レジャー

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昔日の松戸

昭和11年発行古しおり:伸び行く松戸:松戸付近ハイキング

昭和11年発行古しおり”伸び行く松戸”という松戸に関する栞の情報が豊富で非常に多かったため、いくつかのカテゴリーに分けてアップロードする事にしました。今回sは、その一つの松戸付近ハイキングです。園芸学校、江戸川、桜堤、柴又帝釈天などについて、触れています。
松戸行脚

起伏にとんだ松戸の土地、谷津の斜面林

松戸は土地の高低差があり歩いていると面白い。新松戸の松戸市郷土資料館(現在は閉館しています)の大井館長によれば、その海岸線の高台を`台`と呼び入り組んだ場所を`谷津`そして江戸川に面した平地を`下谷`との事でした。その中の谷津と斜面について
昭和の松戸を歩く

拓銀松戸支店のちらし

1971(昭和46)年頃配られた北海道拓殖銀行松戸支店の出店案内の広告を自宅で見つけました。この広告を読み込んでいくとその当時の松戸の町が見えてきます。懐かしいお店もあります。これを2022年3月現在の視点から当時の広告をみていきたいと思う
昔日の松戸

松戸市下矢切にかつて存在した国際射撃場(国際射撃倶楽部)

終戦後米軍によって占領されると銃砲類禁止令が発令され、事実上銃砲は持てなくなったが、数年後には競技射撃に関しては緩和され、昭和30年代松戸市には身近な場所に少なくとも二つの射撃場が出来た。この章では下矢切にあった国際射撃倶楽部について述べる
昔日の松戸

松戸市南花島にかつて存在した東京射撃倶楽部

終戦後米軍によって占領されると銃砲類禁止令が発令され、事実上銃砲は持てなくなったが、数年後には競技射撃に関しては緩和され、昭和30年代松戸市には身近な場所に少なくとも二つの射撃場が出来た。この章では南花島にあった射撃倶楽部について述べる。
昔日の松戸

小根本の原風景

松戸市小根本は昭和30年代までは台地の上の谷津で、かなり遊んだ場所で、自分の遊び場のテリトリーに入っていた場所です。小根本の山の湧水の池、現在の松戸税務署付近から見た水田の広がった雰囲気、父と一緒に歩いた雑木林のシバグリなど思い出がたくさん
ゲーム

オモロン・ゲームinメクマン 松戸

メダルゲームが大好きで、主に通ったのはSigma社直営のゲームファンタジア。Sigma社のメダル機械は魅力があり、その機械が置いてある店にもよく通った、一つは松戸駅西口のゲームセンターインベーダー、もう一つはオモロン・ゲームinメクマン松戸
松戸のお宝

かつて、松戸にあったゴルフ場:武蔵野カンツリー倶楽部

かつて松戸市六実地区に存在したゴルフ場、武蔵野カンツリー倶楽部について、果たしてどんな場所だったんか、どこに存在したのか、いつ頃存在したのか、どんなルートで行ったのか、どんな人が来たのかを手持ちの資料や参考資料を元に調べてみた。現存しない。
楽しみ

東京湾行徳, ゴカイとハゼ釣り

昭和30-40年代、松戸市民のみならず、北総や東京の人達は季節になれば浦安、行徳方面にハゼ釣りに行ったのではないか?釣り糸を垂れれば、餌がなくても釣れると思うくらいにたくさん釣れ、200匹、300匹は当たり前だったと思う。ところが今は・・・
つれづれなお話

上海で見つけたエビ料理、子供の頃松戸で捕まえたアレだった

上海のレストランで見つけた十三香清水龍蝦のポスター!これは何だ?と思って見たら、それはザリガニ料理だった。ザリガニは子供の頃のイメージがあり、いまだに触手が伸びませんが、実は非常に美味しいんだそうです。某有名野球選手も高級伊勢海老と間違えた
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