つれづれなお話

お茶の話:その1 日本茶

日本茶 つれづれなお話
Yoshiko OkamotoによるPixabayからの画像
スポンサーリンク
スポンサーリンク

日本茶のお話

いざ静岡県へ

大学生の頃だった。同級生のM君が静岡県榛原郡家山に実家があり、5月の連休に遊びに行こうという事になった。国鉄静岡駅に着いた後、松坂屋に行きM君のお友達に会い、登呂遺跡に行き、そして久能山に登り、いちご狩り(食べ放題)を楽しんだ。

登呂遺跡 - Wikipedia

店主が白いカップにコンデンスミルクが入っていて、それを付けて食べると美味しいという。確かに甘くて美味しいのだが、コンデンスミルクが付いたイチゴはそんなにたくさん食べられない。次からはコンデンスミルクを付けない・・・と心に誓った時にはもう遅かった。

大井川鉄道で家山へ

大井川 - Wikipedia

さて、静岡駅の近くには安部川があり、そこから大井川が近くにある金谷駅まで行き、大井川鉄道に乗り替えた。大井川鉄道は大井川沿いに上っていく電車で、SLが走る事で鉄ちゃんも集まる。千頭とか代官町とか面白い駅名があった。窓外を見ると大井川が見え、それまで私にとっての川である江戸川や坂川とは全く異なる川だった。

澄んだ水が流れ、大きな玉石がゴロゴロし、そのゴロゴロしている河川敷が広い。そんな大井川にカルチャーショックに近いものを感じた。そして「これが川なんだ」とも・・・

家山駅

家山駅は素朴で平屋木造の駅舎だった。とても懐かしい感じがする駅だった。松戸駅が木造だった子供の頃を思い出した。駅から歩いてご実家まで行ったと思うが詳しい道は覚えていない。

川根茶との出会い

お茶

フリー素材.com
https://free-materials.com/

実家に到着するとM君のお母さんがお茶を入れてくれた。このお茶がまた、カルチャーショックだった。茶わんを持ってもそれほど熱くなく、口に運ぶとすっと飲める。今まで飲んだお茶とは大違いで、苦みが無い。むしろ甘くて、新緑の葉っぱから抽出したエキスを飲んでいる感じに近い。私はこんなに美味しいお茶に出会ったのは初めてだった。この辺りは川根茶で有名な所らしい。

茶摘み

茶摘み

いらすとや
https://www.irasutoya.com/

茶摘み

1.夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘ぢやないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠

2.日和つづきの今日此の頃を、
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにや日本の茶にならぬ

茶畑

Jiramet PhacharoenによるPixabayからの画像

夏も近づく八十八夜というのは立春から数えて88日目で、例えば令和5年で言えば5月2日頃らしい。この時に摘むのが一番茶で、苦みも少なく美味しいお茶とされる。ただ、あっという間に一番茶の収穫時期が終わってしまうので、慌ただしく摘むのだそうだ。徐々に季節も暑くなってくるので、再び葉が出始める。六月中旬頃に茶摘みをする。これを二番茶。

7月末頃再び茶摘みをする。これを三番茶と呼ぶらしい。その後、茶の木を休ませ、翌年の茶摘みの時期を待つ。一番茶より二番茶、二番茶より三番茶の方が苦みが強くなるらしい。我々が今まで飲んでいたのは何番茶なんだろうか?と考えてしまった。そして、我々が家山に訪れたのはちょうど一番茶の季節だったという事を後で知った。

スポンサーリンク

松戸の茶畑

松戸市南花島字茶園

松戸の茶畑

昭和36年以前の南花島の区割り:
未来への遺産より

頻繁に、表の家にアドバイスを下さるうしとらさんによれば、松戸市では市を挙げて茶づくりをしていた時期があったらしく、その名残と思われる字名が南花島に残っている。上の図は未来への遺産から引用した南花島土地区画整理組合区域図で昭和36年以前の状態の一部を表している。図中の左端の斜めのラインが国道六号線、下端の大きな円弧を描いている所が新京成電鉄側のライン。

この中で赤く囲った場所がある。見にくいと思うが、ここには字茶園と書かれている。現在の地図で言うと四ツ久保公園、立正佼成会、IHSMテニスアリーナ松戸のある辺りである。多分この一帯でお茶が作られていたのだろう。

矢切のチャノキ

又、2007-8年の頃、矢切の渡しからネギ畑を歩いていくと畑の縁にチャノキを植えていた事があった。確かあの辺りかな?と思い、ストリートビューで検索してみたのが上図である。ただし、2009年の状態です。多分この灌木の様な所がチャノキだったと思った。これも市を挙げて茶づくりをしていた頃の名残であろうか?今もあるのだろうか?

