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電車よもやま話1-5 常磐線千代田線のアレコレ 


5 あなたも出来る「電車、座席のゲットの仕方」

通勤で松戸駅のプラットホームに立つ。ホームは人でごった返している。
五分おきくらいに電車が入ってきて、到着→乗降→出発→到着→乗降→出発を繰り返す。

沖縄や海外生活の経験がある身として、たくさんの人が右往左往する、あの激しい渦潮に巻き込ま
れていく状況というのは、まともな神経ではやっていられない。
だからと言ってタクシー通いという訳にも行かない。ただでもフラストレーションのたまりやすい電車、
出来れば座っていきたい。その為には松戸駅発の電車に乗るか、綾瀬駅発の電車に乗るという事
になる。駅始発の電車に乗車する場合、前列に並べば座れる確立も高いが後列では果たして座れ
るのかどうか心配。

車両について:
現在通勤に使っている千代田線の殆どは一車両54席のタイプ(上図参照)が多い。
図のように端から片側3席、7席、7席、7席、3席となっている。
(ただし綾瀬発に58席の車両もあり、この58席の車両の場合は端が4席で片側が4席、7席、7席、
7席、4席となりこの話の対象から外す)

前から4番目の列までに立てば確実に座れる:
仮に上図の入口Bに立つとする。

乗降客は三列縦隊で並び電車の入ってくるのを待つ。
この入口Bから電車に乗り込んだ場合、最前列から4番目までに立つことが出来れば(3列*4=1
2人分)確実に座れる座席数は図中のピンク色の12席のはずだ。
これは単純な算数で簡単。

5番目以降に立った場合:
上記のように4番目まで並べば何とか座れそうなのは分かったが、さて前から5番目以降に立った
場合はどうなるか?
上図を見てほしい。
5番目以降の人々は結果的に上図のグレー色の席を狙う事になる。
入口Bにとってこのグレー色の座席は4席ある。
ただし、これらのグレー席を狙うのは入口Bに並んだ人だけではない。
入口Aと入口Cから乗車した5番目以降の乗降客も狙う。
となると折角残り4席あっても、実際は左右の入口A,Cと半々に分け合うため合計2席しか狙えない
事になる。

つまり前から5番目の列に立つとそれぞれの扉で必ず一人は脱落者が出ることになる。

入口Bの4列目に立っても座席をゲット出来ない場合:
「え?今まで4列目に立てば座れると言ったじゃないか!そんな筈無いだろう」と言う方!
実はそういうケースもある。そのキーを握るのは中央の列に立つ人々の動向。

縦三列で並んでいる場合、左端に並んでいる人はまず間違いなく左の方向に行くとする。
同様に右端に並ぶ人は大抵右方向に行く。
ところが中央の列に立つ人はあいまいです。綺麗に左右に分かれるかと思ったら、全員左、或いは
全員右に行ってしまうこともある。

左の列と中央の列が前から4番目まで全員が左に進んでしまうと合計で8人になる。
ところが左にあるのは確実な6席+グレーの1席であり、合計7人なので一人だけ座れない人が出
てしまう。

入口Aに立った場合の検証:
さて、仮に入口Aに立つとどうなるかと言えば、4列目までの人々が確実に乗れる12席は変わらな
い。
問題は5番目以降に立った場合。入口Aにとってはグレーの席は2席しかない。この2席を入口Bか
ら入る人々と分け合うと確率的に1席残るだけになる。
つまり入口Aの前から5番目の列に立つと三人の内2人が脱落してしまう事になりる。
という事は5列目以降に立つ場合、入口Aではなく入口B又はCの方が一席分有利である事は言うま
でもない。
この微かな確率の違いは席をゲットするために大事な判断材料となる。

やむを得ず5列目以降に立つ場合、何を考えるべきか?:

a:まず入口B又はCに立つこと。
b:中央列に立ち前の人の動きを注視すること

あなたがもし前から5番目に立つ事があるとすれば、左右ではなく真ん中に立つことを推薦する。
いざ電車に乗り込む時際、自分より前の真ん中に立つ人達がどちらの方向に行くのか落ち着いて観
察する。
自分より前に立っている人達が左方向に行くことが多ければあなたは右に行くべき。
右が多ければ左に行くべき。

ただし、前の四人が平均に左右に散ったとしたら残念ながら後は運任せになる

4 汽車の旅-松戸編

テレビ朝日の「旅の香り」というTVプログラムで榎木孝明と藤田弓子が山口・萩を訪ねていた。
山口県では昭和54年に復活した蒸気機関車を走らせ観光コースの一つになっている。

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小さい頃、成田行きの蒸気機関車が松戸駅にも止まった。
蒸気機関車の車両は木製の窓、長時間座るとお尻の痛くなる硬座、ワックスで黒くなった床フローリング、汽車に乗ると何となく独特の臭いが印象的、そして外からは煙の臭い。

