表の家

つれづれなるままに81-85


85 台湾乾杯今昔


今年に入ってから、台湾に通う用事が出来た。それにしても久しぶりだ。
台湾に頻繁に通っていたのは1987年〜1990年までの三年間以降、現在の2010年に至るまで台湾への渡航は殆どなく、知人の結婚式があった1999年(台北地震のあった年)に一度行ったきりだった。

台湾において(その他中国大陸でも)、出張で訪問すると、客先に夕飯を誘われる。行き先の土地にもよるが、夕飯を毎晩、昼飯も毎日一緒という事も珍しい事ではない。
反対に我々の会社で日本に外国人のお客さんを受け入れる場合は、接待目的で一度くらいは夕飯の場を用意するが、四六時中食事のお世話をする事は滅多に無い。この点は日本の他社でも同じではないだろうか?
一つには接待するレストランの予算(特に中華レストラン)が中国大陸のそれと比べ、べらぼうに高額になってしまう事も原因しているかもしれない。

先日、台北市林森北路の台湾料理屋”梅子”に誘われた。二十年前も良く通ったが、店の外観は昔と殆ど変わらなかった。
この日は満州生まれの戦前派、満州さん主導の夕飯。満州さん以外の年輩としては、60歳前後(女性)のおしゃれセレブさん他全八人ほど・・・

食事が始まれば、当然ながら乾杯、乾杯が始まる。
日本で乾杯は宴会の最初に行う程度だが、台湾や中国大陸においては飲むごとに行うので少々面倒である。
つまり、乾杯したい相手に”〜先生(〜さん)”と声を掛けてから飲む。飲み干せない人、お酒の強くない人は"随意(sui yi)"と返し、少しずつ飲む。
日本では周りの人にお酒を注ぐ事が礼儀と考える人が多いように思うが、飲む時はそれほど気にしない。逆に台湾では注ぐ事よりも一緒に飲むという行為に重きを置いているような所がある。
これが「乾杯〜!、乾杯〜!、乾杯は続くよどこまでも〜・・・」だ。いくら酒に自信のある人でも、メンバー一人一人から乾杯〜!をされたらひとたまりも無くなる。そんな時は、あまりターゲットにならないように飲んでいた方が良い。


さて、常識と思っていた、この台湾乾杯事情、実は変わりつつあるらしい。
翌日、台北北部の温泉街に行き、おしゃれセレブさん主導でランチをした。満州さん抜きのメンバーだ。
いただいたお酒は赤ワイン。セレブさんは普段、食前酒はスパークリングでスタートするらしい。昨晩は満州さんに歩調を合わせビールを飲み過ぎたので、翌日の今日、再び泡で腹がパンパンにならないようにと、(我々への配慮として)泡の飲み物は止め、赤ワインで通したいという・・・なるほどねえぇ〜

ランチという事もあったのか、乾杯は最初ごく儀礼的に行い、後はめいめいで飲み始めたのだ。こうなってくると日本での飲み方と大差が無い。興味があったので聞いてみることにした。

表の家「現在の台湾で若い人の宴会というとどんなお酒を飲むのですか?紹興酒は飲まないのですか?」
セレブさん「紹興酒を宴会で良く飲んだのは20年くらい前まで・・・今は赤ワインやシャンパン、ウイスキーなどを飲むことが多いわ。それに乾杯乾杯という飲み方は年輩の人に多いのよ」

台湾から20数年も離れていた間に一体何が起こったのだろうか?まるで浦島太郎になったような気持ちになった。

84 変な運転手は誰よ


マイカー生活をやめて久しいが、慣れてしまうとマイカーが欲しいと思わなくなった。
マイカーはあれば確かに便利だが、松戸駅付近に住んでいて、どうしても無いと困るほどでもない。諸経費が馬鹿にならないし、ドライブ先で酒を飲めないのも寂しい。必要な時はタクシー利用で事足りるし、運転する必要性があればレンタカーを借りる。

最近はめっきり減ったが、残業で午前様になるとタクシー帰宅をする事があった。乗車前にローソンで缶酎ハイを買い、一応運転手に「残業で疲れたので後部座席で一杯飲んでも良い?」と聞き乗車する。
乗車すると運転手に話しかけられる事が多いが、大抵の場合運転手の話は面白くないことが多い。面白くないとこちらの話も弾まないから、運転手は同じ話を繰り返す事になる。
話を止めてもらうために「松戸に到着するまで寝ますから、トンネルの辺りまで来たら起こしてね」と告げて寝るが、それでもしつこく話しかけてくる人も居る。

先日、海外出張があり、同僚三人(K君とT君)とタクシーでTCAT(箱崎)に向かった。出発二時間前なので少々慌てていた。タクシーに乗るとルームミラーの上にカメラが付いている。聞けばセキュリティの為らしい。
昼の走行では少ないが、深夜で良くあるのが
”駕篭抜け(料金を支払わず逃げる事)”で、乗車した時に撮影してしまうので、 駕篭抜けをした犯人は写真を手配されるらしい。

