表の家

ドタバタ新婚旅行
つれづれなるままに番外編


ドタバタ新婚旅行
道草亭ペンペン草とコガラちゃん、スペインへ行く

道草亭ペンペン草とコガラちゃんの新婚旅行はまさに珍道中だった。旅慣れている筈のペンペン草であるにも関わらず、私の不注意から仕出かした数々の失敗に新婦のコガラちゃんは呆れかえって物も言えなかったか、我慢強いか、或いは心が優しいかのどれかだと思うが、旅行中、大げんかまで至らずに済み、怪我や病気にならなかった事を幸いとしたい。又、ハラハラドキドキ、色々なハプニングがあった事で、旅行に否応なくメリハリが付いてしまった。この為、皮肉にも忘れようにも忘れられない、良き思い出と成ったことも怪我の功名と言えるのかもしれない。

第一日目:3月17日(水曜日)その一  鞄を忘れたの巻


平日のラッシュアワーの時間にぶつかってしまう為、成田空港へは混雑する日暮里経由ではなく、我孫子経由で行く事にした。
余裕で出発…!!と思っていたが、家を出る前はなんだかんだと色々と片付けなければならないことがある。忘れ物が心配だったが、時間も迫ったので慌てるようにして、家を出て松戸駅へ向かった。ちょうど快速土浦行きがやってきたので。大きなスーツケースを椅子の前に置き、リュックサックを網棚に乗せた。

旅行への期待でワクワク気分。二人で愉しく語らいながら電車に乗っているとあっという間に我孫子に着いた。隣のプラットホームから発車する成田線を待っていると、何か変なのである。何か物足りない。
あっ!と思ったときは遅かった。

リュックサックを土浦行きの常磐線の網棚に忘れてしまった。

実はあのリュックの中にはパスポート、航空券、ホテルバウチャー、AVEの乗車券、そして現金の全てが入っていたのだ。あれが無かったら今回のスペイン旅行の全てを諦め、手賀沼9泊10日の旅に替えてしまわなければならない。
すぐ、駅事務室に向かい、事情を話した。駅員さんの判断で天王台は時間的に間に合わないのでもう一つ先の取手駅に連絡した。
やっと、取手駅から荷物が見つかった旨連絡を受け、ほっとした。
取手駅に荷物を受け取りに行き、最終的に成田空港に到着した時は出発一時間前を切っていた。慌てるようにゲートまで向かった。
新婚旅行出発当日、この日のこの出来事が今後の色々なハプニングの序奏曲であり、新婚旅行というよりは珍道中の始まりとなった事をこの時はまだ知るよしもなかった。

第一日目:3月17日(水曜日) その二  ソファーで寝ていたら


パリ経由バルセロナ行きの便だった。パリのシャルルドゴール空港に到着してから、バルセロナ行きの便の出発まで約四時間ある。
空港内に居るだけでは時間が余るが、かといって外に出るには間がなさ過ぎる。
結局、ゲートロビーでウインドウショッピングやお茶でもする事にした。
到着したターミナル1から出発ゲートのあるターミナル2Fまで移動する。
ターミナル2Fという表記は混乱の元だ。もしかするとターミナル1の2階なのかも・・・と思わせる。
最後まで半信半疑で歩いて行った。それにしてもターミナル2Fまでの経路はわかりにくい。洞窟のような移動通路を通り右へ左へ歩くと結局バスに乗る事になった。バスから降りて暫く歩くと出入国のカウンターがあり、パスポートチェックが待っている。ボーディングパスをもらい、セキュリティチェックを過ぎると出発ロビーだった。
ウインドウショッピングをしていたが、どれもこれも割高な感じがして手が出ない。
カフェに行って、シャンパンやサラダなどを食べ(これらも高かった)気持ちよくなった所でロビーの先端に行くと、人間の体のラインに合わせた熟睡ベッドがありここで休憩する事にした。
あまりに気持ちよく寝てしまい、あっという間にボーディングタイム。指定されたゲートに行くが人はまばら。変だなあ〜と思い隣のゲートに行ってみるが違う便。我々のゲートの周りでふらふらしていた。見落としていた掲示板をもう一度よく見ると「Changed gate to ・・・」
やれやれバルセロナに到着するまでは安心出来ない・・・

