表の家

飲み屋あれこれ松戸は楽しい16-20


20  パブハウス「セシール」−松ノ木通り  2011(平成23)年5月21日閉店

店内に活けてあったアマリリス
現在の松ノ木通りは旧水戸街道からJR線路側も含められているが、元々は旧水戸街道から江戸川
方面が松ノ木通りだった。現在、ダイエー横にある改称松ノ木通りは区画整理の結果新しく出来た
道で私が子供の頃は無かった。
根本の開かずの踏切から、ダイエーを通過して能登歯科まで斜めに横切る道があり、松戸市観光
協会の資料マップによれば「金ヶ作陣屋道」と書かれていた。

旧水戸街道を渡り現在のペット屋さんの横から旧松ノ木通りが始まる。子供の頃見た金ヶ作陣屋道
や旧松ノ木通りの飲み屋街は大人の為の繁華街であり、年齢的に縁遠い存在だったが、松戸にし
て大きな潜在的魅力も包含していた。

かつての賑わいほどではないにしても、金ヶ作陣屋道から旧松ノ木通りまで通して歩くと、そのイメー
ジを感じ取る事が出来る。根本の元開かずの踏切、森歯科付近から斜めに走る道、ダイエー横の
松戸酒場、ラーメン二郎の前の道、宮本眼科の横の道、旧水戸街道を渡り、ペットショップ横のクネ
クネとした道、紅ばら、新しい松ノ木橋を渡り島村商店の先、左斜めに平潟方面に向かう道……まさ
かこんな歳になってこの界隈でお酒を飲むようになるとは思わなかった。

昨春、魚処「吉泉」でオートリバース氏と楽しいお酒を飲んでいた。この盛り上がりもそのままにオー
トリバース氏から「もう一軒行こう」と誘われた。願ってもないことで、渡りに船。行き先はパブハウス
「セシール」初めての店だった。

松ノ木通りを歩き、松ノ木橋を渡ると、左に茄子のよいち漬けの島村商店があり、その正面にある飲
食店の一つが「セシール」
以前その裏通りに平潟湯があった場所。やはり魚処「吉泉」の顔馴染み、作務衣のシノさんもパブハ
ウス「セシール」の常連……店の前に立つと電照看板でパブハウス「セシール」と書いてある。木の
扉を開け、店内に入ると右に7人は座れる長いカウンターと左にソファー席がある。週末だったことも
あり、店内はお客さんでいっぱい、カウンターの入り口寄りにそっと座った。

座って暫くすると、端正な顔立ちをした女将が自慢のお通しを差し出す。スナックの類で頂くお通しは
概ね簡単なもので、およそ期待すべくもないが「セシール」は趣向を凝らした手料理を出してくれる。
しかも毎回お通しメニューが異なる。一度も同じ料理に出会った経験がない。多分、料理に対する女
将の思い入れがあるんだろう……同行したオートリバース氏は料理人の為か、料理の印象的な店を
中心に店の選択をする。女将の人柄もさる事ながら「セシール」の手料理の魅力に惹かれたのかも
しれない。

カウンターの端には趣味の良い花が活けてある。単なる花だけでなく枝物がお好きなようである。季
節により替えるようだ。春になればハクモクレンが活けてあり店内に華やいだ雰囲気を醸す。(つい
最近では花びらが可憐で小さいコメツツジ、枝物ではないが貴婦人といった感じのアマリリスの花を
活けてある)

パブハウスの細かい定義は分からないが、仮にスナックと同義であるとしても、ここ十数年スナック
系の店からかなり距離を置いていた。それは呑むことよりも食べる事に興味を覚えたからだと思う。
仕事の関係で海外に駐在するようになって以来、その傾向が顕著になった。だからという訳ではない
が、スナック的な店は久しぶりであり、このスナック的な店に慣れなかったこともあって、オートリバー
ス氏と訪れた日を境に暫く足が遠のいていた。ただ何故かこの日、開栓してない自分用のボトルを
キープして帰った。将来来るかどうかも分からないこの店に……

