昭和の松戸を歩く

松戸駅付近のおもちゃ屋さんについて

東府屋昭和の松戸を歩く
東府屋
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松戸駅周辺のおもちゃ屋

昭和の時代には松戸駅周辺には独立店舗のおもちゃ屋さんがいくつもあった。記録のためにこれらをuMap(OpenStreetMapのマイマップ)にプロットしてみた。現状は松戸駅周辺だけの説明であるが、模型販売店を含め範囲を広げると、色々ありそうなので、それは後日アップデートし、松戸の玩具店としてまとめようと思う。

松戸市のその他のエリアをご覧になりたい方はフルスクリーン表示をクリックしてください。

  • 東府屋
  • わらそう本店
  • わらそう東口店
  • わらそう西口店
  • みのや
  • ふくや
  • たなか模型店
  • ひろや玩具店

松戸駅周辺では大凡、この六軒が思いつく。その後出来たトレカのお店などは:

  • ホビーステーション松戸店
  • アニメイト松戸店

また、範囲を広げて、新松戸や北松戸、常盤平、五香方面にはこんなお店もある。

  • モデルワークス
  • ホビーショップエアベース
  • ミゼット新松戸店
  • ミゼット北松戸店
  • ライト模型
  • ハチピー模型店

もしここにもあったよ・・・という情報あれば教えて下さい。このマップに加えさせていただきます。今回は取り敢えず松戸駅周辺について記述します。

東府屋

私にとってはもっとも馴染み深いお店。ここで買ったスーパーボールの思い出を後述する。

わらそう本店

現在の市民劇場の隣、ある時期わらそうはいくつも存在したが、私の記憶だとこの本店が一番最初にオープンした店だと思う。新しい遊びを取り入れる先進的な店だったと思う。陣太鼓のマスターによればここではスロットカーのレースが出来た時代があったと語っていた。

わらそう東口店

記憶が曖昧だが、昭和45年前後に出来た記憶がある。この時は伊藤楽器とは別々だったような気がするが、はっきりしない。後に合体し、半分がわらそう、半分が伊藤楽器になっていた時期があった。2021年現在は伊藤楽器だけの店舗となっている。

わらそう西口店

東口店と同様に伊藤楽器とコラボレーションの店作りだった。東口よりも広かった記憶がある。2021年現在は駐車場になっていて、存在しない。

みのや

このお店は、西口が区画整理する前から中通りの途中にあった。古くからある店だったが、ある時に廃業したようだ。現在はベローチェのある場所。

ふくや

アトレの前、喫茶富士の比較的近い場所にあった。ここは入ったことが無い。

 

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東府屋の思い出

おもちゃ屋と言えば、春雨橋の東府屋

子供の頃、おもちゃ屋と言えば、春雨橋の東府屋だった。昭和四十年頃、米国産のスーパーボールなる製品が大流行した。テレビCMでその存在を知ったのだと思う。弾力性が抜群で二三度弾んでいるうちに妙な回転が加わりとんでもない方向に飛ぶ。これがおもしろい。松戸でこのスーパーボールを扱っていたのは東府屋だった。ワラソウが昭和四十五年前後に開店するまでは松戸のおもちゃ屋と言えば東府屋しかなかったように思うがはっきりとした記憶ではない。

スーパーボールが欲しかった

当時のスーパーボールは現在、ガチャガチャや縁日で手に入るような安物ではない。直径五~六センチと大きく重量感があり立派なスーパーボールだった。Wham-O社の製品である。紺色で地味で濃い色をしていた。中身は単なるゴムの固まりの筈なのに、大きくて立派なところに、あこがれの米国の匂いを感じた。当時のアメリカにおけるが見つかったのでご参考まで

 

確か価格は150円だったと思う当時の一日のお小遣いが20円の私にとって8日程お小遣いを貯めれば、買えた金額だが、やはり高級品だった。同級生のHA君が

古ヶ崎のHA君
古ヶ崎のHA君

スーパーボールは東府屋に売っているから来週買うぞ

 

と熱っぽく語っていたのを思い出す。もっとも発売当初は品薄で、すぐには手に入らなかった様だ。HA君は当時としては年齢に見合わないお金を持っていて、必ず取り巻きがいた。駄菓子屋のくじ引きを一つ一つ買うのではなく、一式丸ごと買ってしまう。そして自宅に取巻き連中を集め、駄菓子屋ごっこをする……そんな子だった。


 

多くの子供達はお金がなかった

子供達はお金が無くてピーピーしていた。お金を持っていた子は目立つし、何かおこぼれは無いかと取り巻く。彼は結局甘やかされて育った。その浪費癖は大人になっても改善する事は無かった。それが二十代のある日悪さをして新聞沙汰になってしまった。以降彼の姿を見かけていない。

人間は一度経済的に満たされた生活に慣れるとそれがスタンダード(つまり当たり前)になってしまい、中々抜け出せない。貧しくても分相応に生活する事が人間にとって一番幸せだという事に中々気がつかないものなのかもしれない。

スーパーボール

paktasoさんのフリー素材

さて、子供の頃の話に戻す。HA君がやっとスーパーボールを手に入れ学校に持ってくるとスーパーボールはクラス中の話題になった。我々も実物を見たのは初めてだったのだ。いつの間にかクラスから学校中に大流行し私も暫くして買った。スーパーボールの需要は急上昇し、ニセモノ・スーパーボールが出回った。本物との見分け方を友達から教わった。ニセモノ・スーパーボールは多分駄菓子屋を中心に広まったのではなかったかと思う。

東府屋さんの現在

東府屋さんのご主人とは、ある日、日暮商店さんの「盃の会」でお会いした。東府屋さんのご主人と同席されていたのが、安藤豆腐屋さんだった。トウフヤ(東府屋)&トウフヤ(豆腐屋)で、「こちらは本当の豆腐屋さん、こちらはおもちゃの東府屋さん」本人たちも面白がっていた。ただし、2021年現在は東府屋さん店舗は無く、同地はマンションになっている。

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