表の家

習志野の絵葉書
習志野だより 古絵葉書


通信用・習志野だより
(戦前・昭和十年代以降)
綿 尚愛堂発行

習志野:この地域は中世以来、馬の放牧場であったが明治時代に陸軍の演習場となり(この頃から習志野と呼ばれる)現在では東京へのベッドタウンとなっている。ウィキペディア「習志野」より

タトウ

小松林より霊峰富士を望む
この小松林とは一体どの付近なのかご存じの方はおしえて頂きたく。
又、ウィキペディアの「
習志野」には
演習場の総面積は、約11,550,000m2で、真っ平らな高台が広がっていたため、一望千里習志野平原(いちぼうせんりならしのへいげん)と呼ばれた。実際、富士山や筑波山などが地平線によく見えたという」と書かれている。
この写真でも冨士山が良く見える。

上記「小松林より霊峰富士を望む」写真内に見える飛行機の写真

軍用道路廠舎入口

神田隊駐教記念碑

東新廠舎桜花欄満
葉書には「欄満」と書いてあるが、爛漫の間違いではないか?と思う。

東新廠舎酒保庭園

永久保塁
保塁とは砦・要塞の事。
土塁は土で作られたもので保塁はコンクリートで永久保塁としたのかもしれないが、
多分戦後の習志野地区における宅地造成などで消えてしまったのではないだろうか?

一望千里習志野平野
上記「一望千里習志野平野」の飛行機の写真。
この機種が分かる方はいらっしゃいますか?

この絵葉書はセットものとして神田古本屋街で入手した。