113 松戸の象牙彫師、根付け師 故天野松風さん

天野松風さん昔日の松戸
天野松風さん

竹ヶ花の文化人、天野松風さん

天野松風さんが2014年7月29日に享年96歳で他界された。謹んで哀悼の意を捧げます。

天野さんは象牙彫師、根付け師としてその作品は県の伝統的工芸品として指定されていた。わが実家のある竹ヶ花で竹ヶ花連合会長を長い間されていた。近所の鈴荘さんの奥方が、竹ヶ花の文化人と称していた。以前は我が家から歩いて一分も掛からない場所にお住まいだったが後に小金に引っ越した。雷電神社祭礼のときは必ず来ていた。

ただ、若い頃の私は、こういった地元の文化に全く無頓着だった。四十歳過ぎた頃、やっと気が付き始めたと言って良い。竹ヶ花について、そして松戸について関心を抱くようになり、表の家を作ってきた。その地元研究の延長に天野さんの大きな存在があった。

日本橋高島屋で象牙彫刻展

象

いらすとやさんのイラスト

数年前私は良い出会いがあって、結婚し可愛い娘も生まれた。結婚前の2009年10月に日本橋高島屋で”日本の象牙彫刻展”が開催された。その彫刻展に天野さんの作品が出品されると聞き、婚約者だった現在の妻と一緒に作品を見に行き、天野さんにお会いした。私の天野さんのイメージは怖い人というイメージが強かったが、その時の天野さんを見たら歳のせいかすっかり好々爺になっていたように感じた。作品を見たらあまりに繊細な造りで、これが象牙なのかと驚いた。妻も非常に感心していた。

両面小根付け

根付

天野松風作

我々が結婚するに当たり、記念に根付けを一対作ってもらうことにした。それが上の写真で、両面小根付けと呼ぶ、片面には鬼が、もう片面には福が彫られている。これを以って鬼は外を守り、福は家を守るという意味らしい。結婚にあたり非常に最適な根付を作ってもらった。今でも大切にしている。その後、天野さんには手紙を何度か書いた。それは昔の竹ヶ花についてである。

私の生まれる前の話なので、貴重な話だ。何れ手紙を整理して、表の家に掲載することにしよう。数年後に私と妻と娘でシンガポールに行くことになった。天野さんにはすっかり縁遠くなってしまった。ところが、昨年の暮れに突然訃報が届いた。天野さんは2014年7月29日に享年96歳で永眠された。非常に残念に思う。

松戸よみうり:1989年(平成元年)7月8日号に掲載された天野さんの記事を掲載したい。

「象牙ある限り彫り続ける」(松戸よみうり:1989年7月8日号)
象牙彫刻・根付け師 天野松風さん

天野さん

松戸よみうり:1989年7月8日号より

象牙彫刻、根付け師として、初めて「県伝統的工芸品」に指定されたが、「喜びよりも技術の保存という責任を感じます」 。根付けは、江戸時代から伝わる日本独特の装身具だが、ここ数年でアフリカ象が激減し、牙の輸入量もこれまでの一割に。材料の削減と後継者難に、技術が消滅する危機にある。「伝統工芸というのは、一度途絶えるとそこで終わってしまう。材料のある限り彫り続ける」と先細りでもわずかな望みを託す。
 ”根付け師の名人”とうたわれた父喜久雄さん(号・松月)に師事して、この道四十年。「象牙を手にした時の感触がたまらない」という。象牙彫刻のみに使われる逆刃で、顔が入れ変わる「カラクリ変面」を伝承。今では「変面」技術を持つのはただ一人となった。
いまだに注文は多い。「長男は後を継ぎません。三代目の私で終わりです」と寂し気。市民民生委員と保護士も。本名康郎。71歳 (以上、松戸よみうり:1989年7月8日号より)

天野さんとの手紙のやり取り

松戸市、特に竹ケ花の歴史について天野さんに2度程お手紙を出したことがあった。お返事もありとても勉強になった。いつかその手紙についてもここでお話をしたいと思います。

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