表の家

つれづれなるままに41-45


45 ホウキの行商と佐野厄除け大師

日暮商店主催、佐野市の酒蔵見学の途上、高速道路の流れが順調で予定より一時間以上佐野に到着してしまった為、佐野厄除け大師に行った。
境内はたくさんの参拝客で溢れ、露天商もたくさんあり栄えているという印象だった。
その中で私の気を引く露天商があった。日用雑貨としてのカゴやザル、ホウキなどを売っている店だった。
柄の短いホウキはきっちり作られて1000円で手頃な値段だった。
買おうか買うまいか……
そこで、以前母がこんな事を言っていたのを思い出した。
「ホウキは行商で売りに来るのが通常で、自ら買いに行くという事はなかった。何故ならホウキが傷んでくると、何処からともなく現れ売りに来るからで、補充されると再び消えていく。ただ最近は来ないわね」と……

安いとは思ったけど、再び松戸に現れる行商さんの為に私は佐野では買わなかった。

44 日本における金の売り方

最近のニュースによると百貨店の売り上げが低迷しているそうでして、12月は全体で9.4%の落ち込みで過去最大なんだそうです。主力の婦人服他宝飾品の落ち込みも激しいとの報道がありました。
百貨店(デパート)というのはやはり女性にとってプライドのガソリンスタンドのような場所、一階メインの売り場には化粧品やブランド商品を並べたり、女性用トイレを充実させたり女性客中心の店作りは常套手段ですなあ。

宝飾品と言えば思い出した事があります。
以前台湾に行き来し、金相場などに興味を持っていた頃(バブル崩壊の頃)のお話です。
当時の金相場はほぼ2000円を切る価格だったと思います。
ある用事で銀座の「M」デパートで金のネックレスを見ていた。
値段は確か6万円だった。
私「これは?」
店員「18金ですね」
私「純金ではないのですか?」
店員「純金では柔らかすぎるので実用的ではないのです。ネックレスとしては18金です」
私「何グラム?」
店員「およそ6グラムくらいだと思います」
私「6グラムx金相場2000円/グラムで、純金だとして12000円。18金という事は金の価値としては9400円弱、それがどうして6万円なんですか?およそ金の価値の6倍になってしまいますが」
店員「技術料です」

結局買わなかったが、金の値段よりも技術料が高いというのは実に技術立国の日本らしい。
私が台湾にいた当時金は金相場*重量+技術料という明瞭会計な方法で売られていた。
金のネックレスも18金ではなく23金で売られていた。従って実用的なネックレスではなく貯蓄の意味合いが強い商品だと考えられていたのだろう。仮に金自体の値段が1万5千円だとすると技術料はせいぜい5千円以下で金自体の値段よりは低かったと思う。
合計二万円程度で購入できる。
台湾で技術料五千円が日本では五万円。いくらブランドの名前がついたからと言って高すぎる買い物だとは思いませんか?しかも18金です。
18金ネックレスと言うのは単なる普段着用アクセサリーに近いはずなので、本当はもっと安くても良いはずなんですが……
こういった商品を日本のデパートで買っていたとしたら、ずいぶん良いお客さんだとは思いませんか?

43 デパート:いくら引いてくれまんの?

デパートで思い出すことがもう一つある。それは「デパートでの値切り」である。一般的に日本のデパートでは値切りには応じないと聞く。関西のデパートでは値切りするらしいという話を聞いたことがあるが、実際にはそこまでしないらしい。
銀座の阪急デパート内、某ブランド店の店長として働いている女性から酒席で伺った事がある。
私「私がお店に伺ったら多少は安くしてくれますか?」
店長「残念ながらそれは出来ませんね。モデル落ち商品のファミリーセールの時は従業員用として出来るんですが……」

香港のデパートで品物を見ているとき「Any discounts? (ところでいくら引いてくれまんの?)」と聞くことはほぼ習慣化していると思う。ただ、同じ店舗でもニューモデル(新製品)で値引きに応じない事もあるし、高級ブランドで強気のお店もあるらしい。男性用普及品の背広、靴、旅行かばんなどは最初から値引き前提で値付けをしていると思える店も少なくない。

そういった延長で松戸のイセタンで閉店間際に7万5千円程度の既製品背広を見ていた。
裾併せを終えた段階で「少し安くなりませんか?」と聞いたらオバタリアン店員は一瞬困った顔をしたが、良いとも悪いとも言わないで`そんな事閉店間際に言わないで〜`的な顔に変化して、そそくさとキャッシャーに連れて行かれてしまった。
これは商品を欲しくなった客の弱みかも……とは思ったが、あのオバタリアン店員さん、私を不愉快にすることなく大したものである。

42 努力によって乗り越えても消える訳ではない

オバマさんの大統領就任はもうすぐですね。有色人種の大統領誕生にはぶったまげたけれど、よくぞアメリカ国民も人種偏見を乗り越えてきたものだと思う。でも乗り越えたとしても偏見が消えて無くなったわけではないかもしれない。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
勤務先は設計事務所としては比較的大手の部類だと思う。
普段はそういう事に気がつかないまま仕事をし、一旦外に出るとその現実を知る事になる。
例えば、あなたが設計事務所勤務をしていて、サンプルが欲しい、見積もりが欲しい、商品知識を得たい、はたまたエレベータの図面を書いてほしい……と思うとする。
これが大手設計事務所であれば、業者が揉み手をしてやってくる。ところが、住宅やアパート等の比較的小規模な建築を扱っている小さな設計事務所であるとそんなに簡単にサンプルや見積もりや商品説明の為に簡単に来社してくれない事がある。

