表の家

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 つれづれ話の部屋
海外生活はたまらない スリランカ編6-10

10 エコ魚売り


宿舎のあったDavidson Roadには自転車に乗った魚売りが度々
来ていた。魚は市場やスーパーにも売っているが、住宅街を回る魚
売りという職業もあり、暇な日曜日の昼下がり、魚売りのおじさんが
来るのをノンビリ眺めていた。

自転車の後ろに豆腐売りのような魚の入った大きな箱を積み、注
文があればその場で魚をさばいてくれる。魚のさばき方は基本的に
ぶつ切りで、日本風に三枚におろしたりしない。カレーの中に入れ
る訳でぶつ切りで十分なのだろう。色々な魚があった中で鰹もあっ
た。

興味を惹いたのが魚を捌いて出たアラ(背びれ等)をドンドン道路に捨ててしまう。ありゃ、マナ
ー違反、不潔だ!と思いがちだがさにあらず。カラスがそのアラをついばんで綺麗にしていってし
まう。後には何も残らない。

離れて空を見ると、魚売りのおじさんの上空にはいつも数羽のカラスがマーク、おじさんが移動
するとカラスも移動する。スリランカの魚売りは、実は自然のゴミ処理施設を従えたエコ魚屋な
のだった。
写真を撮っておけば良かったなあ……

9 卵の話


娯楽の少ないコロンボの昼の楽しみはショッピングだった。デイビッドソンロードからゴールロードに出て暫くゴール方面に歩いたところに青果市場があり門番のバンダーに連れて行ってもらったことがあった。とても賑やかな場所で面白かった。ただ不潔でもあり本当にここで買って良いのか悩んでしまった。

設備設計のT氏はトイレットペーパー、パン、洗剤類などの日常雑貨の購入はコーネルスーパーとリバティープラザを頻繁に利用した。又、このスーパーにはオーストラリア米、カルフォルニア米や醤油などもあり何とか日本食的なものが作れる材料もあった。ただ、どちらのスーパーも鶏卵が気に入らなかった。栄養が悪いのか、鮮度が悪いのか、殻が割れやすく黄身も崩れやすい。白身もだらしなく広がりきってしまう。度々痛んでいる卵もあった。一番不快だったのは黄身が全然黄色くなくて白い。目玉焼きが目玉焼きにならない。加えて飼料の問題か若干臭かった。

この悩みをゼネコンの事務のKさん(同じ世代だった)に相談したら「Christonbu Farm ShopというEgg Farm Center で買うと良い」と言う。店は確か、コルピティア地区のSeaview Avenueで海寄りだったと思う。卵の値段は意外にコーネルスーパーと大して値段が変わらなかった。だいたい1.3RS/個(一個日本円で10円強)程度。値段はさておきこの店には西洋人がたくさん買いに来ていた。試しに10個程度買い翌朝玉子焼きを作ったら、あ〜ら?びっくり!玉手箱!

卵の殻が固くて割れない。やっと割ってフライパンに入れたら今度は白身が広がらずキュッと締まって直径15センチ以上に広がらない。黄身は綺麗な黄色〜橙色でふっくらと盛り上がっている。黄身は本当にしっかりしていて、割り箸でいくら突付いても破れない。生きている卵とはこういう卵なのだろうか?本当に表面がしっかりしていた。匂いも味も健康的な卵そのもの、理想的な卵に出会った。

日本で食べようと思ってもこんなに元気な卵に出会えるのだろうか?この卵にすっかりはまってしまった。

8 山口淑子のご主人、故大鷹大使の事


日本経済新聞の文化欄の「私の履歴書」が山口淑子氏(李香蘭)だった事もあり夢中になって読んだ。事実は小説より奇なりで、実に数奇な人生だったようだ。李香蘭時代のお話は興味深くリュバとの別れや出会いについても感動的、又イサム・ノグチ氏との結婚そして離婚への下りも夢中になって読んだ。しかしながら一番興味をもったのは故大鷹宏氏との事。