運転手「芸能人は乗った瞬間に嫌がる人も居て、『カメラを向けるな』という人もいるんですけど、乗車した時に撮影されてしまっているんですよ・・・それでね・・・こうなって・・・全く・・・○▲×」
それは我々だって良い気持ちはしない。
このカメラの話しから延々と話しが始まりそうだ。
話し好きな運転手らしい。タクシーは大手の”H”タクシー。
私が20代だった頃、ゲーム仲間CPU君のお父さんが”H”タクシーの運転手だった。住まいは市川市鬼高で、度々遊びに行った。

私のコロンボ常駐を皮切りに海外周りが多くなって以降、私からの連絡が減ったこともあって、気がついた時はCPU君の消息が分からなくなり、かれこれ20年近く経ってしまった。鬼高の家も引っ越してしまったらしい。何らかの手がかりが欲しくて、運転手に話しかけた。


表の家「”H”タクシーさんに運転手さんは何人くらいいるの?」
運転手「そうねえ〜都内だけでも何千人…全国だったら…訳が分からないくらい・・・○×・・・△×・・・」


運転手の話が止まらず、私の聞きたいに繋げられない。

表の家「それじゃあぁ〜横の繋がりも無いんでしょうねえ。運転手同士で話しかけたりしないんですか?」

運転手「タクシーの運転手は変な奴が多いんで、事務所に行ったらすぐに出てきてしまうんですよ!それでね・・・だから私・・・困るんですわ・・・あはは・・・○△・・・××・・・」


私の聞きたいポイントに話を持って行きたいのに、どんどん話がずれていく。
この運転手では無理だと思い始めた。次第に無駄話に勢いが付いてしまい、もはや手が付けられない。

タクシーの運転手は変な奴が多い・・・なんて云っているけれど、自分が一番変じゃないのか?と思いつつも運転手の話がいつまでたっても終わらないので、質問は諦め、終始相づちを打つだけに専念した。
K君もT君も同様に運転手の話に辟易したのか終始無言を決め込んでいる。
一刻も早く箱崎に着く事を切願していた。

83  中国出張顛末記-3

さて、A県での仕事も終わり空港のある街G市まで戻る事になった。G市で一泊したら翌日帰国だ。G市までは車で凡そ2時間。
案内人とドライバーに促され、夕方の5時頃「A県で一番良いホテル」を出発。高速道路に乗り、前半は順調だった。ところが高速道路を半分過ぎた頃、突然渋滞になった。
運転手が盛んに電話をし、状況を聞いている。どうやら前方で横転事故があったらしい。約20分後再び動き出したのでほっとしたのも束の間、再び渋滞になった。中々復帰しないのでゲロゲロさんが運転手に聞くと前方で再び事故があったらしい。
高速道路で渋滞し、一旦抜けると皆飛ばして今までの遅れを取り戻そうとする。この為、渋滞の後には事故が起こりやすい。
待てど暮らせどちっとも渋滞が解消されないので運転手が痺れを切らし、高速を降りて一般道を走る事にした。一般道は日本の旧国道一号線(東海道)の様な片側一車線の街道。最初は流れていたが、高速道路でしびれを切らしたその他多くの運転手がこの細い一般道に集中したらしい。徐々に混み始め、再び渋滞した。渋滞すると早く抜けようとする車が対向車線を走り始める。規律無き運転は今よりもっと悪い状態になると思うのだが皆節操なくその行動に出てしまう。このあたりの考え方が日本と違う。
対向車線を走り追い越しを掛けていた車も、いつか必ず対向車と対面してしまう。対向車とぶつかる訳にはいかないから、再び我々の走る進行車線側に割り込もうとする。そんな時に接触事故が起こる。進行車線も対向車線も渋滞集中してしまっては、パトカーだって入ってこられない。パトカーが来なければ解決しないので、立ち往生してにっちもさっちも行かなくなる。
実際そうなってしまった。

以前、無秩序の中の秩序という一文を書いたことがあったが、この日のこの状態は無秩序の中の無秩序でどうしようもない。
現在時間、午後8時半である。出発してから3時間半も経ったのに半分くらいの地点で立ち往生。このままでは深夜になってもホテルに到達出来ないかもしれない。
我々の左手には抜け道らしき道があるが、暗くて良く分からない。運転手が暫く考えて居た。逆方向に戻るのも渋滞でどうにもならない。案内人は一旦車を降りてこの道を調べに行った。
15分程してから案内人が戻って来た。彼によれば確信は無いが左手の道に入れば抜けられるらしい。暫くすると、左手に入ろうとする車が現れた事で運転手に決心が付いたらしく、その車に付いていった。

走り始め暫くして窓外を眺めると、再びA県に戻り始めたらしい。しかし、急がば回れなのかもしれない。
途中で前を走っていた車を見失った。暫く走ると行き止まりの様な場所に出てしまった。同じ道を戻り、運転手が右へ左へと走っていた。そのうち我々は眠くなってしまった。
気がつくと広い道を走っていた。どうやらG市繁華街に入ったらしい。運転手に笑顔が戻った。すでに午後10時半頃過ぎだった。
ホテルには午後11時頃到着した。なんと6時間も車に乗っていたことになる。我々も疲れたが、運転手はもっと疲れたと思う。労いのため食事に誘ったが、「遅いので帰る」という。仕方ないので、「辛苦了!謝々!」と云って別れた。
顛末記おわり。