年初、松戸町に熱い情熱を持つ方(Mr.エイトマン)との出会いがあり、何回か交流を重ね、或る日こ
の「セシール」を訪れた。一年ぶりに訪れた店内は一年前と全く変わらない。ウィークデーだったため
他のお客さんは不在だった。まさか去年キープしたボトルはもう無いと思いつつ、女将に一応聞いて
みた。

すると女将が元気に「あるわよ」と言う。驚いたことに一年前キープした私のボトルを残しておいてく
れたのだ。わざわざ倉庫に行って出してくれた。てっきり処分したと思っていたのに律儀な女将であ
る。

我が家では子供の頃、母がかき氷、おでん等を提供する軽喫茶的飲食店を営業していた。私は放
課後、ランドセルもほっぽりだして遊びに行く。夕方、遊びから帰ると母はお店で忙しく、父もまだ帰る
時間ではないので、毎日お店の中でお客さんという存在を傍観し接した。店前で一緒に花火をあげ
てくれたお客さん、銭湯で背中を流してくれるお客さん等、色々な人が居た。多感な子供の頃のそん
な経験が影響してか、私は客商売に対し店側と客側の両面で見ているようなところがある。

客商売は繊細デリケートな一面があり、店主のちょっとした心遣いや一言で、客が離れてしまった
り、常連になったりする。ボトルを保管するというのは店側にとっては場所ばかり取り不経済で、むし
ろ杯数売りの方が利幅は大きい。同時に場所はとってもボトルキープは客離れを避ける一つの方法
だ。でもそれだけでは客は寄りつかない。

「セシール」の女将が、店としてはお荷物である期限切れボトルを残しておいてくれたという行為は
(商売の為かもしれないが)客側として「あ、私を客として考えていてくれたのだ」という仄かな、金銭
的問題を超えた確実な喜びを感じるものなのだ。そんな細かい心遣いを感じる店に対し、私は客とし
て答えなければいけない使命のようなものを感じる。そこまで大げさではないにしても「気分が良いか
ら又来よう」という気持ちになった。

「セシール」流石に格安居酒屋並み料金ではないが、スナックとしは料金も手頃でかなり良心的な店
と言える。お薦めです。皆さんも御一緒に松ノ木橋を千鳥足で渡ってみませんか?

閉店三日前に訪れた同店内写真
残念ながら2011(平成23)年5月21日に閉店

19  クラブ・エトワール−松戸本町

松戸本町にあって強烈な存在にして、且つ異彩を放ち、結局行けなかったナイトクラブがある。その名も「クラブ・エトワール」

区画整理後に出来た店。あの界隈はU組のシマで元々「明星」があった。ストリップ小屋である。残念ながら、この「明星」も入ったことが無い。

「明星」が閉店、区画整理されその跡に「クラブ・エトワール」が出来た。エトワールとはフランス語でetoileと書く。(正確にはeではなく、eの頭にコンマがつく)etoile(エトワール)の意味は光り輝く`星`、つまり明星。明星からフランス語の星(エトワール)になった訳でU組も随分洒落た名前を付けた物だ。

松戸本町で、ある居酒屋を営む女将から聞いた。

「高砂通りに「若松」という喫茶店があるでしょ?ご存じ?
あそこはね、区画整理する前は高砂通りの反対側、つまり現在の松戸のみ屋街側にあったのよ。丁度、上州屋の隣あたりかしら・・・区画整理前の「若松」には私も良くお茶を飲みに行ったのよ。明星の踊り子さん達も「若松」に良くお茶を飲みに来ていたみたいなんだけど。ある日、お店のお客さんから『あなたも明星で踊っているのか?』なんて言われちゃってね、全く失礼しちゃうわ・・・笑」


「クラブ・エトワール」に話しを戻す。サパークラブ 夜の会議所「リド」に勤めたI姐が「リド」の前に、実は「クラブ・エトワール」に勤めていた。私が、ちょうど店の前を通りかかった際お客さん御見送りの最中でそれを知った。

十人以上は超えるホステスが一斉に立ち並び(確かみんな白いドレスだったと思う)帰るお客さんに丁寧にお辞儀をしている状況。壮観ではあったが、同時に異様な雰囲気でもあった。そのホステスさんの群れの中にI姐がいた。あの時はとても声を掛けられる雰囲気ではなかった。

