表の家

飲み屋あれこれ松戸は楽しい1-5


5 ショットバー「パナシェ」−松戸駅東口

松戸駅東口イトーヨーカ堂通り、岩瀬交差点方面に歩きメガネ屋裏斜め左に入る道がある。この道
は人気店のラーメン屋もあり日中歩く分には気にならないが、夜歩くには若干の抵抗を感じるかもし
れない。

居酒屋、バー以外に、風俗店、ラブホテルなどが林立しているからだ。韓国食料品店があり一部の
人は韓国通りと呼んでいるらしいが、それほど韓国料理店があるわけではない。その韓国食料品店
の正面にショットバー「パナシェ」がある。

重厚な扉を開けると全体に暗いイメージで、うっすらとした白熱光の下に銅製天板の変わった形の
大きなカウンターがド〜ンと横たわり異彩を放っている。カウンターの一席に座りジンリッキーを注文
する。友人と語らいながら飲んでいるとあっという間に時間が過ぎ去る。

この店に初めて入ったのは三十代の頃だった。当時シェーカーを振っていたのは知り合いのK氏だ
った。K氏はその後兄の会社の関連会社でシェーカーを振っていたが、現在は全く違った仕事をして
いるらしい。K氏の兄は店舗系内装設計、工事業者で松戸市内のいくつかの店舗設計も行ってい
る。(市内の「鳥彩々」、「タベルナ デル ヴィットリオ 」の内装は彼のところで行っている)

その後香港赴任で日本に不在だった為ご無沙汰。確か、バーテンが替わり花屋さんを本業にするイ
ケメン男性がシェーカーを振っていた。花屋さんは朝早い筈なのに、この「パナシェ」は夜遅くまで営
業している。よく寝る時間があるものだと感心したものだ。

「パナシェ」は大抵二軒目、三軒目に立ち寄ったが、一体何時から始まって何時に終わるのか実体
がよく分からない。閉店は3時くらいだったと思うが確かではない。何となく不思議な店で今でも営業
しているのか良くわからない。あの界隈にある焼き鳥「アホウドリ」の店主によれば「数年前に『パナ
シェ』がたまたま営業していたので、ついつい入ってしまった」
深夜営業しているのかな?
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2009年3月追記:つい最近の事だが、開店しているそうだ。ただし、営業時間が午後11時頃だとのこと。興味在る方はどうぞ!パナシェへ!

4 スナック「和美」ー松戸駅東口

すでに書いた松戸駅東口の韓国居酒屋「かずちゃん」の直ぐ隣にスナック「和美」があった。利用パターンとしては二次会、三次会向きだった。常連だった近所の季節料理屋「マザーグース」でさんざん出来上がった後、さて、「かずちゃん」かスナック「和美」かと悩みつつどちらかの店に入る。

どこでも似たようなものだが、スナックというのは扉を開け入るとそこは全くの異空間であり、時間の経過を忘れてしまうような表現しがたい雰囲気、薄暗さがある。スナック「和美」も同様で時間が止まり四次元空間に彷徨ってしまうような所があった。ただ、落ち着けるのは確かだが、つぼに嵌って帰れなくなってしまう。

のんびり飲みつづけた挙句、気がつけば外でスズメが元気よく活動していて、唖然とする。我孫子の他界した豪傑酒好き上司T氏をスナック「和美」に誘った事があった。件の上司もさすがに呆れ果て「あそこはヤバイんでないかい?」と言わせせしめた。スナック「和美」は天地真理似のママが店を仕切っていた。女将の他に元ちゃんという男性従業員が居た。でっぷりとして体格がよく、黒縁の眼鏡をかけ、太った大橋巨泉のようなイメージ。

元ちゃんは概ねお客さんに好かれるタイプで所謂聞き上手なタイプだった。若い客にも好かれていて所謂兄貴分的な優しさがあったようだ。よく若手のY君の事を口にしていた。Y君は優秀な整体師らしく私もよく知っている人物だった。

つまみは所謂スナックメニューばかり。酒は当時流行っていたバーボン系が多かったように思う。フォアローゼス、オールドクロー、IWハーパー等だ。もちろんサントリーウイスキーもあったと思う。カラオケがあり歌の不得手な私にとっては苦手な面もあった。そうそう、カラオケ等音響関係の第一興商にお勤めの年配の方が常連で、午前一時過ぎにしんみり飲んでいた。当時、悩み事の相談相手になっていただきお世話になった。元ちゃんも確かあの方の世話になって第一興商に就職した時期があったと思う。噂によれば第一興商のあの人は他界してしまったらしい……

