表の家

つれづれなるままに11-15


15 これこそエモーション!


先日、自然大好き先輩Sさんに「スペイン・エモーション」なる催しに誘われた。場所はスペイン大使館、勤務先のすぐ近くだ。
西久保巴町の交差点を横切り、トウカエデの並木をくぐり、ホテル・オークラ横の坂を登り向かった。

会場に到着するまで催しの趣旨を知らず、単なるカクテルパーティー程度に思っていたが、B1の展示物を見て「なるほど、エモーション!」であった。LEDで効果的にグラデーション・調光された家具やその他展示物はとても素敵で、是非あらためてじっくり眺めたいアートであった。
屋外の会場に出るとウェルカムドリンクを持った人々が右往左往していた。
大使館ご自慢のパエリアも食べ放題らしい……早く食べたいなあ〜

暫くして来賓の挨拶が続き、建築家伊東豊雄氏のスピーチもあった。これだけでも来た甲斐がある。
催しの後半に、自然大好き先輩のSさんが上気した面持ちでやってきて、
「伊東豊雄さんとツーショットで撮影した」という。
Sさんが伊東豊雄さんに「写真を撮らせてほしい」と申し出たら、伊東豊雄さんは「せっかくだから一緒に撮ろう」と答えたらしい。
伊東豊雄さんは随分と気さくな人らしい。羨ましい。

楽しみのパエリアは……残念ながら、辿りつかなかった。
100人予定のパーティーに、なんと7~800人集まってしまった……と言った感じで庭園の中は人・人・人でごった返している。オードブルを持ったウエイターが群衆の中を廻っている(このオードブルはいただいた)。

遥か彼方にパエリアのテントの光が見えた。
その光は群衆の頭と頭のはざまで陽炎の様に揺らめいて「早くおいで!」と私をいざなう。
パエリアにはそそられるが、とてもあの群衆に並んでまで、食べたいという気持にならなかった。
普段からレストラン前で少人数の列に並ぶ事さえしないのだ。
ましてやあの人数では‘人間の食事とは思えない‘。
あの群衆に平気で並ぶ人々のバイタリティーが羨ましい。
「これこそエモーション!」だとは思うまいか?

14 テロと不運

インドのムンバイで起きたテロ。
殺された日本人も含め、多くの被害者の方々には謹んで哀悼の意を表したい。
炎上していたタージマハールホテル。二十数年前に宿泊したことがある。当時はまだムンバイがボンベイと呼ばれていた時代。
ムンバイは日本で云えば商業の中心の大阪にあたるかもしれない、デリーは政治の中心の東京のようなイメージかもしれない。ニューデリーはきっちり都市計画され整然としている街だったが、ムンバイはもっと開けた自由な印象の街だったと感じた。
さらに陸地に囲まれたデリーに比べ、インド洋に面した半島状のムンバイはまさに海に囲まれた土地の利を感じた。
ちょうど映画「インドへの道」の公開後で、「インドへの道」はムンバイのインド門から印象的に始まる。確かタージマハールホテルも登場したと思う。

あのタージマハールがテロの標的の一つになって炎上した。日本人も殺された。
スリランカに二年間滞在した私にとって、この事件は他人事とは思えない。危険といつもすれ違いで、よくぞここまで生きてこられた。
死亡した方々は運が無かったというほかない。

合掌!

13ドッカァ〜ン、バサバサバサ、ブオ〜ン!-コロンボ、スリランカ


ドッカァ〜ン、バサバサバサ、ブオ〜ン!
場合によってはこういう事もある
ピカッ、ドッカァ〜ン、バサバサバサ、ブオ〜ン!
さて、これは何?

実はこれ、スリランカ滞在時の経験で爆弾テロにあった際に感じる順序。
つまり、
1.爆弾が爆発するとドッカァ〜ンという音がする
2.樹上に止まっていたカラスがバサバサバサと逃げる
3.爆風がブオ〜ン!

何故かこの順序は変わらない。

爆弾テロが起きれば死傷者が出る。この死傷者が目安として100人を超えるとCurfew(外出禁止令)が発令された。

私の滞在二年間の間に発令されたのは一度だけだった。
何時から発令されるかは前もって知らされているため、仕事途中でも慌てて帰宅を急ぐ事になる。
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1987年7月28日のコロンボにおける暴動が起き(この時は爆弾ではなく射殺で)Curfewが発令された。
私は急いで帰宅した。家には一月前に買ったオーストラリア米の備蓄米がある‘筈‘だった。
あの米さえあれば、門番バンダー君と運転手の分も含め二日三日は何とかなる。
その他の食材もあるし悠々自適で帰宅出来る。
帰宅してすぐ門番のバンダー君に聞いた
「私の買ったあの米はあるよな?」
バンダー君「ナッシング、サー!ドッグ、イーティング、サー!(ありません、犬が食べてしまいました)」

「オーマイゴッド!」
耳を疑った。犬に与える餌になってしまったの……?!当時は何故か犬を飼っていたのだ。どうして飼っていたのか今では思い出せない。それにしても餌代が無いなら無いと早く言ってほしかった。何も高価な備蓄米(オーストラリア米)を使わなくても良いのに……
犬の餌用だったらいくらでも安い食材が手に入る筈だ。でも彼らにとって米は米。多分同じ扱いだったのかもしれない。
私は呆れたが、怒るに怒れなかった。
それにしても差し当たりの食べ物がない。その晩は取りあえず家にある煎餅で飢えをしのいだ。
さて、一晩明けて翌朝。我々は行動した。

