楽しみ

松戸における伝書鳩の流行

鳩楽しみ
cocoparisienneによるPixabayからの画像
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伝書鳩の流行

伝書鳩流行の頃(1970年代)、松戸でも流行した

Image by Michael Borgers from Pixabay

Image by Michael Borgers from Pixabay

小学6年生の頃、松戸で伝書鳩を飼うことが流行した。いや、世間としては勿論もっと以前から流行していたとは思うが、少なくとも私の友人関係では6年生くらいからだったと思う。物の本によれば、東京オリンピックの開会式で放鳩したシーンに感動して飼い始めた人が多いと聞いたことがある。

当時は、本当に多くの人が鳩を飼っていて、空を眺めると鳩が何十羽も群れを為し飛んでいた。あれは訓練目的だったはずだが、見ると本当にワクワクしたものだった。群れと群れが合流しないものかとか訳が分からなくなってしまわないものなのか?とか色々な事を思い巡らせながら空を見上げていた物だ。

上本郷や松戸新田などに行くと鳩小屋とは思えないくらい大きな鳩小屋を造っている人が居て、それはそれは大層立派なものだった。多分かなり出費もしたのではないだろうか?私の友人の中では、南花島に住んでいたN君、M君が先行して飼っていて非常に立派な鳩小屋を持っていた。古ヶ崎のTK君も立派な鳩小屋を持っていたが、それはM君やN君よりはかなり後に作られたものだったと思う。古ヶ崎のTK君は大工を入れて作ったらしいという話は聞いたことがある。お金のある人は違うね。

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鳩小屋と必要なもの

鳩小屋の構造

鳩小屋

鳩小屋

みんな楽しそうに鳩を飼っている、そんな状況の中で私も強く鳩を飼ってみたくなった。だからと言って、鳩小屋を造るお金も材料も無い。となるとタダの材料をどこかに調達しにいかないとならない。当時は、電気製品の梱包材を段ボールではなく、木枠を使って梱包していたものだった。それが案外空き地などに無造作に捨てられている事も多かった。今ではまず見つからないけれど・・・

ある日比較的しっかりした直方体のちょうど良い木箱が見つかった。これだったら広い面に金網を張れば大方格好が付く理想的な箱だった。とはいえ、屋根も作らないといけないし、鳩小屋内にアプローチする為の扉や鳩が出入りをするパタンコという吊り金物の付いた出入り口そして、パタンコから中に入るときのお立ち台も作らないといけない。

パタンコは外から中に入れるが、中からは外に出られない構造になっている丸鋼をぶら下げてあるものだ。これは中々私には無理だという事で父に手伝って貰い(というよりは殆どが父主導で)鳩小屋が完成した。これを裏庭の庇の上にセットした。

鳩小屋のサイズ

結局、我が家の鳩小屋のサイズは家電製品の梱包木材を使った関係で、家電製品の大きさを超えないサイズで、後年にはもう一つ庭の片隅に作った。合計二つだ。ちょうど現在の実家の台所がある辺りだった。上本郷の風早神社付近を歩くと本当に大きな鳩小屋を造っている人が居た。あそこまで行けば小屋とは言えず鳩舎という事になると思う。サイズにして二畳くらいの広さはあり、それが二段構えになっていたと思う。中がどうなっているのか一度見たかったがそういう機会は無かった。

パタンコの構造

パタンコ

パタンコ

さて、上図はパタンコの構造で鳩は外から中に入れるが、中から外には出られない構造。ただしこういう構造が故にパタンコにロックが無いとネコ、ネズミ、イタチ、テンなどに入られてしまったら、鳩は逃げようが無い。さて、殆ど父親が作ってくれたものの、やっと鳩小屋が完成した。ところがまだ鳩が居ない。

給水器と巣

給水器

給水器

水飲み用の便利な道具に給水器がある。飲み場に水の入った瓶が逆さに挿してあって、サイホン式で飲んで水が減るとその分水が注がれる様になっている。この様子を見ると鳩の水飲みの生態が分かる。普通の小鳥などは水をすくい上げて飲むが、鳩は頭を水飲みに下げたまま水をごくごくと飲む。雄一匹の鳩小屋も良いが何となく寂しい。

