2004-01

昔日の松戸

104 紅屋と広告チラシ

「商店界」という月刊雑誌 国立国会図書館の資料検索をしていたら「商店界」という月刊雑誌を見つけた。出版は誠文堂新光社という会社で、同社のホームページによれば、この「商店界」という雑誌は大正十一年に発刊された雑誌だそうである(平成5年5月に...
2021.03.31
昔日の松戸

103 馬橋駅西側の風景

馬橋の蕎麦屋「そばきり うめ吉」 先日、松戸市立北部小学校の同級生からメールがあり「馬橋にある蕎麦屋に来ないか?」という。彼はマッチャン。塾運営している実業家だ。マッチャンとは盃の会で再開した。お互いに酒好きだった。小学校の頃はて...
2021.03.31
昔日の松戸

102 2Bと吉岡文具店

小学生の頃「2B」という危険な花火があった。長さは手の指、太さは五mm径前の爆竹の様な物。東京オリンピックの年の前後だったと思う。何処の駄菓子屋でも売っていて、勿論松戸市立北部小学校前の吉岡文具店にも売っていた。「2B」の先端には擦るだけで...
2021.03.29
昔日の松戸

101 喫茶ゲート-@リバブル-竹ヶ花

松戸は昭和三十年代の衛星都市化によって変わった。山林が切り開かれ多くの田畑が区画整理され、新しい町ができて人口が増えた。北松戸や松飛台への工場誘致によっても変わった。然し物心ついた私にとって一番大きな変化を実感したのは昭和四十年台だったと思...
2021.03.29
昔日の松戸

100 松戸と新坂川と汚染

新坂川の汚れ 私が物心ついた昭和三十~四十年代は日本中が大きく変わる歴史的な時代だった。現在でこそ環境問題、自然志向、街並み保存の考え方は声高に騒がれるが、当時勿論そう言った主張があったにしても、多分少数派であったに違いない。水俣病やイタ...
2021.03.31
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