表の家

飲み屋あれこれ松戸は楽しい21-25


25  西駒と平沢美保子−根本

「西駒」には結局一度も訪れていない。ただ、建物の外観だけはよく覚えている。根本の京成バス車庫横の
飲み屋街の一角で居酒屋「伊呂波」の旧店舗並びだ。1980年代の私は東口の「マザーグース」にに殆ど
毎日通っていた(京葉ビル二階の店舗の頃)。店主のカッチャン、マーちゃんは当時まだ三十歳前後、バリバ
リに若かった。
マザーグースが開業して間もない頃、閉店後「朝霧」、「西駒」に飲みに行ったそうである。私自身、マザーグ
ースの常連さんと「朝霧」までハシゴをした事もあったが「西駒」まで足を伸ばすことはなかった。

当時「平沢美保子」という松戸出身の歌手がいた。彼女は「西駒」の娘さんだ。デビューは「水野あけみ」
(字が違うかもしれません)で、後に「平沢美保子」になった。春日八朗と同じキングレコードに所属。平沢美
保子の代表的な曲は:

「あなたとふたりづれ/枕崎挽歌」
「大阪みれん/幸せ上手」


彼女はフジテレビ系の「君こそスターだ!!」で7週連続勝抜きという快挙を成し遂げ歌謡界にデビュー。地
元のファンもかなり応援したらしい。根本の洋風居酒屋「阿比留」さんもあの広いホールでキャンペーンの協
力をしてあげた事があったそうだ。ペヤング・ソース焼きそばのCMを歌ったり、ラジオのパーソナリティとしても活
躍した事もあったようだが、現在の消息は分からない。「西駒」ももう無い。

写真左が平沢美保子さん。花嶋選手の手が妙に気になるんですが……

24 松戸のとまり木考−「板子一枚下は地獄」だよ!

最近仕事の関係で帰宅が遅くご無沙汰状態が続くが、松戸駅に到着する時間が11時前であれば魚処「吉泉」に直行する事が多い。魚処「吉泉」には近所の大先輩N氏を始め、O夫妻、渡嘉ちゃん、千駄堀の山猿、体格の良いHAちゃん、先生、オートリバース、ケンケン、歩く○○器“T”さん等、必ず常連に会える。

一体、飲み屋とは何だろうか?

登山家に「何故山に登るのか?」と聞くと「そこに山があるから」
これは小学生でも知る言い回し。
ただ「そこに山があるから」というセリフにはあまりにセンチメンタルで言外の孤独さを感じてしまう。
何故なら、飲み助に「何故飲み屋に行くのか?」と聞いて「そこに酒があるから」と答えたらそれはかなり寂しくはあるまいか?
旅も同じで旅行好きな人に「何故フランス旅行に行く?」と聞いて「そこにフランスがあるから」と答える人はまず居ないとおもう。

登山は別にしても、旅や飲み屋に行く理由は「そこに人がいるから」というのが最も当を得た答えではないだろうか?
飲み屋に行くと常連が居る。それはその店の酒や料理を超えた魅力になりうる。そうでなかったら出前で済ませたり、家で飲んでいれば良いことになってしまう。

魚処「吉泉」のご主人は話し好きでお店でのあの平和な一時は何事にも代え難い。話しが落ちることも多くその度に大笑いして酒も進む。魚も良いが結局人に会うのが楽しみで通うようなところがあって、飲み終わっても近所の大先輩N氏やオートリバースさんとは「もう一軒?」とささやきあい「クマ○ラ」や「しぐれ」にハシゴする事もある。O夫妻ともハシゴした事があったなあ。

