば普通の食料品店だったと思います。正面入り口から道路にかけて、平台には「ザ・駄菓子屋」の商品群が沢山ありました。なんというのかわかりませんが、紙のふたで分割された穴をあけて、好きな所を開くと、それぞれ商品の入ったもの、とか。また、今から思うと結構毒々しい色のゼリーとか。酢漬けのイカとか、思いつく限りの駄菓子が置いてありました。まぁ学校帰りの小学生で常に賑わっていました。当時の子供たちは「シンコーパン」という、看板に書いてあったパン会社の名前で呼んでいました。「和田商店は「常盤平第2小学校」の学区で、近いというほどではないですが、恐らくあの辺で一番流行っていた駄菓子屋でしょう。経営者は、当時の小学生から見ると「老夫妻」に見えましたが、今から思えば多分50代そこそこのご夫婦だったでしょうか。今でもお顔を思い出すことができます」   S様、ありがとうございます。(2021年9月1日更新)


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まだまだたくさんあった筈

ご存知の方がありましたら、是非、このページのコメント欄にお願いします。

 

 

コメント

  1. エイム より:

    アライハムの坂下駄菓子店、山崎菓子店という店名でしたか!
    あそこはよく行きました!
    お店の真横に材木?か何か積み重ねられていて、そこに座って
    駄菓子を食べてました!懐かしいです♪

    • エイムさん、コメントありがとうございます。
      駄菓子屋は住宅地図にはそれと書かれてなく本業が書かれていることが多くて特定が難しいのですが、大切な子供の頃の思い出ですから、少しずつ明らかにしたいです。

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