表の家

つれづれなるままに106-110


110 ドナリ六三郎さん

ドナリ六三郎さん
都営地下鉄の駅で次の電車を待っている時だった。
突然老人が地響きがするような大声で「うるさい」と怒鳴った。私は驚き、怒鳴られた方向を見ると女子高校生の三人組がぺちゃくちゃ話しながら歩いていた。
その老人は太った道場六三郎の様な顔立ちでドナリ六三郎さんと呼びたい。ドナリ六三郎さんは怒鳴った後、私の方を向き「今の若いのは全くしょうがねえ・・・ブツブツ」とニコニコ笑いながら言っている。ああ、この人は若い人との精神的な乖離が進んだだけの老人で、頭がおかしい或いは悪質な人ではなさそうだな・・・と感じ、ドナリ六三郎さんに向かって皮肉のつもりで言ってやった。
「あなたの方が余程大声だったよ」

ピンと来ない顔で私を見ている。耳が遠いのだろうか?でも遠かったら女子高生の声も聞こえないはずだ・・・
仕方ないのでもう一度言ってやった。
「あなたの方が大声だったよ」

老人は初めて笑った。
私に心を開いたのか、電車が到着するまで延々と語っていた。
・78歳である事
・今の若者を見ていられなく、駅構内で度々若者に怒鳴ったりけんかになる事
・若い頃は腕っぷしが強く喧嘩っ早かったこと
・浅草でけんかになった時、相手が警察沙汰になるのが怖かったらしく、そのままになってしまった。ただ、久しぶりに相手を殴って拳が痛くて仕方なかった事。
・中国と日本との領土問題の事(ちゃ○こ○などかなり侮蔑用語を使っていた)
・その他諸々


私が小さい頃は銭湯があったせいか、こんな老人にいくらでも会えたし怒鳴られた事もある。もっと身近に居たような気がする。現在はそこまで言ったり、行動に起こす人は少なくなった。危ないからである。
私は黙ってドナリ六三郎さんの話を聞いていたが最後に言った「お気持ち、お話はよく分かります。ただ、今の世の中、危ない人がたくさん居ますから、気をつけてください」
ドナリ六三郎さんはニコリと笑い「ありがと」と言い、到着した電車に乗り込んだ。

109 弱者の意見がまかりとおる妙な時代

「店というものは、以前はそれほど便利じゃなかった。第一、いろいろな性格の人が独自にやっているのだから、まず店側の都合というものが先にたって客はそれに合わせる」
”上野の杜の下”より 色川武大著
このエッセーを読んでなるほどと思ったのは、大型店は便利すぎて面白くない、個人店は店主の都合で動いている事があり、そのわがままな都合に合わせる事は、面倒と言うよりはむしろ面白い事なのだと言った見方です。

2006年頃つれづれなるままにに掲載した”
縦と横のお話 −2”という私の拙文があります。
http://omotenouchi.jp/legacy109.htm#9
このお話しの中で、喫煙して良いかどうか周りの客に尋ねず、マスターに尋ねる客について皮肉を込めて書きました。

店のマスターに喫煙の許しを請う行為は”上野の杜の下”の当時と何ら変わらないのかもしれません。ただ、色川氏が鬼籍に入る1989年くらいまでは,、まだまだ喫煙者にとっては窮屈とは言えない時代だったし、今ほど喫煙者を敬遠するという考え方は一般的ではなかったと思う。まだ、旅客機の中で喫煙席と禁煙席が同居していた時代。

仮に
「ここでタバコを吸わないでくれ」と隣の客に言われたとして、生涯不良少年を自称する色川氏がやめるわけないか・・・。否、晩年の色川氏であれば、意外に席を立ってしまったかもしれない。それは分からないが、ただ言える事は時代が変わったという事という事だ。

一方”縦と横のお話 −2”という話を書いていながらこんな事を書くのは矛盾しているかもしれないが、現代は喫煙者にとって肩身が狭すぎる。自分が元喫煙者だっただけに気の毒とさえ思う事もある。嫌煙権なんてものは理路整然と確立したのではなく、多分極少数派の偏狭な意見がそのまま増長、水ぶくれし、今や常識になってしまった・・・という印象がある。

だから何故嫌煙権は大事なのか?と問うた場合、受動喫煙の弊害など至極尤もらしい答えはあると思うが
「なるほどそれはいけませんね。タバコなど廃絶した方が良い」と言えるような答えがあるとは思えない。

