昔日の松戸

ペリカン、シャンテリ、モンクトン:かつて松戸にあったケーキ屋さん

ケーキ昔日の松戸
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松戸にあったケーキ屋さん

Savarin

俊哉 佐伯によるPixabayからの画像

私にとっての最初のケーキは近所のパン屋さんでクリスマスのシーズンに予約注文した所謂バタークリームのデコレーションケーキだった。それでも当時は満足していた。いつだったか松戸駅近くにケーキ屋さんが出来て、ショートケーキというものを始めて食べた時の感激は忘れられない。生クリームのふわっとした舌ざわりと苺の組み合わせが何とも言えなかった。

松戸にあったケーキ屋さんで記憶に残っているのは上本郷駅近くのペリカン、松戸駅近くのシャンテリ、モンクトンだった。今回は主にペリカンについて述べていきたいと思う。

 

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ペリカン:上本郷駅近く

ペリカンロゴ

ペリカンロゴ
”パンのペリカンのはなし”より、使わせていただきます

もう一つ、新京成上本郷駅前の下り坂を下りて、カジ坂に突き当たった辺りにペリカンというケーキ屋さんがあった。外観が白い雰囲気で、ガラスが多い建物だったような記憶があるが定かではない。一度入ったことがあったと思うのだが良く覚えていない。人に聞くとチョコレートケーキやミルフィーユが美味しかったと聞くが果たしてどうだったのか?覚えている人は居ないだろうか?

このペリカンロゴは、渡辺睦さん著二見書房出版の”パンのペリカンのはなし”より使わせていただいています。もし問題がありましたら、外します。

ペリカン広告・月刊まつどNowの広告より

ペリカン広告

月刊まつどNowの広告より

これは1975年頃の月刊まつどNowという地域情報誌に掲載されていた広告です。可愛らしい店員さんがいたんですね!

ペリカンのケーキ職人さん・ハッピー独身!(松戸ライフ1975年冬号より)

pelican

松戸ライフ 1975年冬号より

下記は松戸ライフに書かれていた記事です。この方が阿部常夫さんで、浅草のペリカン二代目渡辺多夫さん義弟で、優しいケーキ職人さんです。

ソフトな人柄、ケーキ屋さん。阿部常夫さん。
ソフトなムードで、女性客に評判のよい喫茶店”ペリカン”上本郷のチーフ。二十三歳で若いチーフになってから仕事一筋にかけてきて、ハット思ったら三十歳。そろそろお嫁さんを・・・と本人もやっとその気になってきた。阿部常夫さんは、パンと洋菓子づくりの職人さん。浅草三河屋で修行、(昭和)四十年義兄と一緒に松戸へ越してきたが、この道十五年間培った技量は、ケーキ好みのお客さんに高い評価を得ている。

一見、物腰が柔らかそうで、ソフトな人物という印象を与える。甘いケーキづくりのせいか、あるいは七人兄弟の中で、六人目の次男という女系家族で育ったせいかやさしく、おとなしい男性という感じ。ところが、彼の周囲の評価を総合すると、仕事にかける情熱と責任感は人一倍強く、チーフのキャリアの長さを手伝って、新の強さと頑固さは相当のものらしい。

夢であった<独立>が5年後に実現する。お嫁さんには<古風な女性で、心の広いひと>がお望みだという。印象とは逆に、意外と”亭主関白”がお望みかもしれない。水上(群馬県)で生まれ、育った。スキー場が家の近くだったため、スキーは超一流の腕前。お酒はあまりいけないほう。むしろ甘党。休みはレコードを聴くのが楽しみという模範的独身男性だ。南花島のアパートに住む。

身長165センチ、体重54キロ。

果たしてこの阿部さんは今はどこでお店をしているのだろうか?気になった。

ペリカン続報2022年1月

ミナツさんという方からお便りがあって、

「私は、チョコレートケーキよりも、とにかくミルフィーユが好きでした。記憶が変容していなければ、パイ生地とクリームが重ねられ、周りをぐるっとココアスポンジが巻かれた、シンプルなケーキでした。懐かしいです。思い出させていただき、ありがとうございました」との事です。なんだか一層、ペリカンのミルフィーユが食べたくなってしまいました。