さて、時間帯がぐっと遅くなり深夜0時過ぎに立ち寄る店に洋風居酒屋「阿比留」がある(ただし、私が立ち寄る時間帯が遅いだけで、午後八時頃から営業しているらしい)。店に入るとその時間帯はカラオケの真っ最中で、歌は基本的に苦手でテンションをあげるのに一苦労する。店にはモリアオガエル、ロバ、カラオケ満点のFちゃん、疲労回復夜食のSちゃん、打ちかましウチナンチュのMちゃん、熟睡シンパン君、松戸のミッキー吉野とこの店独特の常連が居る。

魚処「吉泉」は物理的なスペースの条件もあり一度に常連に会える訳ではないが、洋風居酒屋「阿比留」はホールが広く、いつも同じ時間帯に同じメンバーがこの同じ店にいるという不思議さは体験した者でなければ分からないと思う。これは多分ママの人柄故なのだろうが、過去、学生さんが多く利用していたのも頷ける。深夜0時過ぎに立ち寄るという事はフットワークよく飲みたい訳で30分くらいで流して帰りたい。そう思って扉を開けたはずが徐々にこの店の空気に呑まれ、好きでもないカラオケを薦められるままに歌ってしまい一転して大喜びしている自分に気がつく。

明日は仕事で「板子一枚下は地獄」と分かっていながら、二時間近くあっというまに過ぎてしまう。ママが「今日はその歌で終わり」と言って店が終わるが、すごいのは終わる寸前まで盛り上りの絶頂に達している事だろう。飲み代はボトルさえ入っていればチャージのつまみ付きで千五百円で済む。ボトルを入れた日は五千円弱。かなり安い店だ。ここも常連に会いに行くというイメージで行ってしまう。

そういった意味では平潟方面のパブハウス「セシール」もそうだ。独特の常連が集まってくる。常連さんを覚えるまでは至っていないが、それどころかいまだに「セシール」のママの名前さえ知らない。でも知らなくても良い。楽しく飲んで帰れればそれで良い。
(2008年現在ママの名前は流石に知っておりますが・・・)

「カレーハウス・リエ」でも書いたがこれらの店は共通して自分の素性をあからさまにせず飲める点で安心できる。素性を話しても問題があるわけじゃないが透明華奢なガラス細工のかすがいで、刹那的に繋がっているこの透き通った人間関係。こんな素敵な関係が散り散り、バラバラになってしまう事にはとても耐えられない。そんな状態は断固として阻止したい。

現実生活のドロドロした部分など一切お首に出さず、飲んで、喰って、話して、歌う事だけに集中してひとときの楽しみを見いだせる……そんな松戸の止まり木を私は大切にしたい。

23 焼き鳥「アホウドリ」−松戸駅東口

松戸駅前東口、西口ともに目立つ飲み屋は所謂大手チェーンの居酒屋ばかりで全く興味を惹かない。大きい店は確かに薄利多売で学生、一般のサラリーマン、家族連れには必要不可欠であろうし、客もたくさん大繁昌、誠に結構の様だが、人いきれにうんざりする。一人或いは少人数で静かに飲みたい私にはどうも勝手が悪い。肴としては野菜を多く食べたい。好みは一に野菜、二に野菜、三、四がなくて五に魚という順序。野菜を置かない店はどうしても遠のく。肉は番外の十一番くらいかもしれない。あまり積極的に肉を食べたい訳ではない。牛肉よりも豚肉や鶏肉の方が好きだけど……松戸駅西口の「開進」の焼き鳥はお薦め。西口の関宿屋本店の焼き鳥は一種類だけだが肉のボリュームがあってお薦め。

さて、東口の焼き鳥「アホウドリ」をご存じだろうか?イトーヨーカ堂通りを岩瀬の十字路方面に歩き、途中メガネ・ストアー裏手の後斜め道に入る。行列の出来るラーメン屋以外にラブホテル、暗闇の呼び込み、怪しいマッサージ店等、一般庶民が、ただ通り過ぎるだけにはあまりに刺激が強すぎる道だと思う。この道をさらに歩き進むと焼き鳥「アホウドリ」がある。