後日、I姐にその話しをしたら苦笑していた。又、I姐は決して私を「クラブ・エトワールに飲みにおいで」とは誘わなかった。それもそのはずで、あの店は一回座れば2〜3万円はする店だったらしいのだ。小根本の「クラブ・レイ」は一回座って5万円、「クラブ・エトワール」はその半額。「クラブ・レイ」ほどではなかったにしても、私の通う店では無かったのだ。

18 洋風居酒屋 阿比留-根本2010(平成22)年9月頃閉店

魚処「吉泉」で近所の大先輩N氏、オートリバースさんら、豪華メンバーと共に楽しく飲んでいると誰からともなく「二軒目どう?」そこでオートリバースさんの絶賛する洋風居酒屋「阿比留」に行くことになった。オートリバースさんの推薦する店はお通しが良い或いは料理が豊富な店が多い。

それまで洋風居酒屋「阿比留」には一度も入ったことが無かった。店の前を通り過ぎながら店内を覗くと、いつも全体照明が落としてある。小さい光が見えるので人の気配はするが、何となく正体不明である。「阿比留(アヒル)」という明るいネーミングと対照的。

ただ、草葉の陰の魚力の嫁さんが度々洋風居酒屋「阿比留」で飲んでいたらしく、店主と話せば昔の根本についてお話が伺えるかもしれない。そんな気持ちも手伝い行く気になった。入ってみると店の奥のほうは暗かったが、慣れるとそれほど暗さは感じない。

女将はむしろ私よりも若いくらいで、ご両親の代からやっているらしい。座るとお通しとしてミニ料理が三品乗った盆が出てくる。この三品で十分おつまみとしては足りてしまう。良く見ると色々なメニューがあるようだが……

レーザーカラオケまで設置してある。歌はあまり得意でない。静かに飲みたい方なのだが、皆さんが歌っているとやはり付き合い上歌わざるを得ない。歌を歌っているうちにやっとテンションが上がり始め、徐々に音に鈍感になり慣れていく。

ある日、店名の由来を聞いてみたらこんな事なのだそうだ。
樋野口の大衆割烹「吉野」の隣に和菓子「亀屋」があった。この「亀屋」の屋号は変えずに夜の営業(ちょっとした喫茶だと思う)をさせてもらう事になった。なんらかの理由で、ある時「亀屋」での営業が続けられなくなり、場所を移動し根本の交差点付近の現在地に店を構えた。名前は今までが亀だったのでやはり動物がいい……という事になり、しかも飲食店は三文字が縁起がよく繁盛に繋がる。そこでアヒルを思いついた。カタカナ、ひらがなだとしっくり来ないので「阿比留」にした。九州に阿比留という場所があり「九州御出身ですか?」と聞かれる事も多いらしい。

ところで店内が暗いのは良いとしても調理場に入って作業する時も女将は調理場の照明を落として作業している。実に不思議な店だがとても良い店で気楽に入れ、料金も格安なのでお薦めのお店である。
阿比留についてはについては「松戸の止まり木考」にも一部書いてます。

17 夜の会議所 リド−松戸本町

気が付いたらこの店は閉店していた。今はもう無い。閉店は平成十八年の秋口。私が初めてこの店に入ったのはほぼ二十五年ほど前のぺーぺーの頃だ。サパークラブというジャンル自体が当時の私にとって分不相応で、少なくともブラ〜っと立ち寄る店ではなかった。

北松戸の国道六号線の交差点に現在ライオンズマンションがあるが、それが建設される前に木造二階建てのアパートがあった。そこに同級生のIさん一家が住んでいた。土曜日の夜にIさん宅で同級生が集まると家庭麻雀囲んだ。面子が足りないとIさんのお姉さんI姐に参加を頼んだものだ。気さくで一本気な方だった。