第二日目:3月18日(金曜日) バルセロナの地下鉄で


初日は郊外に脚を延ばし”グエル地下教会”からスタートする事にした。この教会はホテル付近の地下鉄のカタロニア駅から乗車、エスパーニャ駅で乗換え、コロニアル・グエル駅で降りる。ホテルからほぼ三十分弱の場所。
地下鉄はバルセロナ観光に無くてはならないが、プラットホームや車両内の治安や雰囲気に不安感を感じた。所在不明な若者がたむろし、退廃的な空気が流れ、座席をグループで占拠して、分かっているのに老人に席を譲らない若者。以前、「ニューヨークの地下鉄は治安が悪く危険なので、注意した方が良い」と言われた事があったが、むしろバルセロナの方が危ないのではないか?とさえ感じた。
そんな車両も、バルセロナ中心部から離れ、コロニアル・グエル駅に到着する頃は電車の中もガラガラでのんびりした田舎といった印象だった。
路面に描かれた青い足跡に導かれグエル地下教会やその付近の建物を見て回り、市内に帰る事にした。次はグエル公園に向かおう。

地下鉄のレセプス駅を降り、エスカレーターに嫁と縦に並んで上がっていると突然若い男女が駆け上がってきた。
そして我々の回りで立ち止まり、事実上囲まれたような状態になった。最初は和気藹々楽しんでいるだけなのかと思わせた。
我々には感知しない振りをしながら、顔はニコニコ、仲間同士で目配せをしている。私の前に立っているのは年齢にして16〜18歳程度の男女。我々は足場を失った感じになり、さらにギューギュー押しつけてくる。目の前が男の子であれば押し返すが、女の子となると下手に手を出せない。前にも進めないし、後ろにも戻れない。そういう状況に気を取られ、困ったなあ〜と思っている内に上階に着いた。
上階に着いた瞬間彼らは何食わぬ顔で、サ〜っと小走りに引いていった。
それがあまりに不自然だった。

「何かが起きた」と感じ、念のため財布の入っていた、Gパン前ポケットを確認したら…
財布は見事に無くなっていた。
あいつらに間違いない。捕まえよう!
(この間、数秒の事だと思う)

彼等はまだ5メートル程先に歩いていた。
私はすぐさま走って追いかけ、掏ったと思われる女の子の腕を強く握り日本語で「返せ」と怒鳴り、脅した。私はかなり怖い形相だったと思う。
彼等は5〜6人グループだったが、全員が振り返り私を見た。よく見ると若干怯えていて、犯罪経験の少ない単なるガキ共に見えた。まさか、追いかけてきて腕を捕まれるとは思っていなかったに違いない。
仲間の男がアゴをしゃくり合図すると直ぐに私の財布を差し出し、そして逃げていった。

嫁が直ぐに私の元に追いかけてきた。彼女はこの十数秒の間に私の身に何が起きたのかピンと来なかったようだ。
ただ、この時、私は瞳孔が開いていた状態だったらしい。

私はまだ幸運だったのかもしれない。
何故なら腕を掴んだ程度で震え上がる犯罪経験の少ない単なるガキ共だったからだ。悪質な連中になれば、ナイフやピストルで脅かされるかもしれないし、仮に腕を掴んでも仲間との連係プレイで財布など絶対に返さなかったかもしれない。

第三日目:3月19日(土曜日) 列車内は安心できない

サンツ駅

バルセロナ市内巡り、ガウディ建築巡りも一段落ついたので、次はフィゲラスという町にある”ダリの美術館”に行く事にした。フィゲラスはサンツ駅から列車で北東にあがっていった場所にある。ガイドブックを見るとホテルからサンツ駅までは地下鉄を経由して行く事が出来るらしい。ただ、先日のスリ騒動以来、周囲を歩く人々がみな泥棒に見えてしまい、幾ばくかの安心を得る為、サンツ駅まではタクシーで移動する事にした。

サンツ駅の外観は比較的近代的な建築であったが、興味をひくほどでも無かったのですぐ駅舎内に入った。
駅舎内に入れば安心かと思ったが、必ずしもそうではないらしい。
右を見ても左を見ても怪しい、所在のはっきりしない人々がうようよ居る。

