表の家

つれづれなるままに86-90


90 泣きっ面に蜂

先日、某石材販売会社の担当者と様々な世間話をした。その担当者は石材入手の為、海外渡航が多く徐々に海外渡航における危険性の話になった。私は自慢ではないが、テロ頻繁の国にもいたし、隣で湾岸戦争をしている国に常駐したり、それなりに危険な思いをしている。話は大いに盛り上がった。私の危険話でまだ書いていない事があればいつか記述したいと思う。
さて、その担当者曰く
「イスラエルでのみ入手出来る石材の購入の為、国境近くの産地まで買い付けに行き、無事石の搬送も終わりました。その後、再び訪れようとしたら、どうやらその地域にミサイルが落ちたらしく、二度と行けない場所になってしまったのです」というお話し。

私はイスラエルに行くというだけで怖いのに、ミサイルが飛んでくる可能性のある地域にまで買い付けに行かなければならない彼らの境遇に同情すると共に業務のダイナミックさにも感服する思いであった。
ただ、言える事は
「生きて帰られて良かったね」「買い付けの仕事並びに搬送も全て終わった後で良かったね」の二つであった。
こんな話を何の躊躇いもなく平気で出来るのは、20代後半に海外にほっぽり出されてしまった為かもしれない。
40歳代までは突然の海外常駐に何の躊躇いも迷いも感じなかった…とまでは言わないが、普通の人よりは平気だったと言える。今でも海外出張であれば、いつでも行く用意がある。


ある日、先輩のTさんが困り顔で私に「ミーティングルームに来てくれ」という。

実は勤務先で某目的の為、海外作品の撮影をプロのカメラマンに依頼していた。これは前もって聞いていて、私も段取りの一部を依頼されていた。
今そのカメラマンが来社していて、旅程の事でトラブっているらしい。
促されるようにしてミーティングルームに入るとカメラマンを相手に
パー○モン氏、事務の女性が対応していた。室内の空気が重い。

ここで、泣きっ面に蜂のカメラマン
”泣きっ面の蜂ちゃん(なきっつら・はっちゃん)”に初めて会った。
旅程が問題らしく取りあえず見せてもらった。
カメラマンは全4箇所(合計二カ国)の都市を回るが、四都市を毎日移動し、しかも撮影も完了させる旅程になっていた。
一つの国はマレーシア、もう一つは中国である。それぞれ二都市で合計四都市を回る。


ペンペン草「随分強行軍だね。こんなんだと帰国後死んじゃうよ。何でもっと余裕をみて旅程を組まないの?」
パー○モン氏「忙しい人なんだからこれで良いんだ」
ペンペン草「…」


カメラマンの”泣きっ面の蜂ちゃん”は硬直したまま。

単なる観光旅行だとしても海外渡航は疲労を伴う。ましてや撮影目的であれば機材も多いし、毎日移動するというのは事実上無理である。しかも天候にも左右されるので一発勝負になってしまう。良い撮影が出来るかどうか分からない。
パー○モン氏のスケジュール感は時に無理がある。
”泣きっ面の蜂ちゃん”の情けない顔を眺めながら話し合った結果、スケジュールを改め一箇所に二日半ほど滞在しながら進むことになった。
これでも充分大変だけれども、かなり改善したと思う。
”泣きっ面の蜂ちゃん”は大分落ち着いてきた。


次は現地での対応状況だ。
私は中国の担当都市における対応について、前もって調べていた。


ペンペン草「…中国の**では日本語の分かる人が居ます。ただ、日程によっては居ないかもしれませんので、その場合は英語でお願いします」

”泣きっ面の蜂ちゃん”「えっ?!」と絶句。

彼は中国語はもちろんの事、英語も殆どしゃべれない。海外渡航経験も殆ど無い。
すっかり
”泣きっ面の蜂ちゃん”はパニックに陥ってしまった。泣きっ面にスズメバチがいっせいに集ってしまった様相だった。
頼りないが、普通の人というのは案外こんなものかもしれない。
私の英語は所謂ブロークン・イングリッシュだと思うが、まがりなりにも意思疎通が出来る。