どうやら、ミナツさんによれば、浅草にパンのペリカンという有名なお店があって、その経営者の親戚の方が松戸の店を経営していた・・・と教えていただきました。浅草のお店にミルフィーユがあるのかと思ったらどうやら無いらしい。フルーツサンドはあるとのこと。

ミルフィーユ - Wikipedia

パンのペリカン 渡辺睦著を読んでみた

ミナツさん”パンのペリカン”という本が存在する事を教えていただき、早速入手し本をざっと読んでみました。その本を読んでみて分かったことなのが下記の事でした。

  1. 浅草で有名なパン屋がペリカンである事
  2. パンのペリカン(浅草)の二代目店主の渡辺多夫(かずお)さんの奥様竹子さんの弟が阿部常夫さんで、この阿部常夫さんが松戸のペリカンを営業していた
  3. 阿部常夫さんは「松戸には昭和40年に義兄と一緒に引っ越した」と書かれていたので、多分松戸のケーキ屋さんを立ち上げの時には二代目の渡辺多夫さんも一緒にやっておられ、その三年後に店をオープンしたのであろう。
  4. 渡辺多夫(かずお)さんは阿部さんの事をつね坊と呼んでいたらしい
  5. 松戸のペリカンは阿部さんが最高の材料で最高のケーキを作っていたので採算の面では難があった。
  6. 松戸のペリカンは1968(昭和43)年から30年間営業していた
  7. 松戸には上本郷店、北松戸店、松戸店の三軒のケーキのペリカンがあった。
  8. 阿部さんは、浅草のオレンジ通りにあった三河屋で修行→自由が丘のモンブランで修行→松戸
  9. 四代目の渡辺睦さんにもペリカンの思想が伝わっている事が読んでいて分かった。

その他、本を読んでいくといかにペリカンがパン作りにこだわっていたのか、しかも長い間二種類のパンで通していた事。職人の名木広行さんのパンと会話しながら作る・・・など、ただものじゃないパン屋だという事がわかりました。私も一度浅草のペリカンに行ってみたくなりました。

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シャンテリとモンクトン

シャンテリ

シャンテリ

月刊まつどNow広告より

何十年前の事だが、松戸駅東口にシャンテリとモンクトンの二つがあった。どちらのお店のだったか忘れたが、私はそこのサラバンというケーキが好きだった。ラム酒がかかってペチャペチャとしているんだが、それが何とも言えない。どちらかというとラム酒がしたたっている位の方が美味しいと思った。

モンクトン

モンクトン

月刊まつどNow広告より

この2店とも松戸駅近くには存在していないが、モンクトンのお嬢様には松戸市観光協会の催しでお会いした。結婚されご家族もある。同時に若い頃の夢だった”唄を歌う”つまりシンガーになって、主に松戸で開催される催しに積極的に登場されている。舞台映えするとても素敵な方だ。

ご参考

パンのペリカン【浅草・田原町で昭和17年から続く老舗】
「毎日食べられる、飽きの来ない味」パンのペリカンには食パンとロールパンの二種類のアイテムしかありません。創業以来あえて商品数をしぼり、時代が変わっても変わらない味を提供し続けます。
ペリカンカフェ
創業昭和17年、浅草・田原町「パンのペリカン」の直営カフェがオープンしました。パンの店舗がある国際通りを蔵前方面に歩くこと1ブロック、どこかレトロな雰囲気がある「パンのペリカン」とは異なり、同じ赤いテントの、黄色をテーマカラーにしたすっきりとモダンなカフェです。
第8話 「ミカワヤ」のケーキ | 浅草のおかあさん
ミカワヤのケーキには夢があった。ミカワヤに入るとまぶしくもあった。そして、ミカワヤのケーキは浅草の人の口にあったのである。街でミカワヤのケーキを持ち歩くおかあさんたちの姿をよく見かけた。そのミカワヤとパンのペリカンは親せきだったという。驚くと共に、なにか嬉しくなる。
【公式】 MONT-BLANC 東京自由が丘モンブラン
当店「東京 自由が丘 モンブラン」は、1933年創業・日本初モンブラン発祥の洋菓子店です。これまで数多くのメディアに掲載され、有名人・芸能人もお忍びで買いに来るクッキーやプリン、ケーキなどのスイーツを是非お楽しみ下さい。

今回は、お便りをいただいたミナツ様からのメールでペリカンについて多くのことを知り、思い出した。ミナツ様、ありがとうございます。

 

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