日本の盛り場を歩いていて外見的に怪しい人というのは、居ることは居るが案外少数だと思う。むしろ表面(おもてづら)が善人なのに中身は真っ黒というタイプの方が多いように思う。
バルセロナでは外見上怪しい人が多すぎる。だからこそ、分かりやすいのかもしれないけれど・・・

さて、切符売り場でフィゲラス行きのチケットを購入した。ところが、このチケットで良いのか何処で乗るのか確認したくなった。もう一度チケット売り場に戻ろうと思ったが、混雑している為、カスタマーセンターに向かった。

カスタマーセンターに入ると、すでに係員が何人かの客が応対を受けていた。
私の目の前の女性は係員の女性に涙ながらに訴えている。何だろうと思って聞いていると、どうやらお金、貴重品をすられてしまい、どうにもならなくなったので何とかしてくれ・・・という事のようだ。いつまでたっても話しが終わらない。隣に並んでいた人も同じような訴えをしていた。
どうやらサンツ駅のカスタマーセンターというのは泥棒やスリの被害届けをするような場所になっているらしい。


チケットとホームの確認をして、プラットホームに降りると人がたくさんの人々が居た。ジプシー風の人もいて若干不安になる。車両に乗り込むと連結部から二列目の座席に座った。動き始めて暫くは良かったが、数駅過ぎたあたりで、どう考えても犯罪者風の黒い男が二人やってきて、我々の一つ先の連結部の座席に廊下を境に右左に分かれて座った。前方右の座席には女性が居たが、女性は警戒して、自分の鞄をしっかり持ち直していた。
左に座ったもう一人の男は我々の様子を伺っている様に見える。

彼らは仲間に違いないのに、両側の席に別々に座るところがそもそも怪しい。彼らが我々の視界に入っている事で、とてもじゃないが安心して居眠りも出来ない。何駅か過ぎると、彼らは車両を替えて行った。




彼らが居なくなると、すぐさま今度は妙に落ち着きのない二人の青年が乗り込んできた。先程の連結部直近の席に座ったが、彼らは実に落ち着かない。周りばかり見えている。
その二人以外にもう一人、崩れた感じの似非マイケル・ジャクソン風黒人がやってきて、今度は我々の真ん前に座った。前に座るとかなり臭い。あまりに臭いので
”クサイケル・ジャクソン”と呼ぶ
これには困った。怪しい人間が我々の周りにどんどん増えてくる。
実は我々の後ろの座席の男達も動きがおかしい。

二駅過ぎたあたりでこの
”クサイケル・ジャクソン”は一つ前の落ち着かない二人がいる席に移った。
少なくとも我々の前から動いたのは嬉しいが、
”あいつら”が近くにいる限り、状況はあまり変わらないので緊張する。

車掌が来たと思ったら一旦通り過ぎた。
次に車掌は鉄道公安官の男女を引き連れてきた。車掌もかなり
”あいつら”が怪しいと思っているに違いない。
見ていると鉄道公安官の一人が扉を固定したまま(つまり逃げられないようにして)、もう一人は外への扉付近にポジションを決めた後、車掌が
”あいつら”の改札を始めた。
こんな改札の仕方は見たことがなかった。


”あいつら”の様子を伺っていたが、正規運賃を払っているらしく”あいつら”はパスした。車掌と鉄道公安官は隣の車両に消えていったが、暫くすると鉄道公安官が再び戻ってきて、”あいつら”に尋問を始めた。これを何度か繰り返すうちに、”あいつら”は”クサイケル・ジャクソン”だけを残し、居なくなった。
次がフィゲラスという案内放送があった。周りの人達がそわそわし始めた。フィゲラスではたくさんの人が降りるらしい。