彼は日本語の分かる添乗員或いは通訳を雇いたかったらしい。
自分ではそのつもりだったのに、私が無残にも
「日本語の分かる人が居ないかもしれない」と言ったものだからパニックに陥ってしまったのだ。
旅行は段取りが大切なので撮影許可等、前もって相手先に確認しなければならないことは山ほどある。これがうまく出来なければ撮影は中断しなければならない。
それは良く分かるけれど、海外渡航の一から十まで段取り、お膳立てし、説明するのは流石に疲れる。まるで旅行会社の社員になったようだった。

一応の段取りは組み終わったが、果たして無事撮影旅行を終えてくるだろうか?

89 ブランドとコピー


先日、香港から渡航してきた知人と、ブランド品とコピー商品の話しになった。

香港は他人の持ち物(時計やカバンなど)をまじまじと見られ値踏みされるようなところがあって、地位なりに持ち物も変わらないと馬鹿にされる・・・と人から脅され、不快感を感じたことがあった。
香港のチムシャーチョイ付近を歩いていると「コピー」「ニセモノ」と声を掛けられる事がある。あれは煩わしくて仕方ないが、面子や虚栄心を大切にしたい人がいる限り、コピー商品屋はいまだに商売になるという事かもしれない。


さて、私がまだ20代後半の頃、スリランカからバンコックに渡航する事になった。ところがバンコック市内で、カバンが壊れどうしても代わりのカバンが必要になった。
一時的な応急措置なので、なるべく安いカバンを探そうと、街の個人カバン屋に入ったらシャルルジョルダンの手ごろなハードタイプのボストンバックがあった。聞いてみたら日本円換算で10000円前後だった。本物だったら安いが、偽物だったら高い買い物になる。
そもそもこんな値段で本物など買える訳が無い。もし本物であれば5万円以上するかもしれない。イミテーションを売っている店であることは明白だった。
もし本物であれば(自分の財布の許す範囲内で)適価で買うつもりだ。しかし、偽物に一万円も払うのはどうかと思った。
冗談で買うには高い。

私「おいおい、高いぞもっと安くしろ」
店主「お客さん、シャルル・ジョルダンは高級有名ブランドですぜ!この値段はかなり安いと思いますよ」
私「だって君、イミテーションなのに有名も高級も何もないだろう?もっと安くしろよ」


店主はそういう私の主張に抵抗していたが、そこはそこ売りたい弱みがある。
こちらは別に買わないでも良いという強みがある。
そもそも偽物なぞ買わなくてもカバンは無名のメーカーでも十分良い物がある。
店主は結局4500円くらいまで下げてきた。

私は正札の1/3の値段であれば急場しのぎにコピー商品も止むを得ないと思ったが流石にそこまでは値段を下げなかった。
この時点で私は白けていた。
(シャルルジョルダンが良いかどうかは別として)本物で良い品物は値下げなどしない。
安物で品質の悪い物ほど驚くような値下げをしてくる。
だから交渉中、半額だ!1/3だ!あまりに値を下げられると、本当の正価はいくらなのか疑い始めてしまう。東南アジアで値切りをしながら楽しむというスタイルがあるが、あれは安物買いの銭失いであるとも言える。

私は一応チェックの為に、カバンの蓋を開けてみた。取っ手の固定部分がやけにいい加減に作ってあり、又、縫い目が粗雑だった。
こんな状態だと1ヶ月ともたないと思い結局買うのを思いとどめた。

