表の家

つれづれなるままに71-75



75 イカリタメオさんと携帯電話




勤務先、私の比較的付近に伊刈溜夫(いかりためお)さんが居る。正義感に溢れ、曲がったことの嫌いな人。そしてルールに厳しい。デスクには(過去の仕事の蓄積もあり)荷物が多いが、きちんと整理整頓されていて気持ちがよい。几帳面な性格なのであろう。机の上が乱雑になりがちな私としては、ある意味伊刈溜夫(いかりためお)さんの爪の垢でも煎じて飲みたいと思う。
近くに座っている事もあって伊刈溜夫(いかりためお)さんは、怒りをむき出しにしている姿を少なからず見かける。

「つれづれなるままに」に何度か登場したバンバンさんもこの伊刈溜夫(いかりためお)さんの怒りの標的になった事がある。バンバンさんの追い詰められている姿はあまりに哀れであると同時に非常に滑稽だった為、暫くは酒席での笑い話の種にされていた。

電話で怒っている姿も目にする。
失礼かとは思いつつも、ついつい聞き耳を立てると、何度も何度も同じ小言を繰り返している。余程相手が分からない人なのかもしれないが、同時に自分を納得させる為に小言が多くなっているのではないか?と想像する。いずれにしてもそんな怒りの矛先を向けられたいとは思わない。それでも、二十〜三十代の頃に比べれば格段に柔らかくなった。

そんな伊刈溜夫(いかりためお)さん、今日は珍しく遅刻して来た。
ばつが悪そうでありながら、若干の怒りを滲ませながら、伊刈溜夫(いかりためお)さんは囁いた。

伊刈さん「今日山手線の中で携帯電話で話している若い奴がいたから、注意したんだ」
ペンペン草「その携帯男はどんな奴だったの?」
伊刈さん「出張だったらしく、大きなスーツケースを持った若い男だよ。ぞんざいな感じの奴さ」
ペンペン草「へ〜ぇ」
伊刈さん「近くに証人も居たので『警察に行こう』と言ったんだ」
ペンペン草「でも、素直に行くとは言わなかったろ?」
伊刈さん「ああ、『これから出張があるから警察に行っている時間がないです』ときたもんだ。『お前がルールを破ったんだから止むを得ないだろ?』と言ったら、携帯男は嫌々ながらホームに出たんだ」
ペンペン草「良く素直に出たもんだなあ〜」
伊刈さん「ところがだプラットホームに出たけれど訴える駅員も勿論警察官も居ない。困ったなあ〜と思っているところへ反対側の乗り場に京浜東北線が滑り込んできた」
ペンペン草「そしたら?」
伊刈さん「その携帯男が風の様にす〜と京浜東北線の方へ向かったと思ったら、いつの間にか車内に消えて行ってしまったんだよ。それで遅刻という訳さ。」
ペンペン草「う〜ん。伊刈さんの行為は立派だと思うけど、最近は危ない奴も多いから、気をつけてよ!」

相手が相手だけに私は敢えて反論しなかった。
しかしながら電車内で携帯電話で話すことが、警察に訴えるほど悪いことなのだろうか?
事実上日本において電車内での携帯電話通話は敬遠されているし、放送される事もあるし、又、窓にも書かれている。
迷惑行為防止条例という法律もあるが、携帯電話通話はそれには当たらないと思う。

法律やルールというよりはマナーなのかもしれない。日本は何故かマナーにうるさい人が多い。
いつもそれを明文化しようとしているかのように見える。然し、マナーであって法律ではないとしたら、携帯男を警察に届ても警察側も困るに違いない。訴えた人に対する対面を考え、通話をした人に「マナーに厳しい方もいらっしゃいますので、なるべく電車の中では通話を止めていただけませんか?」と言う程度で終わりでは無いのか?


携帯電話の普及


ここ十数年で随分と携帯電話が普及したと思う。
私が初めて携帯電話を購入した1993~4年頃は日本でも携帯電話が普及し始めていたが、現在のように誰もが持っているという時代ではなかったと思う。社内の新しもの好きの人は持っていたが、せいぜい一割以下程度だった筈だ。

その数年後の1996年、私は香港事務所に赴任した。
香港では日本とは比較にならないほど携帯電話の普及率が高く、すでにMTRの中は携帯電話で話す人が多く賑やかだった。大多数の人が携帯電話で話すわけで、‘電車の中で携帯電話を使う事は普通なのだ‘と自然に受け入れてしまう空気があった。