父によれば、その昔、竹ヶ花にあった住宅の茅葺き屋根に汽車から引火し火事になった事があったらしい。
煤煙が入るために両親に「トンネルを通る時は窓を閉める」と教わった。
ただ、松戸―成田間にトンネルはあったのかどうかよく覚えていない。
汽車でトンネルを通ったあっても実は成田線ではなかったかもしれない。

魚処吉泉のマスターによれば松戸駅西口の再開発前、新角ビル前付近に弁当屋さんがあったらしい。
多分、それは新角さんだと思う。政治家の岩田さんのところ。
新角ビルは現在色々な飲食店などが入った雑居ビル。

小学二年生の遠足は成田山で、当時の小さな松戸駅西口に集合してから行った。
遠足は直通の汽車ではなく我孫子までは電車で我孫子から汽車だったと思う。
我孫子に到着すると松戸とは比較にならない強い訛りの場内アナウンスに、みんなでクスクス笑ったのを今でも覚えている。
我孫子は決して遠い駅ではないが当時は妙に遠く感じた。

いずれにしても汽車の旅がそれほど素敵だというイメージはなかった。
昭和39年にはそれまでの特急こだま号の名前を継ぎ、新幹線こだま号が開通した年でもあり、むしろ早く近代的な乗り物に乗りたいと願っていた。

3 崖っぷちの始発待ち- 松戸編


松戸駅で朝、千代田線5,6番線ホームに降りていく階段に列を作って並んで人々がいる。目立つので「ああ、あの人達か?」と思い出して頂けると思う。
写真は八時三十六分松戸始発霞ヶ関行きへの乗車を待つ人々の列。

階段以外の場所だったら白色始発ラインに単純に参列縦隊すればよい。
階段以外の方が楽だと思うが、何故か彼らはそうしないで階段に並んでいる。
階段に並ぶ人々はいつも同じメンバーのように見える。最初からあの階段の位置を狙っているとしか思えない。

八時三十六分発の一本前、三十四分発の電車が出発するまでは階段に留まり、出発後みなぞろぞろと降りてきて、初めて数珠つなぎに到着予定位置の前に列を作り始める(写真右参照)。
三十四分発を待たずに無理に並んでしまうと、狭い場所であり通過したい人の障害になる。いやそれよりも三十四分発から下車する人の波にはじかれてしまう。
その為に階段に並ぶらしい。

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私はこれを新京成の崖っぷちに生息しているコバンソウの分布と重ね合わせた。
(並んでいる人は決してコバンソウの様に可愛いくはないが)
でもどうしてそんなに難しい場所に並ぶのだろうか?
階段に並ぶ人たちにこんな質問を投げかける。
「何故こんな不自由な場所で待つんだよ」
それに対して:
「いや、ここが良いんだ。ここが好きなんだよ。俺はここで何年も並んで居るんだぜ。大きなお世話なんだ。ほっといてくれ!」
と言われてしまうかもしれない。

そりゃそうだわな。
不自由な場所だからとこの場所をみんなが避けるとする。
そうなるとここはがら空きになって、不自由が反転、座席取りの楽勝のメッカになってしまう。
だからみんな並ぶ訳で、やはり需要と供給のバランスなんだな。

誰が決めたのか知らないけれどここだけの自然発生的なローカルルールなんだ。
このルールを破る人がいると多分文句を言われるよ。
「お前新入りだな、最後尾に並びな!ここは入りこんではいけない場所なんだ」とね

日本人というのは実に面白いね。
こんなに面白い民族は居ない。
こんな暗黙のルールを作ってしまうのだから・・・

(写真提供は 飲み仲間のOさん。命がけで罪悪感を持ちながら撮影してくれたらしい。
お願いした翌日早速撮影してくださった。実に嬉しいね!
私は何度試そうかと思ったけれど、結局撮影出来なかった。
Oさんに感謝!感謝! いつもの場所でお酒ごちそうするね!)

2 人は何故背を向けて電車に乗るのか?

過去あるSNSで「満員電車で人は何故背を向けて電車に乗り込むのか?」という書き込みをし、色々な意見をいただいたことがある。
その時の意見を自分なりに解釈し、さらに練り直して考えてみた。
(疑問点)
毎朝混雑する千代田線に乗りいくつもの駅を経由して勤務している。
常磐線快速ほどではないが、実質定員以上で溢れかえっている時もある。
そんな混雑満員時に入り口付近に立つと、各駅でこんな事が観察出来る:
最初に乗り込む人:正面を向いてどんどん奥に入っていく。
最後に乗り込む人:背を向けて乗り込む。
後から乗り込む人を男女比率で見ると女性の方が多いが男性でもわざわざ後から乗り込もうという人もいる。
これは何故か?
(結論)
混雑した車内において知らない人同士で面と面が向き合う状況をいやがる傾向がある。
(定義)
予めその状況を避ける為、自然発生型暗黙のルールが出来ている(と思う)。
これを電車内の断層状態からモホロビチッチならぬ、デンシャビッチ不連続面と名付ける。
(各論)
座席立席不連続面:
無人だった車内の座席が埋まりきって、つり革に立つ人が徐々に増えていく際に現れる不連続面。
座席とその前に立つ人の間の視線に注目。
同じ方向に向いていながら、実は視線の高さが違う。
ここに高さの違いによって生じる不連続面がある。
立席間不連続面:
座席立席不連続面の次にこの立席不連続面が現れる。
これは車両を縦断する長い長い不連続面。
フォッサマグナならぬデンシャマグナ
この不連続面では乗客の背中と背中が向き合う事によって生じる不連続面である。
新聞・漫画不連続面:
入り口扉横の隅は人気度の高い場所で、混雑によって右往左往せずに済む。
混雑していても新聞、漫画なども読みやすい。ただ、足元の安定しないオバタリアンがコレステロールの如く集まりやすく、それさえイヤでなければ落ち着いた良い場所だ。
これが新聞・漫画不連続面。

さて、これら「座席・立席不連続面」、「立席間不連続面」、「新聞・漫画不連続面」が出来ることによって、人の動きに対する一定の方向性が出来上がる。さらに
入口不連続面:
乗車前の状態というのは図のように車内の人と車外の人は相対する。
相対すると、磁石の陽極と陽極を合わせた如く状態、一種の断層状態が発生し接地面は一時的に非常に不安定な状態になる。
乗り込む人はそれを前もって感じ取り誰とも相対せず、乗り込んだ直後、窓際を向いて位置確定し、安定したい。
ところが、次々乗り込む人が待ち構えている状態でそんな悠長な事は望むべくもない。
入口不連続面における実際の動き:
初期的状況として車内に乗り込む先発隊は一気に奥まで入り込み`立席間不連続面`を越えようとする。
つまり図中のオレンジ色の人になろうとする。
それに続く人も次々図中のオレンジ色になっていく。

ところが車内スペースには限度があり`立席間不連続面`を超えられない人が現れる。
超えられない人は`立席間不連続面`の手前で翻り入り口方向を向く図中の黄色の人に変わろうとする。
この状態になり初めて`入口不連続面`付近である変化が現れ、その後の全ての人が、背を向けて乗り込み黄色になっていく。

1 人は満員電車の中で何を考えるのか?


観察好きな性格の故、通勤時の電車車中も恰好の観察場所。松戸駅始発電車に乗る際、座席の埋まり方として、両端の席が先ず埋まり、端から一席置いて飛び石状に埋まり、最終的にはぴったり埋まっていく。
律儀な人は一席置かず丁寧に詰めて座っていく。
千代田線のシートは最大七人掛けになっているが、体の大きな男性が並ぶと6人しか座れない。
女性ばかりであれば楽々7人座れ、交じり合えば、7人目の最後の席は恐縮しながら座ることができる。
一方、潔癖症なのか空いている席があるにも関わらず座らず立ったままの人もいる。次の駅で降りるのか?と思ってもさにあらず、何駅も立ったまま……
そんな人もいる。

出勤時はやむを得ないとしても、帰宅時は(疲れているので)座りたい。
七人掛けのシートに六人埋まっている場合やはり座りたくなる。
狭い場所に後から入り込むのは恐縮するが、座ってしまえばこっちのもの。
体をコの字に曲げてその席に収まる。

綾瀬に着くと乗客がどっと降りて席に余裕が出来る。
詰めて座っている隣の人に、少しずれてほしいと思っている。
ところがその隣人は頑なに動かない場合がある。
寝ているわけではない。
「俺はこの決まった席に座って居るんだ。これが正しい位置だ。ずれる必要はない」
とでも主張しているかのようだ。
多分真面目な人なのだろうが、七席の内五席空いていくらでもずれる事が出来るのに、隣人がベタッと座ったままという図は歓迎しない。

女性の場合、人と袖触れ合うのがどうしてもイヤだと思う気持ちも分からないまでもない。
隣人との空間を取るためか、自分のハンドバッグの角の部分を無神経に隣人に突き当てている場合がある。
見ていると隣の男性は困っているようだが、何も言えず気の毒でさえある。
こういう場合は「すいません。角が当たって痛いのですが」とはっきり言ってあげると、たいていの人は角を突きつける行為を続けられなくなる。

人は総じて、無抵抗な人、無言の人に対して冷たい。
特に満員電車の様な、周りを見ても何処の馬の骨か分からない人ばかりだとなおさらだ。
人の足を踏んでも平気な顔でそっぽを向いている人は少なくない。
腹立たしい反面、満員電車の中では「すいません」という一言を発しずらい抵抗感、若しくは威圧感のようなものを感じることもある。
多分、これは人との衝突を避けたい人間の本質かもしれない。
満員電車の中で隣人に声を掛ける、注意をする行為は抵抗があって出来ないのかもしれない。