表の家

飲み屋あれこれ松戸は楽しい11-15


15  たぬき(松戸のみ屋街)−高砂通り

松戸駅西口金松堂横に松戸のみ屋街がある。この一画は初めての人にとっては入りにくい場所だと
思う。カラオケ・ルンルンのマスター故関根さんは「たぬきさんは良い店だよ、行ってごらん」と推薦。
推薦されたが立ち寄りにくい店で、関根さんがご存命だった頃は一切近づかなかった。関根さんが
秋葉原のカレー屋さんに鞍替え準備の為、平成十八年八月頃カラオケ・ルンルンを畳んだ。これに
より気楽に行けるショットバーを失った。さらに追い打ちを掛けるように平成十八年十一月に関根さ
んが他界。故関根さんに推薦された店を、痕跡を追うようなつもりで「たぬき」に訪れた。

女将によれば「たぬき」は元々、松戸駅東口の東京庵背後の飲屋街の一軒だった。ポンテ新築工事
による立ち退きで上本郷の風早神社前に移り、十数年前にこの松戸のみ屋街に移った。

「たぬき」は間口にして二間半、奥行き一間の小さなお店。カウンターのみで七名座れる。カウンター
右後ろにはせいぜい一尺五寸幅程度の小さくて、しかも急な階段がある。目立たないが非常に印象
的な階段だ。

この階段は一体何だろうか?まさか、昭和三十三年四月以前、ある用途に使われていたのかも?と
考えると何とも風情がある。まるでタイムマシーンに乗って五十年ほど昔に戻ってしまったような感覚
に陥る。又、この階段はこの飲み屋街の他の店にも同様にあるらしい。

トイレに立つ。引き違い扉を開けて外の通路に出るとそこはせいぜい四尺程度の通路で、微かに降
りそそぐ雨の滴を額に受ける。軒と軒との間の何とも言えない空間を石原裕次郎にでもなったつもり
で、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら奥に歩いていく。

通路の奥に共用トイレがある。中に入ると、左にはブース、右には朝顔が三つある。その一つに向
かって小用をたす。目の前に吊されたナフタリン、そしてクレゾール、アンモニアの渾然一体となった
臭いが鼻をつく。これが何とも言えない。

人の気配がした。大便ブースの中に誰かが潜んでいる。扉の磨りガラスの向こう側からこちらを伺っ
ている。どうやら他の店の女将らしい。こちらが小用をしているので気を遣って出て来られないらし
い。私も気を遣ってトイレの外に出てしまった。

昭和の本町区画整理前の松戸の空気だ。元来の松戸の魅力の一端がここにあるのだ。私は飲み
屋街のこの空間を是非残して欲しいと思う。

14  お節料理とマザーグース−松戸駅東口

小さい頃、お節料理は母が自宅で時間を掛けて作るものだと思っていた。煮豆を始め様々な料理を何日も掛けて作る割烹着姿の母の背中を見ると、正月への特別な期待がより一層大きくなる。
「もう、いくつ寝ると〜お正月♪(児童唱歌より)」一月二日には親戚一同がやってきて、皿いっぱいに盛られたおせち料理を食べていく。

ところが近年正月の来客がめっきり少なくなった。
少なくなった来客の人数に合わせ、量の少ないお節料理を作るのは大変だ。お節料理は毎年どうしても作らなければならないものだろうか?そもそも私は、お節料理を毎日のように食べたいと思っている訳ではない。少量のお節料理を一日一食さらっと食べる程度で十分だ。となると、手作りでなく、買ってきたお節料理でも構わない。

松戸駅東口の季節料理屋「マザーグース」にすっかりご無沙汰をしている。この店は食材もさることながら味付けも客の好みに合わせてくれるので足繁く通った。少々高めだがとても良い店だ。私が料理に感心を持ったのもこのお店のおかげ。