こういう時に他の上客と共に並んで降りるのは抵抗がある。囲まれていつのまにか掏られるのがイヤだからだ。
その為少しタイミングをずらして、下車した。

第六日目:3月22日(火曜日) ロッカーとAVE


三日目フィゲラスへの往復以降、四日目、五日目はバルセロナからセビリアの郊外→セビリアと移動してきた。この間はせいぜい”メーターを倒さないタクシーに乗った”程度の些細な出来事を除き比較的安全な旅行であったため六日目から続きを書くことにする。
セビリア滞在先のチェックアウト後、
AVE(スペインの新幹線)に乗車、マドリッドに向う途中、コルドバで下車し五時間ほどメスキータ他を観光する予定にしていた。

AVEコルドバ駅に到着すると10年前に訪れたときと同様、近代的で広々とした明るい建物であった。

当時は単身旅行で、スーツケースを
コルドバ駅のコインロッカーに預けた。あの時と同様に荷物を預けようとコインロッカーを探したが、何処にも無い。仕方ないので駅の案内所で尋ねると「コインロッカーなら隣地のコルドバ・バスターミナル駅にある」という。

重いスーツケースをゴロゴロ転がしながらバスターミナルまで向かった。バスターミナル駅はAVEの駅よりも古い建物で中も暗い雰囲気だった。
中央にベンチがあり、周りにはチケット売り場やファーストフードの店があった。あたりを見回すと怪しく見える人がウヨウヨいた。またかぁ〜と思った。

どうしても安価な交通手段の所ほど怪しい人が集まる。
先日のフィゲラス行きでは、特急でなく各駅停車に乗ってしまった事が原因で、車内で危なっかしい気持ちになってしまったが、やはりバスターミナルも同様なのかもしれない。
こんな危険性たっぷりの場所に一分といるのもご勘弁願いたいのに、果たしてロッカーに預けても良いのか一抹の不安を感じる。
とは言うものの背に腹は代えられない。ロッカーコーナーを見つけ嫁さんと私のスーツケースを別々に隣同士に入れた。ロックするためにジェトンが必要らしいのでジェトンを購入し、投入後
”二人で”ロックした。
(実はこれが間違った手順であった事を後で知ることになる)

身軽になった我々は早速メスキータの方向に向かった。分かりやすい道として駅前の大通りを真っ直ぐ南へ歩き、川方面から迂回してくればメスキータに到達出来るが、それでは面白くない。古い街並みのくねくねと曲がった道を辿って行きたい。嫁さんを花と植物が豊富で、非常に素敵なユダヤ人街の街並みに連れて行きたい。
さて、古い街並みを右へ左へ歩いているうちにすっかり方向感覚を失い道に迷ってしまった。
途中で通行人に道を尋ねたが、その通りにせず、自分の勘に頼ってしまったのが間違いの元・・・

途中遠足らしき幼児達が団体で歩いて行く姿が見えたので、多分そちらの方向に行けば間違いなくメスキータに行けるであろう・・・と思ったが、実は市庁舎の方向に向かってしまった。
ここで再び人に道を尋ねた。
地図と照らし合わせながら聞くとその人はこんな風に答えた

「一度川へ向かいなさい。川に出たら右に向かいなさい。そこにメスキータがある」
まもなくメスキータに到着し、内部の見学を済ませ、メスキータ付近のパティオがレストランになっているところで格安ランチを食べ、駅に戻ることにした。途中大きなショッピングセンターを見つけ、最上階にあるスーパーマーケットで、たくさんのお土産を買い、背中のリュックサックを満杯にして駅に向かった。

先ずは”あの”バスターミナルにスーツケースのピックアップに行った。嫁さんに中央のベンチに座ってもらい、私がロッカーコーナーに入り、キーを差し込んだら回らない!
変だと思いそのまま扉をひいたら開いてしまった。

中を見ると、なんと何も入っていない。
私は瞬間
「やられた!」と思った。心臓が止まるくらいびっくりした。
しかし何かの間違いだと思い、慌てて隣のロッカーに手を掛け開けると、中に嫁さんのスーツケースが入っていた。ほっとした。そしてその隣には私のスーツケースがあった。

何だ・・・ロッカーの見間違いか!

安堵の気持ちもそのままによく考えてみた。
待てよ、私はまだ鍵を持ったままだ。
何故鍵を挿さないで開いてしまったのか・・・?

