表の家

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 つれづれ話の部屋
海外生活はたまらない 広州編31-35

35 車で国境を越えるー2


中国側の国境を越えた。越えると同時に高速道路に
入ってしまうので、いきなり右側通行の国に入ったという
印象はない。暫くまどろんでいた。目が覚めるとすでに
広州だった。香港を出発して3時間。
程なくして目的地の現場に到着。
大きな荷物を事務所に置き、ホテルに行ってもらうこと
にした。
ところが「香港の緒方さん」ホテルへの道が分からないら
しい。何度も車を止めては人に聞いている。私が地図
を渡したのに見ようともしない。
朝ドラの中の緒方直人同様、この「香港の緒方さん」も十分頑固。

その時バイクに乗ったおっさんを一人捕まえた。関西芸人の坂田利夫(通称アホの坂田)に似
ている。交渉の結果、この「広州の坂田君」に水先案内人になってもらうことにしたらしい。「広
州の坂田君」が先導し再出発、ところが先導車が随分のんびり走っている。車がビュンビュン飛
ばしている通りでこんなにゆっくり走ると危なくて仕方ない。

「香港の緒方さん」はたまりかね窓を開け「快点、快点!(もっと早く、早く)」と怒鳴る。
「広州の坂田君」も分かったという感じで飛ばし始めた。
スピードは速くなったがどうも走り方がおかしい。赤なのに変な走り方をして先に行ってしまったり
……何度かそういう事が続いたので「香港の緒方さん」は「精神病!(気ちがい)」と叫んだの
を聞き逃さなかった。

それにしてもこの「香港の緒方さん」は何度もパッシングライトを点灯させて煽っている。
「広州の坂田君」は親切心から無料で案内してくれるのに「香港の緒方さん」の態度は実に
横柄だった。それでいいのかなあ??感覚が違うなあ……と思いつつ車に乗っていた。

そしてやっとホテルに到着した。40分以上は掛かってしまった。タクシーだったら20分で行ける
のに失敗した。そうは言うものの「広州の坂田君」には「謝々!」とお礼をし「香港の緒方さん」
には料金である2000HK$の小切手と若干の心付けを差し上げ「辛苦、辛苦!(ご苦労さ
ま)」と別れた。

(写真は広州の坂田君)

34 車で国境を越えるー1


五年ぶりで車で中国の国境を越えることになった。香港から広州までの旅程。
通常であれば香港のホンハム駅から電車で中国国内に入る、又は船で中国に入るというのが一般的。飛行機で入国もあるが待ち時間を考えるとあまり便利とは言えない。

さて、今回は荷物が多すぎた。
大きな建築模型、プレゼンテーションボード、後は自分の鞄。
これらを抱えながらイミグレーションを通っていくのはやはり無理がある。
車で行けばそのたくさんの荷物の大半を自分で触らず現地に入ることが出来る。
チャーター費、2000HK$(約3万円弱)だがやむを得ない。

ドライバーが待ち合わせの場所にいないので15分ほどゴタゴタしたが、やがて捕まった。
ドライバーは Mr.TSANG。NHK朝ドラ出演の緒方直人に似ている。
香港なまりの普通語は貧弱な語学力しかない私にとって理解が難しい。
ところが「香港の緒方さん」の普通語はスムーズで分かりやすかった。

3時45分頃香港を出発。出発と共に睡魔が襲う。気が付くと香港の国境だった。高速道路の料金所の様な簡単な通過ポイント。
「香港の緒方さん」が自分のIDカードとともに、私のパスポートを窓から出して出国管理に渡す。出国管理官がブース窓越しに車の中を覗くが、私は車の中に居ながらにしてもOK!
香港出国は難なく通過!ニュートラルエリアに入った。

さて、次は中国への入国だ。
若干古くさい通過ポイントに向かう。香港の通過ポイントとはっきり違う点は係官が左側の窓に座っていることだ。つまり「中国からは右側通行ですよ」という事が理解出来る。ちなみに香港は左側通行!

香港ではガラス窓を開けなくても問題なかったが、中国の場合は窓を開けさせられた。
然し、手続き自体は香港同様簡単。
面白かったのは「香港の緒方さん」が今度は右のブースにある特殊な機械に向かっていったことだ。この機械に指を一本乗せ、そして顔をレンズの方に向けた。顔ではなく或いは目、つまり瞳孔確認だったのかもしれない。

飛行機で国境を越える事は現在の海外旅行では当たり前のような感じになってしまった。越える瞬間は空の上なので何となく国境の実感が無い。陸路で国境を越えると分かりやすく感慨深い。
(写真は香港出国管理ブース)
2005年8月記

33 帰国するはずだった-3


広州発ハルビン行き12時55分発に搭乗する事に決まった。深セン航空だ。中国の航空会社の機内食は期待出来ないので大抵待合いロビー付近にある中華レストランで腹を満たしてから乗り込む。

まさかそんなに高くはないだろうとたかをくくって注文した。飲茶風点心のワゴンに乗っていた薬膳スープ、及び排骨蒸し及びビールを注文した。どちらも量が少ない。追加でインゲンの辛みニンニク炒めを注文した。係の女の子が無気になって私からもっと注文を取ろうとしている。

「ご飯はいらないか?」
「肉料理はいらないか?」

まるで集られている様ないやな感じだ。
「不要!」

途中でビールを追加して食事を終えた。
「マイタン!」
係員の女の子が計算してくると「238元」。随分高い。
日本円で約4000円也の食事?あんな料理で?本当に?