「マザーグース」は年末、お節料理の予約受付を始める。我が家でも何度か注文した。当時3万5千円程度だったと思う。

「マザーグース」のお節料理の特徴として分かりやすいのは醤油だと思う。所謂たまり醤油を使い煮野菜を濃厚に仕上げる。ここの煮人参を食べると「なるほど……」と理解出来ると思う。所謂関東地方における正統派の味付けを感じる。野菜の味付けはやや濃い目、ただ見た目が地味な印象として写るかもしれない。

南花島の国道6号線沿いにあった「京樽」のお節料理をつきあいの関係で注文していた事もあって「マザーグース」のお節料理と比較して食べた。「京樽」の人参は白醤油で京人参を煮て色が綺麗。ただ、白醤油で煮た人参は味が若干控えめで、濃厚さの点では「マザーグース」の人参の方がはっきりした味になっている。

「たまり醤油」と「白醤油」の違いは舐め比べれば一目瞭然で、前者はうまみが強く、後者はうまみが少ない代わり塩分を強く感じる。醤油そのもののコクが異なるので仕方がない……そんな事を発端に、京料理とはなんぞや?関東の料理とは一体なんぞや?と真剣に考えた時期がある。

「マザーグース」は大好きなお店の一つだが、香港への常駐をきっかけとして縁遠くなった。一時期太ってしまい体調の変化があった事もある。お節料理も注文していない。

2007(平成十九)年正月用に注文したお節料理は某新聞広告から注文した。味付けがいかにも京料理系だった。京人参その他煮野菜の発色も非常によろしく見た目が綺麗だ。全体として味のバランスがとても良い。一つ一つが控えめな味だがお節料理全体としてまとまっている。和せる妙味と言えばいいのだろうか?料理とは実に奥深い。

`個にこだわる`or`全にこだわる`どちらが優れて、どちらが劣っているという事はないと思う。ただ、年齢を重ねるごとに淡泊な味が好みになりつつあり、`全にこだわる`大切さをより強く感じ始める様になった。

先日、松戸駅東口のスナック「和美」で働いていた元ちゃんに会った。元ちゃん曰く「最近マザーグースはご無沙汰でさ、久しぶりに行こうと思っているんだ。だから一緒に行こうよ」と誘われた。結局元ちゃんとはいかなかったが、その後松戸本町のMr.エイトマンとの出会いから「マザーグース」にご同行した。私がMr.エイトマンと訪れた事で店主のかっちゃんもまーちゃんもビックリしていた……

13  割烹料理「T」−松戸駅東口

松戸駅東口に料理屋「T」がある。非常に目立たない場所にあって、始めていった人では何度も行ったり来たりしないと見つけられないかもしれない。宵の口にこの近くを通るとほんのりと光が漏れてきてちょっと寄ってみたくなる。

私は「T」に行き当たりばったりで行く事が多い。ただ、「T」はふぐ料理の店なのだ。上階の法律事務所も「T」でふぐ料理の宴会をする。そんな日に来店するとフグ料理のお裾分けを頂ける。酒は緑色の瓶の山田錦と書かれた一升瓶から注いでもらう。初めてこの店に行ったのは数年前だった。

一人で立ち寄る事が殆どで、カウンターに座る。カウンターはガラス張りショーケースの様になっていて中に古いお札、コインなどあまり高価でない骨董品が雑多に入っている。ご主人の趣味なのだろう。

話題のない時はこれらの骨董品を見ながら飲む。すでに嫁に行った娘さんが時々お店の手伝いに来る。気だての良い娘さんだ。とは言うものの、特にこれと言う特徴の無い店だ。ここのご主人は元々大手町の割烹料理屋に勤める腕の良い板前だった。景気の良かった頃一念発起して独立したそうだ。

初めてこの店に行ったときに意外な人物にお遭いした。徳川将軍家末裔の方で徳川さん。徳川さんは将軍珈琲という商品を販売していて水戸に工場があり、その帰りや戸定邸松雲亭茶室催し物の後などにわざわざ、この「T」に立ち寄るらしい。話しをすると気さくで面白い。常連のお客さんは徳川さんを`殿`と呼ぶ。「T」の店舗は目立たない場所にあり隠れ家的で大抵常連しか来ないので`殿`もお忍びで来やすいらしい。最初は眉唾だと思っていた。ただ、公式の場に何度も出ているのを知るにつけ、どうやら本物らしい事を後で知った。

