飲食店

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松戸行脚

松戸市栄町を中心とした商店、モール、そして流山街道の将来

昭和40年代から松戸で大型物販店の進出が始まった。私に馴染み深いのは扇屋、長崎屋、奈良屋など。当初は松戸の発展と感じた。これら大型物販店は徐々に精力的になり、小売店に影響を与えた。松戸市栄町を中心に流山街道沿いの商業の展望や可能性を考える
2021.09.17
昭和の松戸を歩く

松戸市栄町の商店街(栄町3丁目編)Bゾーン

昭和40年代初頭出現した新興エリア、松戸市栄町。古ヶ崎と北松戸工場地帯に挟まれた陸の孤島的なゾーン。同級生によると栄町の商店街で商売を始めていた人達は東京下町の商店街の人達が移り住んできた人も少なくないらしい。今回は栄町三丁目を取り上げる。
2021.09.14
昭和の松戸を歩く

昭和の頃の松戸根本商店街(金山神社参道から根本交差点まで)を歩く

昭和40年代に松戸の商店街は激変した。そこで今回は昭和37年以降の旧水戸街道沿い、金山神社参道付近から根本の交差点付近までの、たくさん軒を並べていた時代根本の商店街を、調べ調査してみた。まだ、調べたり無い部分もあり、それは今後調査していく。
2021.09.05
昭和の松戸を歩く

根本の商店街 アーバンヒル松戸周辺

アーバンヒル松戸が出来た1980年前後の頃、松戸駅に近いこともあって、根本のアーバンヒル松戸の周りの商店・飲食店のいくつかに通った。記憶が消える前に記録していきたい。商店としては、思い出すようだったら、1970年代の商店も書いていく。
2021.08.25
昭和の松戸を歩く

松戸駅西口、昭和の頃の中通り商店街の風景

松戸駅西口に中通り商店街があり、これは現在のふれあい通りに当たるが、昭和の頃都市区画整理で幅員拡張され、道路位置もかなり調整された。中通りには様々な種類の商店が集まっていた。焼鳥の開進、映画館の松竹館、カメラのイマイ、室内釣堀の太公望、モンダ書店
2021.09.18
昭和の松戸を歩く

昭和30-40年代の松戸駅西口商店街、高砂通りを回顧する

現在の松戸駅付近はありふれた駅前風景でしかない。大手のスーパー、銀行、コンビニ、空虚なぺデストリアンデッキがあるだけ、ところが西口都市区画整理前の松戸駅西口商店街は全くイメージが異なっていた。細くくねった道、物陰のある道、界隈性のある場所な
2021.08.23
昭和の松戸を歩く

昭和の頃にあった松戸の駄菓子屋を探そう!

昭和の頃に松戸にかつてあった駄菓子屋、みなさんも買い物しましたか?時間が経つに連れて記憶が曖昧になりますので、是非駄菓子屋情報を求む!もしよろしければ、このページのコメント欄に書き込んでいただけましたらありがたいです。
2021.09.18
昭和の松戸を歩く

消えた踏切:常磐線松戸駅付近

戦後東京を中心に衛星都市計画が策定され、常磐線沿線のそれぞれの地区に人口が集中し、常磐線の混雑を緩和させる為、常磐線の複々線化が進められた。それまで開かずの踏切と言われた箇所もあり、複々線になることにより、踏切を閉鎖せざるを得なくなった。
2021.09.13
昭和の松戸を歩く

竹の根商店会の現在(2006年8月16日現在の記録)-竹ヶ花西町編

竹の根商店街は昭和44年以降に出来上がった商店会で、主に北部小北側と西側に接している道路に出来上がった商店街で、主に根本地区及び竹ヶ花西町地区で構成される。このページでは主に昭和から平成前半にあった竹ヶ花地区の商店街について説明したい。
2021.08.17
昭和の松戸を歩く

竹の根商店会の現在(2006年8月16日現在の記録)-根本編

竹の根商店街は昭和44年以降に出来上がった商店会で、主に北部小北側と西側に接している道路に出来上がった商店街で、主に根本地区及び竹ヶ花西町地区で構成される。このページでは主に昭和から平成前半にあった根本地区の商店街について説明したい。
2021.08.17
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