表の家

つれづれなるままに116


116 Giraffeは!?

最近、三歳半になった娘が習いたての英語や中国語を話す。すごいなあ・・・と思う毎日である。
今の所は何を言わんとしているかは理解している(つもりだ)が、その内分からなくなるのだろうと思う。

ブロークンイングリッシュでここまで来た私は実務的な英語しか使わない。
その為、本来幼稚園児が習うような言葉、例えば giraffe(ジラーフ)なんて単語は接して来なかった。

娘と話し、絵本を読んであげる事でGiraff=キリンだったのね!なんて思いながら過ごしている。
英語の習得には文法が大事だと思う。でも、それよりも大事なのは語彙の豊富さだと思う。
しかしながら、二、三歳の子供が見るような絵本を見て、持って帰る宿題を一緒に勉強すると、いかに自分の英語力(語彙力)が貧弱だったのかが分かる。
娘に笑われないように頑張らなければと思う毎日だ。

初めての海外渡航であるスリランカ常駐以来、仕事上必要な単語は案外限定されていて、その他の単語については知らなくても何とかなった。

スリランカ常駐時は殆ど一から英語を勉強し直したようなものだった。
しかしながらそれは仕事上差し支えないようにするレベル。実は技術者同士の会話はスケッチがあれば何とか済んでしまう。また毎日同じ様な相手と接していると、相手が私のレベルに合わせて話すので何となく会話力が付いたと勘違いする事も少なくない。

そのため、ある日いきなり海外出張や旅行をした際、相手の言っている事がさっぱり分からないという有様になる。
これはどう考えても語彙力、英語力の無い事に起因しているにも関わらず


「この国の英語は訛りが強くて良く分からない。その点スリランカの方が良く分かる。スリランカから国連の議場が出ているくらいだから・・・」

なんて事をほざいてしまう訳だ。
少なくとも私はそんな調子だったと反省している。

初めて、シンガポールに渡航した時がそうだった。
タクシーの運ちゃんが延々と話しかけてくるが、その内容の9割は何を言っているのか分からなかった。打合せもしかりだ。

それで「シンガポールはシングリッシュだから分かりにくい」などと言っていた。
あれから、三十年近く経過した。その後、台湾→イスタンブール→香港→中国と常駐や出張を繰り返し、使っていたのは殆ど英語だった。最初の頃はまともなLetterも書けなかったが、勉強した。

とは言え、良くもここまでブロークンイングリッシュで通した物だと思ってしまう。
三十年ぶりにシンガポールに来て感じた事があった。
それは意外にもシンガポールでは分かりやすい英語を使っていた事だった。
アメリカ渡航の際は相手の英語に付いていくのがやっとだったが、シンガポールでは異なった。
多言語国家というのはそういう処なのかもしれない。

三十年前はシンガポールのタクシー運転手が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
今はむしろ何を言っているのか分からない運転手の方が稀少ではないか?と感じている。
話し好きな運転手は大抵乗車直後に国籍を尋ねられる。とんちんかんな会話によってトラブルを避ける為であろう。

中国人・韓国人に対して日本人の悪口は言えるだろうが、日本人に対しては
「やはり電気製品は日本製が良い、中国製韓国製はすぐ壊れる」
という類の相手に合わせた話をする為だと思う。彼等も客商売だからうまくやっていきたいのだ。

運転手との会話が弾んでくると
「大抵の日本人は英語が話せないが、あなたは違うな」とくすぐるような皮肉めいた事を言われる。しかしながら、褒められている内はまだまだ未熟だという証拠、「Nole!」などと返し、決していい気にならない事だ。