表の家

松戸関連のお宝
松戸競馬


松戸冬季競馬 必勝馬豫報
明治四十一年正月
都新聞 冬季競馬広告
明治四十一年正月

松戸競馬倶楽部:明治四十年〜大正八年の間、松戸市相模台、岩瀬の地に競馬場があった。
大正八年陸軍に接収され陸軍用地になった事で東葛飾郡中山村若宮(現在の市川市若宮)に移転し中山競馬倶楽部となり、昭和十二年に東葛飾郡葛飾村古作(現在の船橋市古作)に馬場が移され、後の中山競馬場となった。
この予報冊子(予想紙)は松戸に競馬場があった頃発行された。

豫報紙の表紙
番組入
東京競馬新報社

豫報紙の奥附
定価金五拾銭
編集発行は 
東京都芝区白金三光町十五番地の山崎さん
となっている。

第三日目 必勝馬豫報
現在のような○●×のような記述は無い。

三日目の第七レースの出走表出走表は各日各々十レース程あり、
キリがないのでこの三日目第七レースのみ掲載したい。

(第三日)午後一時三十分発馬 午後〇時五十分投票締切
第七競馬 内國産馬競争 距離四分ノ三哩
賞 第一着 金四百圓、第二着 金百五拾圓、第三着 金七拾五圓
各内國産馬ノ為ニ設ク重量ハ馬齢ニ依ル
但本會冬季ノ勝馬及當日第六競馬ノ出場馬ヲ除ク

出走馬は三十一頭、そして距離の四分ノ三哩とは
3/4マイルで約1200メートル。
馬名よりも馬主の方が上に書いてあるのが面白い。
馬番はあるけど枠番は無いのも面白い。
騎手も空欄になって自分で書くようになっているんですね。

全文掲載は大変なのでこの程度にさせていただきたい。

松戸競馬場の新聞広告
1908年(明治41)1月7日(火曜日)の都新聞における広告
「冬季競馬
一月十一日、十二日、
十八日、十九日開催
千葉縣松戸町常設馬場
於て晴雨も拘らず開催す
社団法人総武競馬會
追而開催当日 上野停車場より数回臨時列車を発す」