仮に、あなたが大手設計事務所でたくさんの業績を残し、業者の取り巻きも多く、何をするにも周りが何とかしてくれる……という立場であったとする。
ある日あなたは自分で会社を起こそう、独立しようと思ったとする。
取りあえず、最初は従業員は二、三人からスタートだ。
ところが独立した瞬間から取り巻きにしていた業者が見向きもしてくれなくなる。
どの業者もそうだとは言わないが結構はっきりした世界でもある。
私が海外に常駐していた頃、アートワークの見積もりをお願いしたら「見積もりするけれど、見積もり料金を取る」と言われ驚いた事があった。
サンプルだって簡単に持ってこない。「料金を払え」と言われる事もある。仮に無料で持ってきても「使い終わったら返して欲しい」と言われる。
ただ、この点に関してはサンプルを使い捨て的に考えていた我々のぞんざいさを反省するいい機会になったけれど……
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外地滞在中に某メーカーA社のB氏と出会った。
A社は日本においては頻繁に取引あるが、外地においてはA社の製品を使うようなプロジェクトが無く、同時にA社も住宅用途を重視しているらしく殆ど仕事の関係がなかった。
その為利害関係も発生せず設計事務所ー業者という枠から離れた付き合いをしていたつもりだった。
B氏とは話のリズムもあい楽しかったので一緒に食事をしたり日曜日には裏山に登ってBBQを楽しんだりハイキングをした事もあった。当然ながら一緒に飲食をしても接待にはせず、全て割り勘にするようにお願いしていた。その方が気楽に付き合えたからだ。

私の意識としては個人対個人の付き合いでB氏とは付き合っていたつもりだった。
ある日、日本人が経営するパブでB氏とバーボン片手に飲んでいるとB氏がポロッと漏らしたことがあった。
「○○さん(私の事)が今勤務している設計事務所をやめてしまったら、多分こういう付き合いは出来ないかもしれない……」と
多分これは本音かもしれない。この話を聞いたとき少々ショックではあったが、同時に現実なのだとも思った。
利害関係の発生する人物とは努力によって意識的に利害関係を乗り越えられるかもしれない。しかし、たとえ乗り越えても利害関係が消える訳ではない事を知らなければいけないとも言える。

その外地から帰国後数年間、B氏とは頻度は減ったものの付き合いは続いた。
もっとも私が現在の会社にそのまま居るからかもしれないが……
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世界的に経済状況が良くないので、カリスマ的存在のオバマ大統領には期待したいと思う。
有色人種の大統領誕生を祝うと共に是非彼の手腕を拝見したい。

41 デパートの売り子

麹を買いに度々松戸のイセタンに行く事がある。イセタンの地下食品売り場は案外安くて重宝する。地下食品売り場を歩くと思い出すことがある。

学生の頃、主に高島屋関連の職場で売り子のアルバイトした。
日本橋高島屋、横浜高島屋、ニューオータニホテルのサンローゼの三カ所。
一番多かったのは日本橋高島屋の地下の輸入果物売り場で、当時は正面に花園饅頭の売り場があったっけ……
高島屋には独特の符丁があった。
「アリキュウに行きます」は休憩(食事)に行ってきます。
「ジンキュウに行きます」はトイレに行ってきます。
「カワナカさん」は万引き犯

「カワナカさん」は買わなかった(カワナカッタ)事からそういう意味になるらしい。
私が売り場で勤めていた短期間に食事とトイレの符丁は毎日のように使ったが「カワナカさん」を使う機会は一切なかった。
朝、開店前は売り場の準備で結構忙しい。何度も倉庫に行ったり来たりすることがある。
ところがいざ開店のBGMが始まって1分間だったか5分間だったか忘れたが、この間はお客様が入店するのを直立してお迎えしなければならない。これは何処の高島屋に行っても同じ。
事情の分からなかった私は開店BGMがなる中、荷物を載せた台車を勢いよく売り場まで運んでいったものだから、高島屋側の幹部の方々に叱られ、その時始めてそういう決まりがある事を知った。
売り子一年生の頃は「いらっしゃいませ」の声も満足に出ず全くもって余裕が無かったが、一週間もするとすっかり慣れて声もしっかり出るようになる。
売り子の立場からお客さんを見るというのは、良い社会勉強になる。
誰が上客なのか、はたまたそうではないのか、毎日お客さんを見る事によって何かしら分かってくる事がある。
たくさん買うから上客だとは限らない。
一度に五万円、十万円と買ったからといってその場限りで次から来なければ上客とは言えない。
反対に毎回少しでも良いので末長く買ってくれる客の方が店にとっては良い客であるのではないか?
たとえ少額の商品でも他の小売店よりは十分高い事もあるのだから……

高島屋に限らず高級百貨店に来店する客の多くはプライドを背負ってやってくるように見える。
銀座線に乗っている時はそれほど感じないのに、地下鉄日本橋駅から高島屋に入った瞬間に急に顔つきが変わるように思う。
顔に緊張感が走る。中には人を見下すような眼をする人も案外多く見かける。

これは松戸のイセタンでも同じで、ダイエーで買い物している人とイセタンで買い物をしている人の表情を見ると顔の緊張感は全然違う事に気がつく筈だ。
と書きながら、もしかすると自分もそうなのかもしれないと思う。
もし私がそんな顔をしていたらどうぞ笑ってくださいな!