結婚への過程は大鷹氏の優しさに惹かれた山口氏の姿が描かれていた。地味だけど幸せなはずだった結婚生活から何故キャスターになってしまったのか?政治家になったときの大鷹氏の理解などには触れていない。実は私は何度も大鷹氏をお見かけした事がある。それはスリランカの首都コロンボのカジノだった。

当時大鷹氏は在スリランカ日本大使。紺色のアロハを着て庶民的、背が高くすらっとして、しかも颯爽としていた。海外に行くと日本では普段出会えないような方々にも、身近にお会いできる機会がある。当時私は20代後半で社交に関する意識が薄く、今になってみれば後学のため、チャンスを逃さず色々なお話を伺えば良かった……と後悔するばかり。

奥様の山口氏は当時議員で大鷹氏は単身赴任。年配の大鷹氏がカジノで一人でいらっしゃると何となく寂しそうに見えた。でもそれは他人である私の単なる思い過ごしだったかもしれない!
注:大鷹弘大使は1983年3月〜1987年3月にスリランカに赴任していた。

7 日本人会に入るの?


ある日常駐していた先輩K氏が「日本人会に入会しろ。会費は経費で落とすから……」と言う。誠にありがたいだ。ところが私は金融関係や商社などを中心とした寄り合い的な集まりがイヤだった。これを丁重にお断りした。K氏はそれ以上強く言わなかった。

海外の長期滞在家族が直面する問題として子女教育がある。
主に日本人学校とOverseas Children`s School(インターナショナルスクール)に通わせる選択肢があった。当時、日本人学校はHorton Place, Colombo7にあり、日本人学校に通う生徒は小学校で40〜50人、中学校で10数人程度だったと思う。場所は忘れたがOverseas Children`s Schoolは国際的で40ヶ国の生徒が500人以上が通っていた大きな学校だ。授業が英語で行われるので、英語力のない生徒は特別学級が用意されていると聞いた。もっとも日本人家庭では日本人学校に通わせた人の方が大半かもしれない。これは何とも言えない。
又、日本人会と日本人学校は密接な関係をもって活動している。某国の日本人会会則として:「日本人学校の設立・運営・維持に関わる」というのがある。

日本人学校は独立した組織であるが、日本人会と密接に繋がっている。従って家族で赴任、子供が日本人学校に入る必要があると、どうしても日本人会に入会することになるらしい。そういった意味から、私は特に入会する必要はなかったといえる。

それから半年経過した。K氏「今週の日曜日日本人学校の運動会がある。君も参加したらどうだ?」
OKした。当日行ってみたら結構な人数が集まり賑わっていた。私は何故か障害物競走に出走することになった。実は障害物競争にはコツがある。網をくぐる際、二番手で入っていくと良い。つまり一番手の人が網を上げた瞬間、その出来た隙間に一気に飛び込んで走り抜けると一位で出られる。
そして私は一等賞に輝いた。一等賞の賞品もいただき「めでたしめでたし!」の筈だった。ところがこの一等賞が大きな波紋を呼んだらしい。

数日して先輩K氏が血相変えたように私に怒鳴った。「日本人会に入ってもいない者が日本人学校の運動会で障害物競走に出て賞品をもらった」と噂が立ち、揶揄されたからのようだ。畳み込むように「俺が困るから日本人会に入りなさい。会費は経費で払うから……」K氏に迷惑をかけてまで拒む理由はない。仕方なく入会した。日本人会入会による役得は一切なかった。もちろん困ったこともなかった。

それから十五年後私は香港に赴任した。香港においては自ら望んで日本人会に入った。私らしくない。理由は日本人会入会によって日本人会会員用レストランが使えたからだ。銅鑼湾(コーズウェイベイ)で我々の事務所のあったそごうビルの正面、三越デパートが入っているビルの37階に日本人会のレストランがあった。ここは絶景で旧カイタク空港に離着陸する飛行機が眺めるすばらしい場所だった。