気が動転し束の間自分の置かれた状況が分からなかったが、徐々に落ち着きを取り戻し、やっと分かった。
つまり
”私達はロッカーの鍵を掛けたつもりが掛けていなかった”のだ。

この犯罪者のたまり場の様に見えるバスターミナル(実際はそうでないかもしれないけれど)。
その危険たっぷりの空間の片隅にあるロッカーに鍵を掛けないまま、我々は5時間近くもメスキータ方面を観光していたことになる。

鞄が盗まれなかったのは不幸中の幸いだが、流石にこの事実をストレートに嫁さんに云う事が出来なかった。

それは数時間前(何かとは書かないが)
AVEの中で私の不注意が原因で嫁さんがへそを曲げ、会話が極端に減っていた事がベースにある。
私は平静を装い、鞄を引いてロッカーコーナーから出、嫁さんにスーツケースを渡した。
さあ、この事は早く忘れよう。

さて、次は
AVEに乗ってマドリッドへ向かうだけだ。クラブクラスなので、車内で夕飯とワインが供される。
出発までまだ時間がありそうだったので、改札近くのコーヒーショップでお茶をする事にした。
私の記憶では17:45発だった・・・
嫁さんが
「時間は大丈夫なのか?」というので、「まだ20分以上あるから大丈夫だよ」と言った。
あまり何度も聞いてくるので、確認の為、予約の紙を出してみた。

「あ!」
何と紙をよく見ると予約は何と17:29発だったのだ。私の勘違いだった。
慌てて改札に行ったが、
ゲート・クローズ!!
AVEが今まさに発車する姿を情けない面持ちで眺めていた。

嫁さんは文句、御託の一つや二つを並べたかったに違いない。
しかし私は、嫁さんが何かを言う前に
「今は何も言わないで・・・」と制止した。
嫁さんは
「私はまだ何も言ってないよ」と返した。
おっしゃるとおり!!


AVEに乗り遅れたという事実だけであれば、「ゴメンゴメン、私が悪かった」と謝り次の行動につなげていったに違いない。。

ところが、その10分ほど前、ロッカーの鍵が掛かっていなかった事実を自分の胸の奥底に押し込んだばかりだったのだ。
後から考えれば言ってしまった方が良かったのかもしれない。彼女もびっくりしたに違いないが、事実を共有する方がどれだけ気が楽か分からない。

心配させたくないという気持ちから、何も言わず心の中に押し込んでしまったが、それは乗り遅れの失態によって、再び
”狼狽”という形を成して私の心を台頭し始めた。落ち込んでしまって、すぐには平静を取り戻せない。
そんな状態だから今責められると大層つらい。
嫁さんに言わせれば、この時の私は
瞳孔が開いていた状態だったらしい。

私は心を落ち着け、とにかくチケットオフィスで掛け合った。結果、5000円ほどのペナルティ支払いによって、20分後発車の同じクラスのAVEに乗る事が出来、さしあたりの安心を得た。サービスされたワインを飲むうちに嫁さんも機嫌を直してくれた。

最終日:3月25日(木曜日) 荷物が…!

楽しいドタバタ新婚旅行もやっと最終日。本当にハラハラ・ドキドキの珍道中だった。スリには遭ったが実質的な損失はなく、怪我もなく五体満足に帰国出来る事を幸いとしたい。
もうこれ以上トラブルは無いと思うが、身を引き締めていかなければならない。
午前中はマドリッドで買い物をし、午後マドリッド空港へ向かい、パリ経由で帰国する。
買い物の為、二人でホテルエントランスを出た。ところが30メートルも歩かないところで、嫁のイヤリングが外れ無くなってしまった事に気がついた。一旦、客室に戻り、歩いた道筋を辿りながら、路面を眺めてゆっくり進むと、何と「無くした」と気がついた付近で見つかった。これは厄落としに違いない。
さて、買い物が終わり、ホテルを後にして、タクシーでマドリッド空港に向かった。
タクシーに「ターミナル1」と告げたが、実はターミナル2が正解で、空港に到着してからターミナル2まで荷物を持って歩いて行く事に…トホホ!どうもチグハグである。まだ厄落としが出来てないなあ…
マドリッド空港を発ちエールフランスでパリへ向かう。
飛行時間は2時間であったが、途中、雨と気流で激しく飛行機が揺れた。何度か着陸を試みるが、出来ずに再び上昇する。
まさかこれが三度目の災厄?
おいおい、飛行機の中の災厄は勘弁して貰いたい。

