96 昭和四十九年の松戸市立北部小学校付近

北部小昔日の松戸
1974(昭和四十九)年を記念して撮影された松戸市立北部小学校付近の空中写真。近所にお住まいのY様より

1974(昭和四十九)年松戸市立北部小学校

ページトップの写真は1974(昭和四十九)年を記念して撮影された松戸市立北部小学校付近の空中写真。度々ご意見箱で発言をしてくださるご近所にお住まいのY様より頂いた。
誠にありがとうございます。

北部小学校を松戸駅方面から北松戸駅方面(南西から北東方向)に向かって見ている。写真には現れてないが、写真の右外側には新坂川が流れ常磐線の線路がある。又、この写真撮影三年前に完成した「しんはま跨線橋」がこの写真には現われていない。この「しんはま跨線橋」は常磐線複々線(つまり千代田線乗り入れの各駅停車の線路の事)が出来、線路敷き幅が拡張された。

これにより、竹ヶ花踏切を閉鎖、その代わりに旧水戸街道を南花島付近で「かじ坂(さが)」方面に繋げた。

懐かしい建物が見える

北部小学校旧正門付近角には堀江食堂の建物が見える。堀江食堂の先の4~5階建てのビルは千葉相互銀行の寮。千葉相互銀行の寮のさらに先のビルは平林産婦人科。1967(昭和四十二)年頃、ヤマザキパンとの間の区画(竹ヶ花西町一帯)には殆ど建物がなく更地だった。その僅か7年後、写真の1974(昭和四十九)年には御覧の通り建物が密集し現在の状況と殆ど変わらなくなっている。

北部小学校の校庭を見る。校庭内は新校舎が雁行型に配置され、体育館も完成し、プレハブ教室が五棟見える。Yさんによれば敷地左上の給食室付近に新校舎建設中だったそうだ。北部小学校に通学していた頃、三年生までは木造旧校舎で勉強。

私が小学生の頃北部小の火事があった

1966年北部小

国土地理院空中写真1966年

この写真は国土地理院の空中写真(1966年)、火災前の旧校舎の頃、校庭の南西側に並んでいるのがプレハブ校舎、校庭右上が何となく仮囲いで囲まれた工事現場の様になっている場所があるが、新校舎を建設中だった様子が分かる。

1965年或いは1966年に鉄筋コンクリート構造の新校舎建設工事が始まった。その為、小学校四年生の我々はプレハブ校舎で学ぶことになった。当時のプレハブ校舎は校庭南西の現在の正門付近。プレハブ校舎は夏暑く、冬寒い劣悪環境。床もコンパネのような材料なので愛着も湧かない。あのプレハブ校舎のおかげで暫くの間はプレハブ=安普請という構図で見るようになった。当時は空調設備などなかったがもし木造校舎であれば天井は高く風の通りも良った。

旧木造校舎のほうが環境が良かった

木造校舎は少なくともプレハブよりは段違いに環境が良かった。新校舎が小学五年生になった年に完成、新校舎に入る事が出来た。当時の新校舎は北東の角(写真の右上)の柱4スパン分だけ。

新校舎に入った1967年の12月に北部小学校の火事があり、新校舎以外の木造校舎の大部分が燃えてしまった。1974年の北部小の写真によればすでに新校舎がZ型に完成している。この後、先述した給食室前新校舎及び、体育館の前にも新校舎が出来現在に至る。

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