建築資材メーカー勤務のM氏が日本人会会員であった事から、会員にならずにレストランを使う事が出来た。然し、コロンボでの経験を思い出し、赴任先の若い社員(K君やT君)が肩身の狭い思いをしてほしくなかった。私が日本人会に入れば堂々とレストランを使用することが出来る。ただ、日本人会会費は本社からは経費として認めてもらえなかった。

注1:現在のコロンボ日本人学校はスリ・ジャヤワルダナ・プラコッテ方面に向かったコロンボ8付近に移ったらしい。
注2:スリランカ日本人会は当時Horton Placeの日本人学校内にあったが、現在は在コロンボ日本大使館と共に直ぐ近くのグレゴリーロード内にあるようだ。
日本大使館の位置は当時と変わらず。

参考リンク:
コロンボ日本人学校
在スリランカ日本大使館

6 水割りと氷


海外に比べ日本は水の価値が概ね低いらしい。
「フランスではワインと水が同等レベルの値段だ」と言う人もあり「水!」と言えばただで出てくる日本との違いを面白おかしく話していた。さて「スリランカでは生水は飲むな」と言われていた。その為我々の宿舎には濾過器があった。かなり古臭い品物で容量は3〜4リッターくらい。濾過器の中には茶色に変色した濾過器が立っている。その濾過器を通して水が出てくる。

使い方は上から水を満たし、下部についているプラスティック製蛇口をひねって出す簡単な構造。コロンボの水道水には神経質になっている私たちはもう一段階念を入れた。水道水を煮沸し、浄水器でろ過し、さらに煮沸して、プラティックの容器にいれ冷蔵庫で冷やす。これは我々日本人以外に門番やドライバーをはじめ宿舎全員の飲料水用として作っていたが、日本人が私一人になってからは殆ど市販の蒸留水を買って来るようになり、私が濾過する意味が無くなってしまった。

何故なら濾過し冷やしてあった筈の飲料水を見たら濁っていたからだ。
水が腐ったのかもしれない。ろ過器の中は赤錆色、ろ過棒は不純物でヌルヌル。多分雑菌がわいているのかもしれない。原因は究明しなかったが、この状況がショックでとても自宅で作った飲料水を飲む気持ちになれなくなった。

ところで海外で水を飲むと腹が当たる話を聞く。旅行ガイドでは(勿論旅行会社でも)「海外渡航先で生水は飲まないように」と注意する。これは水そのものの純度が悪く汚れていて不潔だという説と硬水だからという説がある。硬水はマグネシウムとカルシウムの量が多いほど硬い水になる。その計算式は:

硬度(mg/l)=カルシウム(mg/l)×2.5 + マグネシウム(mg/l)×4

このマグネシウムと水分の中の硫酸が化合して出来た硫酸マグネシウムが下剤の成分になるらしい。だから水に当たるのだという。ただ、いくら硬水だからといっても、下剤になるほど強烈に入っているわけでなくて硬水=下痢という説は実は根拠が薄いらしい。大抵は疲れで体が弱まっていたりすることが原因なのではないか?同時に便秘に悩む女性が硬水のミネラルウオーターを好むというのは硬水=下剤という方式が理解できるように感じる。

難しい話はさておき市販の蒸留水やミネラルウオーターしか飲んでいない私が、ある日当たってしまった。激しい下痢だ。てっきり食事に当たったのだと思った。ところが原因は他にあった。

設備のM氏曰く「○○さん、水割りを飲むでしょ?水割りに使う水はミネラルウオーターだけど氷は水道の水だよ。あの氷の入った水割りで誰しもコロンボに来た人は一度は洗礼されるんだよ」そういえば前日私はカジノで水割りを二杯ほど飲んでいたのだ。下痢は治った。治ったけれどもM氏の言葉が妙に残っていて、暫くの間は氷を疑心暗鬼の目で見ていた。

暫くたったある日コロンボ市内にある製氷屋さんの前を通りかかった。それを見て愕然とした。衛生もへったくれもない。よくあんな作り方で市販用氷として通用すると思われるような状態だった。あれじゃ、普通の人はあたるわな。