表の家

飲み屋あれこれ松戸は楽しい46-50


50 松戸ベンチャーズコンサート @ 阿比留(2007年12月15日 土曜日)

実は、飲み屋あれこれ松戸は楽しいに 掲載しよう掲載しようと思っていた居酒屋コンサートがあった。

あれから、すでに八年経ってしまっい、阿比留も無くなってしまった。

写真を引っ張り出して、記録として残しておこう。


このコンサートをリードしたのはレッテレさん(虹沢さん)で、レッテレさんのホームページによれば、

最初は柏ベンチャーズとの共演のつもりだったが、途中で柏ベンチャーズが都合悪くなってしまい、

急遽下のメンバーで組み松戸ベンチャーズとしての演奏だったらしい。私もとても楽しむことが出来た。


レッテレさん(リードギター担当)

Don佐藤さん(リズムギター担当)

ボブ小浪さん(ベース・ギター)

見留トク二郎さん(ドラムス)

なっつさん(ボーカル、ベース)
 
この人がレッテレさん、リードギターです


この人がDon佐藤さん、リズムを担当してます。切れが良いよ!


この人がボブ小浪さん、ベースギターを担当してます

渋くて格好いいです。


この人が見留トク二郎さん、ドラムスを担当してます

酔虎で似た方を見かけるのだけど、別人だろうか?


そしてこの人がなっつさん、ボーカルの他ベースも一部担当しました。

なっつさんはキーボードも弾きこなす才女です

年配のお客さんも来ている良い雰囲気でした!

49紅ばら(2010年12月閉店)

紅ばら看板
紅ばら
行こうと思って中々いけなくて、結局行けないまま終わったしまった店があり、そして一度だけ行っただけ終わった店もある。
紅ばらは一度行っただけでそれっきりになり、ついに閉店してしまった。
現在の松の木通りはダイエー横のラーメン激戦区から樋野口まで続く広い道を言う。しかしながら、あの道は区画整理の頃に新しく出来た道で、区画整理前には無かった。
女性会館ゆうの直ぐ横にあるS字を描いた道が松の木通りと言ったはずだ。
その松の木通りは平潟まで続く。
旧水戸街道を渡り現在の能登歯科の横にやはりクネッとした道がある(その道の正式名称は忘れた)。
その道は魚七(現在の居酒屋吉泉)先の”開かずの踏切”まで続いていた。
ただ、あの道は区画整理後、道途中にダイエーが出来た事で途切れてしまった。
年配の人によればあの道は通称どぶ板通りと言われたらしい。そして小さな飲み屋が軒を並べていた。
私にとっても、あの道には昔からのイメージがあり、松の木通りにある飲み屋は入って良いのか、いけないのか考えてしまうところがあった。
急な階段
6年前、飲み仲間が良く行く店だというので、一度連れて行って貰ったことがあった。
紅ばらはその名前からしても、何となく入りづらい雰囲気が漂っていたが、実際は気さくで入りやすい店だった事に驚いた。
そして3000円程度で飲み放題、歌い放題だったと思う。
店内には先客が居た。
通称”お兄さん”と呼ばれている人がすでに出来上がってデロデロだったが、唄っていた。このお兄さんの正体はよく分からないが、普通のサラリーマン風だった。ところがいつも酔っぱらっているので話しかける事が出来ない。
一度妻と隣のビル二階のアンシャンテで食後いびきをかいて寝ていた人だった。食事も二人分くらいの量を食べていたが、あまりに集中して食べていたので、話しかけづらかった。店主もいつもの事だからと慣れたものだった。
入り口だったかトイレだったか?
紅ばらはいつからあったのだろうか?
住宅地図で調べたら1962年の地図には無かったが、1970年の住宅地図にはあった。消防署が松戸新田に引っ越したのが1967年で、多分その跡地付近に出来たと思う。つまり1967年ー1970年の間に紅ばらは開業した筈である。2010年12月に閉店したので、40年以上営業していた事になる。初代のママと最後のママが同一人物であったかどうか、聞くことなく閉店してしまった。