一年前、松戸本町金松堂の裏手にのみ屋街で初めての店に入ったらスナック「和美」のママが飲んでいたのでびっくり。店を辞めた後は時々こうやって飲んでいるのだという。
昔話に花が咲いたが「今度稔台にある元ちゃんの店、居酒屋『元』に行こうじゃないか……」という事になり、後日元ちゃんの店に行き、飲んだ飲んだ!三時過ぎまで飲んでしまい翌日参ってしまった。
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2009年現在、松戸駅東口の弁天会館二階でカウンターバー「和美」が開店している。和美ママに会いたい方は是非お店へどうぞ!

3 自然大好き 居酒屋「くま○ら」−根本

根本交差点、秋田出身の色白ママ+茨城訛りおばちゃまの二人で店を切り盛りしている。看板に書いてある‘自然大好き’と‘くま○ら’のキャッチ・フレーズが心の琴線に触れた。外壁にも‘くま○ら’の絵が描いてある。自然散策の拠点になる理想的な店が出来るのだと期待に胸を大きく膨らませた。

いざ入ってみると普通の居酒屋。
‘自然大好き’は確からしいけど生態系のおしゃべりは不思議と馴染まない雰囲気がある。何故と問われても困るがそれが実感だ。特に茨城訛りおばちゃま(従業員)は ‘おちゃらけている’客層は60前後以降の男性が多く、若い人は殆ど見かけない。私が行った時間帯の故か?

普通の居酒屋と書いたが、居酒屋にしてはテーストが微妙に違う。否、テーストではなく臭いの様なものかもしれない。目には見えない、しかも居酒屋でない臭いの様な何かが漂ってくる。

比内地鶏でとった出汁にうるち米で作ったきりたんぽ鍋はメニューとして秀逸だと思う。ところが何故かポッキー、アタリメ、レーズンバター(もあったかな?)がメニューに加わっている。これは果たして居酒屋メニューだろうか?又、茨城訛りおばちゃまは妙に客にへりくだって、客の我々から「一杯飲む?」と勧めざるを得ない不思議な雰囲気が漂う。

本格的な出来映えのきりたんぽ鍋を楽しめる喜びと同時に、アンバランスな雰囲気が妙に調和して不思議な心理状況に陥る。あの空間は一体何だったのだろうと考えながらその日は帰った。ある日ある居酒屋で飲み仲間のN氏或いはH先生が言った。「スナックラウンジ「パ○」のママをやっていた人だよ。ほら、昔の消防署、女性会館「ゆう」横のスナック「紅バラ」あたりにあった……」

氷解!つまりあそこは地がスナックなんだよ〜

私は残念ながら「パ○」には行ったことは無かった。年代から察して店に来るお客さんは多分パ○の頃からの常連が多いのではないか?この不思議な異空間で頂くきりたんぽ鍋が何とも言えず、その後何度か通ってしまったと書き留めておきたい。以上を読んで、興味をお持ちになった方は是非あの異空間に訪れてみてください。不思議なお店です……後日談として、あの妙にへりくだった茨城訛りおばちゃまは辞めさせられてしまったらしい。
残念だぁ〜!

2 コーヒー「ダイム」−松戸本町

松戸駅西口アリタ横の横道を入った先に「治平鮨」があるが、二十数年前あのビルの二階に「ダイム」というパブがあった。ただし、当時「治平鮨」は斜向かいの店舗(おにぎり「大徳」の隣)であり、この「ダイム」があったビルの一階は確か呉服屋さん、三階は麻雀荘。卒業した松戸市立第六中学校三年B組の同窓生男女数人が集まり、同窓会開催下打合せを市内の飲食店で行うことになった。当時の私は二十代前半。女の子達は市内の飲食店を良く知っていたが、とりわけ稔台の八百屋の娘ロミは抜きんでて良く知っていた。

ロミは先ず我々を松戸本町の千葉銀行の地下の飲食店に連れて行った。意外に思われる方もいるかもしれないが、千葉銀行の地下にはかつて飲食店があった。当時は外階段から下階のお店に入れたと思う。季節料理だったか或いは居酒屋さんだったか記憶が定かではないが複数存在した。現在、千葉銀行を見ても地下のテナントも外階段も見つけられない。

