川
昔日の松戸

北松戸工業団地の緑地の今昔

昭和の頃は公害が大きな問題になり、工場は工場立地法という法律で緑地を作る事を求められた。ところが北松戸工業団地の緑化は理想通り進んでいない。そこで松戸市で昭和37年発行の工場適地案内書と共に、新坂川と共に北松戸工業団地の緑化を考えてみた。
昔日の松戸

山﨑努さんと松戸、日経新聞”私の履歴書”

日経新聞"私の履歴書"で令和四年八月一日から松戸市出身の俳優、山﨑努さんの連載が始まった。私の大好きな松戸の風景が描かれていて、非常に懐かしくなった。古い地図を引っ張り出し、ああだ、こうだ始め、豆腐屋さんの付近を歩いたりしてみた。
表の家の周辺

新小岩・戸塚の家とバンビさん

子供の頃は自分の親の兄弟が多かったので、冠婚葬祭などで親の兄弟の家への行き来があり、従妹の存在を知った。当時は仲が良くても、ここ数十年、あまりに接触が無かった。遠い親戚よりも近くの他人とは言うが、記憶がなくなる前に記録だけしておきたい。
昔日の松戸

昭和11年発行古しおり:伸び行く松戸:松戸釣り場案内

昭和11年発行古しおり”伸び行く松戸”の情報が豊富で非常に多かったため、いくつかのカテゴリーに分けてアップロードする事にしました。今回は、その一つの釣場案内です。納屋川岸、赤圦樋門、排水機場、排水掘、合川、坂川、六間川について、触れています
楽しみ

自然の勉強

葛飾区 郷土と天文の博物館主催する江戸川野遊び道場。これは子どもたちが対象で、江戸川流域の自然の中で、生き物との触れ合い方を学ぶ催しで、自然通信の田中利勝先生が指導。田中先生は自然全般に精通する。トンボとりをする航空力学の東昭教授と被った。
楽しみ

水元公園と私

水元公園の広さはWikiでは76.7ha(他の資料だと87.9ha, 86.2haなど様々)で都内五番目の大きさ。松戸の"21世紀の森と広場"約50.5haであり、水元公園は、その約1.5倍の広さを有する。東京都でこんなに大きな公園はすごい
昔日の松戸

松戸の工業地域と縫製工場「興洋」と縫製の内職`まとめ`と根本地区について

北松戸工業地帯だけでなく、松戸市根本から平潟までの准工業地帯にも色々な工場が存在。島村俊商店、川光物産、雪印種苗、興洋、金沢縫製、日本スイフトなど、今回はその内の一つ服飾工場「興洋」の研究を行う。過去「興洋」の仕事を請け負った方からのお話。
松戸の古絵葉書

古絵葉書:松戸市観光名所

松戸市商工会議所に観光協会があった頃か、当時発行された松戸市の観光名所の絵葉書である。どうやら観光協会が発足して間もない頃に作られた絵葉書らしい。その風景は2021年現在と変わらないものと、変わった池田弁天、五香の善光寺などが挙げられる。
つれづれなお話

上海で見つけたエビ料理、子供の頃松戸で捕まえたアレだった

上海のレストランで見つけた十三香清水龍蝦のポスター!これは何だ?と思って見たら、それはザリガニ料理だった。ザリガニは子供の頃のイメージがあり、いまだに触手が伸びませんが、実は非常に美味しいんだそうです。某有名野球選手も高級伊勢海老と間違えた
昔日の松戸

我が遊びの師匠”黒縁メガネ君”-松戸市古ケ崎

魚捕りが大好きだった。一番の遊び場は先ずは古ヶ崎であったと答える。古ヶ崎には黒縁メガネ君が住んでいたし、いろいろな意味で思い出の多い場所だ。黒縁メガネ君にはその古ヶ崎を拠点に、私を伝兵衛新田、主水新田、旭町など色々な場所に連れて行ってくれた
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