目指すは何十羽で大空を飛んで貰いたい状態だ。でもそれを実現するには鳩に子供を産んで貰って増えていかないとならない。そこで雌が必要。雌をくれる友達は流石にいなかたので、自分で買わざるを得なかった。そこで私は近所の浅間鳥獣店に行って買う事にした。

巣皿

鳩がヒナを育てるための巣皿が必要です。だいたい石膏で出来ています。これは楽天市場でも売っています。巣皿で調べてみて下さい。


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我が鳩小屋のメンバー

先ずは友達から鳩を分けてもらった

小屋を作っても、それは単なる”小屋”でしかない。そこで鳩を飼っている友達にもらいに行く事になる。鳩は繁殖力が旺盛で、あっという間に増えるせいか案外みんな快くくれるものだ(と言っても鳩にも優秀なのとそうでないのがいる訳で、良い鳩をもらえるという訳にはいかないが、そんな贅沢を言ってはいけない。ありがたく頂戴するのが礼儀である)。

私は南花島のM君に「頂戴!」をしに行った。彼は快く「いいよ!」と言って、黒ごまの雄鳩をくれた。黒ごまは全体が黒色基調で白いゴマ模様が入っている。これにニビキと言われる翼に二本線が入ったものと混ざる場合もある。似たもので灰ゴマというのもある。とにかく私の記念すべき一番最初の鳩はこの黒ゴマとなった。

メスの栗ゴマを買った

ここで買ったのは栗色の栗ゴマだった。黒ゴマと栗のつがいが巣を作るためのボールも買った。ボールは白い石膏で出来た鉢である。鳩小屋はとかく糞で床が汚くなるのでなるべくこまめに掃除しないとならない。鳩小屋の床を網にして、その網の下段を引き出し式にしておけば良かったのだろうが、そうもいかず、掃除が中々大変だった。

さらに雄鳩を購入、やっとヒナが産まれた

鳩の巣

鳩の巣 昭和44年頃撮影

鳩はきれい好きで、同時に羽虫もたかる為か水浴びが好きだった。この写真は我が鳩小屋の中を見た記念すべき写真。上には雄が、下には雌がヒナを抱えている。最初の黒ゴマは何故か栗とつがいにならなかったが、次の雄でつがいになった。そしていつの日か卵を産む日が来た。雌が卵を産んだときは本当に嬉しかった。

いつかえるのか、いつかえるのか毎日のように見に行った。そしてヒナが産まれた。ヒナが産まれた時は本当に嬉しかった。

ヒナが産まれたら・・・脚環

脚環(あしかん)

脚環

脚環

ヒナが生まれるとしなければならないことがある。それは脚環(あしかん)を嵌める作業だ。脚環(あしかん)は鳩を売っている店であれば大抵売っていた。浅間鳥獣店でも売っていた。実は脚環を嵌める時期、タイミングが大切。黄色い産毛が生えている頃では脚に嵌めても取れてしまう。黄色い産毛から徐々に黒い羽のようなものが出始めた一週間経った頃に嵌める。

早すぎると外れてしまうし、あまり成長しすぎると脚に入らない。鳩の前指三本を掴んで脚環に通し、残る後指を引っ張り出す。まだ若い内は後指は柔軟で柔らかいので問題が無いが、成長すると段々硬くなる。成長してしまうと入らなくなる。

街には脚環の無い鳩がたくさん

脚環が無くて、迷い鳩になると単なるドバトにならざるを得ない。脚環(あしかん)を通したら、一緒に添付されていた番号が書いてある所有者証に住所名前等を書き、伝書鳩の協会に送り登録する。これは伝書鳩を飼う立場としてどうしても通らなければいけない道だと当時は考えていたが、実は将来レースを希望する場合や鳩が迷子になった場合に識別する為に必要なもので、後者の場合は果たして戻ってくるのか疑問だ。

勿論、伝書鳩の協会に迷い鳩を届けてくれる人がいれば、飼い主にその鳩が戻ってくるかもしれないが、そこまでする人が居たのか居るのか何とも言えない。そもそも迷い鳩になるような鳩はあまり頭の良くない鳩なので、伝書鳩としては今一な鳩なのだけれど、やはり持ち頭数が少ないと困ってしまうと言う事はあった。

脚環とドバト

寺社の鳩

Photo by Adli Wahid on Unsplash

浅草の浅草寺やその他の寺に行くと鳩が多い。鳩が居るとどうしても脚を見てしまう。伝書鳩が流行していた頃はそれらの鳩の中に脚環を付けた鳩が混じっていたものだ。多分迷い鳩で、この寺の群れの中に紛れ込んだのだろう。現在、寺の鳩を見ても脚環をしている鳩は先ずいない。

迷い鳩になるような鳩は基本的にはレース鳩にはなれないと考えられるが、飼っている数も少なく、愛着のある鳩だと、優秀か出来が悪いかという事は度外視して、自分の元に返ってきて欲しいと願う。多分親が子を思う気持ちに近く、客観性は無いと思う。馬橋のお店の単なるイメージです。店名は忘れました。

餌の事

鳩の餌屋

鳩の餌

馬橋の鳩の餌屋

鳩の餌は、6年生の頃、浅間鳥獣店で買っていた。すでに配合してある餌でコーン、菜種など色々な物がビニールにパック詰めされている。さて、あれは中学一年生の頃だったろうか、古ヶ崎のメガネザル君が

古ヶ崎のHA君
古ヶ崎のHA君

鳩の餌だったら、馬橋に良い店がありますぜ

と言うので、自転車で馬橋まで行った。確かあの時はAKさんも一緒だったと思う。AKさんも鳩を飼って居た。お店に行くとそれは驚いた。豆の専門店と言った感じで、種類分けしたそれぞれの豆類がすべて別々のケースにディスプレイされていた。しかも、自分の好みで配合の比率を変えることが出来る、言わば鳩の餌のプロ仕様のお店・・・と言った感じだった。圧倒された。


専門的だけど、どんな配合にしてよいか分からなかった

正直な話、何をどのくらいの比率と言われても私にはさっぱり分からなかった。その後一度二度はその店に行ったと思うが、結局、浅間鳥獣店に戻り鳩餌を買っていた。2021年現在、馬橋のお店が何処にあったのかさっぱり分からない。我が同級生と一緒に普通の農家の様な家の前を歩いて、この辺ではないか?と言いながら歩いたがどうも分からなかった。

私の記憶では馬橋の駅前通りの途中だった様な気がするが、記憶が曖昧で分からない。多分、メガネザル君だったら覚えているが、彼は今は古ヶ崎に居ない。

訓練について

鳩の訓練

鳩の訓練

Photo by Muhammad Murtaza Ghani on Unsplash

鳩には所謂帰巣本能があり、自分の巣に戻る能力がある。それを利用して伝書鳩としている訳だ。自分の家で産まれた鳩は飛ばせば我が家の鳩小屋に戻っては来るが、友達からもらった鳩は暫くの間は外に放す事が出来ない。友達の家に戻ってしまうからだ。およそ半年から一年くらいは我慢しなければならない。半年ではやはり短いかなあ・・・

訓練は前途多難だった

ある時に最初に友達からもらった黒ゴマを訓練の為放す事にした。最初は鳩小屋の周りで様子を見た。そうしたら、特に元の友達の家に行ってしまう風でも無かったので、遠距離訓練に入る事にした。黒ゴマを鳩のバスケットに入れて連れて行く。マニュアルによれば最初は100メートル次は300メートル次は一キロ先と徐々に放す場所を遠くしていくとある。

私は先ずは市役所の屋上(だったと思う)に行き黒ゴマを放した。我が家で楽しみに待っていた。遅くても数時間で戻ると思った。ところが待てど暮らせど戻ってこない。諦め始めた三日目くらいにやっと黒ゴマは戻ってきた。それにしても300メートル程度で三日もかかるようだと先が思いやられる。そう思った物だ。

 

伝書鳩レースの事

私はレースに憧れたが結局自分で飼っていた鳩をレースに出すような事は無かった。脚環(あしかん)もどちらかというとレースの為にあるような鑑札であるが、その役目を果たす使い方は出来なかった。2019年6月に松戸の紙敷にある昭和の杜博物館に家族で訪れた。その際、昭和の杜博物館の主催者であるYさんの持っていたレースカップを展示しているのを見るにつけ、なんだか小さな興奮を感じた。

