つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(いざ浜松へ)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。この話は、就職して浜松に常駐する頃
昔日の松戸

昭和11年発行古しおり:伸び行く松戸:松戸付近ハイキング

昭和11年発行古しおり”伸び行く松戸”という松戸に関する栞の情報が豊富で非常に多かったため、いくつかのカテゴリーに分けてアップロードする事にしました。今回sは、その一つの松戸付近ハイキングです。園芸学校、江戸川、桜堤、柴又帝釈天などについて、触れています。
つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(学生の頃)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。お世話になった建築設計へ愛をこめて
つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(就職後)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。お世話になった建築設計へ愛をこめて
昔日の松戸

山﨑努さんと松戸、日経新聞”私の履歴書”

日経新聞"私の履歴書"で令和四年八月一日から松戸市出身の俳優、山﨑努さんの連載が始まった。私の大好きな松戸の風景が描かれていて、非常に懐かしくなった。古い地図を引っ張り出し、ああだ、こうだ始め、豆腐屋さんの付近を歩いたりしてみた。
松戸行脚

起伏にとんだ松戸の土地、谷津の斜面林

松戸は土地の高低差があり歩いていると面白い。新松戸の松戸市郷土資料館(現在は閉館しています)の大井館長によれば、その海岸線の高台を`台`と呼び入り組んだ場所を`谷津`そして江戸川に面した平地を`下谷`との事でした。その中の谷津と斜面について
つれづれなお話

スマホの時代とパソコン通信(ニフティサーブ)の時代

現在の普及したネット環境を見ると、繋ぐという意識なしにネットに繋がり、SNSやWebなどの情報、メールを読むことが出来る。私が、インターネットを始めた1995年頃は繋ぐという事自体の難しさがあり、通信代が高額だったと思う。そんな頃の思い出。
松戸のお宝

昭和11年発行古ちらし:伸び行く松戸(概要編)

1936(昭和11)年12月5日松戸町役場によって発行された”伸び行く松戸”という栞がある。松戸の町並みが鳥瞰式で書かれていて見ていて面白い。東京側ではあるが、江戸川堤桜も描かれている。裏面松戸の解説は情報量も多く何回かに分けて投稿したい。
松戸のお宝

千葉県松戸町鳥瞰図 松井天山図

松井天山の描いた松戸町鳥瞰図には昭和五年と昭和十二年の二種類がある。所有しているのは昭和十二年版であり、これは常磐線の上野-松戸間の電化を記念して作られたものである。今回はこの昭和十二年版について、少々説明を加えながら当時の松戸の姿を考える
昭和の松戸を歩く

拓銀松戸支店のちらし

1971(昭和46)年頃配られた北海道拓殖銀行松戸支店の出店案内の広告を自宅で見つけました。この広告を読み込んでいくとその当時の松戸の町が見えてきます。懐かしいお店もあります。これを2022年3月現在の視点から当時の広告をみていきたいと思う
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