82  中国出張顛末記-2


翌朝、ハエが飛び回る中華レストランで朝食をとった。
案内人とドライバーに誘導され敷地を見に行くことになった。勿論
ゲロゲロさんも一緒である。
敷地に到着し、一番見晴らしの良い場所に立つと、遙か遠方には甕を逆さにした様な地域独特の山々が連なり、丘と丘に挟まれた谷の部分は溜め池或いは谷津田になっている。台地の斜面は棚田として利用され、起伏に富んでいる。農民が農具を持ち土地を耕し、農耕目的で放牧していると思われる牛が所々に休みほのぼのとしている。のんびりとしたほのぼのとした風景である。

「ふ〜!」
思わずため息をついた。
こんな素晴らしい土地を開発しなければいけないという宿命…
自然を愛する感傷的な気持ちが心を支配し台頭する。美しい物は残したい。しかし同時に食べていかなければならない。設計屋として食べていくには開発に手を染めなければいけない時もある(大抵そうなる)。
職業に付いて回るこの矛盾した命題は常に葛藤の原因となり、しかし正面から対峙しなければならない。
そして結局は開発に手を貸す。

とは云う物のこの素晴らしい景色を撮影しているとあっという間に時間が経った。さあ、もう帰ろうと思った矢先、ある老人が我々の前に立ちはだかり叫んだ。
老人「×××!×△×!」
我々の案内人がその老人に話しかけたが、様子がおかしい。
聞いているとその老人の声が段々大きくなっていくのだ。

私は
ゲロゲロさんに云った「何だか、開発に反対している農民なんじゃないの?」
ゲロゲロさん「うん、どうもまだ買収がスムーズに進んでいないみたい。ゲロゲロ…」

案内人はいつしかこの老人の相手をするのをやめ、ただ無言で歩き始めた。
私は性懲りもなく、どうしても撮影したアングルがあったので撮影していると、老人がもっと大きな声で叫び私に向かって走ってきた。


ゲロゲロさん「表の家さん、撮影はもう止めましょう。撮影するな!と云っているよ。あまり刺激しない方が良い」

叫ぶのを止めない、むしろどんどん大きくなってくる老人の声を聞きつけ他の農民が集まってくる。
我々は農民達とは反対方向に逃げるようにして、すごすごと車に向かう。
あぜ道の様に足場の悪い。開渠あり、ドロドロの場所があり、慌てているので時々ドロに足を突っ込む。そんな道で鋤や鍬を担いで集まってくる農民とすれ違う。あの農具が凶器に替わる瞬間を想像するとそれは恐怖となる。
興奮していない状態の農民であれば、多分素朴な良い人達かもしれない。しかし、一旦集団になるとどう変わるか分からない。
それでも何とか車に戻り、気分的には命からがらで「A県で一番良いホテル」に向かった。

81中国出張顛末記-1


中国語堪能な香港事務所のゲロゲロさんと共に中国南東部のA県という田舎都市を訪れた。
ゲロゲロさんは”海外生活はたまらない 広州編 32" で登場したゲロゲロさんである。
http://omotenouchi.jp/overseas/CCP050.htm

国内線空港から車で2時間のかなり離れた場所だった。
中国の行政地区として省級→地級→県級→市→市轄区→鎮→郷・民族郷という区分けがある。日本で県と云えば市の上位にある行政区画と考えてしまいがちだ。ところが中国では県にも格があり、A県の場合は県級の県ではなくG市の下位の市轄区に値する県らしい。
夜の11時頃、このA県のホテルに到着すると案内人が「A県で一番良いホテルだから…」と云った。
案内人がわざわざ「A県で一番良いホテル」と云うのは、「かなり低いレベルだけれどここしかないのよ」という意味だという事に直ぐ気がついた。

ロビーは全体に薄汚れ、どんよりと暗く従業員が少ない。客室に入ると、古びて、汚れ、少々すえたような臭いのするカーペットが敷かれ裸足で歩くのが怖い。お風呂は排水状態が悪くシャワーブースと便器との間に水溜まりが出来て不潔な感じ。しかも、シャワーブースの扉と便器の間が狭いので、便をする際、足の置き場に困る。シャワーも直ぐお湯が出ない。
窓は何故かアルミでなく硬質プラスティックのサッシでロックがかからない。網戸も付いているが穴が開いて役に立たない。ミニバーなのに冷蔵庫が無く、ただ台の上に飲み物が常温で置かれているだけである。何故かその飲み物の間に(中国の普通のホテルには良く見かけるが)販売用の避妊具まで置かれている。デスク足下の壁から無造作にグレーの長いケーブルがベロンと飛び出していたが、どうやらインターネット用ケーブルらしい。繋いでみると回線状態は悪いが無料で使える。他の設備はひどいものだが、無料インターネット設備がある事だけは感心した。
さて、夜も遅く疲れていたので就寝する。