鯨捕獲問題にしても、同様に少数派の偏狭な意見が世界の意見にすり替わってきた感があるが、どうして鯨捕獲は問題があるのか、或いは無いのか?もう一度腰をすえて、冷静に考えてみる必要はあると思う。
今は良きにつけ悪しきにつけ、小さな意見、弱者の意見がまかり通るようになってきた。
一見良いことの様だが、小が大をコントロールする場合の弊害も多いと思う。妙な時代になったものだ。

108 通勤路百景

ここ数年、里山歩きが少なくなった。
理由は色々挙げられるが、生活環境の変化であろうか。
父の他界、妻との出会い、結婚、出産、子育て・・・
とりわけ子供の存在が大きいかもしれないが、今は子育てに集中したいと思う。何故なら可愛いから・・・
2011年5月、本町から根本のマンションに移った。同時に、松戸駅までの通勤経路が少々変わった。
根本交差点→パークタワーマンション→ボックスヒル→松戸駅西口である。
根本の交差点で信号を待つ人、中銀マンションの貫通路を歩く人、パークタワーマンション前の幼稚園バスを出迎える親子、スロープを自転車で登り東口に行く人、吉泉のご主人の朝の仕込み、ボックスヒル前の違法駐車を取り締まるおじさま達。いつもの見慣れた風景である。
通勤時間なので大抵の人は駅方向に向かう。ところがこの時間帯に駅から歩いて来る、つまり我々とは逆方向に歩く人達が居る。松戸でお勤めの方々なのだろうが、一体何処へ向かうのか興味を感じてしまう。フラフラとついて行きたくなるが、通勤でこちらも忙しい。毎日その人達を見ていると彼らの特徴が私の記憶として徐々に刻み込まれていく。例えばこんな人達である:

七等身モンチッチ:駅方面から旧水戸街道沿いに根本の交差点を渡り竹ヶ花方向に向かって行く男性。大抵中銀マンション前ですれ違う。とにかく頭が小さく、7等親に近い。とはいうものの背が高いわけではなく、ただ頭が小さいだけという印象がある。顔は赤ら顔、眉毛から唇までの間だけがモンチッチに似ている、だがモンチッチほど可愛い訳ではない。全くの普通の人だが、どんな仕事をしている人なのか私の野次馬根性を刺激する。
ハツカネズミちゃん:襟の大きな薄グレイ生地のコートに身を包み銀縁の丸眼鏡を掛け、黙々と歩いてくる女性。比較的細面で背は小さい。細長い顔に目の有り様からハツカネズミちゃんと呼びたくなる。多分特技は珠算、暗算で会計の仕事だと見ている。ただし、四月になってから見かけない。
3月中旬、私の帰宅時間(午後10時前後)に新角ビル前で偶然ハツカネズミちゃんを見かけた事があった。お酒を飲んだというより残業で疲れた顔で松戸駅に向かうハツカネズミちゃんだった。また、3月末出勤時間にタクシー乗り場に向かうハツカネズミちゃんの姿を目撃。もし通勤の為だとしたら経済観念のしっかりしてそうなハズカネズミちゃんらしくない行動だった。何らかの理由でキレてしまったのか、落ち込んでいたのか、或いはリストラにあってしまったのか・・・事情は分からないが最近ぱったりと見かけないのでちょっと寂しい。
刈り上げ将棋サン:70前後のいかにも頑固なおじいちゃん。髪は銀髪刈り上げで将棋の駒の様なフェース、秋はチェック柄のセーター、冬は厚手のグレーのジャンパーという出で立ち。ショルダーバッグをタスキに背負い、いかにも頑固な性格そのままに歯を食いしばり、くの字に曲げた両腕を左右に元気よくエッサエッサと振り、前傾姿勢で一直線に歩いている。多分アナログで不器用な人に違いない。あまりに特徴的なおじいちゃんで二三週間見かけなかった時があって、とても心配した。
ジーパン・ビーバー君:私が若干遅くなっても、早くなっても何故かロシア料理”サハリン(ラムセス跡)”の前で会う不思議な男性。
背は低く、髪の毛はベートーベン、厚手のカーキ色ジャンパーにジーンズでウオーキングシューズ、長いショルダーバッグをぶらぶらさせて歩いている。あまりにラフな格好なので、出勤風景には見えない。何故かビーバー系&癒し系のルックスをしている。プレイボーイ系ではないが隅に置けないタイプ。夜、松戸のどこかであった事があるが全然思い出せない。声を掛けて良いのかどうか迷う。もしかして、サマンサクラブが坂川沿いにあった頃会ったかもしれない。

