電車

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昔日の松戸

昭和11年発行古しおり:伸び行く松戸:松戸付近ハイキング

昭和11年発行古しおり”伸び行く松戸”という松戸に関する栞の情報が豊富で非常に多かったため、いくつかのカテゴリーに分けてアップロードする事にしました。今回sは、その一つの松戸付近ハイキングです。園芸学校、江戸川、桜堤、柴又帝釈天などについて、触れています。
電車よもやま話

古書:常磐線松戸取手間の電化について

"常磐線松戸ー取手間の電化について"とは昭和23年11月1日発行による交通技術第28号の記事で、記事の著者は伊藤伊好さん、財団法人交通協力会発行、同協力会の石原巖さんが発行した。現在殆どの列車は電化されているが、当時はまだまだ発展途上だった
松戸のお宝

常磐線電化祝賀会招待状-松戸駅

松戸町長小林善作さんが埼玉県の神谷彌平さん宛に送った招待状。つまり、昭和11年12月11日に開催された常磐線の電化の祝賀会、祝宴式及びお食事への招待状です。この小林善作さん、そして招待された神谷彌平さんに焦点を当てて、まとめてみました。
昭和の松戸を歩く

戦後の竹ヶ花根本南花島一帯とヤマザキパン工場

昭和30年代とはすっかり変わってしまったヤマザキパン工場周辺、竹ケ花、南花島、根本を中心にして、昭和22年の国土地理院の空中写真を使用しつつ、私が子供の頃(昭和30年代ではあるが)を思い出し、果たしてどんな風に変わったのか、記録として残したい
松戸行脚

松戸市栄町を中心とした商店、モール、そして流山街道の将来

昭和40年代から松戸で大型物販店の進出が始まった。私に馴染み深いのは扇屋、長崎屋、奈良屋など。当初は松戸の発展と感じた。これら大型物販店は徐々に精力的になり、小売店に影響を与えた。松戸市栄町を中心に流山街道沿いの商業の展望や可能性を考える
電車よもやま話

常磐線の乗車の仕方教えます その1

毎日松戸駅から利用している常磐線緩行線(各駅停車)。これに座って通勤できるかどうか、大事なポイント。場合によっては一日のエネルギーの大半をこの電車内で消費してしまうかもしれない。そんな電車だったら、是非座っていこう。その方法論について述べる
電車よもやま話

常磐線を走っていた旧車両と近隣の風景

昭和30年代-40年代に常磐線に走っていたD51,C58などの蒸気機関車、クハ79などの電気機関車、そして当時走っていたはつかり(今は走らない)の数々の写真を見るとその周辺にあった建物や踏切、職員詰め所を思い出す。当時が良かったのかどうか?
松戸の古絵葉書

常磐線上野・松戸間電化と電車開通記念の古絵葉書

昭和11年12月11日に常磐線の上野駅ー松戸駅間の電化が行われ、絵葉書が発行された。その記念絵葉書についてご紹介したい。また、松戸市立博物館の常設展示に行くと、常磐線の上野駅ー松戸駅間の電化の祝賀が行われている様子がビデオで公開されている。
昭和の松戸を歩く

消えた踏切:常磐線松戸駅付近

戦後東京を中心に衛星都市計画が策定され、常磐線沿線のそれぞれの地区に人口が集中し、常磐線の混雑を緩和させる為、常磐線の複々線化が進められた。それまで開かずの踏切と言われた箇所もあり、複々線になることにより、踏切を閉鎖せざるを得なくなった。
昔日の松戸

新京成電鉄開通と平潟の土地開発との関連 松戸の土地を楽しむ

西は江戸川に沿って低地である下谷、東は下総台地である台、その台の間に出来た谷津、松戸はその三つの要素で形成される。戦後、松戸市は衛星都市化を目指し、人口増加、インフラ整備が行われた。新京成電鉄沿線や松戸の土地状況を分析し、その美しさを研究する
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