昔日の松戸

消滅した竹ヶ花古墳とお墓引越しのお話-実はとても大変だった

kohun昔日の松戸
Liselotte BrunnerによるPixabayからの画像
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竹ケ花に古墳兼庶民のお墓があった

消滅した竹ヶ花古墳

古墳

古墳のイメージ写真で、竹ケ花古墳ではありません。Liselotte BrunnerによるPixabayからの画像

私の実家松戸市竹ヶ花の家からそれほど離れていない場所に「竹ヶ花古墳」という所謂古墳時代に作られた遺跡があった。元々竹ヶ花五十五であった場所が小根本整地組合による区画整理以降、地名が変わり小根本となっている。「竹ヶ花古墳」は昭和三十六年に宅地化の為消滅。貴重な竹ヶ花の遺跡を失ったのは残念でならない。その際、この丘のお墓がある一部を残したが、昭和四十一年に残る部分、我が祖先のお墓も移動をする事になり、その後山は消滅マンションになった。

1945年当時の竹ケ花古墳付近の周辺状況

これは国土地理院の地理院地図vectorを利用し、1945-1950年当時の空中写真にその後作られるインフラや建物などをのせ作成したものです。この当時は新京成電鉄の線路敷設以前である。線路敷設後は金山神社と市役所の山の間は切通しになり、竹ケ花古墳のあった山も半部削られた状態で暫く残っていた。この当時は松戸市道も開通していなかった。竹ケ花古墳、つまりお墓のあった山の部分はこの当時竹ヶ花であり、区画整理後小根本に組み込まれた。

池田弁天の周囲の池は水田として使われていたそうだ。また、竹ケ花古墳の右横付近は私が物心ついた頃はまだ水田が残っていて、水中生物をとって遊んだ。小根本の田畑の部分は所謂谷津に当たる部分だった。2011年3月11日の東日本地震で壊れたメクマンは水田跡に建っていた。

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古墳及びその後の風景

取り壊す前の竹ヶ花古墳

竹ケ花古墳

取り壊す頃の竹ヶ花古墳(松戸市教育委員会発行「松戸の遺跡」より)

この写真は松戸市教育委員会発行による「松戸の遺跡」から引用させていただいています。現在の市役所方面から見ている。手前の更地は現在のシティテラス松戸付近(かつての奈良屋)の土地でこの写真当時は水田も埋められた後の様に見える。

古墳取り壊し跡に出来たマンション(フレール松戸)

フレール松戸

古墳を取り壊した後に出来たフレール松戸(2004年頃撮影)

この写真は取り壊す前の竹ヶ花古墳の写真とほぼ同じ場所から見ている。1990年頃はこのフレール松戸の一角に中華料理”江南”というお店もあった。一度も入ったことが無かったが、小奇麗なお店だった。2021年現在は、このフレール松戸も取り壊され、プラウド松戸が建設されている。

フレール松戸

移動したお墓側から見たフレール松戸(2004年頃撮影)

フレール松戸を東側、つまり裏側から見ている。擁壁の上にブロック塀、そして柵が見えるが、この柵の中に現在のお墓がある。駐車場も無いので、車で来ると少々不便ではある。

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こぼれ話

小高い山の上にあったお墓はどうなったか?

お墓

運び込まれた直後のお墓

小高い山にあった竹ヶ花古墳と同時に竹ヶ花地区住民の為のお墓もあった。私の小さい頃の記憶でも山の上のお墓に行った記憶がある。先ず、昭和三十六年に古墳のあった部分が消滅し、次に昭和四十一年残る山(竹ヶ花地区住民のお墓)を崩して遺骨など諸々を写真のお墓を新たに築造することによって、お墓の移動をしたわけだ。

お墓の移動に関しては、私も微かに思い出があり、お墓の移動で採掘した緑青した古銭が出てきたのを覚えている。所謂、三途の川を渡るための六文銭である。コレクションにするにはあまりにボロボロであった。探せば家のどこかにあるかもしれないが、散逸してしまった。

当時の話を両親に聞くとお墓の移動に関しては本当に時間がなく、慌てるようにして作業をしていったとのこと。区画された墓でなかったため誰の祖先なのか確かめる術もなく兎に角運び出した。我が祖先のお墓は殆どが火葬であったために骨は骨壺に入り小さなものだったが、ご近所は土葬であったため肉付きの骨もあったとか……

父の作成した記録

父が作成した先祖代々の系図序文にこんな事が書かれている。

昭和四十一年八月二十四日(西暦1966年)竹ヶ花五十五番地、竹ヶ花共有墓地(山の上にあり約200坪)小根本整地組合と話合い末、現在迄の墓地を移転す。新墓地各家、場所選定は旧家、墓石の多い家より坪数順に四段階に分け抽籤、十六番に決定、○○家(注:我が家の事)は竹ヶ花では○○○○(台の家)の次に旧家 家柄先祖代々名主役をつとむ。八月二十七日午后一時御先祖様発掘、祖母、父他、俗名不明遺骨壺五、御先祖様の遺骨数不明、遺骨は納棺の上四ツ木火葬所にて火葬し遺骨壺持ち帰り埋葬す。墓地移転に伴い花島栄松寺におもむき過去帳を調べ年代順に記入す。…………この後延々と系図が続く…………

その他手記としてこんな事も書かれていた。

小根本整地組合と話合いの結果現在迄の墓地より約二割五分の減歩にて、新京成電鉄際の根本森谷種店(森谷耕平氏)の地所内に換地移転す。

小根本区画整理事業の範囲と変遷

国土地理院―地理院地図の時系列表示を利用させていただいたのが下のマップです。下記の赤いドットラインは小根本の区画整理事業の範囲、下記マップの上部の方に年代がかかれているのでそこをクリックすると年代別の空中写真と小根本区画整理事業の範囲が分かります。お試しあれ!

