表の家

つれづれなるままに26-30


30 中目黒と桃井サギ江−3

「一度自宅に帰ってから考えさせて下さい」

この一言を発したら、いつのまにか私は数人に取り囲まれていた。
同僚のK女史は隣にいない。
私は椅子に座っている。彼らは照明を背にし立ち上がったまま私を見下ろす。
あの姿勢だけで無言の抑圧を感じる。殆ど脅しに近い。私は怖くなった

「君の人生はそれでいいのか?」
「幸せになりたいと思わないのか?」
「そんなに君はやる気がない人間なのか?」

最後の言葉はカチンと来たが私はぐっと堪えた。
最初は優しそうな人たちだと思っていたが、強引な勧誘は八九三そのものだった。
とにかく反論しようものなら、それを盾に妙な論理で攻めてくる。
これ以上相手をしていられない。怖いけれど私はやっと言った。
「とにかく今日は帰ります」

その後も説得を止めようとしないので、私は気分を害した振りをして、荷物を持って「とにかく時間がありません。失礼します」と言い、無理やり部屋を出ようとしたら、流石にそれ以上は食い下がっては来なかった。

K女史も一緒にマンションを出た。
さかんに「ごめんなさい」と言っている。
結局ごめんなさいと言うのだったら、何故最初からこんな場所に連れてくるのだ?と思ったが、中目黒駅に至る途中のレストランに入り、K女史の話を聞く事にした。
話によれば、K女史はすでに何度かセミナーを受けていて、その組織から生徒の勧誘を義務付けられていたらしい。ノルマがあるらしく、私に白羽の矢が立った。実は、社内でもほかに数人この誘いに乗っていった人も何人かいるらしい。

「もうこりごりだから、これ以上誘わないで」と言い、帰宅した。
ところが翌日から、会社に電話がかかってきたのだった。
例の桃井サギ江からだ。それから毎日電話があった。
「ああいえば、こういう、こういえばジョウユウ」状態で流石に敵わないので、電話がかかってきても相手をせず、会話も一切せず、「興味ありません」と言い、電話を切る…を繰り返した。
そのうちに諦めたらしく、電話も掛ってこなくなった。
同僚のK女史もいつしか退職した。もしかすると勧誘の事で社内で問題化したからかもしれないが、詳しくは分からなかった。

それから半年後、山手線でK女史とばったり会った。
K女史曰く「私たち縁があるのかしら」
私は「どうだかね(心の中ではふざけるな!)」

あなたはこういう経験ありませんか?

29 中目黒と桃井サギ江−2

最初、ほっそりとした真面目そうな30歳前後の男性がお話しを始めた。「あなたは現在の自分に満足してますか?」
「あの時にこういう事をすれば良かったと後悔している事はありませんか?」
と言った類の話である。
私の廻りを見ると「うん、そうだそうだ」と頷いている人が居る。
話は最終的に「○○というコースを受けてから、人生観が変わりました。とても今幸せです。私は是非みなさんにこの事を伝えたくて参りました」と最後はほんのり涙を流しつつ、気持ちを高揚させながら話を締めくくっていた。

次に桃井かおり似の女性が現れ説明を始めた(以下、桃井サギ江)。
桃井サギ江は「この催しは信頼出来る。あなたの充実した毎日が待っている」と言った主旨の話をして、徐々に具体的な勧誘話を始めていた。話が頂点を迎えた頃「今のまま人生の目標なく過ごしていたら、あなたの人生は真っ暗」と突き落とされる。

そして「○○さんは不幸な人生のままで妥協したまま生きていくのか?それとも改善して良い方向に持っていきたいのか?」といつのまにか二つに一つの選択肢から選ばせるよう誘導し、一人ずつ指さして質問する。
すでに受講者は「現状に妥協するor改善する」から選ばせられたら後者の「改善する」を選ばざるを得ない気持ちにさせられている。
指を差された一人が感極まった表情で「はい、受講します」
桃井サギ江「勿論、その通りですよね。今の○○さんの気持ちを大切にしましょう。早速この講座を受けましょう……」

桃井サギ江の次の矛先は私に向いた。
席にたくさん座っていると思ったのに、受講候補者は私と隣の彼と二人しかいなかったことに気がついた。

桃井サギ江は私に向かって言った「××さんも勿論受講するわよね」
私は最初から受講するつもりなど毛頭なく、話を聞けば聞くほと胡散臭いやつらだと思っていた。
先程、「はい!受講します」と言った男だってサクラかもしれないのだ。
私は即座に答えずこうやって切り返した。
私「ところでその講座の料金はいかほどでしょうか……」
桃井サギ江「最初のステップがあるのよ。一週間の通いの講座で、合計十三万円」
私「そりゃ、高い。単なるセミナーで十三万円なんて払えない」
桃井サギ江「十三万円で明るい未来が待っているなら素晴らしいじゃない。勿論申し込むわよね」
と言って申込用紙を差し出した。
桃井サギ江「取りあえず名前と住所だけで良いのよ」
私「一度自宅に帰ってから考えさせて下さい」
(つづく)

