昔日の松戸

消滅した竹ヶ花古墳とお墓引越しのお話-実はとても大変だった

松戸の衛星都市計画の一環で、松戸の田畑、空き地、雑木林など、次から次へと住宅地になっていった。松戸市竹ケ花の実家付近に古墳時代に作られた「竹ケ花古墳」があったが、新京成電鉄敷設やマンション化の為に消滅してしまった。これを記録として残す。
2021.08.01
ご意見箱

過去のご意見箱2005年1月-3月

松戸に関する"表の家"ホームページ開設の2003年9月から現在に至るまでにいただきました、当ページへの大変貴重な皆様からのご意見箱を記録のために、残してあります。改めて読み上げますと皆様も松戸に強い思い出をお持ちなのだと感心するばかりです。
2021.09.20
ご意見箱

過去のご意見箱 2004年分

松戸に関する"表の家"ホームページ開設の2003年9月から現在に至るまでにいただきました、当ページへの大変貴重な皆様からのご意見箱を記録のために、残してあります。改めて読み上げますと皆様も松戸に強い思い出をお持ちなのだと感心するばかりです。
2021.09.20
昔日の松戸

子供の頃の馬橋の原風景について

馬橋駅西口エリア、友人にその住宅街の一角にある日本蕎麦屋さん"そばきり うめ吉"に誘われた。子供の頃、あれだけ馬橋駅東口には行っていたが、何故西口には来たことが無かったんだろうか?考えてみればこの一帯は昭和30年代は見渡す限り田畑だった。
2021.08.01
ご意見箱

過去のご意見箱 2003年9月-12月

松戸に関する"表の家"ホームページ開設の2003年9月から現在に至るまでにいただきました、当ページへの大変貴重な皆様からのご意見箱を記録のために、残してあります。改めて読み上げますと皆様も松戸に強い思い出をお持ちなのだと感心するばかりです。
2021.09.20
昭和の松戸を歩く

松戸市竹ヶ花&根本の商店街(竹ケ花踏切以西、金山神社参道まで)を歩く

旧水戸街道を松戸駅方面から、竹ケ花方面に向かうと途中に国鉄常磐線の踏切があった。これは一般には竹ケ花の踏切と言っていたが、正式な名称としては陸前浜街道第二踏切と言ったそうだ。この陸前浜街道第二踏切の西側にあった松戸市根本、竹ケ花商店街を記録
2021.10.17
昭和の松戸を歩く

かつて竹ケ花踏切以東にあった松戸市竹ケ花商店街

常磐線複々線化によって閉鎖された竹ケ花の踏切以東には松戸市竹ケ花商店街があった。そのお店を一つ一つ思い出していきたい。我が実家はかき氷販売から始まった。かき氷は缶ジュースの出現で衰退したという人が居たが冷房設備と冷蔵庫の出現によって衰退した
2021.09.18
昭和の松戸を歩く

松戸駅付近のおもちゃ屋さんについて

松戸駅付近にはいくつも独立系のおもちゃ屋さんがあった。現在は殆ど無くなっている。覚えているのは、東府屋さん、わらそうだろうか?私にとってはやはり春雨橋沿いにあった東府屋さんがもっとも印象が強い。スーパーボールが流行った頃、何度もお店に行った
2021.10.02
楽しみ

リフレクソロジーと土屋リラックスセンター

2003(平成15)年の夏、小根本(市役所付近)の土屋家具センター地下にマッサージ店「土屋リラックスセンター」が出来た。全身及び足裏マッサージの両方を扱う。元々中華"松苑"のあったところが、その後ビリヤード場など変遷を経て、マッサージ店に
2021.08.01
昔日の松戸

松戸の名産品「茄子のよいち漬け」を作る。小茄子のへた取りと島村俊商店さん

松戸の名産品に茄子のよいち漬けがある。松の木橋を渡った先には島村俊商店の工場があった。昭和三十年代にこの工場で季節労働をされた経験のある女性(工場近くに住んでいた方です)に在りし日茄子のよいち漬け工場の作業状況や雰囲気をはなしていただいた。
2021.08.01
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