建築デザイン

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つれづれなお話

デザインツール

43年間の某設計事務所での勤務生活の中で、色々なデザインツールを使った。就職当時から製図という業務は、手書きの人的な作業から、キャドというデジタルデータを扱う分野に進歩してきた。特に人的に製図を書いていた頃の道具について、振り返ってみたい。
つれづれなお話

”自分で考えろ”は果たしてタイパが悪いだろうか?

仕事をする中で、上司から「自分で考えろ」と言われた若者が「教えてくれないと、タイパが悪い」と主張するらしい。そんなブログがあり、読んでみるとなるほどと思う部分もある。単純作業ならまだしも、複雑なからみのある仕事は、自分で考えないと行き詰る。
松戸の残像

松戸ニューオータニと回転レストラン、ホテルデザイン

宿泊施設はないけれど、ニューオータニ松戸が、松戸ビルヂングの上層階にあり、回転展望レストランは最上階にあった。若かりし頃、二回ほどお見合いをこのラウンジでした事があった。ここで食事をすると方向感覚を失い、自分の席が分からなくなったものだった
昔日の松戸

北松戸工業団地の緑地の今昔

昭和の頃は公害が大きな問題になり、工場は工場立地法という法律で緑地を作る事を求められた。ところが北松戸工業団地の緑化は理想通り進んでいない。そこで松戸市で昭和37年発行の工場適地案内書と共に、新坂川と共に北松戸工業団地の緑化を考えてみた。
つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(いざ浜松へ)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。この話は、就職して浜松に常駐する頃
つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(学生の頃)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。お世話になった建築設計へ愛をこめて
つれづれなお話

私版”私の履歴書” 建築設計(就職後)

四十数年間働いていた某設計事務所を定年退職した。思えば長い間お世話になったものだった。日本経済新聞に私の履歴書というコーナーがあるが、私も自分の半生の一部であった建築設計という業務について、書いていきたい。お世話になった建築設計へ愛をこめて