表の家

つれづれなるままに21-25


25 キャッチセールスも敵わない石垣島のアクガ・ツヨシ君

沖縄本土復帰1972(昭和四十七)年から、まだ十年も経たない頃、私の学生生活は始まった。同級生の出身地は日本全国津々浦々であった。その中に沖縄出身の男性が二人居た。一人は授業の出席率が悪く殆ど話した事がなかった。
もう一人は必ず授業には出席していたのですぐ顔見知りになった。
その彼は「石垣島出身だ」と言った。私より数歳年上で、背は低く、眉毛濃く、グリグリ眼、不精髭、服装は貧相で安っぽい、髪の毛バサバサ、住んでいるのは悲惨な木賃アパートで1K、実にむさ苦しい。同級生だからこそ付き合うものの知らなければ、浮浪者だと言われても不思議はない。
性格的にもアクが強く、以下、アクガ・ツヨシ君と呼ぶ。

このアクガ・ツヨシ君はプライド高く勉強の虫でもあった。建築の勉強以上に、私も読まないような社会学、哲学の本を漁るほど読んでいた。
授業の合間にアクガ・ツヨシ君と連れ立って喫茶店に行くと、大抵アクガ・ツヨシ君の独擅場になり、彼の難しい話が始まってしまう。それでも最初は相手をしているのだが徐々に私は単なる聞き役に成り下がる。そして我を失い居眠りを始める。
ふっと気がつきアクガ・ツヨシ君の方を見るとあのグリグリ眼でジ〜と私の眼を見て、ニヤッと笑う。そして再び哲学の話が始まるのだ。

ただ、アクは強いが性格は悪くない。むしろ優しい。
同時に図々しく、すぐに人の懐にス〜っと入ってくるようなところがあった。

一度、我が家に遊びに来た事があった。遊びに来たその日に私の父、母に向かって「お父さん、お母さん」とよぶことに吝かのためらいも、いやみも無かった。
ところが困った事にその翌日から自分の1Kの悲惨なアパートに帰らなくなった。
そして松戸の我が家に「ただいま〜、お母さん」と言って帰ってくるようになってしまった。

そういうアクガ・ツヨシ君の率直さに下町育ちの母も慣れたものだったようだけど、内心「図々しいわね」と思っていたらしい。
そういう日がいつまでも続いてしまった。当時の私はこのアクガ・ツヨシ君に家も両親も乗っ取られるんじゃないか?と不安になってしまったほどだった。
私がアクガ・ツヨシ君に対してこのおかしな状況を打開すべく発言をすると不承不承来なくなったが、若干の不満は漏らしていた。
「本土は違うな!」

ある日、このアクガ・ツヨシ君「面白いセールスに声を掛けられた」という。
それは英語の教材セールスで、喫茶店で散々セールスを聞かされて高額な英語習得教材を売り付けられる。
当時流行ったスタイルの悪徳商法のような商売だった。
「で、どうなった?行ったの?」
アクガ・ツヨシ君「僕は行ったよ。面白そうだから」
「まさか、購入したのか?」
アクガ・ツヨシ君「いや、そんな金ないから買う訳ないよ」

話の顛末を聞いたら、相手のセールスマンを完全にアクガ・ツヨシ君の会話のペースに嵌めてしまったらしい。彼の大得意な社会学、哲学の退屈なお話を延々とそのセールスマンに話して聞かせたのだそうだ。それも二時間三時間と……
話を切り返す間も与えられず、痺れを切らしたセールスマンは何も売れずに退散したのだとか……
実にアクガ・ツヨシ君らしいなあ〜と同級生みんなで感心した。

当時はアクガ・ツヨシ君=沖縄出身者の典型パターンと信じていた。
後に沖縄の仕事で宜野湾に一年間常駐して思ったが、アクガ・ツヨシ君のような性格の人は沖縄には殆ど見かけなかった。むしろ、大人しくて何も言えないタイプの人の方が多く意外だった。