逆に日本の場合はほとんどの人が車内で携帯電話通話をしないだけでなく、そもそも会話も少ないから、社内アナウンスと車両の駆動音しか聞こえない事の方が多い。つまり会話という事に関して言えば静かなのだ。
そういった会話が聞こえない車内で携帯電話通話をすればイヤがおうにも目立つ。
また、日本において目立つという事は概ね嫌がられる事も意味するし、先述したようにマナーにうるさい人も多い。
癪に障るという感じにも近いかもしれない。

とは言うものの個人的な意見を言えば車内で携帯通話をしなければならない時もある。
多分その需要も大きいのではないだろうか?困る外国人も多いと思う。であれば、十把一絡げにマナー違反だから止めろと言うのではなく、むしろ携帯電話を許す車両と禁止車両を奇数車両と偶数車両と言った具合で、作ってしまった方が良いのではないだろうか?

こんな事を書いていると、表の家は、道草亭ペンペン草は車内の携帯電話通話の擁護派なんじゃないか?と言われそうである。しかし、よく考えてみたい。
マナーとは一体何でしょうか?
電車の中で話す事が果たしていけない事なのでしょうか?
「いや、電車の中で話をするのは良いけれど携帯が駄目なんだ」と言う人もいるかもしれない。
では、電車の中で会話をするのと携帯で会話をする事の何がどれだけ違うのでしょうか?
電磁波の問題はあるかもしれないが、電磁波の問題と携帯電話で話す事は全く別問題ではないだろうか?


交差点での出来事


日本という国は面白い国だと思う。
マナーがいつの間にか、暗黙の了解になり、そして規律に変化していくように感じる。ところがそれは結果的に規律にはなりようがなくて`みんなが止めれば、私も止める`式の「右へ習え的慣習」であるとは言えまいか?
日本における`みんなが止めれば、私も止める`式の「右へ習え的慣習」一つの例として信号のある交差点を渡る際、信号が赤の場合道路に車が一台も走っていなくても何故か青になるのを待っている風景を見かける事がある。
長い海外生活から帰った際この風景を見ると非常に奇異に映ったものだ。

さて、この状況の中、信号待ちをしている人の中の一人が渡ってしまったとする。それを見ていた他の人は多分戸惑う筈である。「ああ、私も渡れば良かったかな……」と
その結果、その他の数人が渡ってしまったとする。そうすると先の人は迷い無く「やっぱり私も渡ろう」と言う事になる。
この時点で赤信号では横断をしないというルールが破られた事になる。
ところが日本において「赤信号では横断をしないというルール」が慢性的に壊されるという事はない。
他の交差点に行けば再び同じ光景(つまり車も来ないのに信号待ちをしている風景)が繰り返される。
何故ならば`みんなが止めれば、私も止める`式の「右へ習え的慣習」が日本人の中にあるからだと思う。それが日本なのだと思う。そうではないだろうか?

電車車両内における携帯電話通話は`みんなが止めれば、私も止める`式の「右へ習え的慣習」が強まってしまった結果に違いない。実験的にこういう事をしてみてはどうだろうか?つまりある一つの車内でサクラに携帯電話で通話させるのだ。
仮にサクラが一人だけで車内において携帯電話で話をしていれば、「携帯電話通話はマナー違反だ」と思う人はその他大多数な訳だから、中には注意する人も出てくると思う。
さて、次に数十人のサクラが電車車内で携帯電話で通話させてみるのだ。
つまり自分の回りの人々の大半が携帯電話で通話し始めたらその人はどうなると思いますか?
注意するどころか、多分自分もつられて電話する人も居るんじゃないか?と確信しますがいかがでしょうか?

これは電車の中でも携帯を使わないという行為は結局のところ`みんなが止めれば、私も止める`式の「右へ習え的慣習」に過ぎなくて、回りがOKだったら私もOKなのだという程度の決まり事に過ぎないからだと思いますが、いかがでしょうか?

犬の糞問題も同じだと思う。犬の散歩の際、自分の犬の糞は持ち帰ろう……という運動はすでに定着化してしまったが、これにも似たような部分がないだろうか?なんて考えているといつになっても文章が終わりませんね。

74 優良運転手=ペーパードライバーの不思議

先日、運転免許の更新の為流山免許センターに行った。私はゴールド免許の優良運転手。30分の講習だけで良い。楽々である。
海外常駐が頻繁になって以来自家用車をやめた。中古であろうと新車であろうと乗らなければ粗大ゴミでしかないからだ。松戸駅近辺在住であれば車が無くても生活に不自由は無い。必要不可欠とは言えないわな。それでも車が必要な時はレンタカーで十分事足りる。そんな無自家用車の生活になって14年を超えた。

講習会場で周りの面子を見てふと思った。
果たしてあの優良運転手講習はペーパードライバー専門の講習では無いのか?
私は過去さんざん乗車していたので少なくともペーパードライバーとは言えないと思うが、ただここ数年の乗車距離はせいぜい300km/年程度に過ぎない。
ゴールド免許は確かに無事故無違反かもしれない。然し、殆ど乗車していないが故に無事故無違反であるとするならば、随分と矛盾した話ではあるまいか?


