80 松戸駅東口にあって、画期的な価格設定とニンニク臭くないジャンボ餃子の味華オープン

味華昔日の松戸
味華

ネクタイ屋からスタート

大学を卒業し就職する際、両親がお祝いという事でネクタイを一本買ってくれた。東口の伊藤楽器の並び若しくはもう少し扇屋寄りに小さなネクタイ屋があり(確か「寿屋」)ネクタイを買ってくれた。狭い店内で、ネクタイ選びに悩んでいる母に店員がこんな事を言ったそうだ。

「最初のネクタイは地味な方が良い。最初から派手にすると、その後センスが悪くなる」

本当に派手なネクタイから始めると本当にまずいのかどうか私は分からない。

画期的なラーメン屋さん「味華」がオープン

このネクタイ屋はいつしかなくなった。そして、1975年(昭和五十)年松戸駅東口伊藤楽器付近に「味華」が開店した。スナック「純」が入っていたビルの一階だ。社長は飯田さん。ラーメンの常識を破るような価格設定と独特のニンニク抜きのジャンボ餃子が人気。ニンニク臭くない理由から市役所の女性職員にも好まれた様だ。

母によればネクタイ屋「寿屋」でネクタイ選びのアドバイスをくれた人が、この「味華」に転職し調理人として働いていたとのことだった(「味華」が閉店する寸前までこの人は働いていた)。ネクタイ屋がうまくいかなくなって転職したのか?或いはネクタイ屋も「味華」も同系列だったのか(元々社長は味華を開店する前、アクセサリー屋を営業していた)、それが社長だったのか、いまとなっては分からない。

「味華」は華々しくデビューし、数年後長谷川不動産の右隣に移動し新装開店してその場所で何十年と続いた。学生ラーメン二百五十円、華ラーメン二百八十円など、とにかく安かった。妹も度々ジャンボ餃子を買ってきた。食事をするとサービス券がもらえる。これを何枚か集めるとジャンボ餃子?と交換出来た。

ラーメン「無」誕生

ramen mu

ramen mu

1996年頃、松戸駅西口ラーメン激戦区に「味華」系列のラーメン「無」が出来た。出来た当初は系列店とは知らず、餃子がジャンボ餃子だった事と、壁に貼ってあった保健所の営業許可証が「味華」と書かれていた事から気づいた。

中央の調理場を囲みU字型のカウンター席になっていて二十席あった。店長は小泉元首相にちょい似の上野さん。洋食レストランのシェフの様な出で立ちで、背が高く、ダンディでラーメン屋の店長には見えなかった。

いつもテーブルの上に置いてあった生ニンニク、ニンニクつぶし、ニラの辛子味噌和え等があって、好きなだけ入れる事が出来た。「無」のチャーシュー麺の大盛りにジャンボ餃子を注文すると、とても最後まで食べきれなかった。

 

 

「めん組」と競り合っていた頃までは混雑していたが「ラーメン二郎」や「花月嵐」の出現以降、思ったほど混雑しなくなった。店内から遠目に「ラーメン二郎」の行列を見ている店長の姿が印象的だった。ラーメン「無」のラーメンスープは、トンコツ、醤油、味噌の3種類。うまかラーメン(博多ラーメン風味)五百五十円、うまいラーメン(醤油味)五百五十円、味噌ラーメン五百五十円、特製味噌ラーメン六百円、無ラーメン二百八十円、支那そば四百八十円といったメニュー構成だった。八年間続いたこのラーメン「無」は健康上の理由で2004(平成十六)年七月三十一日閉店した。

味華小火

松戸駅東口の味華が小火(ぼや)を出したという噂を2CHで目にした。朝通勤時味華の前を通るとシャッターが閉まったままで、何日経ってもその状態がずっと続いた。その後、改装が始まったかと思うと結局味華ではなく日高屋が開店する事になった。店舗改装時、鉄骨の耐火被覆が剥き出しのが悲惨さを感じた。

飯田社長!味華どうしちゃったの?

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