鳩とネズミ

鳩舎と庇の間に出来ていたものとは

ねずみの巣

ねずみの巣

結局訓練は中々思うように行かなかったが、鳩を飼う生活は楽しい物だ。
ヒナが産まれ、果たして何羽になった頃だったろうか?小屋も拡張しなければいけないなあと思っていた頃だった。でも鳩の羽根、糞、餌で床が汚れる。床に落ちたものはその下の庇に落ちて庇が汚れる。

ネズミの巣が出来ていた

ねずみ

いらすとやさんから

ある日、鳩小屋の下部、つまり庇の上の三角の部分(上図参照)にネズミの巣が出来ていた。この場所は鳩の羽根、糞、餌が落ちてくる場所でゴミだまりになっていたのだが、餌もあるし羽根もあるし巣を作るのには絶好の場所だったに違いない。どうやらネズミの子供も居たらしい。私は鳩がおそわれる事を心配して、ある日ネズミの巣を全て綺麗にはき出してしまった。これで一安心だと思った。

ネズミの巣を取り去って掃除をしたら

ところがその晩ある事件が起こった。翌朝、鳩に餌を補給しようと見に行くと、鳩のヒナが首を一噛みされて死んでいた。本当に一噛みという感じだった。それでヒナを食べるというのではない。ただ、殺されたという状態だった。

当初はこれがまさか巣を奪われ、子供を奪われたネズミの復讐だとは夢にも思わなかった。親鳩の栗に聞いてみたが、栗は鳩が豆鉄砲をくらった様な目をして、ただ、虚空を見つめているのみ。当然ながら何も答えてくれない。変だな?と思いつつもその日は死んだヒナを処理して、学校に行った。そして翌朝、再び同じくヒナがやられ、そして翌々朝今度は親鳩の栗がやられた。

慌てて、鳩を避難させた

この時になって始めてこれがネズミの復讐だという事が分かった。遅きに失するという状態だ。とにかく翌日から鳩を全て籠に入れて避難させた。一週間以上経ってから、元の小屋に戻したが流石にそれ以上は何も起きなかった。ネズミは怖いと思ったがやはりネズミだって自分の子供は可愛い。自分の城を破壊され、自分の子供を奪われて喜ぶ親が何処の世界にいようか?ネズミが人から嫌がられようが、親は親。この頃から動物を飼う事への認識が変わったように思う。又命ある動物を扱う、飼育するという事がいかにデリケートで難しいのかということを考えるようになった。

伝書鳩こぼれ話

伝書鳩こぼれ話(鳩と農薬)

農薬

農薬 いらすとやさんのイラスト

 

すでに伝書鳩が下火になった頃だと思うが、古ヶ崎のHA君が

古ヶ崎のHA君
古ヶ崎のHA君

大変だ大変だ!大変な事が起きた。一緒に行こう

という。何だと思って付いていくと、多分古ヶ崎か栄町の農家だったと思うが、鳩が大量死して地面に転がっていた。20-30羽は居たと思う。「どうしたの?」と聞くと「どうやら鳩が農薬を食べてしまったらしい」という。それまで農薬の危険性は聞いては居たが、ここまで恐ろしいとは思わなかった。

ただ、当時の世相として公害が我々のすぐ近くに迫ってきていた。新坂川の汚れもそうだったし、光化学スモッグ、東京湾の奇形ハゼもそうだった。読売新聞のコラムでアメリカの弁護士のラルフ・ネーダー氏による公害への警告に関する連載があって、今後の日本ってどうなっちゃうの?という心配させるような状況とからみあって心配してしまったのだった。

伝書鳩こぼれ話(鳩の飼育禁止令)

自転車

自転車 Photo by Jung Ho Park on Unsplash

伝書鳩の流行は我々が中学生の頃がピークだった様だ。知人によると放鳩訓練で自転車遠征していた同級生が不幸にも交通事故に遭った。それ以降、学校で鳩を飼うことが禁止された。ただ、私はこの飼育禁止令が出る前に飼育はやめていたと思う。何故ならあまり記憶がないからだ。この飼育禁止令で同級生の殆どが鳩飼育をやめた。

