松戸の古絵葉書

昔の坂川(新坂川)の古絵葉書 坂入書店発行

松戸の歴史とともに、又私自身の成長の時期も変わらず、流れていた坂川、新坂川、六間川、これらの古絵葉書を通して昭和の初めころの松戸の風景を再確認したい。坂川には汚水でどうしようもない時期もあったけれど、この絵葉書の頃はさぞきれいだったのだろう
2021.08.27
昭和の松戸を歩く

根本の商店街 アーバンヒル松戸周辺

アーバンヒル松戸が出来た1980年前後の頃、松戸駅に近いこともあって、根本のアーバンヒル松戸の周りの商店・飲食店のいくつかに通った。記憶が消える前に記録していきたい。商店としては、思い出すようだったら、1970年代の商店も書いていく。
2021.08.25
昭和の松戸を歩く

松戸駅西口、昭和の頃の中通り商店街の風景

松戸駅西口に中通り商店街があり、これは現在のふれあい通りに当たるが、昭和の頃都市区画整理で幅員拡張され、道路位置もかなり調整された。中通りには様々な種類の商店が集まっていた。焼鳥の開進、映画館の松竹館、カメラのイマイ、室内釣堀の太公望、モンダ書店
2021.09.18
昭和の松戸を歩く

昭和30-40年代の松戸駅西口商店街、高砂通りを回顧する

現在の松戸駅付近はありふれた駅前風景でしかない。大手のスーパー、銀行、コンビニ、空虚なぺデストリアンデッキがあるだけ、ところが西口都市区画整理前の松戸駅西口商店街は全くイメージが異なっていた。細くくねった道、物陰のある道、界隈性のある場所な
2021.08.23
昭和の松戸を歩く

昭和の頃にあった松戸の駄菓子屋を探そう!

昭和の頃に松戸にかつてあった駄菓子屋、みなさんも買い物しましたか?時間が経つに連れて記憶が曖昧になりますので、是非駄菓子屋情報を求む!もしよろしければ、このページのコメント欄に書き込んでいただけましたらありがたいです。
2021.09.18
昭和の松戸を歩く

消えた踏切:常磐線松戸駅付近

戦後東京を中心に衛星都市計画が策定され、常磐線沿線のそれぞれの地区に人口が集中し、常磐線の混雑を緩和させる為、常磐線の複々線化が進められた。それまで開かずの踏切と言われた箇所もあり、複々線になることにより、踏切を閉鎖せざるを得なくなった。
2021.09.13
昭和の松戸を歩く

竹の根商店会の現在(2006年8月16日現在の記録)-竹ヶ花西町編

竹の根商店街は昭和44年以降に出来上がった商店会で、主に北部小北側と西側に接している道路に出来上がった商店街で、主に根本地区及び竹ヶ花西町地区で構成される。このページでは主に昭和から平成前半にあった竹ヶ花地区の商店街について説明したい。
2021.08.17
昭和の松戸を歩く

竹の根商店会の現在(2006年8月16日現在の記録)-根本編

竹の根商店街は昭和44年以降に出来上がった商店会で、主に北部小北側と西側に接している道路に出来上がった商店街で、主に根本地区及び竹ヶ花西町地区で構成される。このページでは主に昭和から平成前半にあった根本地区の商店街について説明したい。
2021.08.17
松戸行脚

戸定邸を知る為に

松戸市にある重要文化財である戸定邸は徳川最後の将軍である徳川慶喜公の実弟である徳川昭武公が住んでいらっしゃったお屋敷。この戸定邸と徳川昭武公の周辺について私の知るところを記録として残したい。私の結婚式もこの戸定邸内の松雲亭で行いました。
2021.08.15
昭和の松戸を歩く

1981年頃の松戸駅東口商店街について-旧金ケ作陣屋道

昭和の頃は開かずの踏切と言われた根本の踏切から岩瀬の坂までの道。金ケ作陣屋道周りに色々なお店が軒を並べ商店街が成立していた。今でも頑張って商売をされているお店もある。昭和の頃の商店街を現在のマップに再現させ、知る所、思う所を書き留めておきたい
2021.08.19
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