88 戸定邸と裏木戸


11月6日は戸定祭で、園芸学部の学生さん主催による戸定邸の植物観察会があり妻と参加した。広報まつどには定員二十名と書いてあったが、集まったのは三十人を越えていたと思う。歴史館副館長の齋藤さんも張り切っている。初々しい学生さん達の説明を一生懸命聞こうと参加者も耳を傾けていた。
庭園内の樹木を一つ一つ廻り、シダレザクラの説明の後、戸定邸への裏木戸が開いた。どうやら邸の庭の樹木の説明をするらしい。これはありがたい。邸の庭の中の説明を受けるのは始めてだからだ。


戸定邸への裏木戸をくぐり庭園内に一歩踏み込む瞬間、今年3月14日のウエディングイベントの記憶が沸々と蘇ってきてしまった。森田健作知事や川井市長を始め、甲冑隊、市民劇団、その他たくさんの市民の方々に祝っていただいたあのウエディングイベントである。
ウエディングイベント会場への入場の際、嬉しさと恥ずかしさが渾然一体となった不思議な感覚の中で一歩一歩地面を踏みしめていた・・・

11月6日、今日この日、木戸を潜ったことで、その不思議な感覚が蘇ってしまった。妻にその事を話すと彼女も同様だとの事。ウエディング・イベント当日は緊張のあまり、気がつかなかった事が多く、そういった意味でも本日の庭園の観察はとても有意義だった。
すぐに庭園から出てしまうのかと思ったら、そのまま戸定邸の裏に回り、今まで入ったことのない裏庭を経過して外に出た。

87 北京必殺肩揉み男


15〜6年ほど前、某プロジェクトの為北京に飛んだ。宿泊は北京の国貿飯店。レストランで夕食後、香港人K氏に案内されるままに郊外のパブの様なところへ誘われた。
内装は南国風で、カラオケではなく、お酒を飲んでトークするだけの場所だった。

酔いも回ってきたので、途中でトイレに立った。
ほろ酔い気分で小便器に向かい”あさがおに、したたたりおちる、なんとやら〜”なんて句を唄いつつ、ボーとしていたら、突然両肩をガッ!と掴まれた。

そりゃ〜びっくりした。
「おいおい!したたりおちるものが跳ねちゃうじゃないかよぅ〜」なんて思いつつ、てっきり一緒に飲みに来た連中の仕業だと思った。
後ろを振り返りもせず、全く困った人だ・・・と思っていたら、その人物は何も言わずしっかり肩を掴んだまま両肩を揉み始めたのだ。

おそるおそる振り返ると全く知らない人!
俯き加減に無言で私の肩をもんでいる。
薄気味悪くて酔いも冷めた。ただ、不思議なくらい上手な肩揉みだった。
実はその人この便所専属のマッサージ師でお客さんが来ると肩を揉んでいくばくかのお金をもらう下働きの人だと後で知った。
五分くらいは揉んでいたと思うが随分長く感じた。
「我不要謝謝了、多少銭(もうけっこうですよ。いくらお払いすればいいんですか?)」
具体的な金額は言わなかったが、気持で良いというような事を云ったと思う。私は財布に入っていた20元(約300円程度)を渡した。
北京にも変な商売があるものだ……と感心した。

86 林森大学について


台北市の林森北路沿い、南京東路と長安東路に挟まれたゾーンに有名な大学がある。
称して”
林森大学”。
学科は中国語学科、声楽科、文化風俗学科、社会勉強科などがあり、生徒が自由に課目を選ぶことが出来る。教室によって一応の特色はあるが、基本的構成は何処も変わらない。
詳細な規模は分からないが多分教室が50室以上で、教師は300人を超えると思う。基本的に夜間大学であるが生徒の殆どは日本人。入学式も卒業式も無い。

教室の中には教授、実質的な教室内の指揮誘導を行う助教授(又はチー教授とも言う)、その他多くの教師がいる。
教師の殆どが女性で中国の伝統的服装をしている場合や、最近では自由な服装も多いらしい。
生徒よりも教師の方が概ね若く見える(
しかし、実態は分からない)。
基本的に寄り合い所帯の私立大学であり、運営上の資金が不足する事があり、その場合は教授、助教授、教師並びに教室名全てが変わるので、5年前の同窓会のつもりで行っても、跡形も無いという事も珍しくない。