24 「竹ヶ花の竹ヶ花病院です」-うそ下手なアホなオレオレ

小根本に住む○○女史は、土地持ちで車はベンツ(以下ベンツ女史とする)。ある日、そのベンツ女史宅に怪しい電話が入ったそうだ。今から十五年くらい前の話である。

海千山千「千葉県警の海千山千です。○○さんのお宅ですね?」
ベンツ女史「はい、そうです」
海千山千「奥様ですね?」
ベンツ女史「はい、そうです」
海千山千「先程お宅のご主人が今交通事故を起こしまして、被害者の方と病院に行っております」
ベンツ女史「ええ?」

……途中略……

所謂オレオレ詐欺の電話で、最終的に示談金として百万円振り込めという電話だったんだそうだ。
何となく胡散臭いと思ったベンツ女史はこんな風に聞いた。

ベンツ女史「で、何処の病院ですか?」
海千山千「ええと、竹ヶ花の竹ヶ花病院です」
ベンツ女史「はい、わかりました。これから直接竹ヶ花病院に行きます」
海千山千「いえ、あの」
ベンツ女史は電話を切る「ガチャン!」

現在は竹ヶ花の衛生会館正面に産婦人科があるけれど、当時竹ヶ花に病院など一つもなかった。
それだけでも馬鹿馬鹿しい話なんだけれど、小根本在住のベンツ女史もこれは変な話だと気がついていた。
「これから竹ヶ花病院に行きます」と言われてしまった詐欺師も困ったに違いない。

とはいうものの一応、仲良しの我が母に確認の電話をしてきた。
ベンツ女史は「ねえ、今‘主人が交通事故起こしたという変な電話掛かってきたんだけど、竹ヶ花に病院なんてある?」
母「ないわよ!詐欺じゃないの?」
ベンツ女史「そうよねえ〜あはは!」

その後二度と電話は掛かってこなかったそうだ。

23 人間が犬を噛むとニュースになるんだよ

平成十八年十一月十六日付け読売新聞によれば岡山県の六歳の女児が猟犬に噛まれて重体との事。助けようとした十二歳の女児も噛みつかれ軽傷を負ったらしい。身につまされる。私が身代わりになってあげたかった。全く気の毒で可哀相なニュースだと思う。
それにしても犬に噛まれることでニュースになってしまうとは……

私が小学生の頃、先生からニュースについてのお話や説明を受けた。
先生「犬が人間を噛んでもニュースにならないけれど、人間が犬を噛むとニュースになるんだよ」
私たちは「そりゃそうだよ!」と言って笑った。
そりゃそうだよと思った背景には当時放し飼いの犬の存在があった。後に条例で放し飼いが禁止されたと思ったが、空き地や土手、山林などに行くとウロウロしている犬に良く出遭った。犬に追いかけられて、涙ながらに逃げ回るというのは日常茶飯だった。
以前、昔日の松戸で友人のAKさんが江戸川の中州でノラ犬(野犬)に追いかけられた話を書いたが、犬に追いかけられる事は特別珍しい事ではなかったのだ(
昔日の松戸-20)。

放し飼いの犬は恐怖の対象で、外で遊ぶという事は犬に噛み付かれる危険も孕んでいた。私が実際に噛まれた経験はなかったけれど、噛まれた子供達は多かったと思う。
従って、殊更に日常茶飯の出来事を「昨日、松戸市竹ヶ花在住の○○ちゃんが犬に噛まれました」というようなニュースが流れるとは思えなかったのだ。
その為「犬が人間を噛んでもニュースにならないけれど、人間が犬を噛むとニュースになるんだよ」と言うのは、つまり一笑に付すような話だったはずなのだ。

あの当時からすでに三十数年経った。松戸市内には放し飼いの犬を殆ど見かけなくなった。
同時に番犬を庭で飼っている家庭も少なくなり、家の前を通りかかるだけで「ワンワン」と吠えられる機会も数えるほどになった。その割りにはペットショップは健在だ。
多分「番犬として外で飼っていた世代はすでに飼うことを止め、逆にペットとして家の中で飼っている若い世代が増えた」という事を意味するのかもしれない(もっとも若い世代ばかりかどうかは言えないけど)。
反論されそうだが、私はいまだに家の中で犬を飼うという事が理解出来ないでいる。
犬のイメージも変わった。私の子供の頃「犬は怖い」という印象があったが、今は「可愛い!」の対象になっている。

京葉ガスのビルから市役所に上がるところにポインター犬を飼っている家があり、よく吠えられた。
あの犬が居なくなってから久しいなあ〜!