池田弁財天

市道が出来る前の池田弁財天です。松戸市観光協会が昭和30年頃に発行した絵葉書です。
この絵葉書は市役所の高台から撮影した写真のようだ。現在の状況とはだいぶ異なる。この写真の参道右側には松戸市教育委員会の入っている京葉ガスのビルが建ち、参道の左側はかなりの変遷があるが、現在はシティテラス松戸のマンションが建設されている。この池田弁天前の市道が出来る前はその近辺は池で囲まれていた。この池田弁財天は商売繁盛、お客さんがたくさん来るように等、御利益の為、参拝された。

池田弁天様

池田弁財天 松戸市観光協会発行の絵葉書

市道が出来る前の池田弁財天の絵葉書です。松戸市観光協会が昭和30年頃に発行した絵葉書。

「竹ヶ花古墳が消滅 五世紀の豪族のお墓」

 

古墳消滅の記事

広報まつど昭和三十六年十月二十五日号の記事

「二年前に市誌編纂委員会によって発見調査されていた竹ヶ花古墳が土取り工事のため消滅しました。幸い工事関係者の協力が得られたため、教育委員会では教育大学考古学研究室の手を借り事前に発掘、調査をすることができました。松戸市内の古墳は西暦五世紀以降のものと考えられているのでこの古墳は約千五百年前の私たちの先祖のお墓であったわけです。遺体を埋葬した主体部は粘土郭という構造によるもので、その面積約一坪余、風呂桶の形に厚さ四十センチの粘土で囲われていました。遺骨は出土しませんでしたが、その床から鉄刀の破片など五点が発見されてました。砂礫を敷きつめた床からは面どりした大きな砂岩が二個出土し、これは教育委員会で保管しています」

竹ヶ花の露頭(松戸市史上巻より)

竹ヶ花の露頭

竹ヶ花の露頭 松戸市史(上巻)より

上写真は松戸市史(上巻)より”竹ヶ花の露頭”の写真です

多分、これは新京成電鉄の線路側から見たお墓の山だと思う。当時はこのような露頭が町のあちこちで見られた。

松戸市教育委員会発行「松戸の遺跡」より

竹ヶ花古墳
竹ヶ花古墳は、松戸市役所の北東約200メートルにあたる台地上に存在した古墳であり、その地籍は松戸市竹ヶ花字拾石のうちに含まれていた。また、本古墳は「松戸市史」にも紹介されており、その山林中に望見される姿は、古墳らしからぬゆるやかなスロープを持ち、かえって優美さを示している感がふかかった。しかし、この古墳の北側の裾近くが、新京成電鉄の線路によって切り取られており、市街地に近いという地理的条件と相まって、保存の困難さを予測させる遺跡でもあった。果たせるかな、昭和三十六年十月十日、突然ブルトーザー二台による採土工事が開始され、瞬く間に台地は削り取られていった。
…………中略…………
1. 竹ヶ花古墳は台地鞍部に立地する直径二十二メートル、高さ二~二・五メートルの円墳である。
2. 内部主体は墳頂中央部地下十一センチメートルという、浅位に始まり、高さ五十センチメートルほどの白色粘土による壁体を有し、その規模は東西、南北二・五メートルほどと推測される。
3. 内部構造にみる壁体は南、北側の幅一メートルの範囲内はみとめられず、これは後世の盗掘などによるものではなく、本来欠けていたものと見る方が妥当で、この点、加賀方面の粘土棺などとも全く異なるものである。
4. 壁体内には相対する一対の凝灰岩が安置してあったが、これらはいずれも敲打によって平坦面がつくりだされたもので、時期的には後出性を示すものと思われる。
5. 東石の表面とほぼ同レベルのあたりに封土としてのロームに若干の砂利を混ずる部分が認められ、この面からわずかながらも遺物が出土した。
6. 出土遺物はすべて鉄片で、時代性を示すものは皆無だった。
参考文献・参考資料:
  • 「松戸の遺跡」(松戸市教育委員会発行)
  • 「松戸市史」上巻(松戸市役所発行)
  • 「未来への遺産」松戸市土地区画整理組合連合会発行 ← 根本在住Yさん提供
  • 「空中写真」「地理院地図Vector」国土地理院
  • 「絵葉書」 (松戸市観光協会発行)

この「竹ヶ花古墳とお墓引越し」は2005年作成、2009年2月再編集、2021年2月に大幅なレイアウト調整をした

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