123 JAPEXや切手業者の催す切手即売会を利用し始めた。切手収集に夢中になった時期-第六期

切手蒐集昔日の松戸
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第六期 1994年の頃-新中国切手(第一次)や昭和初期の切手
私のコレクションがもっとも豊富になった時期

文革切手

文革切手

名も知れぬアラブ諸国の切手収集から暫くの間は私の切手収集は忘却の彼方へ・・・
それこそ、10年近くストックブックは押入の中で寝ていた事になる。バブル崩壊して間も無い頃、ある中国人が実家に帰った時のお土産として、新中国の年間発行セット(1992年だったか、93年セットだったと思う)を頂いた事があった。

実はこれで再び火が付いてしまった。当時、新中国の切手を集めようとして、台湾で発行された新中国の切手アルバムを持っていた。ところがこのアルバムの値付けがめちゃくちゃ高い。その後日本郵趣協会で発行していたJPS外国切手カタログ 新中国切手と出会ったことで、本来の相場を知ることが出来た。この当時は、JAPEXや切手業者の催す切手即売会に積極的に通い購入していた。

ケンベーカーさんの切手販売店が一番手頃だった

切手即売会で私が一番買いやすかった業者はケンベーカーのブースだった。ここにハルヨさんが居て「トピックは?」と聞くので「新中国、特に文革前後」とやりとりをしながら買った。当時、ケンベーカーさんの所では独自のオークション誌を作成し自らオークションも催し。メールオークションかと思っていたが、たいていの場合それは、展示会の会場でのオークションとして連続していた。

この為、随分とこのハルヨさんから購入していた。現在はヤフオクで活動されているらしい。

ケンベーカーヤフオク

日本郵趣会館ビルには何度も通った

住所は代々木になるのだろうか?新宿駅南口からおりてすぐの所に日本郵趣協会が入っていたビル(郵趣会館)があり、良く行った。日本郵趣協会の売店ではこれまたたくさんの新中国の切手を購入していた。現在日本郵趣協会は目白に移っている。東京都豊島区目白1-4-23 切手の博物館4F


日本郵趣協会

浅岡スタンプ商会さんでは切手についての知識を色々と教えてもらえる

同時に、小岩にあった浅岡スタンプ商会にも何度も通った。この浅岡さんの切手は一級は一級として売る為、ミントの綺麗な切手をどうしても欲しい時はこの浅岡さんに頼んだ。文革2の林彪と毛沢東の入っている切手もセットで浅岡さんから購入した。今でも大事にしている。ところで、浅岡スタンプさんは引っ越した様だ。元々駅近で寿々喜ビルの二階だったが、現在は

東京都江戸川区南小岩6-30-11 宝田ビル2F

03-3672-2728

下記Web Siteの住所は古い住所のまま更新されていらっしゃらないので、ご来店の際は注意されたし。

浅岡スタンプ商会

田端の切手商(店舗名不明)

田端の切手商も行ったことがあった。おじいちゃんの様な店主であったが、文革ものは結構置いていたので、いくつか買った。選んだ後中々私がお金を払わなかった事を心配したのか「おぜぜを!」と言われ、はっとして支払った。奇妙な店主の店だった。店の名前は忘れた。

堀切菖蒲園駅近くの切手商(店舗名不明)

現在の店舗の有無をネットで検索したが見つからなかった。もう一つお花茶屋だったか堀切菖蒲園駅近くの切手商にも行ったことがあった。宵の口から赤い顔をしたおじいちゃんが店主で奥さんが心配そうに見ているという感じ。袋入り解放区切手セット100円也を三つほど買った。現在この付近で調べてみるとエーススタンプという店が見つかったが、エーススタンプの店主はばりばりのやり手に見えるので、違う店だろうと思う。

京都の極東スタンプさんでは良く購入した

通販では極東スタンプの切手を購入していた。この店は京都にあった。二級品という事で随分とたくさんの昭和二十年代ー三十年代の日本切手を買った。カタログを受け取って欲しい物があるとすぐにその場で電話する。先に買った人が居なければ買えるし、そうでない場合は、諦める。電話すると京都弁のご主人が対応し、とても良心的な店だった。その後断続的にこの店で購入した。

日本郵趣協会で買った北朝鮮切手

切手

切手

郵趣協会に行くと基本的には中国切手を買っていたが、北朝鮮の切手にも興味を持った。それは初めて中国切手を見た時の印象があったから。北朝鮮の切手は所謂赤い切手を買った。それ以外にも貝、花、美術品などの切手もあったが、それらには全く興味はひかなかった。多分小さなストックブックに一冊くらいは溜まった。当時北朝鮮危機があって、ジミーカーターが訪問した頃だったので、もしかしてこの切手を購入する事によって、希望しない方向で使われるのかと思うと怖くなり、収集を止めてしまった。

その後いつだったか、会社の同僚が北京の精華大学に留学していた頃、北朝鮮から学びに来ていた学生から北朝鮮の切手一式をもらったという。それがストックブックに一冊あるから鑑定してくれない?というので見せて頂いた事があった。一応、一枚一枚Michelのカタログ(だと思った)で調べた。殆どが使用済みの切手で私の鑑定は高く見積もって1500円くらいだった。私はその同僚に言った

「この切手の資産価値は殆どゼロに等しい。でもその友達は多分大変な思いをしてこの切手を集めていたかもしれない。その大事な物をあなたにあげた。その気持ちを大切にした方が良い」

松戸駅東口ペデストリアンデッキの路上で買った切手の事

松戸駅東口のペデストリアンデッキの上に一人おじさんが座って、チケット、コインなどを売っていた。聞くと我孫子から来ているという。冬だったので鼻水をたらして我孫子から松戸まで来たのかと可哀想に思った物だ。奥さんは我孫子の店を運営し、このおじさんは松戸に来て売っていた。同時にこのおじさんは自分のストックブックを持ってきていて、カタログ価の25%で売っていた。

それを知ったのはある人がそのおじさんから切手を買っていたからだった。見せて貰うとあるわあるわ、昔先輩のストックブックを見せて貰い感激した事を思い出させた。特に昭和35年以前の切手が充実していた。私は行くたびにそのおじさんから日本切手を買った。最後には買いたい切手が無くなってしまい、その後近づかなくなった。そうそう、このおじさんと話をすると

「路上で売っていると○引きが多くてね・・・」

と悩んでいた。路上で売っても○引きがどうやって持っていってしまうのかお話をうかがいたかったが、非常に気の毒に思った。この時期が私にとってもっとも切手のコレクションが充実した頃だったと思う。この後、1996年に私は香港に発つ

 

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