22 路上セールスには気をつけよう

ある晩、私は虎ノ門、10森ビルの裏付近を歩いていた。そこにスーっと車が一台通りすぎて止まると、運転席から窓を開け背広姿の男性が私に声をかけた。
「すいません、お伺いします」
私は道でも尋ねられるのだと思った。
私「はい、何ですか?」
私が答えるとその男は車から出てきた。男はダブルの背広姿で恰幅が良い(以下ダブル氏)

ダブル氏「実は時計・宝飾品展示会場からの帰りなんです。高級品なんですがいくつか売れ残ってしまったんです」
私「それで?」
ダブル氏「安くしますので、買ってもらえませんか?」

口調は軽いが何となく胡散臭そうだった。

ダブル氏は矢継ぎ早に品物を見せた。
それはオメガ或いはロレックスのペアウオッチだったと思う。その当時は持てないブランドの時計だった。
ダブル氏「これをセットで十万円程で何とか買っていただけませんか?」
ダブル氏「もし十万円では無理でしたら一つだけでも結構ですよ」

この時計がもし本物だったら、一つ五万円というのは破格だと思う。
ところが、夕暮れ時で辺りは暗い。ビルから漏れる照明でキラキラとして何となく高級そうに見えるが、果たして本物かどうかは何とも言えない。

私「いや、突然そんなこと言われてもお金が無いんですよ」
ダブル氏「それでは大まけにまけて一つ三万五千円にしますよ。それだったら納得でしょ?実は帰り道の飲み代が欲しくて」

ドレスウオッチじゃあるまいし、そもそも本物のロレックスやオメガがたとえどんなモデルでもこんな格安で買えない。やはりこれは偽物なのだ。暗闇で売る事自体怪しいし、路上で高級品など買える道理がない。

私「本当に無いんですよ」
ダブル氏「じゃあ、いくらお持ちですか」
ここで私はお金を数える必要はなかったのだけど、数えてしまい相手に再び口実を与えてしまった。
ダブル氏「七千円ですか。それでは時計は無理だから、純金のネックレスはいかがですか?奥さまにどうぞ」

結局私はこの勧誘を断った。断って正解だったが、後日松戸の土屋家具センター付近の坂道で近所の奥様が同じ手口の時計を買ってしまったとのうわさが流れた。
これも夕暮れ時だったらしい。
持ち帰った後、購入した時計を明るいところで見たら、いかにも品質が低くて偽物そのものだったのだそうだ。

21 ケンポナシの甘さ

小石川植物園の柴田記念館で市民セミナーが催された。
講師は理化学研究所植物科学研究センターの出村拓博士。
「地球を救うスーパー樹木の開発 −植物バイオテクノロジーへの期待−」という題名でかなり興味津々だった。
バイオテクノロジーの広い範囲について二時間でお話ししていただいたのでかなり大変だったと思う。農作物だけでなく樹木もバイオテクノロジーの対象になっていて、バイオマスとしての役目など幅広いらしい。
遺伝子組み換えによる耐薬品性、耐農薬性、防虫性などの話に於いて私は一番の懸念を持っていた。つまり、人為的に強い植物を作ってしまって、植物の棲み分け、生態系のバランスが崩れてしまう事だ。これについて講演の後質問したが「それは気をつけなくてはいけない問題です」と直球で帰ってきた。

さて、難しい話はこのくらいにしたい。私が楽しみにしていたのはケンポナシの木であった。果たして熟しているかどうか?
食べてみたら十分熟していた。目立たないように(少しだけ)バリバリ食べてしまった。これが食べられる木だと気づく人は少ないらしい。ほほほ!
園内を見るとキダチダリアが薄ピンク色の花を咲かせていた。ソメイヨシノの紅葉(写真)が素敵でついフラフラ歩いてしまったが、出村先生の講演が終了したのが三時二十分頃であり、小雨が降り始めたこともあり、帰る事にした。
帰り際再びケンポナシの木の処に行き、ちょっと失敬!うふふ!
(注:園内の植物の採取はいけないことになってますのでよろしくお願いします)