スポンサーリンク

サザンカ(山茶花)

語源について

チャノキの花

dustfoxによるPixabayからの画像

 

松戸市内で比較的管理された竹藪に入っていくと、アオキ、ヤツデ、サンショウの木に頻繁に出遭うが、良く見ながら歩くとチャノキが生えている事がある。チャノキ(お茶の木)の花は、白くて小さなサザンカの様な花を咲かせる。サザンカの様なと書いたが、実は”サザンカがチャノキの様な花を咲かせる”と言い換える必要があるかもしれない。

何故なら、サザンカを漢字で書くと山茶花と書き、山にあるお茶の花に似た花という意味合いと云えるかもしれない。又、中国語で山茶とはツバキを指す。中国語でツバキを椿とは書かない。 椿を中国語では、ツバキではなく実は伝説的な長寿の樹木を指すらしいのだが、一方現在の中国人の友人にこの話をすると芳椿という赤い新芽の野菜を指すらしく食べるのだという。

芳椿?香椿

百度安全验证

芳椿を百度で検索すると、上の検索結果。よく見ていくと日本でいうチャンチン(香椿)に似ている。結局核心が見えずこんがらがる所なのだが、大陸から日本への漢字伝承の際に何か変わってしまったのかもしれない。ただ、日本で見るチャンチンはセンダン科の植物で、ツバキが属するツバキ科とは異なる。

  • チャノキ:Camellia sinensis
  • サザンカ:Camellia sasanqua
  • ツバキ:Camellia japonica
  • チャンチン:Toona sinensis

植物名はカタカナ表記で

らんまん
主演:神木隆之介 ヒロイン:浜辺美波 朝ドラ108作目『らんまん』は高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルとしたオリジナルストーリー。 好きなもののため、夢のため、一途に情熱的に突き進んでいく! 春らんまんの明治の世を舞台に、植物学...

2023年現在、NHKの連続テレビ小説で”らんまん”を放送している。東京帝国大学や牧野富太郎をモデルにした人物が現れるが、この明治時代に東京帝国大学の方針で分類学の必要性から、動植物をカタカナ表記をするようになった。植物名は漢字表記すると混乱する。カタカナにした方が誤解を招かない。従って、この表の家でも椿をツバキと書き、山茶花をサザンカと書くようにしたい。

泉女学園大学名誉教授の箱田直紀氏先生「サザンカはなぜ山茶花なのか」

サザンカ

2008年10月10日撮影

これは、日本ツバキ協会会長 恵泉女学園大学名誉教授の箱田 直紀氏が「1.サザンカはなぜ山茶花なのか」という節で述べている。

日本の西南地域に野生するサザンカには、果実や種子が堅く、ツバキよりも小型であることなどからコカタシやヒメカタシな のどのような地方ごとの呼び名があったらしいのですが、古くは平安時代以前から、日本の野生植物に中国の書物に出てくる 植物名を当てはめる作業が延々と行われました。

その過程で、中国名としてはむしろ日本のツバキに近い仲間に使われてきた 「山茶(または山茶花)」の漢字がサザンカに当てられ、ツバキには春に花が咲く木という意味から「椿」という日本国産の漢字が使われるようになったと考えられています。

しかし、それでも「山茶花」をサザンカとは読めないのですが、江戸時代初期の園芸書には山と茶が逆さになった「茶山花」とも書かれていて、これならサザンカと読めます。つまり、「山茶花」と書く漢字名は、中国の植物名を日本の植物に当てはめる過程でツバキと混乱したことと、園芸家による誤記が重なったためだろうと考えられています。

箱田 直紀(日本ツバキ協会会長 恵泉女学園大学名誉教授)による「サザンカの名前とその変遷」 から引用させていただきました。国立歴史民俗博物館のページで読むことが出来ましたが、2024年現在、ファイルが削除されてしまっています。

「茶山花」であればサザンカと読めると書かれている。おっしゃる通りだなあ・・・と思います。

粉茶

寿司屋の粉茶

寿司屋のお茶

フリー素材.comより
https://free-materials.com/

寿司屋に行くと魚の名前が書かれた大きな茶碗に粉茶で作られたお茶が出された。粉茶なので、味ははっきり出るが、それはどちらかというと苦さが目立つ。ただ、メリハリがついたお茶なので、大学の学食や従業員食堂に置いて在る大きなヤカンに入っていた出がらし=”お茶と言えないお茶”と比べると、何となく美味しいお茶を飲んでいる様な錯覚に陥った。

あまりお茶に興味のない人と話をするとあの寿司屋のお茶が美味しいと言われる事がある。これをとやかく言うつもりはない。ただ、方向を変えて、例えば街に溢れるアメリカ系のコーヒー屋さんで、カフェラテを注文すると焙煎が強く苦いコーヒーに牛乳を入れて出す。この飲み方をするとメリハリがついた個性の強い味になるので、美味しいという人が居る。

あれに似ている感じがする。しかしながら、あの店で飲むと値段も高いしどうなのかなあ・・・と思う。

関連ペ-ジ

お茶の話:その2 中国茶
1987年頃、初めて美味しい中国茶に出会った。それは台湾台北で台湾産の烏龍茶だった。台湾の人たちはお茶好きで、事務所の中でも時間があれば卓を囲んでお茶を飲んでいる。複数用だけでなく、一人用の茶器もある。あれ以来ほぼ毎日お茶を飲むようになった。
お茶の話し:その3 その他のお茶
1985年から87年までスリランカの首都コロンボに常駐していた。毎日、現場のティーボーイが入れてくれる所謂ミルクティーが甘くて飲めたものではなかった。しかしながら、甘さを無し、ミルクも無しにしてもらうとタンニンが出すぎてただ苦いお茶だった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました