表の家

千葉県役馬利用場 繪はかき


千葉県役馬利用場 繪はかき
推定昭和十年以降〜昭和十八年まで
馬込沢付近

絵葉書タトウ
千葉縣役馬利用場 繪はかき千葉県畜産組合聯合會
「省線船橋駅ヨリ総武鉄道柏行ニ乗替十分間ニテ馬込沢駅ニ下車徒歩ニテ七分(約五丁)」
省線とは鉄道省運営の鉄道の事で現在のJR、総武鉄道とは現在の東武鉄道野田線の事、馬込沢駅は現在船橋市藤原に属するが、馬込沢という地名は鎌ヶ谷市に属する。役馬利用場や精乳園の在った場所は法典村で現在の船橋市藤原に属する。正確な場所は分からないが、現在の法典公民館の付近にあったようだ。
郷土出版社目で見る100年シリーズ「目で見る船橋の100年」に千葉県精乳園の事が記述されており、これによれば「精乳園は昭和四年に設けられた酪農の施設。当時の藤原新田、現在の藤原五丁目・七丁目にまたがり、10ヘクタールほどの広さがあったという。農家から預かった牛の種付けや搾乳をし、牛は約200頭いたという。牛乳は総武線の両国駅や千葉駅で売られたそうである」
ちなみに現在の馬込沢駅周辺はグーグルで検索すると→ 馬込沢駅周辺

絵葉書タトウ裏
千葉県役馬利用場案内
一、目的役場ノ発達ヲ促カシ其ノ利用ヲ進ムル為メ政府ノ施設ト呼応シ役馬利用ニ対スル実際的市道ヲ行ヒ練習生ヲ採用シ、之ニ学科並ニ技術ノ指導ヲナシ質実剛健ナル中堅農民ヲ養成シ其ノ他講習講話會等ヲ開催シ其ノ範ヲ実地ニ縣下農家ニ示シ馬匹ノ向上発達ト役馬利用ノ普及増大ヲ計リ以テ農家ノ福利増進ニ寄与センカ為メ本利用場ヲ設立シタリ
二、場所   千葉縣東葛飾郡法典村
三、事業開始 昭和十年十月一日
四、用地   水田三町歩、畑其ノ他十六町二十歩、合計十九町二十歩トス
五、事業   
  1、練習生ノ養成
    イ、役馬利用ニ関スル学科実験及実習
    ロ、有畜農業ニ関スル学科及実習
    ハ、馬匹其他一般畜産ニ関スル学科実習
    ニ、其他必要ナル事項
  2、役馬利用ニ依ル有畜農業ノ指導
    イ、畜力利用ニ依ル祖飼料栽培並水稲其他蔬菜栽培等
  3、講演、講話、映写會等ノ開催
  4、其他役馬利用ニ依ル有畜農業指導ニ必要ナル事業
六、練習生
  1、採用資格
    イ、本縣在住者ニテ身体強健品行方正思想堅実ナリト認メタル者
    ロ、帝国馬匹協会ヨリ委託ニ依ル者
    ハ、中等程度ノ学校ヲ卒業シタル者但シ中等程度ノ学校を卒業セザル者ト難モ相当ノ学識経験ヲ有スルモノト認メタルモノ
    ニ、練習習得後直チニ農業経営ニ従事スル者
    ホ、年齢満十七才以上ノ男子ニシテ在場中兵役(召集)ニ関係ナキ者
  2、採用人員  二十名ー三十名
  3、採用方法ハ當場ニ照会サレタシ
  4、練習期間中ハ本場ニ寄宿セシメ毎月手当ヲ支給ス
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つまりこの場所は役馬(えきば:馬車馬や耕作などの労役使う馬……大辞泉)についての事、馬匹(ばひつ:馬の事)やその他畜産業に関すること、有畜農業に関する事を学ぶ学校だったようだ。

合宿舎及講堂事務所 (千葉縣役馬利用場)

作業場及厩舎(千葉縣役馬利用場)

練習生水稲運搬並ニ脱穀の実況(千葉縣役馬利用場)

練習生精米ノ実況(千葉縣役馬利用場)

役場利用農具ノ一部
起土ノ実況         水稲運搬並ニ秤量作業(千葉縣役馬利用場)

練習生乗馬運動の実況(千葉縣役馬利用場)
この写真が好きですね。何となくギターを持った渡り鳥がたくさん現れたようなイメージで……

通信面
「きかは便郵」と書かれていれば、通常は昭和七年までに作成されたと推定するが、この施設自体が出来たのが昭和十年なので、多分施設が出来て間もない頃か或いは戦前と考える。