伝書鳩こぼれ話(帰巣本能と同級生の飼っていた鳩)

同級生が鳩飼育をやめるため、松戸駅東口の扇屋屋上にあったペットショップに鳩を売りに行ったそうだ。その後、彼は鳩小屋を処分した。鳩小屋が無くなって暫くして、売った筈の鳩が全て同級生宅に戻ってきたらしい。帰ってきたのに入る小屋が無い。同級生はこの姿に涙が出たそうだ。その内、近所で鳩の被害があったらしく、鳩の駆除が始まっていた。その内に鳩も居なくなった。

伝書鳩こぼれ話(新聞と伝書鳩)

軍用鳩

軍用鳩

通信社、新聞会社における伝書鳩の利用は第一次世界大戦の頃、陸軍から借りた軍用鳩を使うことから始まっているらしい。通信手段の発達と共に1960年代まで伝書鳩は使われたらしい。共同通信社では共同331号と呼ばれ今でも剥製として玄関近くに飾られているらしい。

いつだったか通信社が使った伝書鳩の裏話を聞いたことがあった。静岡方面から放鳩をし東京の鳩舎に戻る場合の難関があって、箱根の山だったそうだ。それは高さの問題ではなく、大鷹などの鳥に襲われてしまう事があったそうだ。五羽のうち一羽くらい戻ってこないのが居たという話があった。

伝書鳩こぼれ話(磁気嵐と伝書鳩)

地上の磁気嵐の影響で鳩が戻れないことがあるらしい。ウィキペディアによれば1970年以降帰巣率が非常に落ちていると書かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/伝書鳩
「原因は主に猛禽類の大増殖説・携帯電話の電磁波影響説(1990年代後半からいわれるようになってきた)・育種上外来種偏重かつスピード重視の改良が横行した結果の3つが言われている」だそうである。もしかするとカラスが増えた事が原因しているような気がする。


伝書鳩こぼれ話(日本で伝書鳩が流行したきっかけ)

東京五輪の風景

東京五輪の風景 と鳩

東京オリンピック開会式における平和の象徴、放鳩セレモニーはその後映画東京オリンピックで見ても感動的な場面だったが、どうやら戦後の伝書鳩飼育の流行はそのタイミングに端を発しているらしい。ウィキペディアによれば1969年をピーク(年間脚環登録羽数は400万羽弱)に減少傾向にあるらしい。私もこのピークの頃に伝書鳩をやめたことになる。

伝書鳩こぼれ話(ハチ公前での鳩の手づかみ)

同僚のバンバンさんが幼少の頃、群馬県に住んでいたそうだ、ある日渋谷のハチ公広場付近にハトが多いことを知ったバンバンさんはバスケットを持って鳩を捕まえに行ったそうだ。手掴みで捕獲するらしいが大したものだ。ただ、それを見ていたおじさんから「そんなことをしちゃいけないよ」と叱られたらしい。

伝書鳩こぼれ話(河川敷で活動する人の話)

キャンプなど

Please Don’t sell My Artwork AS ISによるPixabayからの画像

河川敷は釣り人が捨てていった針、釣り糸などがよく落ちているものだ。実はこの針を飲み込んでしまったり脚などに糸が巻き付いてしまったハトが多いと言う。この鳩を捕まえ飲み込んだ針や絡まった糸から解放させてあげようという人がいる。どうやって捕まえるのか見ていると素手で手掴みだった。素早く目がけた鳩にパッと腕を振り下ろす。この方法を見た時、バンバンさんの事を思い出した。

つい最近のお話

竹の根商店会でも鳩を飼っている人がいた

そうそう、竹の根商店会の調査をしていた頃、八百屋さん跡だったか魚屋さん跡であったか忘れたが、鳩を飼っている家があった。鳩を飼っている家を見るとほっとするし、何だかほのぼのするものだ。妻の実家に度々訪れるがその実家の隣にも鳩を飼っている家があった。

ここ数年で見かけた鳩小屋2つ

鳩舎 根本方面

鳩舎 根本方面

まだいくつか見つかりましたらアップします

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