滑稽な日本語の言い回しでおなじみの黒人タレントのボビー・オロゴン似の男性が同じ列の反対側窓際に座って居た。真顔が似合わないのに、オロオロ怯えているオロオロ・ボビーと言った感じである。
オロオロ・ボビーはカッ!と目を見開いたまま不安そうに何度も`機内安全のしおり`を眺めていた。滑稽なオロオロ・ボビー`機内安全のしおり`とのコントラストが何とも言えない。

それにしても`機内安全のしおり`のお復習いなんかされたら、こちらだって不安になる。
`機内安全のしおり`には大切な事が書いてあるけれども最終的には無縁でありたい。

又、そのオロオロ・ボビー隣にはチャールトン・ヘストン似の西洋人男性が座っており、平然とクロスワードパズルをしていた。このクロスワード氏はいくら揺れても構わず、パズルに没頭している(ように見える)。
全く十人十色という感じである。それにしても何とも居心地が悪い。
そんな時、外を見ると何と虹が見えた。綺麗である。
この虹が良き厄落としになってほしい。

結局30分以上遅延し、何度かのトライの後やっと到着出来た。
無事タッチダウンすると、機内は拍手喝采。クロスワード氏はパズルの手を止め、周りを見回し、安心しきった顔をしていた。やはり彼も怖かったのだ。
着陸が遅れた為、ターミナル1まで急いだ。身軽になる為トランジットの際、追加で手荷物を預けた。
この時「他に荷物は?」と聞かれたので、「無い」と答えた。
マドリッドからスルーで預けたスーツケース二つの事は触れなかった事が後のトラブルとなった事をその時は知るよしも無かった。
離陸まで時間的余裕が無く、飲み物を飲んだりゆったりする時間が欲しかったが、嫁が
「これで乗れなかったら洒落にならない」というアドバイスに従い、素直にゲートまで向かった。
無事離陸し、特に目立った揺れもなく無事成田に到着した。

最後のだめ押し:

機体がゲートに到着する頃アナウンスがあった。
「表の家さんは全日空職員まで声をお掛けください」
イヤな予感である。
機内から降りて職員に尋ねると、どうやら
`我々のスーツケース二つが成田に到着していない`との事。
困ったことになった。

こんな災厄がよりによって、旅の終わりの成田空港で起こるとは…
それにしても、この旅は最後の最後まで安心出来ない旅である。
入国手続きを終え、パリで預けた手荷物は受け取ったが、マドリッドで預けた我々のスーツケース二つは流れてこなかった。流れてこない事は分かっているのに、懸命に目で追ってしまった。
ANAの職員によれば、荷物はまだマドリッドにあり、届くのは明日で届き次第宅急便で送ってくれるという。
不承不承納得せざるを得なかった。

その時、大変な事を思い出した。自宅の鍵をスーツケースの奥底に入れておいたのだ。
このままでは松戸に帰宅しても部屋に入れない。成田のホテルに一泊するか?
さて、困った。至急不動産屋に電話をし、事情を話した。もし予備の鍵があるならば取りあえず今晩貸して欲しい。
ところが予備の鍵は不動産屋は管理していない。大家さんが持っている。ところがこの日に限って大家さんが出掛けていた。いつ戻るか分からないという。

不安と中途半端な気持ちで京成線に乗り帰宅する事にした。
途中で不動産屋から電話があり、大家さんが戻ってきたと聞きほっとする。
松戸に到着するや早速不動産屋に挨拶をし大家さんの所で予備の鍵を借り部屋に入ることが出来た。
部屋に入ってほっと一安心だが、荷物がまだ届いていないので旅が終わったような気持ちになれないし、疲れも完全に取れない。
翌日荷物も届き、やっと旅行を終えることが出来た。ドタバタ新婚旅行、まさに珍道中!妻にはかなり心配させたが、普通の旅では経験できない出来事の連続で、(時間が経ってみれば)忘れ得ない良い思い出となると信じたい。