昭和の松戸を歩く

昭和の松戸を歩く 昭和の松戸を歩く
二葉屋さん 2006年頃撮影
昭和の松戸を歩く

2026年3月改訂版:松戸駅西口、昭和の頃の中通り商店街の風景

松戸駅西口に中通り商店街があり、これは現在のふれあい通りに当たるが、昭和の頃都市区画整理で幅員拡張され、道路位置もかなり調整された。中通りには様々な種類の商店が集まっていた。焼鳥の開進、映画館の松竹館、カメラのイマイ、室内釣堀の太公望、モンダ書店
昭和の松戸を歩く

改訂版松戸旧市役所通りについて

松戸市役所は元々は松戸三丁目にあった。現在のキテミテマツドの駐車場。母が松戸にお嫁に来た頃は三丁目のキテミテマツド用の駐車場ビルの場所に市役所があった。松戸税務署もあり、所謂官庁街だった。昭和の松戸の元官庁街にあった建物について調べてみた。
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アーバンヒル松戸跡地への妄想

1980年から20年間ほどだが、松久総合開発の開発したアーバンヒル松戸という商業施設が松戸市根本にあった。現在はマンションになっている。ただ、マンションが計画される前は、実はあの場所にホテルの計画もあった。その当時の記憶をメモとして残す
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松戸にゆかりのあるラーメン店-2

松戸にゆかりのあるラーメン店を書いてきた。それはラーメンだけに特化したお店と、中華食堂としてラーメンを出している大きな二つのケースがあるが、前回の書き込みで書ききれなかったチェーン店、珍来とゆうえんについて、補足的に書いてみたいと思う。
昭和の松戸を歩く

松戸にゆかりのあるラーメン店-1

生まれて初めて食べた味噌ラーメンは、サッポロ一番味噌ラーメンだった。小6か中一の頃だった。それ以来味噌ラーメンにはまり、色々なラーメンを食べた。今回は松戸にゆかりのあるラーメン屋、ラーメチェーン、ラーメン寺子屋などについて書き記しておきたい
昔日の松戸

松戸市栄町の商店街(栄町3丁目編)3-Gゾーン 仲掘通り

昭和40年代初頭出現した新興エリア、松戸市栄町。古ヶ崎と北松戸工場地帯に挟まれた陸の孤島的なゾーン。同級生によると栄町の商店街で商売を始めていた人達は東京下町の商店街の人達が移り住んできた人も少なくないらしい。栄町仲堀通り3-Gゾーンについて
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松戸のらーめん屋さんの思い出(主に昭和の頃)

松戸で生まれ育った私が本格的なラーメンを食べたのは高校生の頃で、らーめん太郎だった。ニンニクの香るコクのある味噌ラーメンが大好きだったし、一口餃子もこれまた美味しかった。ラーメン太郎やその他の周辺の情報も含めて、思い出しながら書いてみた。
昔日の松戸

松戸市栄町の商店街(栄町3丁目編)3-Cゾーン 中央通り

昭和40年代初頭出現した新興エリア、松戸市栄町。古ヶ崎と北松戸工場地帯に挟まれた陸の孤島的なゾーン。同級生によると栄町の商店街で商売を始めていた人達は東京下町の商店街の人達が移り住んできた人も少なくないらしい。今回は栄町三丁目3-Cゾーン。
昭和の松戸を歩く

松戸市栄町の商店街(栄町3丁目編)3-Dゾーン 中央通り

昭和40年代初頭出現した新興エリア、松戸市栄町。古ヶ崎と北松戸工場地帯に挟まれた陸の孤島的なゾーン。同級生によると栄町の商店街で商売を始めていた人達は東京下町の商店街の人達が移り住んできた人も少なくないらしい。今回は栄町三丁目3-Dゾーン。
昭和の松戸を歩く

松戸のおもちゃ屋さん、模型屋さんについて

松戸駅付近にはいくつも独立系のおもちゃ屋さんがあった。現在は殆ど無くなっている。覚えているのは、東府屋さん、わらそうだろうか?私にとってはやはり春雨橋沿いにあった東府屋さんがもっとも印象が強い。スーパーボールが流行った頃、何度もお店に行った