犬のお話-2 我が家のシロ
複々線が出来る前
私が6歳前後の頃、金山神社の先にある某住宅で生まれた一匹の子犬をもらった。この住宅及びに連続する住宅群は十数年後には常磐線の複々線工事(現在の千代田線の北千住以降我孫子までの線路)のため立ち退きになって今は線路になってしまった場所で、現在は線路側の住宅がざっくりと削り取られ線路と平行の中央の細い道路が残され現在の線路に面している。
他の山側の町並みはほぼ当時のままを残している。上のブルー色の帯の部分が線路になってしまった場所で、赤いマークの家がシロが生まれた家。
名前はシロ
名前はシロという。真っ白い犬でスピッツ(系の雑種だと思う)だった。この写真はイメージ写真で、こんなに毛並みが良かった訳ではなかった。トップの小さい犬がシロだ。シロは良く吠えてうるさかった。シロは実は兄弟の犬で兄貴がまだ金山神社の先の住宅に居た。私も時々見に行った。何故なら、その家の数軒隣が私の同級生が住んでいたからだ。
犬の兄弟愛
ある日驚いたことが起きた。シロの兄貴が何と餌を咥えてやってきた。ホネだったと思う。我が家のシロの処に到着するとシロにホネを与えて帰って行ったのだ。犬に兄弟愛というものがあるのだろうか?今でも分からない。でも偶然こんな事が起ころう筈もなかろう。多分兄弟愛があるのだと思いびっくりした。
ただ、当時は昭和38年前後で、ペットフードという代物は近所には売っていなかったと思う。どちらかというと、家で我々が食べた残り物をぶっかけ飯にして食べさせるのが普通だったと思う。今思えば、あの食事は犬にとっては、塩分摂りすぎだったんだろうなあ・・・と思う。結局早死してしまったのだった。3-4歳の命だったかな?
犬を飼う事
今現在は、犬を家の中で飼う人のほうが多いと思うが、当時は、犬は裏庭に鎖でつなぐものだった。同時に放し飼いの家も多かった。その為、野良犬と飼い犬の区別がつかなかった。とにかく小さい頃は犬に追いかけられたり吠えられる事が少なく無かった。追いかけられると本当に怖かった。だから子供が外に遊びに行くと言うことは=冒険でもあったのだと思う。
ペットはこの犬のシロ以降、色々と飼うことになる。私の小さい頃は娯楽が少なかったこともあって動物を飼う事はひとつの娯楽だったのかもしれない。
最後に
この投稿は2006年頃に投稿したものを、現在に合わせ大幅に修正をして、再投稿したものである。
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