表の家

亀有の叔父のお話




亀有に住んでいた叔父が2005(平成十七)年に他界した。母方の弟で享年六十六歳だった。私が長男だったこともあってこの亀有の叔父には大変可愛がって頂いた。筆入れやオモチャ腕時計など色々買ってもらった。海に連れて行って頂いたこともある。

電話工事の会社を持っていた。「将来私に会社をあげるぞ!」とありがたい言葉をいただいたことがある。家族も従業員も居るわけだし、現実はそんなに簡単な話ではないので希望的社交辞令の様なものだったと思う。叔父は小説家を目指して夢破れ、結局本屋になった亡き父(私にとっては祖父)の鹿島屋書店を新生「鹿島屋書店」として亀有に立ち上げたり、電話で年賀状を代用したり何かと話題の多い方だった。

本屋はセカンド・ジョブとして維持出来るほど簡単では無かったらしく、新生「鹿島屋書店」は程なく店をたたんでしまった。その後、本屋のあった店舗にスナックを開店し私も何度か飲みに行ったことがある。ところが飲みに行っても私からはお金を請求しない。叔父は優しさのつもりでそうしたのだろうし感謝すべきなのだが、私は客として来ている訳で金は払って返りたい。そうしないと立場がなく非常に困る。行きたくても精神的に行きづらくなるものなのだ。初めて飲んだハイボールで知らず知らずのうちに飲み過ぎて目を覚ましたら、それは叔父の家だったという事があり、かなり迷惑も掛けてしまった。

昼は本業の電話の仕事、夜はスナックの営業では体が保つわけが無く、結局スナック業も程なくして止めた。