148 夜泣きそば(チャルメラ)の話

夜鳴きそば昔日の松戸
いらすとやさんのイラスト

夜鳴きそばが松戸市の住宅街に来ていた時代

母がまだ竹ケ花で軽飲食店を経営していた頃なので、昭和39年か40年の頃だったろうか、当時は夜泣きそば屋(チャルメラ)が屋台を引いて住宅街の竹ヶ花までやってきたものだった。多分竹の湯(銭湯)も近くにあったからかもしれない。この夜泣きそばのラーメンが大好きでよく食べた。当時は母が軽食堂を経営していた関係で、残り物のやきそばは夕飯で食べさせられた。

やきそばも嫌いじゃないけど毎日続くと飽きる。そんな時に夜泣きそば屋がチャララ~ララ、チャラララララ~♪とチャルメラの音を鳴らしながらやってくる。屋台に近づくとカーバイトランプ独特の香りが鼻をつく。今だったらちっとも良いにおいだと思わないが、当時はこのカーバイトの臭いが=夜泣きそばの臭いと繋がっていた。

ラーメンを食べる時にオオミズアオの鱗粉も一緒に口にしたら・・・

オオミズアオ

オオミズアオ

この夜泣きそば大好きだった。それまでは竹ケ花にあった桝屋という日本蕎麦屋で作る少し延びたラーメンを食べたことがあったが、作りたてを食べたのはこの時初めてだったと思う。ところが、ある日を境にこの夜泣きそばも食べなくなってしまった。そのきっかけは街路灯だ。当時は街路灯が灯いていると色々な虫が集まってきた。

蛾、カナブン、ウンカその他色々だ。ある日薄水色の羽の大きな蛾(オオミズアオ)が落ちていたので素手で拾った。手に一杯の鱗粉を付けたまま割り箸を持って夜泣きそばを食べたら、その鱗粉も一緒に口に入れてしまった。これが苦いの苦くないの・・・うわ、不味いと思ってはき出した。それ以降、何故か夜泣きそばの味=蛾の鱗粉のイメージが出来上がってしまい、トラウマ状態になり暫く夜泣きそばが来ても食べたいと言わなくなってしまった。

松戸に屋台村出来ませんか?

屋台での食事

いらすとやさんのイラスト

ところで松戸には最近すっかり屋台のお店が無くなってしまった。衛生上の問題なのかもしれないが、少々寂しい。記憶では昭和50年代には松戸駅東口、西口共にラーメン屋台やおでんやさんの屋台があったのを覚えている。定期的に屋台村というのは出来ないものだろうか?例えば高砂通りなどに・・・ラーメン、おでん、日本蕎麦などなんでもよい。

そういえば、7-8年前に高砂通りで〇いどれ祭りが企画され、非常に楽しかった。あの祭りがもう少し定期的に、或いは出来うれば夜に歩道上に小さくても良いので模擬店を開けないものか?十分集客が見込めると思う。

2013年の〇いどれ祭りの様子はこちら!

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