千葉銀行地下の飲食店で食事+打合せも程々に「さて二次会に行こう」という事になり、ロミは次の店に連れて行ってくれた。千葉銀行から裏道を歩き、あのビルの急な階段を登るとそこは「ダイム」だった。店の名前は確かコーヒー「ダイム」だと思うが、内容はパブだった。中にはいると薄暗くて軽快なBGMが流れている。大人の店に来たなあ〜という感じがしたものだ。当時流行っていたウイスキー「カティーサーク」を飲んだ。「カティーサーク」は当時真野響子のテレビコマーシャルで知ったスコッチウイスキーで比較的癖のない軽く飲めるウイスキーだった。つまみは乾き物が多かったが、腹に溜まる「ピザ」のようなつまみもあったと思う。

当時はまだ学生から社会人になる中間的な時期だったので、あまりお金もなかった。従って、そうそうこの店に来られるはずはなかったが、この店に一つ発見があった。何故か同級生がこの店でギター片手に歌っていたからだ。その同級生とはノッポの大橋君。身長が180CMほどあり黒縁の丸いメガネをしていた。彼はそもそもビートルズの大ファンだったが、この「ダイム」でもビートルズを歌った。

ノッポの大橋君はかなりの歌唱力だった。彼がそんなに歌が巧かったとは全く知らなかった。この頃からだろうか、生演奏の店がいいなあ!と思うようになったのは……この「ダイム」はノッポの大橋君だけでなく、色々なミュージシャンが演奏していた。「治平鮨」の板前、青柳さんによれば「当時のオリコンチャートにも載るようなミュージシャンも登場したよ」との事で「ダイム」は松戸でもっとも活気のある店の一つだったがいつのまにか消えてしまった。残念だ。

1 魚処「吉泉」

21世紀の森で自然散策の後、いつもの魚処「吉泉」に行った。元々魚屋さんが本業である時から居酒屋を始めた。魚の種類の豊富さが自慢で我々の止まり木的な良い店だ。一階はカウンター席、二階に座敷がある。カウンター席は五人も座るといっぱいになってしまう。六人目が来たときは外に積んであるビールの空ケースを二つ店内へ持ちこみカウンターの端に置き、上に座布団をひき一席出来上がりだ。七人目が来たときはビールケース台の上にさらに厚板を敷き座布団を載せれば二人席に早替わり、合計七人収容となる。

流石にこれではギュウギュウ詰めになる。二階にも座敷があるが皆、下のカウンターに座りたがる。カウンターはいつも賑やかで店のご主人Mさんと奥様の人柄ゆえであろう。

さて、魚処「吉泉」の扉を開けると先客が二人いた。元フライ級チャンピオンの渡嘉敷勝男に似たMさん(以下、渡嘉敷さん)と漫画「チキチキマシーン」に出演していたケンケンに似たKA氏(以下、ケンケンさん)が居た。二人とも常連中の常連だ。

土曜日の早い時間は渡嘉敷さんとケンケンさんに会う確立が高くなる。競馬新聞を片手に翌日の競馬の重賞レースの予想に花を咲かせているようだった。お店のご主人のMさんも競馬がお好きで話が一層盛り上がる。暫く渡嘉敷さんと競馬の話をしていたが、競馬となると私は話題に窮する。せいぜいビキナーズラックの時の話くらいしかない。程なく他のお客さんが見え、渡嘉敷さんはケンケンの隣に席を移し2人で競馬の話で盛り上がっていった。やはり競馬が分かる同士の方が楽しいと思う。

私はギャンブルの総論を考えるのは好きだけれども各論は全般に渉ってあまり得意でない。「運の流れ」とか「どういう時に勝負をするか」とか「引き際をどう考えるか」等々を想像すると実に楽しい。だからといって結論めいたことがある訳じゃないが……時々付き合いで馬券を買うことがある。勿論当たって欲しいと思って買うが、同時に当たると自分の精神状態がどうなるのかよく分かっているので心配でもある。派手に当たってしまうことにいつも恐々としているが、買うときはいつも(当たったら)派手に儲かるような買い方を(性懲りもなく)している。
吉泉については
「松戸の止まり木考」にも一部書いてます。
(注 チキチキマシーン猛レースの公式サイト)