48 ラムセス(エジプト料理)-根本交差点付近(閉店)

2008年5月頃のラムセス
飲み屋あれこれ松戸は楽しいに串揚げ屋さん”味”を取り上げたことがあった。2006年にその”味”は廃業してしまったが、”味”の跡にエジプト料理”ラムセス”が誕生した。入り口の外には背の高いラムセス像が置いてあり印象的だった。
そもそもエジプト料理自体、馴染みがない。果たしてどうなんだろうかと思い、「行ったことがあるよ」という人に聞いてみたが、どうもよく分からない。でも気になって仕方ない。ある土曜日の夕方、店内で踊り子さんがベリーダンスを踊っている姿が見えた。実に楽しそうだった。でも、入りにくい店である事には変わりなかった。
2007年の松戸まつりの際、”ラムセス”の企画で駅前通りでベリーダンスを披露、男性の店主らしき人がお店のちらしも配っていた。
ベリーダンスを披露するダンサーの方々(2007年松戸まつり第34回)
同上の松戸まつり(2007年)でお店のチラシを配る店主イスマットさん

あるショットバーで”ラムセス”でバイトをしたという人に出会った。
話を聞くと「内装も調度品も結構お金を掛けていた。そして店主(イスマット氏)は非常に料理の腕が立つ人で、美味しかった。ただ、商売人としては今一で、ベリーダンスが始まると料理そっちのけ、お客そっちのけで一緒に踊り出してしまい、はらはらした」との事だった。
後に店主のイスマット氏がエジプトに帰国する事になり、店をたたんだ。2008年9月頃の事だ。
この”ラムセス”の店及び料理レシピを引き継いだのはサハリン出身のロシア人オーナーだった。
暫くは”ラムセス”という名前でレシピを引き継いだエジプト料理とロシア料理を同じ内装で営業していた様である。
徐々に内装や調度品を変え、現在は”サハリン”という名前で営業している。
この”サハリン”の料理人はロシア出身のMさんで、店がはねた後、某中華居酒屋で時々見かける。

”ラムセス”の時は入ったことが無かったが、”サハリン”になってから一度入り、軽くパテ、その他料理を食べた。食べやすくて美味しかった。
店名が”サハリン”に変わった後、外のラムセス像は暫くそのまま置かれていたが、ある日店舗横のゴミ捨て場に寂しそうに横たわっていた。

47 店名の無い中華居酒屋"I"(松戸飲み屋街)

残業で深夜12時過ぎになった時など、ちょいと一杯だけ飲んで帰りたい。
でも明日のことを考えると、長居はしたくないと思う事がある。

こういう時に便利なのはやはり立ち飲み屋さんだと思う。でもいきつけの立ち飲み屋さんが閉店していたら、あなたはどうする?
そういう時についフラフラと行ってしまうのが、店名の無い中華居酒屋"I"
松戸駅西口、金松堂の並びの松戸飲み屋街の一角で元々ラーメン大学があったところが、今は店名の無い中華居酒屋になっている。

「どうして店名つけないの?」と店主のIさんに聞くと、「どうでも良いんだ」そうです。
ただ、営業許可を取るときに屋号が必要で、確かラーメン大学のままになっていると言っていた・・・・ような気がする。忘れた!ごめんなさい。

オープンしたのは今年(2011年)の1月くらいではないか?と思う。
今まで何度も登場している
オートリバース(=壊れた蓄音機)のコーちゃんに松戸本町でばったり会い、連れてきてもらった。オートリバース(=壊れた蓄音機)のコーちゃんは板前なので、料理の事はなかなかうるさくて、良い店を知っている。連れてきてもらう前から、評判は聞いていたので一度行ってみようとは思っていたが、コーチャンに連れてきていただき幸い。

店主の"I"さんは松戸西口のあの高層ビルの上にあった"Nホテル"が経営していたレストラン(回りくどくてごめん)の中華シェフだった人で、越後湯沢の"N"でもシェフをしていたすごい方。同時にお酒大好き人間なので松戸の東口界隈の飲み屋では良く飲みに来る単なる客だったそうだ。