「年間に10,000kmも乗車していながら乗車で減点が一点の人」
「年間に50kmどころか殆ど乗車せず減点0の人」

この二人を比べ、どちらが安全か?と問えば前者は限りなく安全運転の人であり、後者は限りなくグレーの人という事になるのではないか?
そもそも、全然乗らなくても10万km乗っても一人の持ち点が十把一絡げに15点としてしまうところがおかしい。減点制度では年数で緩和があるが、本来は乗車距離で緩和があってしかるべきだと思う。例えば5,000km目で三点減点になったとしても以降30,000kmを無事に乗車運転出来れば、過去の点数がチャラにする。そのくらいの緩和があっても良い筈だ。

独断と偏見ではあるが、優良運転手でゴールド免許を作るとするならば、年間の最低乗車距離を少なくとも1,000km程度はあるべきではないか?いや500kmでも良い。500kmに満たない人は緑色免許で若葉運転手と呼ぶ。緑色免許の人は30分の講習で更新して帰る事が出来るので今まで通りの扱いとする。
乗車距離が500kmを超えていてしかも減点〇の人をゴールド免許、優良運転手と呼ぶ。この方が公平な感じがする。
ただし、途中で減点があっても30000km無事故無違反で走ったら減点を免除する。そんな緩和があってもよい。
そういう考えはいかが?

73 電話セールスとの戦い−止めた方が身のため

電話セールスをからかうような真似(いや、ただ聞いてみたかっただけなんだけど)、しないほうが身のためだねえ〜!やればしつこく食い下がるだけ!
忙しかったので先日、クールポコじゃないけど「やっちまったなあ〜!!」

同僚M君「○○さん、アセ○トの××さんから電話です」
私「何だそれ、何だか怪しいなあ〜、でも分かった電話取るよ」
同僚M君「はい、お願いします」

電話セールス「○○さんですか」
私「はいそうですが」
電話セールス「私、アセ○トという会社のものです。現在、少ない資金で……」
私「住所は?」
電話セールス「え?」
私「アセ○トという会社は何処にあるの?」
電話セールス「東京です」
私「東京の何処?」
電話セールス「豊島区です」
私「豊島区の何処?」
電話セールス「池袋です」
私「池袋の何処、何丁目何番何号?」
電話セールス「そこまでいわないといけないんですか?」
私「そりゃそうですよ。そもそもアセ○トという会社は何者かも分からない」
電話セールス「はい、我が社は少ない資金で……」
私「住所も言えないような氏素性の分からん奴と電話で話す気はないんだよ」
と言い切って電話を切り、夕飯に出かけた。

私はそんな電話の事などすっかり忘れ、約一時間の食事を終え、社に戻り仕事を始めた。
目の前のパソコンの画面を見ると一つの電話メモを見つけた。
「○月○日 ×△時○×分 アセ○トの××さんからの伝言です『後日、一度お伺いします』
何だこりゃ、先程の悪徳商法の営業マンじゃないか?どうやら私が食事に行った後、もう一度電話があったらしい。
それにしても『後日、一度お伺いします』という言葉には相当の威圧感とともに相手を次の段階に誘導する巧妙な手口に値する何かを感じる。多分、本気で伺いに来たりはしないだろうが、どうして精神的な不快感が残る。
そもそもこの世界の人々とは一切関わりたくないが、一応電話を取り次いだ同僚M君にどんな感じで二度目の電話が掛かってきたのか聞いてみた。

同僚M君「いやあ〜一度目に電話を受けた時はやんわりと温和でしたが、二度目に電話を受けたときは打って変わって、ヤクザのようなドスの利いた怒っているような声で『○○さんを出してくれ』と命令口調なんですよ。驚きました。次に今度同じ人から電話があったら、廻さないようにしましょうか?」
私「ありがとう。でも、同じ名前で電話が掛かってくるかどうか分からないし、一々そんな振り分けまで君にお願いするのは無理がある。私に廻しても構わない」

以前、利殖用ワンルームマンションの電話セールスに余計な一言を言った時の事を思い出した(
20電話セールスの撃退 参照)。
くわばらくわばら!