暖簾をくぐると若い男女がせっせと働いている。手前にはカウンター奥には座敷がある。私は大抵手前のカウンターに座る。間髪を入れず店主の奥さんが紙と鉛筆を持って、注文を聞きに来る。ホッピーを注文する。この店は日本酒が少ないが焼酎は充実している。泡盛もある。私は日本酒が好きでえり好みはするが、実は焼酎の味には無頓着であまりこだわらない。それでホッピーを頼む。度々、いも焼酎のお湯割りも呑む。肴はキャベツ、ツナギ、そしてレバ刺しが好物。串焼きも勿論注文する。飲みながら据え付けテレビを見る。

飲んでいると奥の座敷から声を掛けられた。
「○○ちゃんだろ?」
見れば大橋巨泉の様な体格だ。少し太ったが元ちゃんだ。
「元ちゃん?随分久しぶりだなぁ」

スナック「和美」で働いていた時分から知っている仲間だ。かれこれ20年前からだろうか?話によれば彼は現在稔台で
酒菜処「元」を営業している。

元ちゃんはこの店のご主人とも長いつきあいらしく、贔屓にしているらしい。色々と話すうちバブル崩壊前の東口の飲み屋の話しに華が咲く。当時は景気が良かったせいか街に酔っぱらいが溢れていた。話しているうちに板前の故小林君の話になった。小林君の話はいずれ書こう。

22 居酒屋「五事」―松戸駅東口 弁天会館

松戸駅西口と東口を比べ大きな特徴として東口の方に韓国系の居酒屋が多く見つけられるが西口にはあまり見かけない。東口は暗がりが多いが西口は全体的に街が明るい。
東口は時に所在不明の客引きが強引で困るが、西口はそれほど強引ではない。

西口東口共に駅前付近には大手チェーン居酒屋がどっしり構えている為、小さい居酒屋は競争力が求められるが、それでもよく頑張っている。
不景気の時代も何とかしのいで続けている店も多い。
そんな中で東口の居酒屋「五事」は数年前にやめてしまった。
東口の弁天会館の二階の飲み屋街にこの居酒屋「五事」があり何度か通った。
弁天会館の二階の飲み屋街は独特の雰囲気があって初めての人は入りにくい。
同時に松戸育ちの私にとって旧の弁天会館は風俗業の雑居ビルという印象がある。
現在は建物が新しくなって往事の雰囲気はないが、現在になっても何故か近寄りがたい雰囲気があるのは私の既成概念だろうか?

季節料理「マザーグース」で一杯飲んでいると、度々料理を注文しにやってくる四十歳台後半の小さい女性が居た。
パーティー需要があるのか「オードブルを8人前」という様な形で注文する。
「ここで注文するオードブルは喜ばれるから……」とお世辞を言いつつ照れくさそうだった。
私はあの照れくささは何なのか?と思っていたが単にそういう需要もあるのだなあと思っていた。

私の隣に座っていた常連客のOさんに会釈をして帰った。
「何処の方?」と聞くと「弁天会館にある居酒屋「五事」のママ」だと言う。
新しい店を知りたくて、ある日Oさんに連れて行っていただいた。
居酒屋「五事」はこじんまりとしたスナックで、居酒屋という雰囲気ではなかった。

「何かつまみある?」と聞くと「五事」のママは「マザーグースから仕入れた刺身だったらあるんだけれど、先ほどまでマザーグースに居たんでしょ?」と恥ずかしそうに言う。
結局乾き物のおつまみになるのだけれど「五事」のママはあまり料理を作らないのか、買ってきたものをそのまま出すスタイルに徹していたようだった。
この時あのママが見せた照れくささの謎が解けたような気がした。

私は店名「五事」の由来を聞いたはずだが酔っていたせいもあって忘れてしまった。
書経の中の五事「視、聴、言、動、思」であったのか、それとも孫子曰く「道、天、地、将、法」であったのか?
無理に解釈すると多分前者の方がこの店にはしっくりくるので書経の五事だったかもしれない。
実は書経を持ち出すほど堅苦しい店ではなかったが・・・

後日、西口の松戸のみ屋街の一軒、居酒屋「ともこ」のママが「五事のママ、そういえばやめちゃったけど、私が稔台のお店をしていたころのお客さんで良く来てくれたわ」
だそうだ!

