昭和の松戸を歩く

2026年3月改訂版:松戸駅西口、昭和の頃の中通り商店街の風景

松戸駅西口に中通り商店街があり、これは現在のふれあい通りに当たるが、昭和の頃都市区画整理で幅員拡張され、道路位置もかなり調整された。中通りには様々な種類の商店が集まっていた。焼鳥の開進、映画館の松竹館、カメラのイマイ、室内釣堀の太公望、モンダ書店
昭和の松戸を歩く

改訂版松戸旧市役所通りについて

松戸市役所は元々は松戸三丁目にあった。現在のキテミテマツドの駐車場。母が松戸にお嫁に来た頃は三丁目のキテミテマツド用の駐車場ビルの場所に市役所があった。松戸税務署もあり、所謂官庁街だった。昭和の松戸の元官庁街にあった建物について調べてみた。
昔日の松戸

昭和の松戸駅周辺の風景ー3

昭和30-40年代の松戸駅周辺の風景を撮影してくださっていた方がいた。これは非常にありがたい事で、そのご厚意に甘え、写真を少しずつであるが、公開し嘗ての松戸駅周辺の今回は東口の風景を懐かしみながら、現在と比較し楽しんでみたい。そのパート3。
昔日の松戸

昭和39年頃の根本の町並みの思い出と算盤塾

松戸駅周辺はさることながら、根本周辺も昭和30年代と比べ相当イメージが変わった。当時は個人商店が多く、人と人との触れ合い、横のつながりがあって、近所は皆知り合いだと言えたものだった。小学生の頃通ったそろばん塾とその周辺の町並みについての思い出
昔日の松戸

昭和の松戸駅周辺の風景ー2

昭和30-40年代の松戸駅周辺の風景を撮影してくださっていた方がいた。これは非常にありがたい事で、そのご厚意に甘え、写真を少しずつであるが、公開し嘗ての松戸駅周辺の今回は東口の風景を懐かしみながら、現在と比較し楽しんでみたい。そのパート2。
昔日の松戸

昭和の松戸駅周辺の風景ー1

昭和30-40年代の松戸駅周辺の風景を撮影してくださっていた方がいた。これは非常にありがたい事で、そのご厚意に甘え、写真を少しずつであるが、公開し嘗ての松戸駅周辺の今回は東口の風景を懐かしみながら、現在と比較し楽しんでみたい。そのパート1。
昔日の松戸

大木さんの倉庫

子どもの頃、松戸市竹ヶ花にあった松戸米穀の倉庫にまつわる色々な思い出を書いてみたい。倉庫の中がとても涼しかった事、コクゾウムシが居た事、麻袋を所謂手鉤という道具で担いでいく人たち、コメが良くこぼれていたので、雀のたまり場でもあったことなど。
残像

我らが北部小の図工の先生”大隈武夫”画伯形見分け:終了しました

私の北部小時代の恩師であり、図工の先生であった大隈武夫先生の一周忌を迎えるにあたり、胡録台の大畑自治会館で形見分けが行われるそうです。大隈先生のラクダの絵は独特の感性があり素晴らしいものです。
松戸行脚

旧川崎銀行と松戸公産建物研究

すでに取り壊され新しいビルに変ったが、松戸市の旧水戸街道沿いにあった歴史的建造物であった松戸公産ビル(旧川崎銀行、旧三菱銀行ビル)の各歴史的書物における記述を見直し、歴史的価値の再認識、他明治時代の銀行のファサードと共に記録として残したい。
残像

長嶋選手に哀悼

巨人の長嶋さんが2025(令和7年)年6月3日他界された。哀悼の意を表します。野球好きではなかった我が少年時代、特別応援している球団も無かった。巨人も例外ではなかったが、何故か長嶋さんは別格で、大ファンだった。そんな思い出を少々書いてみたい