2005-03

松戸行脚

松戸市立第六中学校の今昔

松戸市立第六中学校が新京成上本郷駅近くにあった頃 上図:1972(昭和47)年の六中の様子(航空写真は国土地理院より転用しました) 下図:現在の松戸市立上本郷第二小学校(元松戸市立第六中学校)の様子 Google Mapの衛星写...
2021.03.22
中国のお話

31 帰国するはずだった-1

香港を出て、一日で広州出張出来るか? 現在、香港にいる。明日の午後便で帰国する筈だったが、広州に仕事が入ってしまった。困った。今晩、或いは明朝広州に入りさっささぁ~と作業を終え、直ぐ香港に戻り午後便で成田に帰国しなければならない。...
2021.03.11
スリランカのお話

5 風土と病気

海外での病気 コロンボには様々な風土病、伝染病がある。街頭では象皮病で足が象の足のようにパンパンに膨れ上がっている物乞いを見かけたこともある。デング熱やマラリアへの恐怖もある。現場内を歩けば至る所に水溜りがあり蚊も発生しやすい。蚊...
2021.03.07
スリランカのお話

4 無くなったタバコの話(使用人を使うという事)

自分自身に対するたった少しの改造 コロンボの宿舎では門番と運転手を雇っていた話を書いた。いわば使用人を使った生活を送っていた事になる。テレビや映画の中での世界ではあり得ることでも、日本に生まれ育ったこの数十年間使用人など接する機会など一切...
2021.03.07
スリランカのお話

3 宿舎でサランを

BambalapitiyaとWellawattaの間 Davidson road(デイビッドソンロード)の家はBambalapitiya(バンバラピティヤ)という地区にあった。ゴールロード沿いであり海沿いを走る鉄道の駅としてはBa...
2021.03.07
スリランカのお話

2 パパイアの木のある家

我が宿舎 スリランカ入国一日目はホテル現場隣のホテル・ガラダリだったが二日目からは宿舎に住むことになった。宿舎は現場から車で15分くらい、ゴールロードを南に下り数キロ先のDavidson Road(デイビッドソン・ロード)だった。アフリカ...
2021.03.07
中国のお話

10 粽、豆漿

中国の朝食 ホテルの朝食はビュッフェ・スタイルで40元ほど。香港のホテルに比べればはるかに安い。安いが内容が料理の種類は乏しく、結局食べるのは、ジュース、お粥、焼きそば程度。外で朝食を購入するとさらに格安で、セブンイレブンでパンと...
2021.03.17
スリランカのお話

15 「ビル・プリーズ!」

一人で注文できるようになってうれしい コロンボ滞在も半年を超え英語の勉強に奮闘し、一人立ちしてホテルのバーで一杯頂く事が出来るようになった頃のお話。日本では食後キャッシャーでお金を払うことが一般的だが、英語圏では食後、食事をしたそのテーブ...
2021.03.07
スリランカのお話

14 テロと爆弾

爆弾テロに鈍感になっていった スリランカは爆弾テロが日常茶飯事。標的は大抵、繁華街の不特定多数の人が入る施設やバスで、自宅にいるかぎり爆弾の被害に遭う事は先ず無かったが、住宅街でも爆弾の音を聞くこともあった。常駐していた先輩K氏宅へお食事...
2021.03.07
スリランカのお話

13 テレックスでチャット

telexがまだ現役だった 現場事務所にはファックスの他にテレックスがあった。テレックスは国際回線で文章をやり取りする方法で一昔前までは一般的な通信手段だった。海外とのやりとりが多い商社勤務の人と名刺をいただくとテレックス番号が書かれてい...
2021.03.07
タイトルとURLをコピーしました