"I"さんが通った東口のお店の店主は"I"さんの本当の職業を知らなかった為、中華居酒屋"I"の開店を知った時は
「あの人料理出来るの?」と思ったそうで笑ってしまう。
"I"は当初一人でお店を切り盛りしていたが、本人は営業の為(或いは飲みたいだけ?)フットワーク軽く色々なお店に顔を出したいらしい。

そこで二、三ヶ月前から大都会に居たOさんがお店に立っている。Oさんが大都会に居た当時、Oさんの事を認識はしていたが、どんな人物か全く知らなかった。それが、名前の無い中華居酒屋"I"で働き始めて以降、かなり面白い人だという事を知った。最近は話題豊富なOさんのトークを聞くのが楽しみで通っているような調子である。
ただ、Oさんがカウンターに立ってからは、"I"さんがあまりお店に居なくなったのがちょっと寂しいけれど・・・

46. 創作料理 五郎や (古ヶ崎三丁目)

松戸駅を降りると、駅前で居酒屋の呼び込みをされる事がある。ただ、そういうお店はチェーン店が多い。チェーン店は安さを追求している場合が多い。安さという事を追求するなら家で飲めば居酒屋の比ではない。家でなく外で飲もうという理由は酒やつまみを超えた、店主や常連客との会話や横の繋がりに乗る事だと思う。チェーン店の居酒屋でもそういう事も可能かもしれないが、やはり個人店にはかなわない。

例えば、行きつけのお店で飲んでいると他の個人店の店主が閉店後や休みの日に飲みにやってきて飲んでいる風景をよく見かける。これはお店同士の横の繋がりという訳だ。それは店主だけでなく従業員同士もそれぞれの店に行ったり来たりして交流があるんだな。初めての個人店にいきなり行けば私は単なるいちげんの客で会話が成立するまで時間がかかるが、店同士の交流の輪に乗って初めての店に行ったとしても最初から知り合い・・・という感じになり、ぐっと入りやすい、話しやすい店になるんだな。また、店同士で活発に行ったり来たりがあるという店はそれだけ将来性のある店で、また店主も若い場合が多い。


そういった意味で、あほうどりの店主も”五郎や”で忘年会をした事があったそうだ。次男房の店主もご近所同士、子供の頃からの友達で度々行き来するらしい。”五郎や”には平成22年の11月頃妻と行った。洋風居酒屋に刺身をはじめとした和のメニューが加わったタイプのお店で創作料理”五郎や”と書かれているが、そんなに肩肘張ったお店ではなく、気さくなお店。三十代の若い夫婦が懸命に動いてサービスしている。奥様もとても感じが良い。日本酒、焼酎、ワイン、スパークリング、そのほか一通りそろっている。

ああ、良い店に来たなあ・・・と思った。
洋+和でメニューを出すスタイルはマザーグースもそうだったが、なかなか魅力がある。私の現在住む根本からは少々距離があり自転車でいく事になる。ただ、ここ半年私の個人的事情で外で飲み歩くことが減った事で、暫く訪れていなかった。
最近、残業で遅くなり松戸に12時過ぎに到着すると一杯飲みたくなりバー・パナシェに行った。その日のパナシェは満席に近い状態で賑やかだった。松戸駅東口のモッツバーの店員やお客さんが来ていたからだ。そんな中で飲んでいるとあほうどりの店主が来店し、暫くして”五郎や”の店主もやってきた。”五郎や”の店主も私の事を覚えていたらしく、嬉しかった。少し話しているうちに再び”五郎や”に行きたくなった。後日、一人で”五郎や”に行くと、相変わらず気さくな奥様がオーダーを取りにきた。その日はツブ貝、ウニ、ミンククジラなどがあり中々魅力的な刺身がある。また、炙りイサキワサビも中々でお酒が進む。この日は洋のメニューは食べなかったが、今度複数人で行ったら、自慢のピザでも頼んでみたい。頑張れ!”五郎や”

五郎や    千葉県松戸市古ヶ崎三丁目3345-3