ある日、松戸駅西口の阪田会館の入り口辺りで掃除をしていたI姐を見つけた。ご挨拶をしたら阪田会館三階の「リド」で勤めているという。以前は看板に`夜の会議所 リド`と書かれていた。サパークラブというのは、所謂ナイトクラブである。ドレスを着た女性が話題を提供して御酌をしてくれる。そういう店である。二十代の私が立ち寄る様な店ではなかった。ところが`I姐`曰く「大丈夫よ、そんなにとらないから心配しないで一度いらっしゃいよ」と言う。

「それだったら」という事でその晩立ち寄ることにした。ナイトクラブは初めてで心がはやる。初めての店の扉を開ける瞬間は非常に緊張する。ましてやナイトクラブである。開けると一斉に店内の従業員の視線が集中する。店のママが即座に来てくれないとどうしていいのか分からない。扉から座るべき席までの距離が長く感じる。堂々と入っていけばいいものだが、二十代の私ではまだまだ大根役者、無理だった。

「リド」は当時の居酒屋の客単価に比べれば遙かに単価が高い店だったが、私が行けないという程ではなかった。スナック「シャラント」に通う事が出来ればこの「リド」にも通えるという程度だったと思う。クラブ「レイ」は一回座って5万円。「リド」の単価は全部込みでも一万円を遙かに下回る。とはいうものの「リド」にボトルをキープする程、経済状態が良かったわけではなく、`I姐のボトル`或いは`ママのボトル`と称するボトルを頂いていた。そうする事によってせいぜい四〜六千円という特別扱いをしてもらった。

赤ら顔でパンチパーマのバーテンSさんも顔なじみになると私を「○ちゃん!」と呼び、可愛がってくれた。このバーテンSさんとは後に麻雀をする事になるがそれは他の機会に書きたい。以前松戸に住んでいた会社の先輩K氏を連れて行ったことがあったが高級クラブであった事に驚き、腰を抜かしていた……記憶では「リド」にはそんなにたくさんのホステスさんが居たわけではなかったと思う。どの方がママだったのかも忘れてしまったが、金髪で眼のクリっとした方がいたが確かその人だったと思う。

店内は赤いカーペットが印象的だったと思うが、はっきりと憶えていない。初めて店に訪れてから一年目、仕事の関係で浜松→スリランカ→台湾→イスタンブール→香港と飛び回り、出張・常駐を繰り返したので、松戸で飲む機会自体が少なかった私にとって「リド」にも立ち寄る時間的な余裕など一切なかった。

閉店前に一度立ち寄りたかったがそれももう夢の中……

16 綱ちゃん(松戸のみ屋街)−高砂通り

帰宅が遅くなったある日、松戸のみ屋街で一杯飲もうと思い「たぬき」さんの店の前を通ると飲めや唄えのドンチャン騒ぎになっている。商売繁盛で結構な事。でも今日は疲れた。静かに飲みたい。そこで一軒飛んで奥の店が静かで、思い切って暖簾をくぐった。中に入るとカウンターがあり5席だけ。奥に白衣を着た老齢の男性がにこっと笑って迎えてくれた。ここは「綱ちゃん」初めて入る店。

間口は一・五間、奥行き一間のせいぜい一・五坪程度の小さな店。たぬき同様、この店にも小さな階段があり二階に上がれるようになっている。話しを聞けばお母様の代からここでお店をやっているとの事。

それにしても、この店のマスター綱ちゃん(つなもとさん)は真面目な方で、人の恩義を大切にし、礼節を重んじる腰の大変低い方だった。私のような一見の客、若造にもとても丁寧に接してくれる。

何故か会話が伝書鳩の話題になったら、嬉しそうに昔飼っていた鳩の話しをしていた。足管を鳩の足に嵌めるタイミングの事、栗、黒ゴマ、ニビキ等の鳩の種類など夢中になって話した。奥様はお店に出ることは殆どなく仕込みだけ手伝う。お通しのおでんは奥様の仕込みだと言う。醤油味であっさりして、優しさと愛情のこもった味がした。

酒は朝日酒造の越州を置いている。良い酒を置いているね。どうやら日暮商店から仕入れているらしい。

この綱ちゃんは小さい店だが、面白いお客さんもくるし、顔見知りが出来た。いつまでも元気で頑張って欲しい。