松戸のお宝

かつて、松戸にあったゴルフ場:武蔵野カンツリー倶楽部

かつて松戸市六実地区に存在したゴルフ場、武蔵野カンツリー倶楽部について、果たしてどんな場所だったんか、どこに存在したのか、いつ頃存在したのか、どんなルートで行ったのか、どんな人が来たのかを手持ちの資料や参考資料を元に調べてみた。現存しない。
2022.01.25
楽しみ

自然の勉強

葛飾区 郷土と天文の博物館主催する江戸川野遊び道場。これは子どもたちが対象で、江戸川流域の自然の中で、生き物との触れ合い方を学ぶ催しで、自然通信の田中利勝先生が指導。田中先生は自然全般に精通する。トンボとりをする航空力学の東昭教授と被った。
楽しみ

水元公園と私

水元公園の広さはWikiでは76.7ha(他の資料だと87.9ha, 86.2haなど様々)で都内五番目の大きさ。松戸の"21世紀の森と広場"約50.5haであり、水元公園は、その約1.5倍の広さを有する。東京都でこんなに大きな公園はすごい
2022.01.30
松戸の古絵葉書

千葉高等園芸学校当時の絵葉書-その2 坂入書店発行

松戸市の現在の戸定ケ丘、戸定邸の隣に千葉大学園芸学部があります。1909(明治四十二)年に千葉県立園芸専門学校として創立され現在に至る場所です。ここは自然観察のグループと何度も参りましたが、非常に豊かな森に囲まれ珍しい樹木もある場所です。
松戸の古絵葉書

千葉高等園芸学校当時の絵葉書-その1 坂入書店発行

松戸市の現在の戸定ケ丘、戸定邸の隣に千葉大学園芸学部があります。1909(明治四十二)年に千葉県立園芸専門学校として創立され現在に至る場所です。ここは自然観察のグループと何度も参りましたが、非常に豊かな森に囲まれ珍しい樹木もある場所です。
松戸のお宝

常磐線電化祝賀会招待状-松戸駅

松戸町長小林善作さんが埼玉県の神谷彌平さん宛に送った招待状。つまり、昭和11年12月11日に開催された常磐線の電化の祝賀会、祝宴式及びお食事への招待状です。この小林善作さん、そして招待された神谷彌平さんに焦点を当てて、まとめてみました。
2022.03.20
昭和の松戸を歩く

松戸旧市役所通りについて

松戸市役所は元々は松戸三丁目にあった。現在のキテミテマツドの駐車場。母が松戸にお嫁に来た頃は三丁目のキテミテマツド用の駐車場ビルの場所に市役所があった。松戸税務署もあり、所謂官庁街だった。昭和の松戸の元官庁街にあった建物について調べてみた。
2022.04.08
昔日の松戸

松戸の工業地域と縫製工場「興洋」と縫製の内職`まとめ`と根本地区について

北松戸工業地帯だけでなく、松戸市根本から平潟までの准工業地帯にも色々な工場が存在。島村俊商店、川光物産、雪印種苗、興洋、金沢縫製、日本スイフトなど、今回はその内の一つ服飾工場「興洋」の研究を行う。過去「興洋」の仕事を請け負った方からのお話。
2022.01.14
千葉県のお宝

古書「皇太子さまと房総」 昭和二十三年

昭和二十三年一月四日から七日間、当時の皇太子殿下(現天皇陛下)が房総の御見学旅行をされ、それについての小冊子が発行された。ご旅行のコースは下記を参照願うが、市川から始まり内房を南に下り、白浜から外房を北上され銚子から電車で帰宅された記録。
2022.01.01
昭和の松戸を歩く

かつて竹ケ花踏切以東にあった松戸市竹ケ花商店街(旧水戸街道)

常磐線複々線化によって閉鎖された竹ケ花の踏切以東には松戸市竹ケ花商店街があった。そのお店を一つ一つ思い出していきたい。我が実家はかき氷販売から始まった。かき氷は缶ジュースの出現で衰退したという人が居たが冷房設備と冷蔵庫の出現によって衰退した
2022.02.04
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