21 居酒屋「伊呂波」−平潟(新店舗)、根本(旧店舗)

オートリバース氏に紹介してもらい始めて訪れた店。近所の大先輩N氏ともご一緒したことがある。現在は平潟に店を移動したが、元々古ヶ崎の新京成バスの車庫付近に居酒屋「伊呂波」(旧店舗)があった。
深夜十二時過ぎに根本の交差点から流山街道につながる道を新京成バス車庫付近まで歩く。
途中根本橋を渡ると道路右側に毒々しいばかりの赤い建物が見えるがそれを過ぎると辺りは暗くて寂しい。車はビュンビュン飛ばしている。
何となく盛り場からどんどん離れる印象がある。
新京成バス車庫のネットフェンスのところで左折してさらに暗い道に入るとあの飲み屋街があった。
いかにも場末の飲み屋街といった感じである。
居酒屋「伊呂波」(旧店舗)の場所は「西駒」やスナック(アラビアンだったか?)など5店舗ほど軒を並べていた場所で、いずれの店も遅くまで営業している事が多かった。
「西駒」は名前だけは知っている店だったが結局一度も暖簾をくぐる事無く廃業。
その隣のスナックは太ったおばちゃまが営業している店で一度だけAK氏と行ったことがある。

いずれにしても、この飲み屋街は場末の小便横丁のようなイメージで、近づきづらい印象があった。
居酒屋「伊呂波」(旧店舗)に初めて入ったのは二年ほど前。
オートリバース氏に紹介され初めて入った。
実際伊呂波(旧店舗)の第一印象は、「暗い店だなあ・・・」だった。
天井や壁がすすけている。
L字に曲がった八人くらいは座れるカウンターにテーブル席が数席、奥に小さい座敷があった。
カウンターの中で作務衣を着た小太りのご主人が懸命に料理をしている。
奥様は忙しそうな時間帯だけ手伝いにくる。

ご主人の薦められるままに料理を食べていくと中々良い肴を作ってくれる事が分かった。
見た目とは異なり、単なる場末の居酒屋ではない。とても良い店だった。
本日のおすすめメニューを眺めると、魚や焼き鳥だけでなく、野菜料理も多いことがわかった。
私は基本的に野菜好き。キンピラゴボウやお浸し、煮野菜等でいっぱいやりたい。
大歓迎のメニューだ。

旧店舗の当時は早い時間は近所の家族連れが多く賑わい、十一時過ぎになると数人の固定客ばかりでちょっと寂しかった。

ところが、2007(平成十九)年の二月から平潟の千檀屋ホテルの裏付近に越した。
居酒屋「伊呂波」(新店舗)は非常に明るい綺麗な店に変身した。
客の入りも上々で最近は座れないことも多く何とかカウンタの端に座らせてもらう。
商売繁盛は誠に結構な事で、以前と違って奥様も営業時間のかなりの時間をさいて、お店を手伝う。大変そうである。
旧店舗の頃は年中無休だったが、新店舗に移ってからはあまりの忙しさに定休日を設けたらしい(定休日:月曜日)。

ある日ご主人曰く「今までの三十年はなんだったのか?」

ただ、忙しいのは結構だが旧店舗の時の様な余裕が無くなってしまっているのが残念と言えば残念。
注文のタイミングが読めず、頼みたい物も頼めなくなってしまう事もあるネ!

写真は平潟の新店舗です。
(注:旧店舗のあった新京成バス車庫前の飲み屋街はすでに無くなってます)