107 生き金、死に金


30代の頃良く通った居酒屋”M”のマスターKちゃんに云われた事があった。

「表の家さんがくると来ないとでは月の売り上げ大違い」

当時は「ふん、うまい事言って」と思っていたが「そんなにくすぐられても行かないよ・・・」とは言わなかった。

”M”には三日にあげず通っていた。
当時はただ行きたいから通っていた。
最近つくづく思うことがある。だから”食い物商売はいけるのだ”と・・・

去年娘が産まれたこともあってめっきり外食(主に飲み代)が減った。妻も同様。
外食が減る事は即ち支出の大半が抑えられる事・・・というごく当たり前の事実を(ここ二年間)収支表を付ける事で思い知った。

30代の私はとにかく飲食への散財で明け暮れていた。
自分の血族が見ているページなので具体的には書けないが、”M”のお店の家賃の半分くらいには達していたかもしれない。
30代前半から40代後半にかけ、松戸の飲食店業界への貢献少なからず・・・と自負している。

ただ、2003年以降”表の家”の題材を探しつつ、松戸の飲み歩きを重ねた事によって豊富な人間関係が構築出来たのも又、事実である。
「あの散財を全部貯金していたら・・・」と呟いたとき、母に言われた。

「松戸の古老、お友達、妻との出会い、加えて素晴らしい結婚式も挙げた。生き金を使ったのだと思った方が良い」

106 バンバンさん復帰

中国に出向していたバンバンさんが昨年末東京に復帰した。
東京にバンバンさんが戻った事で、実に不思議な事なのだがバンバンさん周辺を中心に社内が明るくなったような気がする。実はここ四、五年前から周りがギスギスし始めていた。理由は想像が付くのだが、ここでは書けない。
最近特に感じる事として、組織は組織を構成する10割の人々に10割以上の仕事・成果を要求されると、予想に反し、ギクシャクして出来ることが出来なくなり、うまく回転していかない・・・という事があるように思う。言ってみれば遊びの無い歯車で無理矢理動いているような感じなのかもしれない※1。

それはそれとして、みなさん、働き蟻の働いている姿をじっくり見たことがあるだろうか?
働き蟻が100匹居たとして、全部しっかりと働いているのかと思いきや、実はそのうちの20匹は主力として働き、残りの80匹はただその流れに流されているだけで、その80匹の内、20匹は何もせずサボっているのだとか・・・
さて、それではサボる20匹を除いて残る80匹で働かせれば、少なくともサボる蟻は居なくなる筈だが、残念ながらそうならないらしい。つまり、残りの80匹の中で20%程度に当たる16匹が主力となり働き始め、残りの64匹がただその流れに流されるだけで、64匹の中の16匹はサボるという事になる。
結局、いくらサボる蟻を減らしていっても、サボる蟻が20%、有力に働く蟻が20%現れてしまう。2:6:2
これを
デメリットパレートの法則というらしい。

では実際の人間の職場でこれが当てはまるのかと言えば、2:6:2の通りにはならないにしても必ずサボる人は居るように思う。
経営者としては全スタッフを有力な人員に出来るのはやはり無理があるのかもしれない。結局は、遊びの無い歯車を回すことと同じなのだろう。

随分と話が横道にそれたが、バンバンさんが戻ってきた事でオフィスに潤いが戻ったと述べた。バンバンさんは中国に行く前、右往左往の80%に属していた様に見えたが、今は右往左往の80%と有力な20%を行ったり来たりして居るようにも見える。
現在朝は早く、夜は遅くまで仕事に打ち込んでいる。つまみ食いも少ない。以前と全然違うのだ。
そこで
「どうしたの?」とバンバンさんに聞いてみた。

バンバンさん
「今実家で住んでいるんだ。親が居ると思うといつまでも寝ていられないし、朝食もしっかりとる。夜は夜で、一人住まいの頃は帰宅してから午前3時くらいまで映画を見ていることも少なくなかったけど、実家だと中々そうはいかなくて早く寝てしまうんだ」

ペンペン草「そりゃ、一人住まいやめて、実家で住んだ方が健康的な生活がおくれるよ。その方がバンバンさんの体のためには最適なんじゃないの?別居なんかやめて実家に住みなよ」
※1:遊びが無い歯車というのは今までの常識では無理とされていて、多かれ少なかれ必ず遊び、誤差が生じ、それを基に設計される。これを伝達誤差というが、伝達誤差の歯車が絶対無理かというとどうやらそうでもなく、伝達誤差の無い歯車が研究されすでに出来ているらしい。