私「真的ロ馬?(本当なの?)」
係員「是的!(そうですよ)」

調べてみたら一品60元前後の料理を三品で180元。25元のビールを二本で50元。それでそんな金額になったらしい。

薬膳スープは中々良い味だったがやはり一品60元というのは高い。全部合計して60元でおつりが来る程度だったら分かる。どうやら空港のレストランは高く付くらしい。
注文をとった女性係員が一瞬ハイエナの様な眼になって「これも頼め、あれも頼め」と言った理由がよく分かった。
反省した!
次からは気をつけよう。

32 帰国するはずだった-2


間違えてホテルに行ってしまった運ちゃんにいつまで怒っても仕方ないので、とにかく広州東駅に向かってもらうようにした。途中で渋滞もあってどう考えても間に合いそうもない。困った。こりゃもう一泊香港で宿泊しなければならない。

そんなところに香港事務所のゲロゲロさんから私の携帯に電話が入った。
彼は困った時に癖で「ゲロゲロ!」と言うからだ。

ゲロゲロ「○○さん、今どちらにいるの?」
私「いやぁ〜今広州東駅に向かっている最中。運転手が行き先間違えてさぁ〜予定通り電車に乗れそうもないんで困っている所だよ」
ゲロゲロ「いや、良いの良いの、それでいいの」
私「何がいいの?こちらは困っているのに・・・」
ゲロゲロ「あのね、スケジュール変更でこれからハルビンに行ってほしいのよ」
私「え?」
ゲロゲロ「東駅に着いたらその辺の旅行社で適当に航空券を見繕ってもらってさ、すぐハルビンに飛んでほしいのよ」
私「ゲロゲロ」

私はかなり怯んだ。
亜熱帯から極寒の地への移動である。十分な服装の用意もない。
航空券をその辺の旅行社で買って行けというのもかなり乱暴な指示だ。

とにかく広州東駅で下車し旅行社を探した。しかしながら30キロ近くある荷物を抱えて何処にあるのか分からない旅行社を探すというのは正直な話、途方に暮れる。

ここはいっそのこと空港に向おう!空港で買えばいいや。何故最初にそう思わなかったのか?タクシーに乗り「広州机場(広州空港)!」と告げた。
タクシーの中でゲロゲロに電話で状況説明し、オーナー事務所の担当者上海のウェイウェイ氏にも電話した。
ウェイウェイ氏は香港人で15年前からの知人だ。関西風メガネが特徴で頭脳明晰。
ただ、ウェイウェイ氏は訛りがきつく、よく言葉が転び、分かりにくい英語で困る。

私「久しぶり!例の件でハルビンに私が行くよ」
ウェイウェイ氏「ああ、そりゃいいや。今私はチベットに居るので、詳しくは上海のS嬢に電話してね!」

上海のヤセギスS嬢は香港人女性でウェイウェイ氏同様古くからの知人、痩せぎすだが明るく楽しい人だ。彼女は数年前家族もろとも上海に移動し家も買った。このフットワークの軽さが驚きに値する。華僑の歴史というと大げさだが、そんな印象を上海の痩せぎすS嬢に重ね合わせて考えてしまう。

この上海のヤセギスS嬢にハルビン行きの航空券予約を依頼する事にした。
その他数人の人とのコミュニケーションの後、私の乗ったタクシーが広州空港に到着するまでの二十分程度の間にチケットの手配は終わった。
Eチケットというやつだ。便利な世の中になったものだ。

あとはパスポートをチェックインカウンターに持って行けば搭乗券を受け取れる。
便利なのは確かだが、よく考えてみよう。
その便利は会社側からみた便利であって、一社員、一個人側の便利ではない。無理がかかるだけの話だ。
ネット社会になってから頻繁に「便利になる」という言葉を聞くが、それも同様だ。

31 帰国するはずだった-1


現在、香港にいる。明日の午後便で帰国する筈だったが、広州に余計な仕事が入ってしまった。困った。
今晩、或いは明朝広州に入りさっささぁ〜と作業を終え、直ぐ香港に戻り午後便で成田に帰国しなければならない。
そこで1日で広州を往復する計画を秘書のF嬢に相談してみた。かなり無理な計画かもしれない。F嬢は暫く調べていたが、嬉しそうな顔でスケジュールを持ってきた。
内容は全くメチャクチャなスケジュールだ。

私「アイヤ〜要するに無理って事ね?」
F嬢「イエ〜ス!」と嬉しそう。

ここで喜ばれても困るのだが、物理的に無理ならば仕方がない。
仕方ないので、広州で一泊する予定に変えた。ところがこれでも十分厳しいスケジュールだった。最初に思い描いていたのは一体何だったのだろう?

2月6日(火曜日)夜半、列車にて広州に到着し就寝。
2月7日(水曜日)早朝、宿泊していたRosedale Hotel(ローズデール・ホテル)を朝7時半に出て、タクシーで8時頃目的地に到着、30分間目的物を撮影し、9時に広州東駅に到着、チケットを購入し、9時30分発九龍行きに乗車するはずだった。
途中でタクシーを下車してしまうと再びタクシーを捕まえられるかどうか分からないので一蓮托生で動いて貰わないといけない。

という訳で広州に到着し一泊し、翌朝チェックアウトした。ここまでは予定通りだ。タクシーをつかまえ、自分のコースを紙に書きタクシーの運転手に見せ、怪しげな中国語で説明したら、運ちゃんは快く「好了(いいよ)!」と一安心。目的地での撮影終了まで順調に進んだ。タクシーに戻り、後は広州東駅で電車に乗れば予定通りだ。
「こりゃ早く広州東駅に着くわい」と安堵していた。

ところが周りの風景がいつもと違うような気がする。変だなあ〜?と思っていた。気が付いたら昨晩宿泊したホテルに戻ってしまった。アイヤ〜!思わぬ遠回りである。
私「ホテルじゃないったらぁ、最初に広州東駅と言ったじゃんかよ〜」と言った。