昭和の松戸を歩く電車よもやま話

古書:常磐線松戸取手間の電化について

電車 電車よもやま話
Larisa KoshkinaによるPixabayからの画像
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交通技術 NOV1948 より

交通技術第28号

交通技術第28号
1948年11月1日発行、
財団法人交通協力会発行

この”常磐線松戸ー取手間の電化について“とは昭和23年11月1日発行による交通技術第28号の記事で、記事の著者は伊藤伊好さん、財団法人交通協力会発行、同協力会の石原巖さんが発行した。

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常磐線松戸取手間の電化について

1:はしがき

今回常磐線松戸ー取手間21.7キロが電化され、現在上野ー松戸間の電車運転を取手迄延長する事になった。朝夕の通勤時、此の区間の混雑は非常なもので、電車運転に依って搬送難を緩和してもらいたいとは地元側の熱烈な希望であったが、ようやく準備が整い、9月16日起工式が挙行されたのである。

先に国鉄は電化計画の根本方針を決定したが、これに依れば主要幹線の電化を優先にし石炭の節約、経営の合理化を図るべきであり、隧道勾配区間の電化は予算資材の許可限度に於いて搬送上の隘路となっている線区から順次実現していくという事である。

そして都市近郊の電車化に就いてはその必要は認めるけれども実現は将来に待つという事になったのであるが、唯此の常磐線松戸ー取手間のみは、種々の理由から見て早急に電車化すべきであるとして謂わば例外的に採上げられたものである。

本年度の電化工事としては幹線電化の第一歩として東海道線沼津-浜松間が着工され、又隧道勾配の特殊区間として奥羽線福島-米沢間の電化工事が続行されて居り、今又常磐線電車化が着工されたので、期せずして、幹線、特殊線区、近郊電車化の電化の3つの典型が頭を並べる。

2:本区間電化の理由

(1) 通勤時の輸送難

第一図

第一図
常磐線通過人員調

第一図は土浦まで通過人員数の調であるが、終戦後沿線からの通勤客の激増に伴って松戸ー取手間に於いては輸送力に対して、特に過酷な負担となっている。乗車効率を算出してみると第1表の如くなり、松戸ー我孫子間では終日乗車効率265%、通勤時のピーク361%に達している。

第一表 常磐線乗車効率調

第一表
常磐線乗車効率調

この状況は到底蒸気機関車に依る通常の列車運転の到底賄え得る程度でないのであって、死傷者の数は毎月絶えない。第2表に見る如く昭和22年1~12月に於ける松戸一取手間の旅客死傷事故数は死者11名、重傷25名、列車よりの転落13名、計49名で、これには軽いい負傷者は含めてないから比を合せると搬送車の為の犠牲者は更に多数に達するであろう。

第2表

第2表 
東京近郊省線電車の運転距離比較

此の面からしても1日も早く頻繁且迅速を本領とする電車運転に置き換えることに依って安全で確実な運転とする事が要望される訳である。第一図で松戸迄の電車搬送力45,000人の1/2を松戸以遠に延長してみれば、列車と合わせて概ね現在の通過人員をカバー出来る事が予想されるであろう。

現在東京都を中心とする省線郊外電車区間の営業キロは第2表の如くなっていて、常磐線はその運転距離が著しく短くバランスを破っている。この為に常磐線が特に混雑を極めていると考えられるのであって、松戸ー取手間21.7キロを電化すれば上野ー取手間29.6キロとなり此の不均衡は概ね解消される。此の簡単な比較からも取手迄の電車延長が輸送難緩和に有効である事が裏書きされるであろう。

(2)地元よりの要望 前項のような通勤難であるので、沿線利用者からの電車運転要望の声は熾烈なものがあり、現在まで再三工事の促進が請願されてきた。20年9月から現在に至るまでの請願件数は省に対して3,国会に対して6となっている。

(3) 既設設備の活用 元来常磐線の電化は昭和12年に一度着工され、周囲の情勢で一時中止のやむなきに至って現在に及んでいるのであって、当寺我孫子変電所の建屋は昭和13年5月すでに竣工し現在放置されている。それ故今回の電化工事に当たって工事費が節約されている。又電車庫も現在の松戸電車庫にある程度の増設をなせばよいし、電源関係も既設の金町変電所から確実な自営電源(続く)

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続く

古い冊子なので大変。時間もかかるので、本日は2ページの内、1ページのみ発表します。続きは後日ですね。

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