28 中目黒と桃井サギ江−1

今から十八年ほど前のバブル崩壊前後で景気がまだ良かった頃の話だ。元同僚のK女史(後に退職)に「金曜日に面白い催しがあるの。一緒に行かない?一時間くらいで終わるから、その後一緒に飲みましょうよ」と誘われた。特に断る理由もなかったので同意した。
当日、K女史とともに神谷町から日比谷線に乗り中目黒駅で降りた。
駅から会場までの間に私は質問した。

ペンペン草「何の催しなの?」
K女史「生き方とか人生の目標などを教えて下さる講座なのよ」
ペンペン草「それ、悪徳商法みたいなものなんじゃないの?」
私は今日のこのお誘いに疑問を持ってしまった。
K女史「お誘いがしつこいかもしれないけど、断って良いから……」
私は今日来たことをこの時点で後悔していた。
勧誘がしつこく、しかも断って良いような催しだったら、何故私を呼んだ?そんな気持ちになっていた。
ただ、誘ったK女史の面子も潰れるかもしれない。
会場への道が実に重苦しかったけれど、乗りかかった舟だと思い我慢して付き添うことにした。

会場は中目黒南口から降り、飲食店が建ち並ぶ細い道を東の方に向かった先のマンションの一階の集会場の様な場所だった。
中に入るとK女史の仲間なのだろうか「今晩は」「今晩は」と気さくな感じで声を掛け合っていた。
こちらの気持ちをほぐす目的なのかもしれない。
ホワイトボードが立てかけてあり、折りたたみ椅子がいくつか並べてあるところに座らされた。
周りを見ると私同様、誘われて来てしまったと言った風の人が何人か居た。
(つづく)

27 ピー・クラブだって?!

松戸にコロッケが来た!

ダイエー近くのパチンコ屋さん P-Clubになんとコロッケが来ていた。
あの物まね芸人のコロッケだ。
入口から覗いたら、お立ち台でコロッケとアシスタントの女性達がマイクを持ってお客さんに話し掛けていたが`チンジャラ・チンジャラ`がうるさくて何を言っているのかさっぱり分からない。


手前には携帯電話のカメラを腕高く上げて撮影している人が群れ現代的風景だ。
コロッケは近寄ってみたかったが、店中の空気(つまりタバコ臭)が恐ろしくてとても入る気持ちにならない。

それにしてもP-Club(ピー・クラブ)とは妙ちくりんな名前だ。
多分頭文字のPはパチンコのPのつもりで名付けたのかもしれないが、私には`ピー`は英語の`Pee`つまり`おしっこ`を想像してしまう。
つまり`P-Club`=`おしっこクラブ`と聞こえてしまう。
変なネーミングを付けたものだ。

P-Club(ピー・クラブ)よりもPa-Club(パー・クラブ)の方が原音に近いけれどパー・クラブじゃ誰も来てくれないんだろうなあ……
もっともパチンコでフィーバーした時は例外なく皆、白痴化した顔になっているけれど……

26 髪の毛とガム

「ガムとチョコレートを一緒に食べるとガムが溶ける」

Eurekaの大人の雑学講座
でそんなお話を聴いた。
何でもガムの主成分(植物ワックス、天然チクル、合成酢酸ビニール、エステルガム)は唾液には溶けないけれど油には溶けてしまうとの事。つまり、ガムとチョコレートを一緒に食べるとチョコレートに含まれる成分のカカオバターによってガムが溶けてしまうらしい。さらにマグロのトロとガムを一緒に食べると同様にガムが溶けてしまうらしい。
これを聞いて無性に実験したくなってしまった。

ガムの道路吐き捨てで困っている地区があり、道路にこびりついたガムをヘラで懸命になって掃除しているボランティアの人々をテレビで放映していた事があった。これなど何か油の成分の薬品を使うことで簡単に取れるのかもしれないなあ。

そういえば、こんな話を思い出した。

小学二年生の頃、南花島に住む同級生のA君が私の家に遊びに来た。
私がいたずらっ子でA君の髪の毛にガムを付けてしまった。
やってみれば分かるが髪の毛についたガムは簡単に取れない。仕方ないので、やきそば屋を自営していた母(当時まだ二十代)に相談したら「お風呂に行ってお湯で洗えば綺麗にとれるんじゃない?」と言われ、二人で竹の湯に行った。
ところが石けんで洗ったり、お湯で流したら、取れるどころかむしろ広がってしまった。

困り果てた私たちは再び我が母に相談した。
「こんなになってしまいました」
ガムの広がってしまった髪の毛を見た母は、思いつきで言った結果を見せられて、かなり慌てたらしい。
その後、何処でどうやってあの知恵を絞り出したのか知らないが、母は石油を持ってきた。
その石油をガムが広がってぐちゃぐちゃになったA君の髪の毛に塗り始めたら
「あ〜ら!不思議」
ガムがボロボロになって取れてしまった。
あの一件は、今でも感心する。