20歳以上であれば誰でも自由に学ぶことが出来る。学生の殆どは男子で、多分女子も受講できるとは思うが受講している女子の姿を見かける事は殆ど無い(多分、
女子は生徒よりも教師の方が利があるからと思うからかもしれない・・・)。

教室は大抵、夕方授業が始まり、生徒が学びに飽きるまで教室は開いているが、概ね午前3時頃には教室を閉じる。授業時間中であれば、いつ来校しても帰宅しても良い。
あたかも
駅前留学の如く気楽な大学である。

教室に入り、空いた座席につくと教授の指示によって、教師の配置誘導が行われ、担当教師が”不思議と中国語が饒舌になる魔法の水”と共に現れ、授業が始まる。
この
”魔法の水”はスコットランド産が有名で、米国産、日本産などもある。どの産地の効用があるのかは何とも言えない。

”魔法の水”は適度の量を服用すれば効果があるが、あまり大量にとると次第に単なる水にしか感じなくなり、最後は魔法の金縛りに遭い、勉強にならなくなる。又、翌日頭痛に悩むこともあるので注意が必要である。

教師達は毎日のようにこの
”魔法の水”を飲んでいる為か、中国語は堪能である。
生徒よりもむしろ率先してこの
”魔法の水”を(躍起になって)飲む。
そして一刻も早く
”魔法の水”を減らす事が、”教授”から”優秀な教師”として認められる一歩となる。我々生徒も教師に好かれるために「どうぞどうぞ、お飲みください」と勧める事もある。

生徒が少ない日、すでに多くの生徒が帰った後などは、教育熱心な教師達が5人、6人加わってきて(
よってたかって)、この”魔法の水”を減らそうと懸命になる。そんな日は授業料が高額になる覚悟が必要である。
我々生徒はそれに対し(
教師に嫌われるので)批判めいたことは言わない(言えない)。
顔で笑って(
心で泣いて)帰る事が模範的な生徒としての役目である。

声楽科は生徒の人気度が高く、競争率も高いので歌を我先に唄うことが求められる。
担当教師は褒め上手で、決してけなしたりしないので、自分は歌が上手になったと勘違いしがちである。
この為、
「自分は声楽がまだまだ」と思っている人は、余程普段から切磋琢磨して練習していないと寂しい思いをする事になる。歌っている間、順番を待つ他多数のライバル生徒達の拍手がないのは当然として、無駄話の声や笑い声ばかりが教室を轟き渡り、自分の歌が終わったことさえ気がついてもらえない。
無駄話や笑い声の喧噪の中で、自分の担当の教師だけが寂しく拍手してくれるのを聞くにつけ
自分の実力をイヤと言うほど思い知らされる事になる。
全く、
孤独な学科となりうるのだ。

社会勉強科では主に虚構の世界について指導する。教師の語る虚構の世界はきらびやかで、足を取られそうになることもしばしば・・・
この勉強はとても楽しそうに見えるのだが、実は単なる夢の世界であり、社会勉強の慣れない人にとっては、時に夢と現実の境目が分からなくなる場合もある(それは大学側としてはありがたい存在なのだが)。
特に若い頃に社会勉強をせず真面目に仕事に励んでいた人ほど注意が肝要である。

授業料は帰宅する際に支払う。基本的に”その都度払い”である。授業料の構成は、教授によって決められている。
座席に座った時点から授業料が発生し、長居をするといつの間にやら
”不思議と饒舌になる魔法の水”減ってしまうので、あまり長時間の授業はお勧めをしない。授業料の翌月払い(Tsuke)を認めてくれる教授もあるかもしれないが、余程の模範生と成らない限り、それは難しい。模範生になるにもお金が掛かる。

台北市夜間教育委員会夜間社会教育課発行
民国99年7月