72 江戸川の花火とネクタリン

本日、八月一日は松戸(江戸川)の花火大会。今年は何処から見ようか?三郷松戸大橋か、近所の跨線橋か、会場で間近に見るか?或いはコアラテレビという手もある。
子供の頃は両親に連れられ何度か江戸川の堤防まで花火を見に行った。打ち上げ花火を間近に眺めると確かに迫力があるが、実際首が疲れる。この為、堤防で見る場合は堤防の草むらに寝っ転がって見ると具合が良ったけ……
数年前花火会場付近に行ったら見物客でごった返し、人いきれでむっとする。だから会場付近で見たいと思わない。
コアラテレビならしっかり見られるかもしれないが、冷房の効いた部屋で窓閉めきって花火見物なんてのは、ちっとも風流じゃない。であれば竹ヶ花の跨線橋だろうか?
曾祖母と私
夏のこの時期になるとネクタリンが出回る。甘酸っぱくて美味なので私も大好き。このネクタリンを見ると母はある風景を思い出すという。昭和三十年代初め、我が家は台所に出窓のある平屋の建物だった。江戸川の花火大会の日、この出窓に曾祖母が座り、ネクタリンを食べながら花火を眺めていたと言う。現在は二階の物干しでさえ、元楢原建設ビルや吉祥寺の先のパークマンションが視界を妨げ見られないが、当時は一階の出窓から江戸川の花火が見られたのだ。現在の様に大きな建物も無く松戸市の街並みは概ね二階建て以下の建物が連なるだけで、遠くまで見渡せた。
曾祖母とネクタリン
曾祖母はネクタリン「ケナシモモ」と呼んだそうだ。確かに毛の無い桃に見える。
又、この時期グラジオラスも市場に出回っている。グラジオラスを曾祖母は「ノボリショウブ」と呼んだ。確かに名前の如く菖蒲が縦咲きしているように見える。
「ケナシモモ」「ノボリショウブ」どちらも一般名称ではないかもしれないが、何となく言い得て妙だと思いませんか?

71 閏五月が終わり六月朔日

今日は悪石島で皆既日食が見られるのだそうで、ただ現在松戸方面は雨が降っているが果たして悪石島はいかに?曇り空でもやはり暗くなるのだろうか?同時に本日七月二十二日は旧暦では六月一日。旧暦六月一日という事は朔にあたり、月が太っていく最初の日だから月が見えない日という事になる。
という事は朔の日は太陽、月、地球という位置になり、日食も太陽、月、地球という位置関係になる訳で、言ってみれば日食は旧暦の朔の日に見られる現象という事になるのだろう。
逆に月食とは月、地球、太陽という位置関係にある場合に起きる現象。満月(十五夜)の日も月、地球、太陽という位置関係にある訳で、月食は満月の夜に起きる現象という事になるのかもしれない。

旧暦の暦によれば、昨日で閏五月が終わった。今年は旧暦では13ヶ月もあってこれで一年だった。旧暦というのは面白いですね。閏月というのがあって、五月が二つ続いたのだから……
旧暦を止めた大きな理由の一つにこの閏月の存在が月給制度を取り入れた明治政府の財政を逼迫したらしい。そりゃ、一年が13ヶ月になったらたくさん給料払わないといけない訳で困るわな。ところで旧暦というものが良く分からなくて、何故一年のうち閏月というのが出来てしまうのか調べてみたことがある。大まかにはこんな事だった。

旧暦は何度も形式が変わったが、太陽太陰暦という月の満ち欠けがベースで太陽動きを取り入れた形だったんだそうだ。
月の満ち欠け(朔望月)の長さはほぼ年の平均で言えば29.53059 日、約29.5日という事は29日の月と30日の月を交互に並べれば12回の満ち欠けで一年になる。これを日数で計算すると、29.53059日*12回=354.36708日。でも太陽の一年(一周)とは平均365.24220 日なので、ここに誤差が生じてしまう。
365.24220-354.36708=10.87512日
つまり、月の満ち欠けだけで一年を決めると一年で10~11日一年が早まってしまう。三年で一月ずれて、十六年も経てば夏と冬が逆転してしまう。こりゃ生活上不具合が起きるし農業暦としてもいつ種を植えて良いのかめちゃくちゃになり困る。
この為、三年で30日くらい短くなっていたのを一ヶ月閏月として入れてあげる事で調整してあげた訳だ。また、農業上便利にするために二十四節気というのを取り入れてより分かりやすくした訳だ。
考えて見れば旧暦の方が分かりやすく出来ているなあ〜