12  あらい寿司―松戸駅東口

松戸市役所横の坂を松戸駅方面に降り陸橋を越え、少し歩いて左手に篠崎ビルという雑居ビルがある。一階は飲食関係の店が軒を並べている。その篠崎ビルの向かって右端に「あらい寿司」があった。何故か夜中の十二時頃店暖簾を出す不思議な店だった。

多分、近所の飲食店関係者が店の跳ねた後通う店、或いはホステス等が客を連れて行く店という位置づけだったのではないか?一度は行ってみたかったが実は私は一度も入ることなく終わってしまった。初めての寿司屋はそれだけで緊張するのにも関わらず、ましてや夜中の十二時頃に開ける店とあっては余程勇気が無いと入れない。

「あらい寿司」で食事をした経験者によれば「座ると出された寿司を食べるだけなんだ。注文しようとしてもあまりネタがあるわけじゃない。安くはなかったね」残念ながら四〜五年前閉店してしまった。
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去年、千葉大園芸学部の戸定祭に行った。参加するボランティアのお手伝いも兼ねていた(松戸行脚2006にその時の写真もある)。目的はボランティアと園芸学部の学生さんとの交流会だった。初めて会う方も何人か居たが、松戸駅付近で打ち上げをする事になった。場所は松戸駅西口前のセルフサービスの格安居酒屋「大都会」。大いに盛り上がり宴は終わった。

さて、帰ろうと思った矢先「もう一軒行かないか?」という人が居た。「実は私もこれから行こうと思っておりました。魚処『吉泉』はいかが?」と誘った。その人は魚処「吉泉」を知っている様子だった。

魚処「吉泉」に入りあまり間をおかないうちにマスターと私に対して、その人は言った。「私は『あらい寿司』の荒井です。もう数年前に店を閉じてしまいましたが、東口の『あらい寿司』をやっとりました。黙っていると失礼かと思いまして最初に話してしまいます」

こりゃ驚いた。松戸をブラブラ歩いているとこういう事もあるのね!優勝したヒルマン監督じゃないけれど「シンジラレナイ〜」

改めてこの人を見るとロックンローラーの様なサングラスをして背が高い。服装も含め一般のおじさんの風体ではない。レイ・チャールズを彷彿とさせる雰囲気がある。かなり個性的な面白い人だったが良くしゃべる人だった。魚処「吉泉」を出た後、ルンルン他何軒かはしごをしたが最後は訳が分からなくなった。

11 大衆居酒屋「みます」−根本

根本の新一本橋を北部小側に渡り、グリーンコーポの横道を入ってすぐの所に大衆料理「みます」があった。全くの住宅街の中にポツンと佇む居酒屋「みます」。以前この界隈には高津工務店の並び付近に何軒か居酒屋、寿司屋、スナックのような店が何軒かあった。今はもう消えてない。「みます」以外の飲み屋らしい飲み屋は少し離れて「一休」や「しぐれ」か?

「みます」には友人のAK氏と1990年頃立ち寄った。一軒目から行く店とは考えていなかった。松戸駅周辺でさんざん飲んだ揚げ句、ハシゴの終着点として「じゃあ、もう一軒行くか」と言いつつ立ち寄る店だった。

年輩の親父とおばさんが店を仕切っている。客層を見ると近所の家族連れの客が多く、何となく店の中が所帯じみていた。親父さんは話好きだったが内容は変わり映えしなかった。「毎朝、築地に仕入れに行く。刺身だったら負けないよ。最近は電話で仕入れる店が多いからね」

AK氏が高津工務店横の居酒屋、スナック街の話をすると「ああ、あの小便横町だろ?」手頃な料金でよく通った。もっとも常連と呼ばれるほど利用していなかったが。ただ、漬け物に味の素を掛けて出すのだけは止めてほしかった。

数年前、大衆居酒屋「みます」は廃業した。伝え聞くところによればあの親父さんが他界されたからのようだ。ご冥福をお祈り申し上げます。