Curfew(外出禁止令)は文字通り外出ができなくなる。しかし、100%外出禁止という訳ではない。朝の数時間は買い物の為外出が許される。規定通りの時間に行ったら日本食材は底を突くに違いない。仕方ないので朝六時頃ワサンタに運転をさせPark Roadの「ユキ」に向かった。「ユキ」はバーだけでなく日本食料品も扱っている。
早朝に行ったのは「クラブ・ユキ」の女の子のうち何人かはママと一緒に住んでいた事を知っていたからだ。
「ユキ」の扉を叩いたら仲の良かったチャンドリカが現れた。ラッキー!
私は納豆や干物など二三日なんとかなる量の食材を買った。米もあったので買った。
その他に必要な食材はコーネルスーパーに買いに行った。門番や運転手の分も買った。
犬の餌も買った。これで何とかなる。
結局翌日Curfew解除になった。長引いたら困ったことになったが何とかなった。

12 異様に多いマンション営業マン-松戸駅付近


松戸駅周辺マンション販売の営業員が異様に多い。特に駅−ダイエー間に目立つ。
元ラブホテル敷地に建った新しいマンションはオープン後一月程度経つが一向に営業の勢い衰えず、昨晩も十二時過ぎまで明かりが付いていて、路上二箇所で営業マンが顧客に説明をしていた。
果たして売れ行きが悪いのではないだろうか?と詮索気味に考えてしまう。
リーマンショック以来、株価も下がり続けている。倒産している中小企業も多い。
同時に日本版サブプライムと言われる`ゆとりローン`問題。
返却の10年目を迎え、ステップ的利率上昇に伴う支払金額の増加に喘ぎ、ローンの解約も出来ず苦しんでいる人、破綻する人も多いと聞く。
そうなると`ゆとり`とはなんぞやと考えさせられてしまう。

11 ラジカセ料理店はダメ〜!

東武東上線沿線の某駅付近にある居酒屋のお話。観劇後、同行した年輩のスッポンさん(元スッポン料理などを扱っていたお店のご主人で板前さん)とフラフラと夕飯の場所を探していた。
スッポンさんが一つの居酒屋の前で立ち止まった。やけに外観が寂れていたが、スッポンさんが「ここにしようか?」というので、中の活気があれば……と希望を持ちつつ同意した。果たして店内に入ると中も外と同様寂れていた……
雑然としていて何となく所帯じみていて、スッポンさんを見るとわたし同様「失敗したかも?!」という表情だったんだな。

鰯の酢の物がお通しだった。熱燗を飲みつつ一口食べてみると生臭い。スッポンさんも同様に感じているらしく、箸が進まない。一般の客は食べてしまう程度の味かもしれないが、明らかに「刺身が古くなったので酢の物にしました」という味だった。
魚料理(に限らないかもしれないが)は不思議で酢の物や煮物、蒸し物など手を加えた料理にするときは新鮮な素材を使わないと×だ(特に熱を加えると顕著)。刺身は一見鮮度が大切そうに感じるが、少々古くなっても案外だまされる。経験の浅い或いは、料理にこだわりの無い料理人が作るとそういうところで間違ってしまう。
あの酢の物を出すようでは煮物料理も期待出来ないなあ〜。
そうなるとむしろ刺身のを食べる方が良い。少々古くても食べられるからだ。ところがメニューを探してもすぐ見つからない。あれこれ見たら天井の高いところに額装したトラフグとカワハギそれぞれの大きな写真が飾ってあった。
気がつくと各フグ別の食べられる部位食べられない部位の書かれたポスターなどもあった。
スッポンさんと「フグやカワハギがあるんだったら頼みたいね」とブツブツと話す。
ホールのおばさんと店のご主人に「刺身は何があるの?」と聞いたら中トロと鯛、イカがあるという。
「写真のフグやカワハギは無いの?」と聞いたら「それは無い」という。
一縷の望みが絶たれた。

仕方ないので中トロと鯛を盛り合わせてもらう事にした。
それにしてもメニューが雑多で丼物から始まって色々なものを扱っている。一体全体この店は居酒屋なのか何なのか?
そう思いホールのおばちゃんに聞いてみた。
スッポンさん「このお店はふるいの?」
おばちゃん「二十年くらい前かしら」
ペンペン草「二十年前と言えば、バブル前で景気が良い頃ですね?」と水を向けると
おばちゃん「そうなのよ、当時は鰻丼屋としてオープンしたのよ。そりゃあ繁盛したわね。ところが世の中の景気が悪くなるとウナギ屋だけではやっていけなくてね、あれこれ出すようになったのよ。中々難しいわね」

「それでこんなになっちゃったんだね」と言いたかったがそれは胸の中に押しとどめた。
確かに、店内を見ると入口の扉にそれらしき事が書いてあるが、印象は単なる場末の寂れた居酒屋でしかない。
料理屋というのは専門分野或いは自分の得意分野に特化している必要がある。
このたがを外して何でも取り入れラジカセ型料理店になってしまうと途端につまらない店になって寂れるしかない。

中華料理も似たような所があって、四川料理なら四川料理店、北京料理なら北京料理店、上海料理なら上海料理店、小籠包なら小籠包専門店と分野を絞って店を出した方が特色が出て面白い。人気が出て繁盛する店はそういうタイプの店だ。
台湾や香港に行くとこの区分けがはっきりしているので分かりやすい。日本にもそうやって区分けしている店も勿論あるが、大半は単に「中華料理店」であり、結局ラジカセ型中華料理店になってしまっている店が少なくない。

ラジカセ型料理店は「何でも出来るは何にも出来ない!」に陥りがちなんだねぇ〜